表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/96

得たものと失ったもの



「 さぁ、速ければ一秒も掛からない内に相手に届くわよ? 数えた事なんてないけれど…… 」


思い出す様に首をもたげて顔を斜めにする私の言葉に酷く感銘を受けた様な顔のエドワードと、珍しく話に耳を傾けてるアドルフ。 護衛のラファエルも驚いた様な顔をしている。


「 ラファエル、君ですら聞いたことが無かったの? 」

「 ……あぁ、盲点だったな。 てっきりこの世界と同じ様な水準だとばかり思っていた。 椿はこの世界の生活を当たり前だという風に受け止めていたからな 」


ラファエルを反応を見たアドルフが、まさか私の恋人である友人も聞いていなかったなんて予想外だったらしく、驚いて見つめている。


事の発端は大臣の連絡事項ばかりの職務が忙し過ぎて、業を切らして愚痴ったアドルフの些細な一言だった。


『 報告書を纏めて全員に一瞬で送れる物でも発明されれば、随分楽なのに……連絡ひとつで手間暇が掛かり過ぎだよ 』

『 確かに楽だけど面倒よ? すぐに返さなきゃ後々文句だって言われるし 』


パソコンや携帯が脳裏に浮かんだ私がそう返事をすると、皆が不思議そうに見つめて来たから私はそこでメールの概念を説明した。 そう言えば地球の科学技術の事なんて話した事は無かったのかもしれない。


「 椿は本当にこちらから聞かないと話さないよね。 まさかそんなに文明が進化した世界だなんて思わなかった…… 」


エドワードが感心した様な、私の性格に半ば呆れた様な表情を浮かべてこちらを見ている。 そんな視線を受けながら飲んだ珈琲は今日も美味しい。


「 他にはどんな物があるの? 」


アドルフは博識らしいから意外とそういう話が好きなのかもしれない。 他にって、何を話せば良いんだろう。


「 そうねぇ、空を飛ぶ船の様な物もあるし遠くの人と話せる機械もあるわ。あぁ、あと地上を凄まじい速さで駆け抜ける乗り物もあるかしら 」


飛行機、電話、電車、新幹線……懐かしいその文明に久しぶりに想いを馳せてみるけど、特にこれといって感情は湧いて来ない。 私は淡々とカメラや携帯、それに家電製品など思いつく限りの地球で使っていた身の回りの物を噛み砕いて説明した。


「 その地上を走る鉄の塊は、何処へだって行けるの? 」

「 そうね、大陸が繋がっている限りは何処へでも。 確か400km位なら片道2時間半あれば行くことが出来るわよ 」


新幹線の東京から大阪間が確かその位だったはず…… 目の前の三人は目をひん剥いて驚いている。


「 あとは各家庭に大体1台ずつ車と言う機械もあったりするの。 それは簡単に言うと鉄の馬車みたいなものね 」


私は正直この話題に飽きてしまったけど、目の前の男達は信じられないその世界に興味を唆られているらしい。


「 凄いね……君の様な女性でもそれを乗りこなしたりするの? 」

「 えぇ、人によるんだろうけど私はそれに乗る資格を学校に通って取得したからね。 結構乗ってたわよ 」


淡々と飽きてきた説明を繰り返す私を未来人に遭遇した様な顔で見つめて来るエドワード。


「 君と出会って随分と経つのに、まさか今になってそんな衝撃的な話を聞くとは思わなかったよ…… 」

「 えぇ、僕も全く同感ですよエドワード王子殿下 」


頭の中でそれらを自分達なりに想像している二人を見てると、何だか可愛くて微笑みが漏れる。 確かに私はラファエルには思った事をよく話す様にはなったけど、地球の、しかもそんな私にとってはごく普通だった事をわざわざ話すと言う概念さえ無かった。 ラファエルも私のそんな性格を把握しているから、私を見ておかしそうに頬を緩めるだけだ。


