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男友達


「 椿さん、はい!これ飲んで 」

「 あぁ、今取りに行こうと思ってたのよ。 ありがとうね 」


ギルシュに手渡されたグラスの水を一気飲みして、おっさんみたいな息を吐くとゲラゲラ笑ってる。


「 椿さんは男前だね 」


すっかり打ち解けた劇団仲間達と、稽古終わりに他愛ない会話を繰り広げる。 ヤキモチ妬きのラファエルだけれど、劇団の男性と私が仲良くしても怒ったり拗ねたりなんて全くしないで、いつも笑顔で応援してくれてる。 もしかしたら、心の中で止めてくれてるのかもしれないけれど、そんな彼の優しさにまた私は心が惹かれて行くんだと思う。


「 あれ、もう帰るの? 」

「 ダラスマの騎士が城に来いって煩いのよ。 明後日帰っちゃうし、会いに行って来る 」

「 ……そう言えば、そういう立場の人なんだったな椿さんって 」


ポカンとした後にゲラゲラ笑うギルシュ。 スミーは稽古でも良いから見せろと散々喚き散らしてた。 でも、劇団仲間達からして見れば彼だって雲の上の御人らしいから、緊張したら可哀想だし私は頑固拒否し続けた。


「 ねぇ、そう言えばギルシュはどの辺に住んでるの? 」

「 え? あぁ、俺は実家だから南区の端っこだよ。 まぁこの王都の首都からは若干遠いけどな 」


若干遠いのか……って事は自動的に屋敷や城からも距離はあるんだろうな。


「 この辺の豪邸みたいに立派じゃねぇけどな。でも治安も良いし何より最近建った家が多いから綺麗だし。そうそう、それがまた風変わりの家でよ〜友人と住んだりも出来そうだけどな 」


実家周辺を思い出してニコニコ笑うギルシュはその言葉に異様に反応し食い付いて、顔を覗き込んで来た私にポカンとしている。


「 行って見る価値ありだよね⁉︎ 」

「 …え? あぁ、何の事かわかんねぇけど。 まぁ、良いんじゃない? 」



やはり、一旦首都で探すのを妥協して見るのも手かもしれない。



ーーー



なんか、意外な一面かもしれない。

意外と言うか彼の本職は騎士だから当たり前なのかもしれないけれど。


「 格好良いじゃん、スミー 」


訓練場の開いた扉の向こうには、この国の若い騎士達に手取り足取りで真剣な顔で指導しているスミーが、汗をかきながら真面目に仕事している。普段のおちゃらけた雰囲気なんてまるでなくて、女神様みたいなあの女顔を険しくしながらも、時々褒める様に騎士に話しかけている。


「 ……あ 」


そんなスミーを見る私から、視線を一瞬で奪ったのはコツコツと靴を鳴らしながら騎士達の練習光景を見ている彼の後ろ姿。 紺色の髪を一つに結っているその背には長くて邪魔そうなあのマントが羽織られていて、それだけで胸がキュンと鳴る。


ラファエルは一通り見終わったのか椅子に腰掛け足を組み、すかさずやって来た騎士と顔を上げて何かを難し顔で説明しながら話している。


あぁ、格好良い。


覗き見してる私に気付かないほど真剣に顎を抑えて話し込んでいる恋人の仕事をしている姿が大好きなのは、きっと万国共通だろうな。


「 椿、こんな所で何をしているの 」


扉に置いていた私の左手を掴み、少しだけ焦った様な顔のアドルフは大臣の装束とマントに身を包んでる。


「 恋人に見惚れるのは構わないけど、今此処で彼等が訓練してるのはまだ剣を握って日の浅い新兵達だよ? ……何かが飛んで来たらどうするの 」


説教のように怒るアドルフは、やっぱり何だかんだ優しい。


「 僕の部屋で一緒に待っていたら良いよ。 君を置いたままにして怪我でもさせたらラファエルに斬り殺されてしまうからねぇ 」


戯けて私をそこから離すアドルフに、不思議に思って問い掛ける。


「 ねぇ、アンタなんでさっきからずっと私の指ぷにぷに触ってんの? 」


左手をクイッと持ち上げて、その手を見せるとアドルフは喉を鳴らして笑う。 今だに親指やらなんやらをぷにぷにと触って来てる。


「 細い指だなぁと思ってね 」


和かに笑うアドルフからは、毎日の様に違う女の香水の残り香が漂って来る。



ーーー


「 本当、ちっちぇ指してんなぁ椿ちゃん 」


湯浴みを終えて石鹸の香りがするスミーが二カッと歯を見せて、同じ様にぷにぷに左の指を触っては楽しそうに笑ってる。


「 悪りぃ悪りぃ話が逸れたな! 勿論、俺の国にもヘルクヴィストは居るぜ? あの一族はどの国でも王家の側近家系だしよ! ラファちゃん達が本家で後は分家らしいけどな 」


