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ーーー


道中で少し崩れてしまった身なりを整えたいと照れながら申し出たマーガレット。 私を少し下から見上げるその顔に私は思わず胸キュンしてしまった。


「 あのさぁエドワード 」


誘拐偽装なんて突拍子もない子供染みた発想に協力なんて、もちろん出来ない。


「 ふふ、マーガレットに頼まれたんだね。 あの子は可愛いだろう?……初対面の君に頼み込むほど私に『 愛してる』と言って欲しいんだから 」

「 そうね、あの子は私にお願いをして来た。 きっとこのままじゃ本当に誘拐偽装事件を起こしかねないわよ? 」


大人は大人なりに話し合いで解決するのが私なりの年の功だろう。 護衛をしているラファエルは窓際に凭れて腕を組んで佇んでいて、私はエドワードとお茶を囲む。エドワードは私の言葉に曖昧な吐息を吐いて心なしか細く微笑んだ。


「 エドワード、貴方は何でもかんでも自分の所為だと思い込む癖があるけど、それって私からすればそんな自分に酔いしれてる様にしか見えないわ 」


私に怒る訳でもなく、力ない笑みを浮かべて紅茶のカップを見つめているエドワードはきっと色んな事を思い出しているんだろう。


「 あの子が言って欲しいと願うその言葉がどんな感情か知っていて、貴方がそう思ってるなら素直に言ってあげれば良いじゃない…… 」


自分の素直じゃない性格と、国の為なんて威勢を張った事に悩んでいたあの子は。


「 あの子は、決して自分が歩けない事を理由になんてしなかったわよ 」


スミーに抱き抱えられたあの子は、可愛い笑顔で車椅子に座って大好きな王子の待っている城をお花みたいな顔で眺めていた。


「 なのに、貴方はあの子の足が不自由になったのは自分の所為だと責任を感じて後悔しているのね、 違う? 」


あの子とエドワードに何があったかなんて予想はつかないけど、大筋のあらましなら何となく想像がつく。 エドワードはきっと、どうしてもあの子を妻にしたかったけどあの子に『 愛してる 』と言える資格がないと思い込んでいるんだと、思う。


「 昔より随分と良くなってね……近い将来、以前の様に歩けるんじゃないかと医師が言っていたそうだ 」

「 そうなの? それは良かったじゃない 」


思わぬ報告に本心から安堵が広がる。あの子はきっとこの子の胸に走って飛びつきたいのだろうし。


「 でも、私はあの子から歩く楽しさを奪ってしまったんだよ。 人生のほぼ半数の時間もね…… 」


スミーが護衛になる二年前、まだ九歳だったマーガレットは想い人である王子様に恋い焦がれ過ぎて、周りに隠れて手紙を飛ばした。 エドワードも嬉しかった。 彼自身も花を一輪あげたあの子に、恋をしていたから。エドワードは喜んですぐ様に返事を飛ばしたらしい。


「 マーガレットは自分の好きな時間の事を書いていたからね、私も何をしてる時が好きか手紙に書き記したんだよ 」


驚いた事に九歳のエドワードはその頃から乗馬が得意だったらしく、夜な夜な抜け出しては小さな山の上から月を眺めていたらしい。その山は、偶然にもダラスマに比較的近い場所だった。


「 ……書かなければ良かったと、この10年ずっと後悔している。 私がそんな事を書かなければ、あの子は 」


そんな手紙を見たマーガレットは、次の日の夜には想い人の王子様に合えるかもしれないと初めて城を抜け出した。 しかも、馬に乗ることもなく走って国境の山を越えて隣国のフォルシウスまで向かおうとしたのだ。 雨が降って来て山はぬかるみ、不幸にも崖から落ちてしまったマーガレットは目が覚めたら足が動かなくなってしまっていた。


「 その事故を知ったのは噂が届いて来た3ヶ月後の事だった……隣国の姫君が事故にあって、その手には一輪のーーー 」


そうか花が、握られていたんだね。

だからこそこの子は姫君が自分に会いに来ようとしたんだと気付きキッカケを作ってしまった自分を責めて十字架を背負ったんだ。 話をするエドワードは、泣いたりしなかったけど、ただ顔を手で覆った。


