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「 一人で、暮らす……? 」

「 勿論貴方の書斎も作るわよ! それに何時来ても大丈夫な様にお掃除も完璧にするからね! ……ちょっとお城から遠いから、お泊まりした日は面倒かもしれないけど、ちょっとは我慢してね? あと、御近所さんにも笑顔で愛想良く挨拶よ 」


安心させる様に笑顔で説明すると、益々困惑したらしいラファエルは口をパクパクさせながら髪を乱雑に押さえている。


「 待て、待て……椿! お前はまた何を言ってるんだ⁉︎ 」

「 何をって、え? 私にもどうして貴方がそんなに焦ってるのか全然検討が掴めないわ 」


キョトン顏の私を見て少し落ちつこうとしたのか、長い息を吐いてから私の手を握り静かに話しをし始めたラファエル。


「 ……っ、少し話を整理しよう。 お前は、私とこの部屋で暮らすのが嫌なのか? 」

「 嫌な訳ないじゃない! ずっと此処に居たいくらいなのに…… 」


互いに状況が把握出来ないし言葉の意味が分からなくて、不思議な沈黙が部屋を包む。 真っ直ぐ見つめ合う彼の瞳と視線が混ざる。


「 なぁ、椿……ならどうしてこの屋敷を出て一人で暮らそうなんて思ったのだ 」


そうだ、その言葉の意味が私には理解出来ない。 それが普通じゃないの? だってーーー


「 え? だって、そもそも私は家族と同じ屋根の下に住んじゃいけないのよ? 産みの父が私にそう言ってたもの 」


他の子が良いのだとしても、私には同じ屋根の下に暮らす価値はないんだってあの人はそう言ってた。そういうものなんだと思っていたからこそ、迷惑をかけない様に早く家を探して一人で暮そうと思ってたのに……あれ? どうしてラファエルは苦痛を浮かべて、そんなに強く唇を噛み締めているの?


………もしかして、私が違うんだろうか。


私にはラファエルが驚いている理由が掴めない。 でもこの人のお陰で人に心を預けれる様になった今なら、ちゃんと聞ける。


「 ねぇ……ラファエル、私はもしかしておかしなことをしてる? 私はね『 家族』は離れて暮らさなきゃいけないのだと思っていたの。 産みの父はそうやって私をずっと一人で住まわせていたから… 」

「 ……っ、 」


突然苦しそうな息を吐いて、思い詰めた様な顏のラファエルを見ていると、やっぱり私の価値観が可笑しいのだと自覚するしかなかった。



「 んー、ごめんね? やっぱり私っておかしいね。 もうね、何か……皆の言う普通ってのが、良く分からないや…… 」



取り繕う苦笑いで首を傾げた私は、目の前の彼を見て息を飲んだ。



ーー瞳から零れそうな程の涙を浮かべていたから。



「 ……っ、 」



重い吐息を漏らした彼の、真っ赤な瞳からは燃える様な怒りが感じられる。


「 お前を産んだ男は…っ、そんな事でさえお前に教えなかったのか 」


椅子に腰掛ける私の前にしゃがみ込んでいる彼は、耐え切れないといった様に私の手を握りしめたまま、震える自分を抑え込む様に、私の手の上に顔を埋める……彼の瞳から零れた涙が甲の上を伝う。


「 …っ、そんな事すら教えなかったのか? こんなに可愛いお前に、そんな当たり前の事すら…っ! 」


あぁ、私の手を強く握り締める彼の手が怒りと絶望に小刻みに震えている。そうか、あの人は教える事をしなかったのか……だから、私は知らなかったんだ。


「 この距離がもどかしい……っ! 何故そんな男を私は殺しに行けぬ ……っ、何故! 」


怒りが体現されたその怒声に、何故か心がとても落ち着いて震え出す。 気付けば私の声も震えていて、そんな声のまま大好きな彼の名前を呼ぶと、彼は真っ赤に潤んだ瞳を私に向けてくれた。


「 ……私の心の中に居るあの男を、この心から殺してくれる? 」


女優の仕事をくれたあの男を、私は心から殺さなければいけない。 私の価値観を創り上げたあの男を……そうじゃないと、無意識のウチにまた何かを間違えるてラファエルを傷つけてしまう。それだけは、駄目だ。


「 殺して全部まっさらにして、一から貴方が全部教えてくれる……? 」


彼の手の中にある自分の拳をギュッと握り締めると、息を飲んだ彼が私を全力で抱き締めてくれた。


「 …っああ! 喜んで斬り殺してやる! 椿、お前には永遠に私が居る! …っ、何度だって何だって教えてやる 」


彼の香りが身体いっぱいに広がると、安堵が湧き上がって身体中が小刻みに震え出す。 堪らないといった様子で何度も力を込め直して、ギュッと抱きかかえるその仕草はバラバラに散って行きそうな私を掻き集めるようにも思えた。


