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こう言う悲劇の連鎖の舞台とかを見るとどうしようもない気持ちになる。 ハゼスも最初からしなきゃ良かったのに、どうにか出来なかったのかね〜なんて、演劇が終わりを告げた途端そんな事をおもう。
と言うか、そもそもこの国を巣立ったあの子が無事に出産を終えて目出度いこんな時期に、何故この演目?
でも、演じた直後って役が乗り移ってるからケニファーの苦痛の想いがまだ私の感情みたいに渦巻いてる。
ーー頬を思い切り叩く音が耳の近くで聞こえる。
「 ……っ、 何をなさってるのですか⁉︎ 」
ハゼス役の人が、自分の頬を叩いた私に驚愕して慌てて手を動かしてる。
「 ああ、驚いた? ごめんごめん、何時もしてた事だから気にしないで 」
頬を叩いてようやく椿に戻れる。
いつも、私はこうやって役を剥がしていた。 なんか、こんなやり切った達成感の汗が出たのって何時ぶりなんだろう。
「「 椿様! 」」
「 あぁ、間隔合わせてくれてたよね? やり易かったよ、ありがとう 」
演者達がゾロゾロと私のそばに駆け寄って来る。 彼等の顔は皆一様に大好きな芝居をやり遂げた達成感と充実感で満ちていて、余り話さず舞台に立ったけれど昔から知っていた様にすら感じられる。
「 椿様! 幕が挙がります、真ん中に立つのは主役の貴女様ですよ! 」
親友役だったこの子は、本来の性格はものすっごく良い子そう。
「 ……え? 」
「 え、どうなさいました? 早く行きましょう? 」
その子の瞳に映る自分の顔を見て、心底驚いた。
ーー私は、この演者達と同じ様な顔をしていたから。
「 拍手が鳴り止みませんね 」
「 あぁ、そう言えばそうだねぇ 」
一列に手を繋いで、幕の前に立つと何だか不思議な気持ちが溢れて来た。 強烈な音で鳴り響く拍手に迎えられて、幕が少しづつ挙がるとその拍手はより一層音を立てた。 そんな時、隣に居たハゼス役のあの劇団員が私の名前を呼んだ。
「 え、何? 」
振り向いた先のハゼス役の劇団員は、穏やかな眼差しで私に声を掛けてくれた。
「 椿様の演技に心が痺れました。 あんな風にケニファーを演じたのは貴方が始めてです……私は今日、初めてケニファーに会った気がします。 貴女のお陰で自分の演じるハゼスにも…… 」
何だろう、この気持ち。
あ、幕が挙がった。
ーーー
ー
凄まじい拍手の中に見えるのは、立ち上がって拍手する人の涙の浮かんだ顔や感激した顔。 涙を拭う姿に、懸命に拍手で感想を伝えてくれる人の顔。
大きな拍手をしてくれてる、大切なあの人達。
ラファエルの褒めてくれてる様な優しい笑顔と舞台の私を見つめて大きく頷いてくれた彼の柔らかい表情。
ーー何だろうこの湧き上がる気持ちは。
「 椿様、コレは貴女に贈られた絶賛の拍手ですよ 」
ハゼス役の劇団員がそう言って来たから、そちらを振り向くと反応を返す前に皆が頭を下げて、釣られて私も大きく頭を下げたらケニファーの履いていた汚れた靴が視線に入って来た。
「 ……っ、 」
ーー不思議な事に、涙が出て来た。
『 小鳥遊さん、まだ稽古するの? 私達は帰るけど 』
『 はい! お疲れ様です! 』
あぁ、私って女優が嫌いなんだと思ってた……借金の為に嫌々してるんだと思ってた。でも、そう言えばの月日の中、足を引っ張られてばかりじゃなかった。
『 監督、小鳥遊 椿を口説き落としたのはやはり影響力がある女優だからですか? 』
『 なぁ高橋、小鳥遊は天性の女優では無い。 あの真似出来ない演技は努力で得たもだと思う。小鳥遊は努力の女優なんだ……俺はあいつのそこを買っている 』
認めてくれてた人々を、私は忘れていた。
『 なぁポチ。 カレンダーのこの星って何のマーク? 』
『 その日が主演した映画の公開日なの! 』
ーー好きだったんだ、この仕事が。
そうだ、この気持ちは充実感と昂揚感と達成感と……幸福感だ。 好きだったんだ。 何時の間にか女優の仕事が好きになってた、演じる事が好きになってたんだ。 父の駒にされた自分が悔しかったけど、あんな最低な人間にも今なら感謝出来るかも。
だって、こんなに演技が大好きだ。
「「 ありがとうございました! 」」
