あなたが私にくれたもの
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「 粛々に済ませる筈だったのに、椿の予想外の行動で途端にお祭り騒ぎになったねぇ 」
結婚式の後のパーティーは城のあの湖のほとりで行われている。 教会の余韻を引きずった来賓者達はそのままのテンションでお酒を酌み交わし、何時の間にか無礼講で楽しそうに笑い声を響かせていた。
アドルフは私のそばに寄って来て、炭酸が弾けるお酒のグラスを私に差し出す。
「 皆が気を遣わず楽しそうに話しているね? ……君の思惑通り 」
劇団員の皆が、普段は会うこともない騎士達やスミーと飲み比べをしてはしゃいでいるのを遠巻きに二人で眺めていると、含み笑いでこちらを見て来たアドルフが楽しそうな声で話しかけて来た。
「 身分制度反対……すっかりヘルクヴィスト家の家訓が身に染み込んでるねぇ 」
「 いや、アンタの深読みのし過ぎよ 」
狐の笑顔を顔に浮かべた私をジッと見て、特に何も言わずフッと笑いの篭った息を漏らす。乾杯をした私達は立ったままウダウダと他愛ない話をし始める。突然、アドルフは私をジッと見つめて柔らかく微笑んだ。
「 自分では気付いていないかもしれないけれど、君は明るくなった 」
「 ……え? 」
「 それは君が自分自身で自分に革命を起こした証拠だよ 」
「 へぇ、ロマンチックな名言ね? 」
アドルフの胸を小突くと、クスクスと喉を鳴らして笑ってる。
「 アドちゃん! 抜け駆けは反則だろぉ⁉︎ 五秒で戻って来い‼︎! 」
「 はぁ、面倒な男だな全く…… 」
「 ふふふ、行ってらっしゃい 」
野蛮に叫んでアドルフを手招きしてるスミーを見て、心底気怠そうにため息を吐いた彼の背中を押すと、意外にも素直にその場に戻って行った。仲が良いのか悪いのか……そんな彼らに、何だか呆れて笑いが口の端から逃げて行く。
厳粛な王城の中に今日だけはその城に相応しくない楽し気な声だけが響いていて、それを耳に受けながら私はそっと空を見上げる。
「 天使の子は、天使だね 」
公務の合間を縫って来てくれたカミーリィヤは、とんぼ返りしなければならなかった……あの子が抱き抱えてお披露目してくれたロビィリャは、想像していた以上の至福を私に与えてくれた。私が贈ったピンクのあの花を小さな手に握りしめたあの子は、これからどんな人生を歩んで行くんだろう。
「 カミーリィヤも中々気障な女だったのね 」
あの子は最後に、私達は何時もそばに居たとあの花を指差して微笑んだ。 私と彼の門出に立ち会ってくれた大切なあの子。
ーー近い将来大切な友達に今度は、私が必ずきっと会いに行く。
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「 逃げんなよアドちゃん〜! 」
「 しつこいんだよ 」
白旗を上げて疲れ切っているアドルフが助けを求める様に私の側にまた帰って来た。
ーーその時、湿った森の中の様な風が吹き抜けて私の髪を弄んだ。
それが何故この城の敷地で吹いたのか不思議で、私は後ろを無意識に振り返る。 でもだからと言って何かが分かるわけでもなく、私のボブの髪が視界の端を染めながらも、ただ城壁が遠くに見えるのをボンヤリと眺めた。 そんな時、アドルフの心底疲れた低い声が聞こえて来る。
「 ねぇ椿、これ要らない? 」
前を向いた私に写ったのは、クイッと親指で指差すアドルフ。その後ろには、無邪気な歯を覗かせているスミーが諦め悪くアドルフの腰に足を絡めてしがみついていた。
「 要らない 」
ちびっ子の様な笑顔のこれ呼ばわりされた女神様は、二人から返品を喰らっても、何も気にせずケタケタ笑ってへばりついている。 相変わらずな二人に口元を抑えて笑うと、突然アドルフが私をじっと見つめて来た。
「 さっきまでそんなの付いてたかな? 椿、ちょっとこっちに来て 」
「 ………へ? 」
手招きして来た彼に、素直に近付いた私のおでこ辺りを見て何かを摘まんだアドルフが不思議そうに首を傾げる。それは指の間に隠れるほど薄くて小さい何か。
「 薔薇の花弁? 城には今は咲いていない筈なんだけどね…… 」
ーーあぁ、そういうことか。
粋な計らいをする女だと、心の奥底からくすぐったくて柔らかい感情が溢れて来た。
「 なぁ、椿ちゃんよぉ〜 突然微笑むってのはちょっと不気味だぜ? 」
顔を歪めたスミーがアドルフにおぶさったまま不気味そうに凝視して来たけれど、私はただ口の端しから笑を零して、アドルフから泉の香りがするその薔薇の可愛い花弁をくすねる。何も言わずにそれをする私の一連の流れを二人はキョトンと見守っていた。
飲みかけのシャンパングラスにそれを浮かべると、弾ける白の炭酸に、可愛い花弁が弄ばれながら揺れている。
「 幸せすぎて頭でもおかしくなったの? 」
シャンパングラスを目線まで持ってそれを微笑みを隠さずに見つめる私に容赦ない言葉を掛けるアドルフ。
「 俺等の中で一番酒に強いあの椿ちゃんが、呑みすぎて酔っ払ってんのか? ずーっとニコニコしてるなんて怖ぇよ⁉︎ 」
「 酔ってないわよ? 笑いたい時に笑って何が悪いのよ 」
