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恋人たちの憂鬱



「 ……出会っちゃった 」



思い返せば早数ヶ月、探して探して探し求めた理想の建物が私の目の前に誇らしそうに建っている。 王都の首都から少しだけ外れたこの南区で私は運命の物件と出会った……そういえば、この世界に来た当初エドワードに建築家の役で培った建築の知識や日本の暮らしの概念を教えた気がする。


「 それが巡り巡って、私の目の前に現れたのね 」


まさしくバタフライ効果だ。

その新築の綺麗な建物をウットリと見つめながら、私は詳細が書かれた紙を踊る心を抑えながら見つめる。 何もかも申し分ないけれど強いて言えば、屋敷や城へは徒歩では行き来出来ない距離感だろうか……これでは、ラファエルが疲れてしまう。


でも、出来たての美味しい手料理を彼に振舞ったり、小さいサイズの寝台に寄り添って眠ったり、自分好みの家具に囲まれたりしてるのを想像すると心が踊る。 だって、あの頃と違って今の私にはヘルクヴィスト家と言う大好きな『実家』が出来た……帰っても良い居場所が見つかったんだから。


ーー帰る場所なんてなかったあの頃とは、全然違うんだ。


「 ラファエルにはちょっとくらい我慢して貰おうかな 」


笑顔を我慢出来ない私の頭から、風が吹いたせいでツバの広い帽子が飛んで行ってしまって。


「 はい、どうぞ 」

「 ありがとうございます 」


目の前の建物から手を繋いで出て来た恋人らしき男女の女性の方が、その帽子を拾って微笑みながら手渡してくれた。あぁ、ご近所関係も良好になりそうな雰囲気。無愛想のラファエルでも、すれ違えば挨拶くらいは出来るだろう。



「 おーい! 椿ちゃん⁉︎ 」


そんな時、最近スッカリ聞きなれたその人の声が後ろから聞こえて来て、振り向くと馬車の窓から手を振っているスミーが居た……こんなとこで会うなんて物凄い偶然だと思う。 彼の祖国はこっちの方角にあるんだとそこで初めて知った。


「 南区で会うなんて思わなかったぜ ⁉︎ ラファちゃんは知ってんのか? 」

「 えぇ、王都に寄ってから乗合馬車で向かうって言ってるわ 」


安堵した様に微笑みを返して来るスミーが、その豪華な馬車の扉を開けて身を乗り出す。


「 拾ってってやるよ、乗ってけ! 」


ダラスマの国旗が背中に掛けられた白馬と、紋章が刻まれたその馬車をひく屈強そうな兜に羽根が付いた鎧の騎士達……物凄い数の騎士達……正午前の南区の住民はそんな大行列に道を開けて驚愕し慄いている。さっきの恋人らしき2人はこちらを振り向いて、王族関係者に親しく話し掛けられてる私を驚愕の顔で見つめてる。あぁ、ご近所関係が先行き不安になってしまったかも。


「 ウチの姫さんも紹介させてくれ! 」

「 もう少し静かに登場してよ、頼むから…… 」


ーーそう、マーガレット王女が今日この国の城に訪れる。




ーーーー

ーー


「 エドワードから貴女のお話はよく伺ってます、勿論スミーからも。あの、椿様とお呼びしても? 」

「 椿で構いません、お会い出来るのを心待ちにしていました。 マーガレット王女様 」


城へと向かう馬車の中、私に話しかけて来ているのは絹糸の様に柔らかそうな、その名前に似合うオレンジの髪を揺らすマーガレット王女様。 輿入れした後は自身の国となるこの街並みを、何処か不安気にチラチラと見つめている。


「 では椿、そのような言葉遣いはお辞めくださいませ。 エドワードが貴女はもう一人の姉だと仰っておりましたから 」


あぁ、エドワードったら私を泣かせたいんだろうか……スミーは私を拾った後、隣に護るべき姫様が居るのに驚いた事にスヤスヤと仮眠を取りはじめた。


「 スミーはこう見えて我が国のヘルクヴィスト家と同様……いえ、もしくはそれ以上の実力があるのです。 寝ていても目が見えている様に何時でも私を守って下さいますから。 私にとって兄の様な御方なのです 」


微笑ましそうに爆睡するスミーを見つめるその姿は、甘えん坊の妹みたいな物なんだろうか。 それにしても、情熱的で気性の激しい女性が多いと言うお国柄の割りに目の前の王女様は振る舞いも言葉遣いも絵本通りのお姫様に見える。


「 スミーに随分と教育されましたから……王女たるもの美しく花の様であれと 」


へぇ、スミーはこう見えて国と王家を心から大切にしているんだな。 そのわりに、遊び癖が激しいってまた面白いギャップかもしれない。もしかしたら、気性が激しいなんてのもアドルフの勘違いだったりして。


「 いえ、我が国の娘達は本当に情熱的で気性が激しいですわ……確か、アドルフ様と仰る方は私の国でも有名で、以前に逆上した私の国の女性に刺されかけたと噂では伺っております 」


……お手上げだ。 もうアドルフを更生させる方法なんて私には思い付かない。あいつなら本当にいずれこの国の神様だって掌で転がしてしまいそうな気さえして来る。


「 あの、椿は類い稀なる才能で世の殿方を思いのままに翻弄して、故郷の星で『 魔女 』と拝まれていた御方だと伺っております……そこで、折り入って貴女にご相談ーーー 」


可愛い顔で思い詰めた様に両手を絡めて拝んで来るマーガレットの顔の前で、手をかざして言葉を止める。


「 ちょっと待って……それ、誰が言ってたの? 」

「 スミーがアドルフ様がそう仰っていたと。スミーもそれは本当の話だと笑っていたので……違うのですか?」


あんの狐男! 人の人物像を好き勝手言い触らして……確かに遊んでたのは否定しないけど、悪魔に魔女呼ばわりなんてされたくないわ!と言うか目の前のグースカ寝てるこいつも!


「 ……っ、いってぇ! 」

「 スミーの馬鹿‼︎‼︎ 」


目の前に座っていたスミーの足を蹴って無理やり叩き起こす。


「 何すんだよ椿ちゃん! 」

「 変な話を吹き込まないでよね⁉︎ 私はお行儀良く遊んでたの、魔女呼ばわりされたくない! あの狐男は今日も城に来るんでしょ⁉︎ ……ぶっ飛ばしてやる‼︎‼︎‼︎ 」


オロオロしてるお姫様と、真っ赤に顔を染めて頬を膨らます私を見て思い当たったのか、ゲラゲラとお腹を抱えて笑い出す。


「 …ぷっ、可愛いなぁ本当! 遊んでたのは否定しねぇんだもんな 」


あんまりにも楽しそうに笑うから、急に怒りが静まって来る……そう目の前のスミーにだけ。 アドルフは絶対に締め上げてやる!



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