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花と蛇




私がこのフォルシウス王国に来たのは23歳の絶望に染まった聖夜……本当に沢山の事が身に起こって、気付けば26歳で愛する人の妻になった。

あの子が嫁いで行ったあの日から二人の花は一度も会うこともなく。



ーーそして、私はこの日を迎えた。



あの子の愛娘はぷくぷとして天使みたいなんだろうな。 寝返りもハイハイも出来る様になったらしいロビィリャはどんな赤ちゃんなんだろう。


鏡を見つめる私は緊張が隠せていないけど、幸せな色に染まってる。 そんな時コンコンと扉を叩く音がして、私の返事を待たずに扉が開いた。


「 ……めちゃくちゃ綺麗じゃん。 俺より女神様に相応しいな 」


初めて会ったあの頃、余りの美貌にてっきり女性だと間違えて騒動を起こしてしまった発端の男友達が彼の祖国の正装を身に纏い最高の笑顔を贈ってくれる。


「 ……スミー、ありがとう 」


後ろからヒョイっと顔を出してクスクスと喉を鳴らすのは、正装を身に纏ったアドルフ。 意地悪ばかりしてくるけど、生まれたての赤子みたいだった私にラファエルに向かって行く歩き方を教えてくれた人。


「 今までで一番可愛いよ、椿。 美神が嫉妬して泣いてるんじゃない? 」

「 ありがとう、アドルフ…… 」


コツコツと靴を鳴らし部屋に入って来た二人は、全身鏡の前に立っていた私の隣に寄り添って、祝福の微笑みを向けてくれる。


「 ラファエルも中々気障な男だね?椿の名前のあの花をモチーフにしたドレスを君に贈るなんて 」

「 ラファちゃんは愛妻家だからな! 」



ーー花が咲き誇った様な、真っ赤なドレス。



それは紛うことなき、私の花。

ラファエルはあの日私のこの夢も聞いていたんだ……最愛の夫が贈ってくれたドレスは私の涙を誘うには充分過ぎた。床を這う長さのそのドレスは余りにも神々しくて、神様しか身を包む資格は無いんじゃないかと思えるほど幻想的な芸術品。


「 最高の結婚式になるね。こんなにも綺麗な花嫁なんだから 」

「 花を纏ったお嫁さんって、まさしく花嫁さんって事だな! 」


真剣なアドルフと駄洒落を飛ばすスミーの真ん中で、頬に花を咲かせる。



ーー何を隠そう今日は私達の結婚式だ。



別の控え室に居るだろうラファエルと会った後に私の元に来てくれた二人は、新郎であるラファエルの側で花嫁を待つ大切な役を務める。


この世界の一般の結婚式では、新郎新婦が信頼する同性の友人にそれを頼むらしい。 この城の敷地内に教会があったなんて、全く知らなかった……今頃、家族や来賓者の人達が集まり始めて、息を呑んで今か今かと私達の登場を待ってくれているだろう。


「 ……どうしたの? 浮かない顔して 」


アドルフが顔を覗き込んで来て、私はそれに苦笑いしながら、何でもないよとユックリ首を振って息を吐く。


「 ……本当は一番見て欲しかったんじゃないの? 」

「 さぁ? まぁ仕方ないよ。 だって、遠いんだもの 」

「 ふふ、僕は別に王女様なんて一言も言ってないけどね? 」


アドルフのその含み笑いに私は困った様に力なく微笑む。 私達の入籍や、迎えた今日という日をあの子には手紙で知らせを送った……遠い異国に嫁いで、その国の王族になったあの子は簡単に故郷には戻って来れない。



ーーそうあの子は、来れない。



私と彼の掛け替えのない友人達は、ラファエルの側に立って私達の晴れの門出を祝福してくれる。


「 あのさぁ、本当に君は一人で歩くつもりなの? 」

「 えぇ、何回も言ってるでしょう。それも私らしくて素敵じゃない? 」


私は、誰にも頼まずに一人でラファエルの元へ歩こうと決めた。軽快な声で喉を鳴らす私の耳にはあの人と同じ宝石の装飾が揺れ動く。


今日までその意見を変えなかった頑固な私を見た後、二人が互いに目を合わせて唐突にフッと微笑む。


「 ねぇ、男同士で熱く見つめ合うのは止した方が良いわ。 だって気味が悪いもの 」


冗談めかした声で口元に手を当てると、笑顔の私を二人が突然真剣な顔で見つめて来る。 すると、アドルフが私の肩に手を置いた。


「 ラファエルから君への贈り物は、そのドレスだけでは無いんだよ 」


アドルフはその真剣な口調で言葉を紡いだ後に、何故かふにゃりと優しく頬を揺らす。 スミーは検討が付いていない私の顔を見て豪快に笑い、茶化す様に軽く私の腕を小突いてくる。


「 突然、何言ってるの? 」


説明もせずに控え室の扉へ向かって行った彼等に私が振り向いて声を掛けると、真っ赤なドレスがそれに合わせて床を這う。 それは、花弁が揺れているみたいで幻想的だった。


スミーだけが振り返り、ガキ大将みたいに歯をにかっと光らせて私に指を指す。


「 椿ちゃんが一番望んでる贈り物だってラファちゃんが言ってたぜ⁉︎ 」


私を応援する様に拳を上げてスミーはまた前を向く。 両扉の前に着いた二人は左右に分かれて扉のノブに手をかけて私を振り向く。


「 じゃあ、僕達は教会で君を待ってるから 」

「 化粧直しの時間ぐらいは待ってやるから心配すんなよ! 椿ちゃん! 」


扉を二人が開けると、ギィと軋む音を立ててそれがゆっくり開いていく。 二人の言葉の意味が全然分からない……私が一番望んでる贈り物って、ラファエルは何を言っているんだろう?


「 ねぇ⁉︎ 全然理解不能だし、そもそも化粧直しの時間ってなんーーー 」



二人に手を伸ばして焦った声で矢継ぎ早にそう言った私は、扉の向こうの景色に唖然としてそのままピタリと動くのを辞めた。



「 ……な、んで? 」



余りにも信じられない光景だった。


「 ……っ、椿 」


ーーだって、願わないと思っていた。





「 ど、うして…貴女が、居るの? 」





ーー私はまだ眠っていて、コレは夢の続きなのかもしれないと我が目を疑った。










「 ……カミーリィヤ 」












ーーそう、あの子が、居た。

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