来るはずのない未来予想図
アドルフ視点のお話です。
「 えー、もう帰んのか? 俺は明日ダラスマに戻るんだぜ⁉︎ 」
「 お前はどうせすぐにまた来るだろう? ……椿を待たせているからな 」
ラファエルが椅子に置いていた鞘をとって腰に携えているのを、隣の男がやたらと文句を言いながら見つめてる。 呆気なく帰って行った友人の背中を見送った彼はぶつくさ言いながら笑ってるから面倒だ。
「 ……ったく、ラファちゃんは本当に椿ちゃんを溺愛してんだな〜待たせてるってか、自分が早く逢いたいって顔してたぜ? どう見ても 」
「 で、君は何時までここに居座るつもりだよ、スミー 」
「 つれねぇ事を言うなよ、親友! 」
めげないこの男は僕の目の前に置かれているワイングラスに波を立てながら赤い液体を注ぐ。ラファエルは小さな頃から僕と真逆の性格で年頃になった頃も、フラフラ遊んでいる僕と違いひたすらあのお姫様を見つめていた。 そんな友人の心を摑んで離さない椿はよくよく考えれば凄い女なのかもしれない。
「 まぁ、自分の女があんな極上の女ならラファちゃんも心配でおちおち呑んでられねぇわな! 椿ちゃん何気に遊び慣れた女って雰囲気あるし 」
豪快に笑う友人のワイングラスに注ぎ返すと、そのグラスを見つめながら椿を褒め称えている。
「 実際、結構遊んでたらしいからね。 此処に来た当時はよくそんな話を椿としていたよ 」
「 へぇ〜 」
あの頃を振り返って懐かしいと言っても相応しいほどの時間は経ったかもしれない。
「 アドちゃんって最初の頃から椿ちゃんと知り合いだったのか? 」
「 いや、椿が此処に来て暫らく経った頃に初めて会ったからね。 この城に住んでいた頃の椿は僕も知らないよ 」
化けの皮を被っていた頃の椿を僕はこの目で見たことはないけど、椿の噂を耳にした時は、胡散臭い女だとは思っていた。
「 あー、駄目だね。 やっぱり臭いよ……香水のキツイ女の子は駄目だ、洗濯物が増えてしまう 」
「 分かるわそれ 」
袖を通していた羽織りを、乱雑に隣の椅子に投げ掛ける。 女を武器にした女性はやはり香りがキツすぎる。
「 椿ちゃんって意外に尽くす女じゃん? 本人は無自覚そうだけどさ、傍目から見てもラファちゃんしか興味ないですって感じだしよ! 」
「 君の言う通り、無自覚だろうね 」
「 ラファちゃんと恋人になる前の椿ちゃんがどんな子だったのか、ちょっと興味はあるんだよな〜あの子って自分の話とか一切しねぇし 」
確かにあの子は求められなければ必要以上に何かを答えたり、自分の話をしたりはしない。僕自身、未だにあの子が故郷でどんな日々を送っていたのかは知らない。 ただ、女優と言う仕事をしていたというだけだ。
「 ……あの子は、どこか陰のある女の子だったよ 」
酒の所為で饒舌になっているのか、何故かそんな言葉を口にした僕がグラスに口をつけると、 それを頬杖をついて見て来るスミーの視線が刺さる。 あの頃の椿を思い浮かべると、どこか不安そうで寂しそうで他人が自分に向ける感情を怖がっていた様な印象が強い。
「 ……陰、ねぇ 」
呟いたスミーは何か納得した様な声を小さく呟いて、グラスを廻して中のワインを弄ぶ。
「 ダラスマまでは流石に椿ちゃんの人柄は届いて来なかったからな。ただ、あの子の話す言葉には時々物凄い重みがあるとは思うけどな 」
椿を思い浮かべるている様な顔を浮かべるスミーに僕は返事を返さないで、ただワインに口をつける。
「 別にあの子の生い立ちを聞き出そうとは思わねぇけど……俺にとって、椿ちゃんは椿ちゃんだしな 」
どこか懐かしい聴き覚えのある台詞。 あの日、椿は僕の前で無意識に涙を流していた。
「 俺達が友達だって言った時の顔覚えてるか? 本当に可愛い顔で喜んでたろ、椿ちゃん。 そりゃラファちゃんも骨砕かれるわな〜 」
小さな子供が、ずっと欲しかった物を与えられた様な顔で微笑んでいた椿を思い出す。
「 あんな可愛い子が側にいたのに、テメェよく惚れなかったな 」
「 僕が女性に本気で惚れるとでも思うの? 」
「 だな! 俺の国の女に刺されかけても更生してねぇテメェがいきなり変わる訳ねぇわな! 」
確かにあの子は美神に祝福を受けたと比喩されるのも頷けるほど美しいけれど、椿に対してそんな感情を覚えた事は一度たりともない。 ただ、小さな子供が不安そうに一人で我慢している様にしか見えなかった。ラファエルの想いを頑固として受け入れようとしていなかったし。
「 あの子は僕にとってたった一人の大事な女の友人だね。 意地悪すると真っ赤な顔で怒るから見ていて楽しいよ 」
「 ラファちゃんの女で暇つぶしするお前は、相当肝が座ってるよ…… 」
悪寒が走ったのか腕をさすっているスミーをぼんやりと眺める。
「 でもお前が女を友人だって言い切るのも、そこまで大事にするのも珍しいってか初めて見たわ……まぁ、その気持ちはすげぇ分かるけど。 俺も椿ちゃんは大切にしてやりてぇって思うからな〜 」
