動物達とお姫様
「 違う、此処もやっぱり違う… 」
目の前の家を見てガクンと項垂れる。 どうしてこうも王都の周辺は大きな一軒家ばかりなんだろうか。 どんだけ掃除が大変か……あの潔癖性男がそんな環境に足を踏み入れるはずが無い。
あぁ、世の中って世知辛いわ。
「 あれ、椿さん⁉︎ 」
「 ああアンタ今から劇場? 」
真顔の私に尻尾を振って飛びついて来たのは、あの日ケニファーを演じるはずだった劇団仲間。
「 ねぇ、今から時間あるなら演技指導してよ! 椿さんのケニファー教えて! 」
「 ……何回も言ってるでしょう、それは出来ないって。 それぞれに思うケニファー像があるんだから、どれも間違いじゃないんだって 」
そう、それは私の信念でもある。
人によって役への印象は異なるだろうし、他人の印象を演じた所でそれは少し滑稽になる。
「 もう! おケチ! 」
「 ケチじゃ無いわよ。 私はあんたのケニファー好きだけどね 」
懐っこいこの子は何時も私の後ろをひっつき回る。でも、信念を持って演者として生きるこの子は割と好き。
「 それに、私今から城に行かなきゃなんないのよ。 馬鹿王子のお呼びだし喰らったからね 」
「 ……王子殿下をそんな風に蔑むのはきっとこの世で貴女だけよ 」
唖然とした後に豪快に笑うこの子は、いつかきっと自分だけのケニファーを手に入れるんだろうな。
ーーー
ー
「 え、じゃあ何よ。 今迄の縁談はアンタが故意に仕組んでて、お目に掛かる子が居ないってのは嘘っぱちだった訳? 」
「 ああ、あの子は素直じゃ無いからね。 多少の嫉妬くらい妬かせないと首を縦に振らないんだよ 」
優雅に紅茶を嗜むエドワードの隣でミシェルがぽけ〜っと窓の外を見てる。
「 まぁ、やっと収まる所に収まったって事だな! 終わり良ければすべて良しだ! 」
片足を椅子に上げて行儀の悪いスミーが、酔ってるのかと思うほどのテンションで豪快に笑う。
「 なる程ね……だからダラスマのアンタがこの国に良く顔を出してたって事か 」
「 まぁな! コレでも一応姫さんの近衛騎士だからな! 」
ダラスマのお姫様とエドワードが良い関係だったなんて、流石に気付かなくて呆気にとられた。
「 アンタ出会った当初より拍車を掛けて捻くれてない? ……側にいる男が悪過ぎたのね 」
「 椿、誰の事を言ってるの? 」
アドルフがニコニコと恐ろしい顔で私を見つめて来る。
「 スミーとアンタに決まってるじゃないの 」
「 私が拍車を掛けて捻くれたと言うのならば、それはきっと君を見習った成果が出たんだよ、椿 」
いや、私はそこまで落ちぶれていない筈だ。 それにしても、ダラスマの女性は情熱的で気性が激しいって言ってたけど……どんな姫様なんだろう。 何気に会うのが楽しみかも。
「 あーあ、俺も椿ちゃんの格好良い所見たかったな〜。 呼んでくれりゃ良かったのによぉ! 」
不貞腐れた顔で皆を交互に見つめるスミーにアドルフが話し掛ける。
「 観るべきだったね。 あの時の椿は本当に凄かったよ……本当にあんな分厚い本を暗記したんだから 」
アドルフの後ろの窓辺に居たミシェルがふにゃりと私を見て頷いてくれる。
「 あぁ、声も表情も何もかも椿じゃなかったからな。 まさかあんな特技を隠してたなんて想像してなかったな 」
エドワードも同意する様に大きく頷いて、そんな皆の反応を見たスミーが余計に悔しそうに不貞腐れた。
