1–1:どこだここ?
2月4日:改稿
考えてみると、今日は散々な1日だった。目を覚ますと体は動かない、声も出ない、寝ている間に長い年月が経過している、そんな状況を起きてすぐに突きつけられた。
(ここは夢の中か?)
こちらに人影が近づいてくるのを見上げる。
「こんな所で何してんの」
高い女性の声が聞こえた。姿は逆光によって、よく見えない。しかし、彼女との距離が縮まっていた。
背後には大きな樹が根を下ろし、地面に太く頑丈なたくさんの根が張っている。その根元部分に背中を預けて、足を伸ばして座るようにしていた。
「えーっと、何してるかって言うと、座ってる……?」
今現在の状況を理解していないので、そう答えるしかなかった。そもそも、ここがどこなのか、こっちが聞きたい。
「座ってる? そんなの見ればわかるわよ。バカなの?」
彼女は腰に手を当て、何者かと、前かがみになってジロリと目の前に座る、怪しい人物に視線を注ぐ。
僕はバカという言葉に「そりゃないだろ」と顔をしかめた。確かに分かりきっている答えをしたと言ってから思ったけど……っていうか、
「喋れてる……」
「何言ってんの。当たり前でしょ、まさかバカって言われたからって、今度は私をバカにしてるわけ。男のくせに心が小っさいのね」
もちろんバカにしたわけではない。声が出て、会話が成立していた。
それに、さっきまで息をしている感覚すら無かったのに、今はひんやりとした空気が鼻を通り、喉を通り、肺に入っていくのが分かる。今まで息をすることに対して特に何も考えたことは無かったが、気持ちが良い。しかし、驚くのはそれだけではない、腕が動く、足も。体全身に力が入り、それぞれの部位が脳からの信号を受け、思い通りに動く。そのことに驚きを隠すことが出来ないでいた。
「腕が……足が……動く…………」
隆起した樹の根っこの上にバランスを保ちながら立ち上がり、腕や足やらを振り回しながら、笑わずにはいられなかった。
今の僕の行動を一般の人が見れば異様な光景だ。急に変な動きをして笑っているのだから、変人扱い確定だろう。案の定、目の前に立っている女性はこの行動を見て、呆然と立ち尽くしている。しかし、僕はそんな事にも気づかず、ひたすらに自分の体を動かしていた。準備運動をするかのように。そして、いざ、走り出そうとしたその時、呆然としていたはずの彼女に大声によって静止させられた。
「ストップ! 私を無視して何やってんのよ! 頭でもおかしくなったの、正直怖いわよ」
彼女の大声によって、我へと返された。
「ご、ごめん。自分の体が動くことに感動しちゃって……」
動くようになったばかりの手でボサボサになっていた頭を掻いた。
「感動って、何言ってんのよ。そんな大げさなこと……って、泣いてるの?」
「えっ……」
手で自分の頰を軽く触れると指先が濡れていた。本当に涙を流していた。自分の気づかぬうちに。だが、それは長くは続かず、涙はすぐに止まった。自分の知らないどこかで体が喜んでいるのかもしれない。
病室で目を覚ましてから今まで声も出ず、体も動かせず、横になっている状況はとても長く感じた。
ここも夢ではないか? そう思ったが、別に構わない。死後の世界でも何でもいい。話すことができ、動けるのなら……いっそこのまま、この場所に居たい。
「ごめんね。驚かせちゃって」
落ち着きを取り戻し、彼女に手を差し出した。
「僕は笹森拓真。拓真でいいよ。お姉さんは?」
自分の名前だけは忘れることなく覚えており、それを元に自己紹介をした。
急に近づいて、手を差し出してきた僕に驚くそぶりを見せていたが、差し出した手に戸惑いながらも握手を返してくれた。
「お姉さんって、変な呼び方ね。見たところ、私と同い年ぐらいに見えるけど……」
まあ、いいわ。彼女はそう言って喋り続けた。
「よろしく拓真。 私はマリー・コレスタン。マリーでいいわ。それより拓真はどこから来たの? 初めて見る顔だけど、あと変な服装ね」
(同い年に見える? ーーそうだ! 9年〜10年の月日が経っているんだ)
病室でのことを思い出し、夢だとしても自分の今の姿が気になり、マリーの質問に答えながらも僕は太陽の光が反射して光っている池へと駆け出していた。
「よろしくねマリー! 日本から来たんだ……と思う。それに僕も気になってたんだけど、ここはどこなの?」
大きな樹は平らな土地の上に盛り上がるように生えており、そこから池の方へと軽い傾斜の坂を下りていった。池に到着すると、息をぜーぜーと吐き出して苦しかったが、反対に生きている実感がより湧いてきていた。
池に着くと膝をつき、四つん這いになって池に顔が付きそうになるぐらいに覗き込んだ。はっきりとは見えないものの、池に反射する自分の姿を確認することが出来た。
僕が覚えていた自分の容姿とは確実に違い、短かった髪が今はボサボサに伸びてしまっている。さらに、どことなく自分の覚えている頃の面影はあるが、やはり経過した年月が長いため変わってしまっていた。それに青年というより少年と言った方が正しいような顔立ちだ。そんな池に映る自分の容姿をまじまじと見ていると、後ろから走ってマリーが近寄ってきた。
「何よ。急に走り出したりして、びっくりして思わず追いかけて来ちゃったじゃない! 何があったのよ?」
彼女もぜーぜーと息を切らしている。