椿の話を充てに酒を呑んでいるなんてあの子が知ったら怒るだろうか、それともまたあの顔で嬉しそうに微笑むのだろうか。
「 ラファちゃんもさ、あんだけ困憊疲弊した後でわざわざ椿ちゃんの誤解を解くためだけに城に戻って来て俺に会わせたし…… あのラファちゃんがだぜ⁉︎ 正直めちゃくちゃ驚いたわ。 だってそんな男じゃねぇもん 」
「 ラファエルは椿の事になると、何時だって必死の形相だからねぇ 」
やはり酒の所為で何処か気分が良くなって饒舌になっているのかもしれない。 ラファエルは何時だって椿を宝物の様に触れている。きっと、椿の過去も何もかもをあの友人は知っているんだろう。なにせ、あの二人の絆は時々こちらも驚いてしまうほどに強固だ。
ただ、僕はあの頃と変わらず椿の生い立ちを知ろうとは思わない。
「 ……俺さぁ、この前何となく思ったんだよなぁ〜。 だからお前が言った陰とやらも若干意味は分かるかな 」
この男はこう見えて犬の嗅覚以上に物事を察知する男だ。 本気の馬鹿なら僕もラファエルも友人にはなっていないだろう。
「 椿ちゃんは、ずっと愛に飢えた女の子だったんだろうな…… 」
僕の前で泣いた椿が、本当に何も知らない子供の様に僕に問いかけて来たあの日の光景を思い出す。
「 ウチの姫さんへの答え方も、その後の思い詰めた顔も多分きっと本気でそれが理解出来ないからだったんだろうしな 」
何があったか知らないし知ろうとも思わないが、この友人ならそんな椿の心を和ませたんだろう。
「 僕等が気に掛けなくても、あの子は自分でちゃんと答えを見つけるさ 」
愛という物がどれほど考えても分からないと泣いていた椿は、答えがすぐ側に落ちていることにきっといつか自分で気付く。
「 だろうな、だってよ〜あのラファちゃんが俺等にあんな真剣に頼んできたんだからな! あんなラファちゃん見れるのは多分あれが最初で最後だわ 」
ゲラゲラ笑う友人の嬉しそうな顔を見てるうちに、酒の所為で緩んだのか同じ様な微笑みが僕にも浮かんで来る。 やはり酒の所為だろう。
「 椿ちゃん喜ぶぜきっと! 楽しみだなぁ〜早く喜んでる顔見せて欲しいわ 」
「 君が喜ぶのは他人の幸せばっかりだね 」
気の良い友人はいつも他人の幸せを自分の事のように喜んでいる。
「 よく言うぜ、お前だってそんな嬉しそうな顔してよ 」
いや、僕はどうだって構わないけど緩んだこの顔は酒の所為だろう。
「 でもよ〜、二人を見てると真剣な恋ってのも悪くねぇと思えるわ 」
「 へぇ、なら遊びは卒業するの? 」
「 そんな訳ねぇじゃん! 神様が恵んだこの顔を最大限に生かすのが俺の使命だろ⁉︎ いつかそんな女に巡り合ったら俺も改めるわ 」
暫くは改めなさそうな友人に、また並々とワインを注ぐ。 気付けば三本目も終わりに近づいたようだ。
「 前に椿に言われた事があるんだよね、僕には真っ直ぐにぶち当たって来る純粋な子が似合うんじゃないかって 」
「 へぇ〜 」
「 僕が悪い方向に行かないように、この僕の手を掴める心優しい子が相応しいらしい 」
やはり、酒の所為で饒舌になってるみたいだ。
「 でもよ〜、 そんな純粋な子がお前に惚れちまったら散々泣かされて可哀想な目に合うのが目に見るわ。 そうなったらその子は俺が貰おうかな〜 」
「 好きにすれば? 僕がそんな女性に惚れる訳がないからね 」
「 とか言って、どうするよ? 俺もお前も本気で惚れちまったりして 」
「 そんな事があるはずないだろう? 僕等が一番苦手な女性像だしね 」
「 はは! 違いねぇ! まぁ、そうなったら俺は手心加えたりはしねぇぜ? 」
来るはずのないそんな未来をこの友人はやたらと楽しそうに想像しているらしい。
「 勘違いしないでくれない? 仮に僕が本気でそんな女に惚れるとするなら、間違いなく君にも容赦しないよ 」
「 正々堂々と行こうじゃないか、 親友よ! 」
無理やり乾杯をして来た友人の所為で、中の赤い液体が零れてしまう。 呆れてテーブルを拭く僕を見て反省の色もなく笑いかけて来る。
「 でも椿ちゃんが言うならそうなんじゃねぇの? あの子は意外と的確に見抜くからな〜 」
「 さぁ、どうだろうね 」
今頃ラファエルも椿も楽しく食事でも囲んでいるんだろう。
「 で、本当にどうするよ? もし本当にそんな女が現れたら! お前は改心して一途に一人だけを愛せるのか⁉︎ 」
そんな女にこの僕が心を奪われる訳がない。 来るはずのない未来予想図なんて考えるだけ無駄だ。
「 知らないよ、未来の僕に聞いて見たら? 」
来るはずのない未来予想図なんて心底どうだって良いけれど、近い将来必ず訪れるだろう小さな頃からの親友と、たった一人の大切な女の友人の未来なら想像しても良いかも知れない。
来るはずのない未来予想図よりは、随分と心が踊る……でも、それはきっと嗜みすぎた酒の所為だろうけど。
〜来るはずのない未来予想図〜




