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友人二人は静かに控え室を後にして、軋む音を立てて閉まった両扉の前に、あの子が咲き誇った様な笑顔で立っていた。
「 何だか随分と美しくなったわね、椿 」
両手を後ろに廻してるあの子は、子供みたいに無邪気に微笑むけどあの頃とまるで違う人の様に母親の顔をしていた……本当に、綺麗だった。
「 驚いた? 手紙ではあんな事を書いたけれど、貴女をビックリさせたくてね 」
カツカツと靴の音を鳴らすカミーリィヤが、私に歩み寄って来るけど、夢の続きの様な気分の私は唖然としたままだった。
「 我が国の騎士と協力して私を此処まで連れて来て下さったのこの国の屈強な騎士様達よ? 団長殿の御命令でね 」
最後を戯けてウィンクするような、無邪気な口調で言ったカミーリィヤ。 ラファエルは何時だって、どんな時だって私の心を読み取って掬ってくれている……スミーが言っていた彼の言葉が心に突き刺さる。
「 ねぇ、ロビィリャは? 」
「 勿論一緒に来ているわよ。 今は乳母が世話をしてくれているわ……後であの子に会ってくれるかしら? 天使の様に愛らしいのよ 」
会えるなんて思ってなかったピンクの花の可愛い天使。 まさか、手の届く場所にその子がやって来たなんて。
「 我が国のって、すっかり向こうの国の王族なのねぇ貴女 」
「 えぇ、将来彼と共に護る大切な民達が暮らしているんだもの 」
お茶目に首をもたげるカミーリィヤの金髪緑眼はあの頃のまま美しくて、やっぱり天使みたいで。
「 本当に久しぶりね、椿 」
「 そうね、久しぶり、カミーリィヤ 」
私の目の前に立ち止まったあの子は、私の纏っているウェディングドレスを見つめて隠し様のない微笑みを浮かべる。何だか、私の心が露見してしまったみたいでどうしようもなく恥ずかしい。
「 ……何よ? 」
「 では私の可愛い愛娘には、お誕生日にピンクのドレスを着せようかしら 」
「 何の話? 」
トボけたって多分ばれているんだろうけど、これは心底恥ずかしい……目の前のカミーリィヤを見ていると、色んな思い出が脳裏に蘇って来る。アンタみたいな女は大嫌いだと罵倒したあの日も、泣いて本心を伝えてくれたあの日の事も。
「 ねぇ、カミーリィヤ。 貴女は今、幸せ? 」
「 えぇ勿論よ! 貴女はどう? 」
擽ったい気持ちが襲ってくる。
「 えぇ、とても幸せ 」
私はこの子がこの国を巣立ってから、幾度も考えたことがある。 今度あの子に会ったら何を話そうとか、何を伝えたいんだろうとか……でも、考えなくても本心は明確にひとつを指差していたし、何度考えたってそれは変わらなかった。
「 ねぇ、今度貴女に会ったら伝えようと思ってたんだけどさぁ 」
「 えぇ、 何かしら 」
蝶よ花よの代名詞だと思っていたこの子が何時の間にか妻となり母となり、過ぎて行った時間の中で、ラファエルに歩き方を教えて貰った子供だった私には、たった一つこの子に伝えたい事がある。
『 私は椿と同じ花の名前を嬉しく思うわ 』
『 大嫌いなの、アンタみたいな女 』
私がこの子を思い浮かべている時を、皆がすぐに気付いた理由。
たった一つ、どうしても伝えたい。
「 貴女と同じ花で良かった……大好きよ 」
ーーその途端、視線の先の、息を呑んだ顔のあの子がユラユラ揺れ動く。
「 大好きなの、ずっと前から……友達になってくれて…っ、本当にありがとう 」
やっぱり、何度も心で復唱して練習した割には下手くそで不器用な言い方しか出来なかった。それに、微笑んで嫌味ったらしい顔をしてやろうとか思ってたのに、表情が作れなくて一筋の涙が溢れて来てしまった。
「 ……っ、椿! 」
ーーあの子が飛びついて来る。
「 …っ、アンタまた泣いてるの? 」
「 椿だって……っ、ボロボロ泣いているじゃない! 」
ギュッと私の首元に腕を巻いているその子に素直に腕を回し返すと、どちらからともなく堰を切ったようにわんわん二人して泣き始めてしまった。
「 …っ、嫌だわ。 私達ったらもう良い大人なのに恥ずかしいわね 」
私から離れて涙を照れ臭そうに拭ったカミーリィヤは多分お化粧直しが必要だし、私も同様に必要らしい。互いに照れ臭くなって私は照れ隠しに平然を装いながら窓の外を見て、腕を摩る仕草をしながら全然関係ない話を矢継ぎ早に喋りかける。
「 ねぇ、椿? 」
「 んー? 」
