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あの翌日にはすっかり元気になったラファエルはその後いつも通り職務をこなして、今日はゆっくり休暇を取っている。 まだ回復して2日しか経ってないのに、きっと今も書斎に篭って仕事をしてるんだろう。
「 椿様! また休憩するの? 」
「 あぁ、もう無理だ限界! ……アンタ達は遊んでなよ 」
「 じゃあ私も休憩する!椿様のとなりに座るね 」
「 ずるーい! 僕も椿様の隣に座るもん! 」
スザンナとイヴァンはすっかり大きくなって、舌足らずだったあの頃が少しだけ懐かしい。 屋敷の外の石畳の壁に凭れて3人で座ってると、それを見た他の子達が真似っこする様に集まり出した。
ポカポカの午後三時のお日様が私達を優しく射し込む。
「 ねぇ聞いて聞いて! 俺とリリーは結婚する事に決めたんだぁ! 」
「 私もイヴァンと結婚するのー!」
「 僕はね、ローズと結婚だよ! 」
自慢気に子供達が互いの手を取り合って、仲睦まじく私に報告して来る。
「 あっそ、おめでと 」
「 椿様ひどーい! 本当に結婚するんだよぉ? 」
「 明日起きたら貴方達自身も忘れてるよ 」
そもそも、結婚ブームなのか?
なんでこうもここ最近『結婚』と言う言葉をヤケに耳にするんだろうか。 子供は確かに可愛いけれど、この子達のそんな可愛い台詞なんて多分明日には言った本人もコロっと意見を変えるはずだ。仕方ない、私は捻くれてるから他の女みたいに同調してあげられない。
「 やっぱりローズじゃなくて、エリーにする! 」
「 ひどい! じゃあ私もケビンと結婚するもんね! 」
明日どころか5秒で変わる事もあるらしいってのは、今知った。 そんな彼等に思わず腹の底から暖かな笑いが溢れて来て止まらない。
本当に、子供は神様からの贈り物だと思える。
「 ねぇ、椿様はどんな風に結婚しよって言われたい? 」
前のめりに抱きついて来たスザンナを受け止めて膝の上に抱えると、皆が私の答えを知りたいのか、好奇心旺盛に近づいて来る。 こんな小さな女の子でも、そんな風に考えたりするんだと思うと感慨深い物がある。
私は生涯で、一度だってそんな事を思い浮かべたり考えたりしたことがない。
「 えー、それ答えなきゃ駄目? 」
「「 答えなきゃダメ~! 」」
小さな子供の小鳥みたいな声が、屋敷の庭園に響き渡る。 答えなきゃいけないらしい……私はもし、仮にそんな未来が訪れるとしてどんな風に言われたいんだろう。 思い馳せる様に石畳の壁に凭れて顔を上げると、開いた窓の中から、部屋の真っ白のカーテンがひらひらと外に飛び出して風に靡いていた。
ーーそれは、純白のウエディングドレスに見える気がした。
「 ……よく分からないけれど、純白のドレスよりは真っ赤なドレスを着たいかな 」
「 えー? それは挙式のお話でしょ? 」
あの子が白を纏ったなら、私は赤を纏いたいな。なんて何故か、そんな風に思う……だって私とあの子は同じ花から生まれた色の違う2人の女性……だから、あの子が白の花になったなら、私は。
「 椿様、今の笑顔とーっても可愛いね! 」
「 ……え? 」
「 絵本のお姫様みたいに可愛い顔でね、とっても嬉しそうだったよ! 」
また、心に何かが咲いた様な気持ちになった。
「 私はねぇ、ロビィリャの真っ赤な花のドレスが着たいかな。 うん、そういう日が来るならだけれどね 」
「 挙式じゃなくて、結婚しよって言われる時のお話をしてよ! 」
折角、ロマンチックな気分に浸ってたのに呆気なくへし折られた。 そんな子供達を見てるとなんだか可笑しくて可愛くて微笑みが浮かぶ。
プロポーズか。 一度だけ結婚雑誌のCMに出たことがあるけど、あまり記憶に残ってないな……私はどんな風にプロポーズされたいんだろうな。ヘリの中でとか銀座の高級レストランなんて戯けたって、この世界の子供達にはポカンだろうし。
「 ねぇ、早く教えてよー! 」
急かす子供達は私の腕を引っ張って可愛くおねだりしている。 あぁ、そう言えばこの国に海はあるんだったっけ……あの頃は、嫌なことがあった時に高速で車をぶっ飛ばして、車内で熱唱して、よく海を見に行ってたな。
そっか、じゃあ多分私は。
「 ……海 」
「 えー? 声が小さいよぉ 」
駐車場に停めた車から見る夕陽は、この世の物とは思えないくらい極上の美しさだったな。
