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「 これで一件落着ね 」


彼の腕から降ろしてもらった私は、ニコニコと満面の笑みで首を傾げて彼の顔を覗き込む。 すると彼は何故か少し黙ってフッと微笑んだ後に優しく笑った。


「 椿はこの部屋の中でどこが一番好きな場所だ? 」

「 場所? そんなの貴方の隣に決まってるわ 」


あ、犬みたいにまたペロッと口の端を舐めた。 可愛いな、隠せてないのが可愛くて仕方ない。


「 そうか、ならそこに座ってくれるか? 」

「 え、どうして? 湯浴みしないの?」

「 良いから、そこに座ってくれ 」


半ば強引に促されて不思議に顔を歪めながら、私は言われた通りそこに腰掛ける。 ラファエルはそんな私の目の前に片膝を付いてしゃがみ込むと、何だか突然緊張した様な顔を浮かべた。


「 本当は此処で渡すつもりなど毛頭もなかったのだが、お前は目を離すとすぐに逃げ出そうとするからな。私から逃げん様に野良猫にそろそろ首輪を付けんといけぬようだ 」


そう言いながら、騎士装束の羽織の中のポケットを何やらゴソゴソとして弄っている。


「 ……私から一生離れられぬ重い首輪だ 」

「 …っ、ちょっと待って、嘘、でしょう? 」




ーー左の親指に突然冷たい何かが嵌って、それを見た私から熱い涙がボロボロと流れ落ちる。




「 う、そ……でしょう? 」



涙の滲むその視線の先の親指に光っているのは、鈍色の指輪……この世界の、この世界の既婚者達が着けている。





ーー結婚指輪、だった。




「 ちょっと待って、本当にちょっと待って……っ、 」



勿論彼は待ってくれている……ただ、何か言葉を発していないと喜びの感情で取り乱している自分を宥めることが出来なかった。 顔を押さえても涙は壊れた様に滴り落ちて来て、震える手で親指のそれを摩ると益々手が震えて来てしまう。 それに、この指輪は驚く程に私の指にピッタリと嵌っている。


「 お前の指のサイズくらい、疎い私でも分かるに決まってるだろう? 」


眉を下げて戯けた声で言う彼の耳が、今まで見たことないくらい真っ赤に染まっていて、その表情は極度の緊張でぎこちなくて、冷静な彼が何度も手を拭っているのは、緊張し過ぎて手汗をかいているからだと気付いた瞬間に、何処に貯めてあったのかと疑う程の涙がまた大量に流れてくる。


「 だが、確実に間違っていないと確信が欲しかったのでな……遊び人達の才能に感謝せねばならん 」



遊び人達……? その言葉を聞いて、私はハッと息を飲んだ。 いつかの彼等の、今にして思えば何処か不自然な行動を思い出したから。


『 ねぇ、アンタ何でさっきからずっと私の指ぷにぷに触ってんの? 』

『 細い指だなぁと思ってね 』

『 本当、ちっちぇ指してんなぁ椿ちゃん 』


アレは、確か二人とも何故か左手を触っていた……そう、左手の親指を。 地球では薬指に嵌める概念だったからその行動に特に何も違和感は感じなかった。 あぁ、アドルフが今日私の手をチラッと見つめていた理由って……スミーとアドルフのあの不思議な行動の裏にそんな真相があったなんて、まさか、そんな。


女神様みたいな美貌で口が悪くて騒がしいけど、芯が通ってて優しいスミーと、意地悪で腹黒いけど何時だって背中を押してくれたアドルフ。


友人のそんなサプライズな行動に激しく胸が打たれる……ギュッと心が痛くなって、2人への思いがとめどなく口から溢れそう。


「 ……っ、今度2人にあったら大好きって言う! 」

「 それは駄目だ、ありがとうにしろ 」


即座に言い放った彼の平常運転に、思わず泣き笑いして変な声が出てしまう。 こんな時だって、彼は彼らしい。 自分を落ち着ける様に深呼吸した彼は、私の手を本当に絵本の騎士みたいにスッと持ち上げて、今までにない真剣で熱い顔で私を射抜く。


「 国民証は勿論発行して構わない。だがお前の入るべき籍は、私の名前の隣……私の妻となる場所だ。 それ以外などあり得ない 」


まだ若干震えている彼の手が私の心を酷く掻き乱して、熱い熱い思いが奥底から堰を切ったように溢れてくる。


ーーねぇ、ポチ。あの頃はこんな未来がくるなんて想像さえしてなかったよね?