おずおずと気を遣う様にアドルフの背中から降りて私に近寄って来たスミーが面白くて、シャンパングラスを揺らしながら彼に笑いかける。私がグラスに口を付けようとした瞬間、スミーが慌てて手を出して来た。
「 ちょ! 花弁なんか食べてお腹壊したらどうすんだよ⁉︎⁉︎ 辞めろって! ……あぁ〜‼︎‼︎‼︎ 」
スミーの手を押し退けて花弁ごとグイッと飲み干した私に悲鳴を上げる彼は、こう見えて女子供にはやけに過保護な事をよく知ってる。 花弁が喉を通り抜けて、微かに薔薇の香りが鼻まで通って何処か爽やかな気持ちになるけれど、もう一度飲みたいとは思わないな。
「 おいおいおい、なんで花弁ごと飲むんだよ……ったく、さっき笑ってたのと関係でもあんのか? 」
シャンパングラスを私の手から奪い取り、呆れた声でそれをテーブルに置くスミーの質問に私は答えずただニコニコと頬を緩める。 そんな私達のやり取りに素っ気なく髪をかきあげてスミーの肩に手を置いたアドルフ。
「 聞いたって無駄だよスミー。 椿は言わないと決めたら言わないさ。 根性が捻じ曲がっているからねぇ……ま、喜んで飲み干したって事はこの子にとって何かいい事でもあったんじゃない? そうでしょ、椿 」
最後に私を見つめて、物知り顔でクスッと微笑んで来たアドルフに私はコクンと一度だけ頷いて頬を緩める。 そんな時、大好きな彼の気配が近くに感じられて思わず後ろを振り返る。
「 椿ちゃんはラファちゃんだけには犬並みの嗅覚を発揮するよな? 」
「 君には言われたく無いんじゃないかなぁ〜 」
二人のやり取りが耳に入ってくるけど、そちらに視界を送るのさえ億劫なほど目の前から穏やかにやって来るラファエルに私の二つの目は釘つけになってしまう。
「 いい子にしていたか? 」
「 まぁ、それなりにね 」
芝生を踏んでやって来たラファエルが、柔らかな顔で私の頭に手を置く。 甘やかしたその仕草と言葉に私はただメロメロになってしまうけど、今日くらい構わないだろう。
” 君は明るくなった ”
それは絵の具がジワジワと染みる様なスピードだったから、私自身も気づかなかったけれど、今まで私の中で芽を伸ばしたことの無かったそれが、栄養満点の水を得てイキイキと輝き出したんだ。
それは私を取り囲む彼等の……そして、目の前に居る目付きの悪い最愛の彼のおかげ。
私は憧れのポチにもなれたんだ。
そう思うと、心から何かが溢れて来る。
「 ありがとう 」
辺りを見渡して突然そう言った私に、皆がキョトンとしたけれど、そのあととても優しい微笑みを浮かべてくれた。
「 で、愛してる 」
得意気に後ろで手を組んで、首をもたげて笑った私が見つめるのは、勿論ただ一人。
優しい腕が伸びて来たかと思うと、軽々と私を抱きかかえて、皆に自慢する様に大きく空に向かって腕を伸ばす。
「 ちょ、アンタ腕の長さ考えなよ?
割と高くて怖いんだからね 」
「 その割りにはヤケに嬉しそうだな? 」
ラファエルの両頬に手を添えて、甘える様に額を重ねると、そこら中から指笛と野次が飛んで来た。
ーーあぁ、幸せだな。
「 ん? 」
「 ふふふ、何か雪みたいね 」
フラリと彼の髪の上に落ちて来たその赤い花弁は、雪のようにハラハラと空からこの城をそれで埋め尽くす程に舞い落ちて来た。
「 どうなってんだよ⁉︎ え、俺思った以上に酔っ払ってんのか⁉︎ 」
「 いや、僕にも見えてるよ 」
友人の焦った声と冷静な声が後ろから聞こえたのと同時に、招待客達も、摩訶不思議なその現象に驚愕の眼差しと声をだしてザワザワと戸惑っている。
ラファエルはこれを贈ってくれた人の正体に気づいたようで、私と目を見合わせて、フッと微笑んだ。
雪か……思い返せば、私がこの世界に来たのはあの聖なる夜。
脳裏に走馬灯のように駆け巡るたくさんの思い出たちが擽ったい。
” その口は装飾か? 身元を証明出来んのなら今此処で潔く死ぬか ”
” お前は優しい子だ ”
” お前を死なせたくない私の為に、生きろ ”
” 私の妻になってくれますか? ”
浮かんで来る沢山の表情の彼。
甘やかすように私を抱っこし続けるラファエルに、私はそっと言葉を投げかける。
「 私が来た日はね、ヨボヨボの爺さんが良い子にしていた世界中の子供達にプレゼントを配ってあげる日なの 」
「 ほぉ、変わった老人だな。 そのような労力と時間と富があるのか? 」
「 ……ふふ、さあ? 」
真顔で返されると些か返答に困ってしまう。 思わず噴き出して笑った私を咎めることなく柔らかく唇で笑うラファエル。
「 私はその老人に貰えなかったけれど、でも、一生分のプレゼントをあの人に貰ったわ 」
辺りを見渡してから、ラファエルをジッと見つめる。 言いたいことは分かってくれているんだろう。 その証拠に、満足気に唇の端をペロッと舐めた。
「 私、私に生まれてこれて本当に良かった 」
「 ……椿 」
名前を呼ばれたのと同時に、彼の首にギュッとしがみついて甘える。
囃し立てる声も、楽し気な野次も、降り続く赤の花弁も止まることはない。
私の最初で最後のクリスマスプレゼントは、生涯で誰にも負けない程最高の贈り物だ。
世界中の子供達に負けないほど、きっと。
〜あなたが私にくれたもの〜