「いや、大したことじゃないんだけど……」
自分の容姿が変わっているなんて、話がめんどくさくなりそうで言葉を濁した。それに、彼女は納得はしていないようだったが、それ以上、追求してくることはなかった。
池から顔を離し、草っ原の上にあぐらをかいて座った。落ち着いてきたところで、彼女の顔を初めてちゃんと見たような気がする。
よく見ると、とても綺麗な顔立ちをしている。大きな瞳は日光を浴び、エメラルド色に輝いていた。草原では風が吹き、綺麗な金色の髪が舞う。肩には小さな弓を掛け、まるで狩人のようだ。そんな綺麗な姿に見惚れつつも、話を続けた。
「それより、さっきした質問だけど、ここはどこなの?」
「ここは七王国の一つ、ケトス王国。私はそのケトスの国王の娘なの」
(七王国? ケトス? )
聞いた事のない言葉が飛び込んでくる。さらにこの国の王の娘であると。頭が混乱してきた。王国や王などという言葉は漫画やアニメの中などの架空の存在だと思っていた。やっぱりここは夢なのか。より一層、その結論に近づいていた。夢ならば、自分でコントロールすることは不可能だ。いつ起きるかもわからない。
こうなったら目が覚めるまで楽しんでやる、そう思うことにした。
「ケトスっていう所なんだ」
「え、あんた、ケトスを知らないの!」
「まあね。それよりマリーはここの王女様なんでしょ。すごいな〜」
マリーはなぜか嬉しそうにしている。僕が羨ましそうにしたからだろうか。
「知らないなんて本当に珍しいわね。じゃあ、案内してあげるわ。王女様の私がね。まあ、 その前にその格好をどうにかした方がいいわね。先に私の家に招待するわ」
さっきまで口にしていなかった「王女様」その言葉が気に入ったのだと納得した。
しかし、ありがたい。確かにこの格好で案内してもらうのはちょっと気がひける。なぜなら、上下でつなぎ目の無い真っ白の一枚着を着ており、下はまるでスカートのようだ。さらにパンツは履いていないのだ。それに気づいたのは池に向かって走り出した時だった。下半身に違和感を感じ、いやにスースーするなと思ったら、そういう事だった。
「ありがとう、助かるよ。ケトスについては何も知らないから、よろしくお願いします。それに僕もこの格好だと恥ずかしいからね」
先に歩き出していたマリーの後に続いて、歩き始めた。ここに来た当初は色々あって、周りをあまり意識して見ていなかったが、改めて見ると、とても綺麗な土地だ。自然豊かな場所。気候も穏やかで、とても暮らしやすそうな場所だ。
「ケトスは良い所だね」
「そうでしょ。七王国の中でも1、2の自然溢れる国なのよ」
「そうか、だからこんなに木々が多いんだね」
先ほどから、何人かの人と城への道すがらすれ違っていたが、みんな優しそうな人ばかりで、王の娘であるマリーに頭を下げ、挨拶していた。また、前から人影が近づいてきて、今度も同じように挨拶するのだろうと、僕も会釈をしようと思ったのだが、今回の人物は会釈もなく、それどころか、こちらを鋭い目つきで睨んでいる。その人物は僕とマリーと同い年ぐらいの青年だった。
「ちょっとエトス! なに睨んでんのよ。私、何かした?」
マリーは睨まれていることに気づき、エトスと言う青年に問いただす。
「別になんでもねえよ!」
彼は僕とマリーの間を縫うように通り過ぎていった。通り過ぎる際に僕の方を少し気にするように、そして睨むようにして去っていった。確かにこんな変な格好をしていればそうなるだろうか……と自分の格好を思う。
「なんでもないなら、睨むんじゃないわよ。普通に挨拶できないの!」
通り過ぎていったエトスに向かって、マリーは怒っているが、エトスは無視してそのまま歩き去ってしまった。
「行っちゃったね……」
マリーは、もういいわ、そう言わんばかりに振り返って、また歩き出した。それを僕は慌てて後を追う。
それから少し歩いていると空に鳥が飛んでいるのが見えた。すると、マリーが駆け出し、肩にかけていた弓を取り、素早く矢をつがえ、狙いを定めると矢を放った。ここまで、ものの数秒だった。僕はそのなめらかな動きに見入り、拍手していた。放った矢は見事命中し、落ちてきた黒色の鳥は地面に叩きつけられた。
「すごいねマリー。王女様なのにこんなこともできるなんて」
「まあね、これくらい楽勝よ!」
「この鳥ってカラスだよね?」
「そうよ。帰って調理してもらうの」
鳥に刺さった矢をきれいに抜いて、血抜きを素早く済ませ、バッグらしき布袋にそっとしまった。
「ええ! 食べるの?」
「当然でしょ。とても美味しいんだから。家に着いたら食べてみるといいわ」
美味しいと言う言葉にびっくりしながらも、どんな味かワクワクしていた。
「そうだ、僕にも弓貸してよ」
あまりにもマリーの弓を射る姿がかっこよかったので、自分でもやってみたくなってしまった。
「いいけど、初心者じゃ、まず難しいわよ」
弓を受け取ると先ほど見たマリーの真似をしてみたが、実際にやってみるとやはり難しい。弓の弦もまともに引くことができない。マリーに教わりながら何度かチャレンジしてみたが、一度も矢がまともに飛ぶ事は無かった。
「言ったでしょ、難しいって。ほら、行くわよ」
「そうだね……」
諦めてマリーに弓を返すと目的地に向け、また歩きはじめた。
読んで頂き、ありがとうございます。
汚い文書ですが、次も読んで頂けると嬉しいです。