「 ねぇ、椿の世界の文明から考えると、この世界は君にとって何十年前くらいの文明になるの? 」


アドルフのその質問に唸りながら答えを辿ってみる。馬車があって、王家が繁栄してて街並みも暮らしも多分中世の頃くらいだろう。


「 さぁ、大体ざっと見積もってだけれど……二百年は前なんじゃないかしら 」


何十年単位では無かった事に驚愕している二人が、キョトン顔の私に不思議そうな視線を向けて来る。


「 物凄く不思議なんだけど、そんなに文明が発達した豊かな世界で育ったのに、ここでの暮らしは不便だと思わないの? 」


アドルフのその言葉に、私は23年生きて来たあの地球を脳裏に思い浮かべる。


「 不便? 全然思わないけれど 」


排気ガスのでない馬車も素敵だと思うし、相手を思いながら手紙を待つの書くのも思いの外悪くないし、日本の様に呆気なく夜を迎える事もないこの世界の暮らしを私は気に入ってる。


「 文明が進化する事は全てが良いことだとは言い切れないと思うもの。勿論、その進化の為に汗水流した人が居るんだから全てを否定したくはないしそのつもりも無いけれど…… 」


便利になり過ぎたあの世界は、沢山の問題も同時に抱え込んだ。連日の様に流れる暗いニュースや、穏やかでは無い世界情勢……そして環境問題。


「 私の世界はね『 豊かな生活と引き換えに、人の心が貧しくなった 』って言われていたのよ 」


今にして思えば、中々に的を得た言葉だと思う。


「 人の心が何故、貧しくなるんだい? 民達は豊かに暮らせて居るんだろう? 」

「 豊かで便利と言うことは、その分、人の手を借りなくても生きて行ける様になったのと同様だから。 人と人との繋がりが途端に薄くなったから、隣に住んで居る人の顔さえ知らないなんてザラよ。 私自身、隣人なんて知らないからね 」


頬杖をついて話し出した私の言葉を、静かに聞いている三人。


「 豊かな生活を得た代わりに、心の豊かさを失ったのね、きっと。 私の国の人は何時も誰かに監視されている様な不自由さを誰もが抱え込んでいたのかもしれないわ 」


今にして思えば、そうだったのかも。便利な機械を手に持って、心ない声で取材していた取材陣は闘病中の私にお涙頂戴の台詞を求めて来たり、連日テレビに流される入院先の病院の前で話すマスコミも居た。 具合の悪い日に拒否しているのに押しかけようとした取材陣も、そんな彼等から逃げたかった私もどちらも互いに何かに監視されていたのかもしれない。


心が貧しいと言うのは悲しい事なのかもしれない。今の私なら少しだけ、その言葉の意味が理解出来る様な気がする。


「 どっちが良い悪いなんてないけれど、私は個人的にこの世界が好きよ。穏やかでゆっくり時が流れて……生きている幸せを感じられるわ 」


その言葉にとても嬉しそうに頬を緩めたのはラファエル。アドルフ達も自分の世界を褒められて何処か得意げな顔をしている。


「 連絡一つに手間を掛けるのも悪くないかもしれないね 」

「 そうね、まぁ頑張りなよ大臣殿 」



ーー何時のにか珈琲はすっかり冷めてしまった。



ーーー



あっさりと恋人を置いて帰ろうとする私を、二人がやっぱり君は野良猫だねと囃し立てて笑って来た。 ラファエルは今日は一緒に帰るもんだと思っていたようで若干拗ねていたけど、甘えてお許しを貰って来た。 そんな私に降参して微笑む彼は、時々こうやって自由気ままに徘徊する私を何だかんだ優先してくれる。


「 あれま、椿様!こっちこっち! 」


王都を気ままに歩けば、誰かか私の名を呼んで太陽みたいに微笑みかけてくれる。


「 これ持って行ってよ! 熟した美味しい蜜柑だからさ。 いつもの御礼だよ! 」

「 いいえ、要らないわ 」


日本にいる頃は、車で数分もあれば誰とも話さずに一人で暮らす家に戻れていたけれど、此処では一度王都に寄ると色んな人に見つかるので中々思い通りの時間には帰れたことはない。