「 なんで俺が滞在してる間は舞台に立たないんだよ椿ちゃんよぉ! 」
そんな彼の方を向いて手で遊びながら淡々と話し掛ける。
「 頼まれてる他の仕事もあるし、屋敷に来る子供達と遊ぶ時間もディアナと会う時間も欲しいもの。 欲張りなの、私 」
首の座ったディアナはまだ赤ちゃんの可愛い香りがして、凄まじいマイナスイオンを私に嗅がせてくれる。
あぁ、話してるともう会いたくなる。
「 へぇ、椿ちゃん子供好きなんだな」
「 えぇ、だって子供って無垢で捻くれてなくて可愛いじゃない 」
「 無い物ねだりだな! 」
「 ……アンタさっさと祖国に帰れば良いのに 」
傍目で彼を一蹴して、目の前の珈琲に手を掛けると見知った靴の音が遠くから少しずつ近くなって来る。その靴音が扉を開くと、思わず頬が緩んでしまった。
「 スミー、椿の淹れた紅茶は美味いか? 」
「 おう! 流石ラファちゃんの女だな! 」
その途端、物凄い鈍い音と共にスミーの絶叫が甲高く鳴り響いた。
「 っいってぇな‼︎ …っ、いきなり何すんだよテメェ‼︎‼︎ 」
「 やはりあの時、貴様にこの王城の中を把握させたのは間違いだったな……もっと父上を説き伏せるべきだった 」
「 なんだよ! ちょびっとくらい顔出したって良いじゃねぇか‼︎‼︎ 」
「 ……スミーよ、貴様は何の為に今回我がフォルシウス王国にやって来たのだ? 」
「 決まってんだろ‼︎⁇ 親愛なるマーガレット王女とその未来の夫であるエドワード殿下の橋渡しだ‼︎‼︎ 」
ドヤ顔で笑うスミーの襟を摑んで、般若の形相を浮かべるのはやっぱり気苦労の多いらしい彼だ。
「 ほぉ……素晴らしい御回答だな。 では、何故目を話した隙に2ヶ国会議の場から姿を消した? 」
「 てへ 」
襟を摑んでスミーを持ち上げるラファエルの眉間には悍ましい青筋が立てられている。 スミーは頭を搔きながら媚びへつらうように笑ってるし、アドルフは淡々と珈琲を飲んでるし、ミシェルは窓をぽけ〜っと見てるし……エドワードも微笑んで見守ってるし。
「 スミー、あんた会議中だったの? それなら来たら駄目じゃん。 仕事終わってから来るのが大人ってもんでしょうよ 」
呆れた様に溜息と一緒に言う私を、有り難そうにラファエルが仏頂面で見つめて来る。 なんか、本当に、大変そうだ……人を纏めるのって難しいんだな。
「 椿ちゃんまで釣れない事言うなよ〜‼︎ 俺はしょっちゅうは来れないんだせ⁉︎ 仲間外れは駄目だって! 」
ぎゃんぎゃん吼えるスミーの大声に、ギリギリと眉を歪めたラファエル。
「 可哀想にスミー 私の躾が行き届いて居なかった様だな? そうか、ならーー 」
「 早く会議に戻ろうぜ! 」
途端に取り繕う様に微笑んでラファエルの肩に腕を廻すスミー。 こんなんで本当にお姫様を護れてるんだろうか。
「 ……で、アドルフ、お前は何をしている 」
「 そうだね、僕は何時もこの国の行く末を案じて居るよ? 」
余裕の微笑みを浮かべるアドルフを見てると、悪い予感しかしない。
「 貴様は10分前には会議に到着している予定だった筈だが? ダマスラの大臣共が貴様を首を長くして待っているんだがな 」
「 あぁ、あの狐達を交わすのには心理戦が大事だ。 考えを纏めないと君に迷惑を掛けてしまうからね 」
なんか、本当にもう、ラファエルが気の毒で気の毒で仕方ない。 どの世界でもストレス社会ってのは纏わり付いてくるんだなぁ。 ラファエルが珍しく疲れた様に溜息を吐いている。