協定を結ぶ前は関係が悪かったらしくて、開戦一歩手前の張り詰めた空気が漂っていたそうだ。 それを緩和させたのが、まだ若いこの国のヘルクヴィスト家の次男坊だったと……ラファエルって凄い人なんだな。 でも、こんなろくでなしの私にだって分かる……戦争は決して何も生み出さない。 あの島国に生まれた一人の人間として、私は自分なりに色んな思いを抱えてそう結論付けている。


「 同一族ってだけだから、血も遠いし殆ど他人だってお互い言ってたけどな! まぁ、交流もなければ生まれ育った国も違うんだし、しゃあねぇわ 」


親戚って感覚が分からないけど、遠くの親戚より隣の他人って言うしね。そんな事より、目の前で歯を見せて喋ってるこの女神様のゆるりとした服から覗く首元には情熱的なキスマークがはっきり付いてるんだけど……心なしか頬にぶたれた跡の赤みが残ってる。ジッと見つめる私に気付いたスミーが、自分の頬を指差してとびきりの笑顔を見せてくれた。


「 あぁ、コレか? やっぱ分かるよな〜⁉︎ 湯浴みの前に見つかって、思っ切り引っ叩かれてよぉ! やっぱ年下は駄目だな、純情過ぎるわ 」

「 ねぇ、その首元に跡をつけた可愛子ちゃんとはーー 」


あぁ、とびきり美しい満面の笑みと自信たっぷりな決めポーズ。


「 勿論、 違う女だ! 」


神様、どうしてこんな下衆な男にこんなにも美しい顔を与えたのですか。


「 僕の部屋でそんな下品な会話は止してくれない? 」


書斎の扉から出て来たアドルフが呆れた様に首をもたげて疲れた様にこちらに歩み寄って来た。 飲み掛けだった冷たくなった珈琲に手を掛けて椅子に座り込む。 そんな彼からはやっぱり女の香水の残り香がする。


「 ねぇ、貴方が言えたことじゃないと思うわ? 日替わりで女の子をコロコロ変えるような、貴方が 」

「 失礼だね椿、最近は週替わりだよ 」


私は二人を見て、何だか疲れてガクッと肩を落とす。 この二人が女の子と戯れてチュッチュしている所は本当によく見かける。 そもそも違う国から来てるスミーのそんな所をよく見かける時点でおかしいと思う。


「 それにしても、結局またこの三人だな 」


椅子に腰掛けたスミーの言葉に、同じ事を考えていた私も同意して頷く。 基本的に王子様のあの子も、騎士様の三兄弟も忙しい人達だ。大臣の アドルフは誰かの側について護衛する訳でもなく小難しい書類と向き合うのが主だし、スミーは一応こんなでも他国からのお客様だし。


何気にこの二人との時間は多かったりするけど、意外と悪くない。


「 ねぇ、貴方達って女の子はみんな獲物対象なワケ? 」


大袈裟に呆れた顔を浮かべてニヤリと問い掛けると、前に座っていたスミーがキョトンとしている。


「 何言ってんの? そんな訳ねぇじゃん。 例外は居るさ、ウチの姫さんとかーー 」


女神様が満面の笑顔で指を差す。


「 椿ちゃんもな! だって俺達は友達じゃんか!なぁ、アドちゃん 」


その言葉にポカンと驚いてる私をケラケラと楽しそうに頬杖をついて見つめるスミーの言葉に、難しそうな書類を捲っていたアドルフが目線を書類に落としたまま微笑む。


「 そうだね、椿にはどう頑張っても欲情しない 」

「 椿ちゃんはめちゃくちゃ可愛いけどな! 女とはまた別もんだわ! 」


そうか、私達は『 友達』なんだ。

日本の女達はよく飽きないなと思うほど話していたな……男と女の友情はあるのかどうかって。 永遠のテーマとか言ってたけど、正直友情すら分からない私にはそんな会話すら目障りだった。


「 ……男友達ってこと? 」

「 まぁ、そうなんな! 俺達にとっちゃ椿ちゃんは女友達だからなぁ 」


そうかこれが『男友達』ってものなのか。ということは、互いに欲情しない男女の事を友達と呼ぶって事?……私に欲情しない男を、男友達って呼ぶのかな? ん?頭がこんがらがって来た。