「 あら、そんな真顔で断らなくたっていいじゃないのさ⁉︎ 美味しいから食べてよ! 」

「 要らないったら要らないわ。 私は蜜柑好きじゃないもの 」


後ろ指を刺される訳じゃ無くて、真正面からぶち当たって来るこの国の人が私は割と好きになっている。


「 好き嫌いするんじゃないよ! 良いから一度食べなさい! はい! 」

「 ……ありがとう 」


濃い色をした蜜柑の入った小さな籠を無理やり手渡して来るおばさま。 隣人さえ知らなかった日本人の私が、屋敷から少しだけ離れた果物屋のおばさまと気負うこと無く素のままで話せる。


「 おーい、椿様! 」

「 あれま椿様、ウチに寄って行きな!」


ちょっと歩いただけで、老若男女の人々が私の名前を古い友人の名を呼ぶように呼んでくれる。


「 ……やっぱ馬車で帰ろ 」


それはとっても心が擽られる幸せだけど、今日の私は何気に話すことにも飽きてるし屋敷に早く帰りたい。 乗合馬車で目の前に座っていた小さな男の子に蜜柑お裾分けして、二人で向かい合って特に話すこともせず窓の外を見たまま蜜柑を食べる………それは、確かに蜜柑が苦手な私でも美味しいと思える甘くて果汁がいっぱいの果物だった。


「 明日、御礼しなきゃね 」

「 ねぇお姉さん!コレ御礼にあげるね! 」


蜜柑を美味しそうに頬張る男の子がくれたのは、何故か小さな小石。 よく分からない趣味だけど一番綺麗な小石をくれたらしいのでその男の子の可愛さに心が弾む。


窓の外には立ち話している人々の笑顔や、他人の子を自分の子の様に叱る人たちの姿も見える。 それは多分だけど日本では見たことが無かったかもしれない。 街を行き交う人々は手に持っているスマートフォンと向き合って、皆が同じ姿勢で無口になる。 此処にはあの便利な機械は存在しないし、芸能人のゴシップさえない。


ーー此処には、私達が豊かな暮らしと引き換えに失ってしまった大事な何かがある。


「 じゃあまたねお姉さん! 」

「 えぇ、またね 」


此処の人たちは、サヨナラではなくまたねと手を振る人が多い。 この子ともまた何処かで会えるのかもしれない。 此処には、私に纏わり付いていたマスコミも居ないければ誰もお涙頂戴を望んだりはしない。



ーー私はやっぱりこの世界でずっと生きて行きたいと心から思う。



手紙の返事には数日掛かるのが普通で、好き嫌いのある他人の子に怒るのが普通で、街を歩けば知り合いばかりで電柱柱も高層ビルも大気汚染の心配もないこの空も。地球と言う故郷を失った私が得たものだ。


他には何を得て何を失ったんだろう? まぁ、何だって良いや。 そもそも今に至るまで真面目にそんな事考えた事すら無かったんだし、私はちょっと屁理屈で感情を詩人みたいに例えてしまうらしいから、どうせまた彼等の笑いの餌食にされてしまいそうだし。


窓の外には彫刻の様に美しく彩られた立派な柵と大好きな人達が待つ石畳の中世らしい外観が見えてくる。


「 あれ? お兄様帰ってたの? 」

「 あぁ、今日は休暇なんだよ、家族全員で帰って来たよ! 」




何を得て何を失ったかなんて、今の私にはどうだって良いや。




「 おかえり、お兄様! 」

「 おぉ椿、また綺麗になったな! 」

「 お兄様も一昨日より格好良くなったよ! 」





私には大好きな家族と、友達と、芝居と、小さな友達達と自分以上に大切な目つきの悪い恋人がいる。







「 ラファエルは一緒じゃ無かったのか? 」

「 えぇ、置いて帰って来たわ 」








私が得たものなんて言葉にしなくたって、私が誰よりも一番知っている。










〜得たものと失ったもの〜


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