「 ラファエル、捕まえたか? 」
大好きなお兄様の足音が聞こえて、思わずそちらに俊敏に振り返った。口髭がワイルドなお父さんになったオリフィエル兄様。
「 おぉ、椿! また綺麗になったな 」
爽やかな渋い笑顔でニコッと笑うお兄様はそのまま私に近づいて髪をグシャグシャと掻き回す。
「 三日前も会ったじゃない 」
「 更に綺麗になったって事だよ。 また直ぐに遊びにおいで、もうエルヴィーラは君に会いたがっている。勿論可愛いディアナもね 」
「 えぇ! ありがとう 」
やっぱりこの夫婦は本当に格好良くて、大好きだ。 そんなお兄様は微笑みを浮かべたまま、何故かアドルフの前に歩み寄る。 そう言えばこの2人の組み合わせって初めて見たかもしれない。
「 水分補給は出来たな、アド坊 」
ーー鈍いゴツンという音が、一度だけ部屋に響く。
目の前の光景に驚いて、ポカンと口が開いたまま閉じない。
「 ……っ、 」
つむじ辺りを片手で抑えて悶絶するアドルフなんて見れると思ってなかった。
「 アドルフは唯一、兄上には逆らえないんだ 」
側に来て腕を組んでいるラファエルの真ん前で、痛そうに顔を歪めるアドルフは鼻をピクピク歪めて、殴られたそこに手をあて続けてる。 すごい、お兄様。
でも、良かった……ちゃんとラファエルと一緒に叱ってくれる人がいるんだ。
「 君の国の大臣なんて破滅に導いてやる 」
「 おい、テメェ‼︎‼︎ ウチの姫さんがこれから嫁ぐってのに物騒な事言ってんじゃねぇぞ‼︎⁇ 」
「 お前ら騒がしいぞ! 」
ビービーギャーギャー喚く男達の声が、耳を劈くほど煩くて仕方ない。 思わず呆れた私は、椅子に腰掛けて両耳を塞ぐ。 視線の先の窓辺にはこの状況が見えてないのかぽけ〜っとしたミシェルが居る。
「 ……うっさいんだけど 」
ここの男達は、あまりにも個性が強すぎる。そりゃラファエルもこんな動物達に囲まれて気苦労ばかりしていたら、あのフワフワしたカミーリィヤが心の拠り所にもなるだろう。 天真爛漫で無垢なあの子が日頃の疲れを浄化してくれてたんだろうな。 ああ、そう言えばあの子はマーガレット王女の人となりを知ってるんだろうか? 弟の想い人なんだから知ってるか。 エドワードが少し捻くれたなんて言ったらあの子はまたあの笑顔で笑うのかな? ロビィリャはもう首は座ったのかな。 あの子に似て、可愛いんだろうな……あの子はどんなお母さんになってるんだろう。
「 椿さん、可愛い 」
「 ……へ? 」
我に返った視線の先いっぱいに、グイッと覗き込んでふにゃふにゃ微笑むミシェルが映る。
「 姉上の事を考えていたんだね 」
ミシェルの後ろから、優しい微笑みのエドワードが見えた。
「 あら、どうして? 」
「 椿は大抵そうやって可愛い微笑みを浮かべてる時は、姉上の事を考えてるんだよ 」
ミシェルが開けた窓の外から、あの花の香りが鼻を掠めて来た。
「 行くぞ! 」
スミーは首根っこをラファエルに摘ままれてズルズルと部屋から出て行く。歩くアドルフの後ろにお兄様が居る。
「 この予想は当たっていると思うけど、どうだい? 」
あの子は、此処を出て行くまでこんな動物達に囲まれてどんな人生を送っていたんだろう……聞いてみても良かったかもしれないな。
「 ……さぁね 」
〜動物達とお姫様〜