そんな時、それを大人の気遣いをみせながら話を遮ったカミーリィヤが後ろから私の頭の上に何かを載せた。
ーー私達の花の香り。
全身鏡の前に手を引っ張って私を立たせて、そちらを振り向かせたカミーリィヤは鏡の中で満足気に微笑んでいる。
「 コレって王女様の貴女だけの儀式だった筈じゃない? 」
真っ赤なあの花の花冠が私の上で麗しく咲き誇っている。 王女が全幅の信頼を置いている人しか載せる役目を負えなかったあの儀式。
「 ねぇ……本当はね、ずっと貴女に頼みたい事があったの 」
「 あら、その為に私は此処に戻って来たのよ? 」
手を繋いだ私達の間に、あの頃からは比べ様もないほどの柔らかい笑い声が響き渡る。
ーーー
ー
エドワード、家族の皆、緊張して倒れそうな劇団員の皆、愉快な騎士達……皆が登場した私を拍手の祝福で迎えてくれた。神聖で厳粛な教会に温かい歓喜の声が巻き起こる。
「 あら、緊張しているのね? 」
「 ……うん 」
そして、新郎へ向かって行く私の隣には同じ花のカミーリィヤが微笑んでいて。
「 ラファエルも同じね 」
その子の笑う先には、両隣で微笑む友人二人と、真ん中で緊張した面持ちの最愛の夫。
でもラファエルは、二人で登場した私達を心から嬉しそうな顔で迎えてくれた。
ーー最高の贈り物をありがとう、ラファエル。
それを言葉じゃなくて笑顔で伝えた私に大きく頷いてくれた。
満面の笑顔で祝福を贈ってくれる家族の中で、意外にも啜り泣いたのはお父様とミシェルだった。教会には美しい楽器の音が鳴り響いて、私はゆっくりとカミーリィヤに腕を組み最愛の人の元まで歩み寄る。
そんな私を少しも目を逸らさずに愛を込めて見つめてくれるラファエル。
形式通りに頭を下げて、友人達は私達のそばから離れて行く。なだらかな大理石の階段を優雅に靴音を鳴らして降りてきたラファエルは黄金の糸で美しく刺繍の施された純白の正装に身を包んでいて、絵本の王子様なんて霞んでしまうほど美しい男。
「 ……綺麗だ 」
「 貴方も、格好良いわ 」
緊張した私達はそんな一言で済ませてしまう。 一番近くで大切な友人達が見守る中、彼は私に手を差し出す。
ーーその親指にはお揃いの鈍色が幸せに光を放つ。
途端に歓声と拍手が一段と大きく鳴り響いて、私達は微笑みを漏らす。
階段を二人で寄り添いながら登って到着した先には、威厳漂う白髭の神父が居てその人は形式通りのあの言葉を述べる。
「 えぇ、誓います 」
隣のラファエルが決意を込めた眼差しで答えると、神父が私を見つめて、私の返答を待つ。
「 はい、誓います。 いつか朽ち果てて、例え生まれ変わったとしても永久に最愛の夫……ラファエルだけを愛し続けます 」
予想外の私の返答に素の顔で目を見開いた神父。 私達の後ろでその言葉を聞いた来賓者達がヒューヒューと喧しい野次を飛ばして神聖な教会がお祭り騒ぎになる。
「 ほう、悪くないな 」
私を見て来たラファエルの耳は赤く染まっていて、また唇をペロッと舐めていた。
「 ゴホン! んん、では……新郎新婦、誓いの口付けを 」
気を取り直した様に咳払いした神父さんのその言葉で、教会は静けさを取り戻して私達は身体を向かい合わせる。 花嫁の私はラファエルからの口付けを大人しく良い子に瞳を閉じて待ち侘びる。
ーーなんて、台本通りに行く筈もなく。
「 おぉ⁉︎ やるじゃねぇか椿ちゃん! やっぱ椿ちゃんこそこの世で最高の花嫁さんだぜ‼︎‼︎ 」
我慢出来なかったスミーの絶叫を皮切りに、教会がまた歓喜と笑いに包まれる。
ーー夫の胸倉を掴んで無理やり引っ張ってこっちから極上の口付けを落としてやる。
驚愕の表情で口付けを受けた彼の瞳が途端に柔らかい三日月に細まり、熱い力で彼の手が私の頭を後ろから押さえ込む。
「 …っ 」
私達の口付けを見た来賓者からは絶叫に近い歓喜が巻き起こって、真面目な神父さんは唖然と口を開けたまま固まっていた。
「 結局抱っこか? 」
「 えぇ! 勿論よ! 」
人前だから軽く済ました口付けを終えて、愛が溢れ過ぎた私は彼に飛び付いた。 分かっていた様に軽々と私を受け止めるラファエル。
彼の顔にも、その瞳に映る私にも最上級の笑顔が溢れて止まらなかった。
「 愛してるわ、旦那様 」
「 あぁ、私も椿を愛してる 」
彼の頬に手を添えておでこをピタリとくっ付けた私達の光景を見て、何時までも拍手と祝福の歓声が鳴り止む事は無かった……そこに、ディアナの好奇心いっぱいの可愛い声も聞こえて来た。