「 貴方もマーガレットも、誰も悪くないじゃない。 貴方はあの子に喜んでもらう為に返事を書いて、マーガレットはそんな貴方が大好きだから会いたかった。 それだけでしょ 」


初めてエドワードの髪を触った気がする。 綿の様に柔らかな猫っ毛の金髪は、とても触り心地が良い。


「 強く生きてるマーガレットに対して、今の貴方はとても失礼よ。 その同情みたいなのって強く生きる人間からしたら邪魔でしょうがないんだから 」


困った様に覆っていた顔を上げて、髪をかくエドワードは何かを我慢している様に息を飲む。


「 嘆く暇があるのなら、一秒でも長くあの子を信じてあげなさい。 あの子の手を取って一緒に歩く事を覚えなさいよ……ちゃんと想いを伝えてあげなさい、心からあの子が好きなんでしょう? 」

「 っ、あぁ………大好きだ 」


力強くゆっくり頷いた彼が、また片手で顔を覆って隠したけれど噛み締める唇のそばに滴り落ちて来た涙は隠せなかったらしい。


この子は、自分だけが長年の想いを成就させる事に対しても本当は躊躇していたんだと思う。 それは後ろに控えて何も言わず見守ってくれている彼……エドワードにとって、兄の様なラファエルの当時の想いを蹴り散らしたのは自分だと思い込んでいるからだ。 でもそれはラファエルが本当に大切だからこその行為。そんな事、私よりラファエルの方が良く分かってると思うけど。 私も彼もそれに対して慰めたり励ましたりするつもりはない……ただ。


「 ラファエルは自分の意思で私を選んだのよ。ねぇエドワード……私の話をして良いかしら 」


上下に分かれているワンピースを突然捲った私を凝視して、驚いて固まるエドワードにヘソの辺りを指差す。今に至るまで結局生い立ちを話すことは無かった私のその火傷を、勿論彼は知らなくて、たった今初めて見た。 その顔は火傷の跡を食い入る様に凝視している。


「 色々あってね、小さな頃からこの火傷の跡と一緒に生きて来たの。 で、個人的にだけど……私はこの火傷の跡を可哀想にと目を瞑られるより、私の個性だと褒めてくれる人の方がずっと好きよ 」


私の自信に溢れた女の顔がエドワードの濡れた瞳に映り込む。 ラファエルのそんな私を見つめる瞳は、流石私の女だと褒めてくれている様な気さえした。


「 ……っ、まだまだ椿には敵わないね 」


力なく机に置かれていた彼の手に両手を添えると涙が我慢出来なくなった様で、しゃくりあげて私と重ねた手に顔を埋めた。 堰を切ったようにわんわんと泣くエドワードの猫っ毛をくしゃっと撫でる。


「 そりゃ敵わないわよ、当たり前でしょう? ……だって、私は貴方のーー 」


もう一人の……続きは言わなかったけど、その言葉を聞いたエドワードは顔を持ち上げて、まだ涙の残る頬を崩して子供みたいに笑って頷いた。



ーーその笑顔に一輪の花を持つエドワードが重なった気がした。



ーーー





その後どうなったかなんて別に聞いてないけど、その日見かけた2人は幸せそうに手を取って、同じ目線で見つめ合っていたし。



「 アドルフ! あんた人で遊ぶのも大概にしなよ⁉︎ 」

「 どうしたの椿? ……顔が魔女みたいに恐ろしいよ 」

「 ……っ、私がなんで怒ってるか分かってるんじゃないの! ラファエルの熱の時と言い今回と言い……あんた私を弄んで楽しいの⁉︎ 」

「 何言ってるの、楽しく無かったらしないでしょう? 普通 」




ーー後日届いたマーガレットからの御礼の手紙には、希望に満ち溢れた将来への想いとエドワードへの感謝。




そして、一輪の可愛い花が添えられていた。









〜恋人たちの憂鬱〜

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