「 私はお前が隣にいるならば、どんな地獄でも天国だと思える。 私の幸せは、お前と云う存在そのものだ。生涯お前を護り抜くと誓おう 」



どうしたらいい? 幸せ過ぎて心が破裂しそう。 こんな甘い顔で私を見つめてくれる彼のこんなにも心を奪う台詞を、誰でもない私だけが独り占めしてるなんて。堪らなくて思わず視線を下に向けると鈍色が視界に入ってくる。



ーーこの世にこんな幸せが、あるの?



「 椿、照れ臭いのか? 」

「 ……うん 」

「 そうか……私も正直かなり照れ臭いし、緊張している。だが、どうしてもお前に言いたい事があるのだ。 だから、その可愛い顔を見せてくれ 」


グイッと持ち上げられた私の顔は多分林檎みたいに真っ赤っかで、涙の所為で瞳も潤んでしまっているだろう……彼はそんな私に熱の篭った瞳で微笑みかけて、唇に軽く口付けを落とす。 重なった唇が離れた後に彼はそっと頬を覆って、片一方の手を恋人繋ぎで絡め取る。 触れ合いそうな程近いその距離に大好きな人の微笑みがある。



ーー彼の、唇が言葉を紡ぐ。



















「 椿、お前を愛してる 」


















何だろうこの感覚……鼓動が喜びと幸せに耐え切れなくて……あぁ、バカな私には この感情を、これ以上言葉で言い表せない。 ただ心臓が飛び出てしまうんじゃないかと必死に胸を押さえつけて、ボロボロ流れる子供みたいな涙を懸命に拭い取る。 お腹が攣りそうな程しゃくりあげて泣いてしまった私は自分を落ち着かせ様と髪を耳にかけたけど、その時にあの耳飾りに触れてしまったから逆効果だった。



「 そんな可愛い顔で泣くな、椿 」

「 ……っ、だって、さっき何て言った? 」

「 お前を愛してる 」



言葉が心臓まで届くって、こんな感覚なんだと初めて知ったかもしれない。生まれて初めて、そして他の誰よりもそれを求め続けた私に大切な彼が、初めてその言葉を贈ってくれたなんて……あぁ、涙が勝手に。



「 ねぇ、ラファエル…っ愛してるってどんな気持ち?……私は約束通り貴方にそれを教えることが出来たの? 」


鼻を啜りながらも、覚束ない震えた手が彼を捕まえようと勝手に動く。そんな私の手をしっかり捕まえて自分の頬に添えてくれた。涙で揺れる視線の先の彼は、信じられないほど何かが溢れた顔をしている。