「 夕陽の沈む綺麗な海で、膝をついて絵本みたいに言って欲しいかな 」
閉じた瞼の裏に浮かぶのは美しい夕陽が海を染めて、その中に佇む2人の男女……それ以上は考えれなかった。 その女が自分だと思えるほどの自信も無いし、やっぱり結婚ってよく分からない。
ーーでも、膝を付く男性はあの人と同じ長さの髪を夕陽の風の中に靡かせていた。
「 えー、それは無理だと思うよ? 」
やっぱりロマンチックな気分に浸る私を容赦なく現実に引き戻す無垢な子供達の、残酷な感想。
「 何で? 」
「 港町はね、この国の端っこだから王都からだと時間が掛かるもん 」
子供って、時々リアリスト。
笑った私にスザンナが真剣な眼差しで、膝の上から振り向いて来る。
「 それに、ラファエル様は汚い所が嫌いだから、お砂が靴に入るの嫌がっちゃうと思うよぉ? 」
ーー純粋なその言葉に、心臓が止まった様な感覚に陥った。
「 ……え 」
「 椿様は砂浜を知らないの? フカフカでね歩きにくいからお庭よりももっと汚れやすいんだよぉ? 」
驚いた私が海を知らないと踏んだスザンナがにこやかに教えてくれる。 私は、ただ笑って頷くしか出来なかった。
「 ラファエル様が歩けそうな場所、皆で考えといてあげるね! じゃ、休憩は終わり! 」
スザンナのその声を皮切りに、子供達が何処かへ笑顔で駆けて行ってしまって、私はあんな小さな子にまで潔癖具合を心配される恋人が、可笑しくてしょうがなかった。
ーー子供達は、すっかり遊びに夢中らしい。
そんな時、何処か上の方からハッキリと私の名を呼ぶ彼の声が降ってきた。 声のした方を向くと、さっきの純白のカーテンの部屋の小窓からラファエルが少しだけ顔を覗かせている。
「 良いのか? あの子達に焼いた菓子だろう? 甘い香りがこの部屋まで漂って来ておるぞ 」
芝生に座り込んだまま、スンスンと鼻を犬みたいに動かせば確かに少しだけ甘いクッキーの香りが漂って来た……美味しく焼けた香りがする。 ラファエルはそんな犬みたいな私を、窓淵に腕をかけて優しい眼差しで眺めて笑ってる。
ーーさっき思い浮かべたあの夕陽の海の様に、彼の髪が風に靡く。
「 焦げるまで焼いてないから大丈夫よ。と言うか、貴方何でその部屋にいるの? 書斎に居るんだと思ってたわ 」
ラファエルの居る部屋って何部屋だったっけ? あぁ、そうだ、確か本が沢山置かれてる部屋だったかも。
「 昨日、兄上にディアナに読み聞かせれる本が無いかと頼まれてな 」
なるほど、お兄様は素晴らしいイクメンパパなんだな。 感心してる私を見ながら両腕を窓淵に掛けて身を乗り出して来た彼の姿を見てキョトンとする。
「 あれ、出掛けてたの? 」
彼の着ている服は確かに休日の貴族装束だったけれど、肩に掛けているのは休日出掛ける時にいつも羽織っているマントだった。
「 あぁ、王都の職人に頼んでいた物が仕上がったので受け取りにな 」
「 いつもの鍛治職人さんね? 本当に剣の手入れが好きなのね、貴方 」
彼は時々ふらっと王都の鍛治職人の元に出掛けて、鈍ってしまった剣の手入れやらを頼んでて、私もたまに一緒に出向く事もある。和かに喋る私に答えることなく微笑んでる彼は、何だか楽し気な顔を浮かべてる。
「 なぁ、椿 」
「 ん? 」
「 来月に二日続けて休暇が取れそうだ。 久し振りに遠くに足を伸ばさぬか? 」
さっきよりも、甘いクッキーの香りが強くなって来た。 そして彼の顔も優しくて甘くて三白眼のその瞳に私を写してくれる。
「 ラファエル大好き 」
「 あぁ、知ってる 」
彼はきっと工面してその2日を作ってくれたんだ。 恋人になって月日が経った今も尚、こうやって気まぐれな猫のご機嫌を取るために、退屈しない様に時々遠くへ連れて行ってくれる。
ーー2人だけの、楽しいデート。
結婚なんて私には分からない。
それは、きっと『 愛 』という不思議な感情の果てにある、まだ今の私には得体の知れない言葉だ。
未来なんて分からない。
でも、私には今この時この瞬間に私を写してくれる甘くて優しくて何よりも大好きな彼が居る。
『 愛 』 『未来 』 『 結婚 』
それは、私が過去に望むのを辞めた言葉たち。 だからまだ私には分からない……でも、私は今、幸せで幸せで仕方ない。
「 ラファエルは本当に優しく笑うようになったよね 」
「 多分だが、その先にいるのがお前だからだろうな 」
だって『 彼 』が側でこんなにも優しく笑ってくれるから。
~だって、彼がいるから~