「 此処はお前の居るべき場所で、離れて暮らす必要などまるでない。 お前が此処を出て行くなんて言った日には母上は気絶するぞ? それにーー 」


耳元で聞こえるその掠れた声は私の鼓膜を甘く揺らして、私の感情を荒ぶる。







「 お前がそばに居ないなんて、私がとても寂しい 」







取り繕う綺麗な台詞なんかじゃなくて、子犬の様な無垢で真っ直ぐな偽りのないその言葉が私の心臓に真っ直ぐ届いて来た。


「 ……私は、此処にいても良いの? 」

「 当たり前だ! 此処はお前の家なんだから……椿、家族と言うものは、一緒に暮らしたいなら好きなだけ同じ屋根の下で住んで良いものなんだ 」

「 ……っ、 」



そっか、出て行かなくても良いんだね。



「 なぁ、お前は家族と別の家で暮らしたいと、自分の意思でそう思うか? 」


その言葉に、彼の腕の中で即座にブンブンと強く首を横に振る。だって本音は、大好きな彼等と離れたい訳がない。


「 ……っ、私と離れて暮らしたいと、自分の意思でそう思うか? 」



その有りっ丈の思いを込めた声と彼の体温に、我慢していた感情が爆発してしまった。だって、私が何かを教えてもらった後は何時もこうやって私自身の意思をこの人は必ず話聞いてくれて……自分で選択をさせようと、してくれる。


「 …っ! 思わない‼︎‼︎ 貴方とずっと一緒に居たい! 同じ寝台で毎日眠って、朝に丘にも行きたいし、毎日貴方の寝顔が見たい…っ、いつも誰よりも貴方の側に居たい‼︎‼︎ 」


ダムが壊れて、洪水の様に涙が溢れて仕方ない。 首を何度も横に強く振りながら大声を上げて泣きはじめた私の首元に、逞しい彼の腕が強く廻って余計に私の心が掻き乱される。大好きだと言う感情で身体が壊れてしまいそうだ。


「 なら出て行くな…っ、お前が側に居なくなった途端、私は死ぬぞ? なぁ椿、私達はずっと一緒だ。 そうだろ? 」

「 ……っ、うん! 」



しゃくりあげている私の頬の涙を親指で優しく拭った彼が、素直に頷いた私を褒める様な瞳で暖かく見つめてくれる。


「 ……此処に居て良いんだよね 」

「 当たり前だろう 」

「 嬉しい…っ、ずっと皆の側で暮らせるんだね 」

「 あぁ、勿論だ 」

「 ラファエル大好きよ 」

「 知ってる、私も椿が大好きだ 」

「 じゃあもう家なんか探さない! 」

「 当たり前だ、二度と許さん 」


何だかそんな軽快なやり取りをしていると、何時の間にか部屋の張り詰めていた空気が柔らかく溶けて行く……それは、私の気持ちも一緒にして。


「 じゃあ、部屋の掃除もちょっと手を抜いて良いよね? 」

「 お前どさくさに紛れようとしたな? それとこれは話が別だ 」


どちらからともなく、プッと息が漏れてケタケタと喉を鳴らし始める。 涙が全然残ったままの熱くなった瞼を細めて笑うと、ラファエルは私の頬を大好きな手で撫でてくれた。その顔にやっと心からの安堵が広がって、深い吐息が漏れる。


「 ……心臓が止まるかと思ったぞ 」

「 ごめんね、でもありがとう……本当に、いっぱいいっぱいありがとう 」


ちょっと子供染みた言い方だっただろうか? クスッと息を吐いて、甘えながら両手を広げた私を椅子から軽々と抱き上げて抱っこしてくれる。


「 随分大きな子供だな? 」

「 可愛いでしょう 」

「 あぁ、そうだな。堪らん 」


私はラファエルに抱っこしてもらうのが多分、大好きなんだと思う。 慣れた仕草で甘えてねだる私を持ち上げて抱っこしてくれる彼が好き。


「 取り乱して悪かったな…… 」


苦笑いで眉を下げるラファエルに、ゆっくりと首を横に振る。


「 ううん、私もずっと言わないでいてごめんね 」


片手で私を抱っこする彼の力はとんでもないと思う。 そしてもう一方の手でトントンと背中をあやすように叩いてくれるから、なんだか擽ったい気持ちに襲われる。


「 なぁ、椿……もし今後またこういう事が起きたら、今度はちゃんと二人でゆっくり考えて答え合わせをしよう。 お前はへんな女でも何でもない……私の可愛い唯一の人だ 」


あぁ、この人は何でこうも私の心の中にスッと入り込んで優しく色んなものを溶かしてくれるんだろう。 お揃いで付けてる耳飾りが揺れる音がして、頬に手を添えるとその上に優しく手を重ねてくれる。


「 貴方も私の唯一の人……突っ走ってごめんね、今度はちゃんと最初に貴方に聞いてから行動するわ 」

「 まぁ、その今度は訪れない方が良いんだがな 」

「 ふふふ、確かにそうね 」




ーー優しい夜風が、さっきよりも柔らかく部屋の中を通り抜ける。


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