「 爪の先までお前への愛しい気持ちで溢れかえっている……これ以上抱え切れないほどにな。 そして、お前はそれをもうずっと前に私に教えてくれていた 」



『 愛してる 』それは、何て尊くて天にも登りそうな心地を与えてくれるんだろう。


ーーあぁ、こういう感情なんだ。



私も、その感情を知ってる……なんだ、もうとっくに私はラファエルに教えてもらってたんだ。


「 ……っ、ラファエル? 」

「 あぁ、どうした? 」


彼との今迄の幸せな日々がとめどなく脳裏に溢れて来る……今迄の彼に向けていたこの感情の名前を『愛』って呼ぶんだ。


「 ラファエル……っ、」

「 どうした、私は此処にいる 」


ーー私は『 愛 』をとっくの昔に手に入れていたんだ。それも、誰よりもその感情を贈って欲しかった彼に。


「 ……っ、自分でも信じられないの! こんな奇跡って、あるんだね 」


本当に凄いや……私は随分前から知っていたんだ。


「 私もずっと前に貴方に教えてもらってたみたい…っ、私バカだから今更気付いたの! 」


ボロボロ号泣してしゃくり上げている私の言葉を、聞き逃さない様に真剣に耳を傾けて相槌を打ってくれる彼。



ーーねぇ、ラファエル? 私達は随分前からこの感情を知っていたんだね。










「 私も、愛してる…っ、 」













あぁ、貴方は私の愛する人。










「 ラファエル…っ、貴方を心から愛しています! 」

「 …っ、あぁ、随分前から知っている 」









初めて言葉を喋った赤ん坊の様に、ぎこちない言葉だったかもしれないけど、ラファエルはそれを聞いて戯けた答えた癖に、突然顔を背けて、私に隠れて瞼をスッと拭っていた。


「 ラファエル泣いてる 」

「 ……気の所為だろう 」


ーーあぁ、この世にこんな幸せが本当に存在したんだね。 ドラマや映画の中での話じゃなかったんだね。 私もラファエルも頬が真っ赤だし、涙の所為で瞼も熱っぽい……互いを求め合うように視線を交えていると、ラファエルが私の左手をまた掬って、史上最強の優しい微笑みを浮かべてくれた。



絹糸の様な紺色の髪、銀猫のような色の三白眼、女の子が虜になっちゃうその美貌と無愛想な表情。



あぁ、そうだ……私はこの人の事がずっと愛しくて愛しくて仕方なかったんだ。



「 椿、結婚してくれるか? 」



答えなんて一つしかない。

私の真っ赤な泣き顔を見て分かってる癖に、甘えた様に首をもたげて顔を覗き込んでくる。 そんな彼の両手をすくい取り、自分の両手を重ねると、鈍色が極上の幸せに、煌めいて光る。


「 ……っ、はい! 」


一度愛の意味を知ると、とめどなく愛情ってのは溢れてくるらしくて歯止めが効かない。 大きく頷いた後に、私は思い切りラファエルに飛び付いてわんわん号泣した。


「 ……っ、ゔう! 」

「 私の妻になってくれるんだな? 」

「 …っ、貴女の奥さんになる、絶対貴女のお嫁さんになる…っ‼︎‼︎ 」


私と彼にしか、この時間が如何に凄いかなんて分からないんだと思う。 二人にとってその言葉がどれほど重たくて尊いのか、きっと私達にしか分からない。 だからこそ、互いを強く掻き集める様に抱き寄せる……彼の焦り気味の甘い儚い吐息が愛おしい。 良かった、私の『 初恋 』はちゃんと成就したんだ。 私を抱っこする彼の顔を見下ろすと、私の涙がポタッと彼の頬に流れてしまった。


「 ……っ、愛してる 」


覚えたての言葉を喋り始めた赤ん坊の様に使う私を見て、ラファエルは途端に瞳に涙を浮かべて、隠す事もなく一筋だけスッと頬に流した。


「 私はラファエルに出逢ってから自分の人生が始まったよ。 こんな幸せをくれてありがとう 」


彼の涙を拭うとラファエルは照れ臭そうに口角を上げて、本当に優しい顔を浮かべてくれる。



「 ……っ、愛を教えてくれてありがとう 」



その私の言葉を最後まで視線を交えて聞いてくれていた彼が、途端に私の胸に顔を埋めて鼻を啜って震えだした。 彼の首元にギュッと腕を回して髪を撫でる。 珍しく立場が逆転してしまったらしい。ふと思い立った私は、彼の頬に手を添えて顔を持ち上げる。 ニヤリと含み笑いした後に、自分から彼の唇に口付けを落とした。 満足げに唇を舐めたラファエルはゆっくりと歩みを進める。


歴史館の展示品のような豪華な深紅のソファーに私を座らせて、私の上に跨ぐその彼の仕草ったら官能的で妖艶で、女が疼いて仕方ない。


「 ……っ、んん 」


そうか、私と彼の顔に浮かんでいるこの感情はずっと前から愛が含まれていたんだね。 顔の後ろに手を回して、片手を私の手に絡めてくる彼に私は死ぬまで翻弄されていたい。



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