「 君が頭の中で考えてるのとは多分少し違うと思うけど? 」


アドルフが書類から顔をあげて、唸っていたらしい私を呆れながら微笑みを浮かべて見つめてる。


「 男女なんて関係なく、人として椿の事が好きだって事だよ。 簡単でしょう? 」


アドルフって、いつも私の背中をこうやってポンって押してくれる人だったよな……私が泣いた日も、こんな風に優しい声で導いてくれた。


なるほど、男友達ってこんな感覚なんだ……劇団の俳優陣も私にとっては男友達だったんだ。今なら、日本の女の子達とビールでも呑みながら永遠と討論出来るかもしれない。



『 私は男女にも友情はあると思う 』


そう言って笑いながら、楽しいお酒を呑めるかもしれない。


「 椿にとって僕達は男友達だと思ってたけど? 」


目の前の二人は、女たらしで遊び人だけど優しくて面白くて私はこの人達を好きだって思える。 なんだ、そういうことか。


「 ……うん、男友達。 初めての、男友達だよ 」


何でだろう、凄く嬉しい。


「 嬉しそうな顔しちゃって! 可愛いなぁ〜椿ちゃんは 」

「 嬉しそうじゃなくて、嬉しいの 」


信じられないくらい喜びが溢れて来て隠しきれなくて口元を両手で隠したけど、それでも隠しきれない。


「 本当に、嬉しいの…… 」


私の周りには、何時の間にか人が溢れている様になった。 彼等もラファエルが私に教えてくれた大切な男友達なんだ。 あぁ、嬉しいな。


穏やかな顔で私を見つめて微笑む2人に、大好きの気持ちを込めて笑顔を返す。



ーー窓の外はもうすぐ暗くなりそうだった。



ーーー



「 ……何言ってんの? 」

「 だから、男はそんなもんだって! 」


力説するスミーに若干呆れながら耳を傾ける。


「 私の甘えた可愛い顔は、ラファエルの前でしか見せないわよ 」

「 でも、喜ぶぜぇ? きっと。人前でそんな事しない椿ちゃんだからこそ余計にな! 」


自分の友達の前で恋人が甘えて来たら、男は喜ぶもんだ。 そんな事言われても……人様の前でイチャイチャしない私達を茶化してるのか知らないけれど、そんな事私がする筈がない。


「 ねぇ、アドルフも何か言ってやってよ 」

「 僕はスミーの意見もあながち間違ってないと思うけどね……男ってのは単純明快だから。 まぁ、男友達の意見だって受け止めとけば? 」


……人様の前で甘えるなんて流石に出来ないぞ。 恥ずかしいじゃない。

窓の外はすっかり暗くなってしまった。 そんな時、私を迎えに来た大好きな足音が居場所を伝えて無かったのに、確信を持ってこの部屋に歩いて来るのが聞こえる。


「 待たせたな椿、帰ろうか 」


ラファエルは少しだけ疲れた顔で、でも優しい眼差しで私に手を差し出してくれている。


「 こいつの御守りをしてくれて助かった 」

「 あぁ、テメェの可愛い椿ちゃんはそろそろお眠の時間だぜ? 」

「 ちょっと、子供みたいな言い方しないでよ 」


スミー達に御礼をしてる彼にブスッとすると、2人がクスクスと喉を鳴らす……ん?なぜかラファエルを見上げてる彼等の瞳は、目で語り掛けてるような雰囲気。


「 ……感謝する 」


以心伝心なのか何なのか知らないけど、そのアイコンタクトを受け取ったラファエルが唐突に彼等にそんな事を言った…その友人達を見る顔はとても優しい眼差し。


なんだか、本当に彼等の関係は不思議だ。


「 馬車が待ってる。帰ろうか 」


私の荷物を自然な仕草で手にとって、私を椅子から促した彼を見上げると、どうしてか微笑みが溢れて来て隠せなくて。


「 ん? なんだ 」


ーー首を傾げるその人に私は立ち上がって思い切り飛び付いた。


衝撃で椅子が倒れた音と、咄嗟に受け止めたラファエルの手から私の荷物が落ちる音が聞こえて来て、耳の装飾が揺れる感覚がする。


「 どうした、ヤケに機嫌がーー 」


抱っこしてくれていた彼が微笑んで私を見上げたけど、それは直ぐ様驚いた顔に変わる。


「 …っ、⁉︎ 」

「 今日も一日お仕事お疲れ様、大好きよ 」


したり顔で彼の唇に着いた私の真っ赤な紅を指で拭うと、そばからスミーの囃し立てる声が聞こえて来る。


「 ひゅーひゅー‼︎‼︎ あっついねぇ〜熱い口付けだねぇ〜お二人さんよぉ! お揃いの耳飾りなんてしちゃってよぉ〜! 他所でやれい! 」

「 スミー、君それ後で自分で片付けてくれよ? 」


その辺にあった紙を千切って、餓鬼大将みたいにこっちに投げつけて来るそれは紙吹雪もどきで。 そんな無邪気なスミーに目線も贈らずに、淡々と書類に目を通している冷静沈着なアドルフが話し掛ける。


「 どうした、お前熱でもあるのか? 」

「 ううん、私は何時だって36.6度の平熱だからね 」


ラファエルは冷静沈着な声を出しながらも、自分の唇をペロッと舐める。 ご飯を食べた後の犬みたいなその仕草はめちゃくちゃ嬉しい時の彼の癖だと言うのは知ってる。


本当に、喜んでくれてるんだ。


「 嬉しい? 」

「 まぁ、悪くない気分だ 」


それを聞いてクルリと二人を振り返ると、満足気で何処か茶化す顔で私を見て笑ってる。









「 大事な男友達が教えてくれたの……男を喜ばす秘密の技をね 」









私の生い立ちはヘルクヴィスト家の家族しか知らないし、私も別に言い触らすつもりもない。 ただこの人達はそんな事に左右されないだろうと……遊び人で自由気ままな人達だけど、私にとって心許せる大事な。







〜男友達〜

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