演者達が声を揃えて言ったその言葉に乗り遅れちゃったけど、釣られる様に顔を上げたら、また観客の笑顔と大きく拍手を贈ってくれる人の顔が視界いっぱいギューギューに映り込む。
ラファエルは、驚いた顔をして心配気に私を見つめてる……今にも突進して来そうだ。 そんな彼と彼の側にいた皆に、最高の笑顔を贈る。
「 ねぇ、ハゼス 」
「 今の私はギルシュです 」
「 あぁ、そうだね。 ギルシュ 」
歯を見せて笑う彼に、私も笑顔で感謝の気持ちを込める。
「 最高の舞台に立たせてくれて、本当にありがとう! 」
ーー拍手はずっと鳴り止む事はなかった。
「 でもやっぱりあの悪女は演じて見たかったな、うん 」
舞台袖に戻り、独り言を呟く私は新しい自分を再発見出来た気分だった。 私は心の奥底で女優であることを認めていたんだ、きっと、今なお自分は女優だって。
「 …っあの、椿様! 」
「 ギルシュ、そんな慌ててどしたの? 」
ーーー
ー
この部屋で過ごしたあの年月は、今ではとんでもなく昔の出来事の様に思える。でも、部屋の香りで途端にあの頃に戻った気がする。
「 うっわ、懐かしいな全然変わってないのね…… 」
配置も洋服棚に掛けられているドレスも、本当に何もかも変わっていない……知らなかった。 今にして思えば、家出同然でラファエルの手を取り飛び出したのに。
「 ……全部、あの日のまま 」
城で与えられていた、私の自室。
あの姉弟の心遣いが今の私にはちゃんと滲みて来る……私の帰って来ても良い場所を壊さないでいてくれた。
「 3年、か。 あっという間だったな 」
姫様探しの王子は22歳になったし、母になったあの子は27歳に……わたしとラファエルは、気付けば26歳になっていたんだ。 ヘルクヴィストのお屋敷に住んで何年経ったっけ?
「 なんか、感慨深いな〜 」
私は3年という月日の殆どを、ラファエルと一緒に過して来た。 彼の恋人になって約2年? ……まぁ、そんな細かい事はどうだって良い。 今が幸せなら、それで。
聞こえて来た靴音に頬を緩ませながら、目を閉じる。
「 此処にお前が来るのは、あの日以来なんじゃないか? 」
「 うん、とても懐かしくて色々思い出してたのよ 」
湯浴みを終えて、血糊も汚れも汗も流れた私の頬をくすぐったく触れるラファエルの手に、猫の様に甘えて擦り寄る。
「 お前に皆が感心していだぞ。 あのミシェルでさえ、何時もより言葉数が多かったのだからな 」
あの子がそんな風に感動してくれるなんて、とても嬉しい。 やっぱり、舞台は素敵だ……見てくれる人の笑顔が演者達にも直接見えるのだから。 本当に、楽しかった。
「 ラファエル、あのね 」
彼の首元に腕を廻すして胸の中に顔を埋めると、本当に優しい声で髪を撫でてくれる。 私は性格的に思った事を街角の女の子ほどベラベラとは話したりするタチでもないけれど、この人だけには伝えたかった。
「 私はずっと、女優の仕事が嫌いだと思ってたの。 でも、今日この役を演じて分かった………逆だった。 私は演技が大好きになってたみたい。 舞台は本当にとっても楽しかったわ 」
「 そうか 」
言葉の足りないラファエルは、ただその一言しか言わなかったけど。 見上げた顔は私を伏せた目で優しく見つめていたから、言葉がなくたって彼の心はわかる。
「 尊敬した、舞台に立つお前は誰よりも格好良かったぞ 」
それって、物凄い褒め言葉だ。
嬉しくなって彼の腕の中からピョンと飛び跳ねて抱き着くと、それすら分かっていたように眉を下げて笑いながら上手に受け止めてくれる。 そんな彼の頬にピタッとくっ付いて好きなだけ甘える……この言葉を聞けただけで幸せだ。 私は一応今も国賓扱いらしいし、大勢の人前に出て演技が出来るのは今日が最初で最後。 王都は他国からも連日人々が訪れている。 危ない思想を持った人が居るかもしれないってのも事実だろうし、大貴族のヘルクヴィスト家に御世話になってる私が形振り忘れるのも良くないだろうし、忘れよう……あの劇団員の言葉は。
「 断らなくても良い、お前がしたいのならその話を受ければ良い 」
「 ……え? 」
「 劇団に入らないかと誘われたんだろう? お前は顔に出やすいからな。 お前の立場を気にして我慢するのは辞めろ 」
何故、気付いてくれたんだろう。
驚いてぽかんと目を開けたまま彼を凝視するとその反応にフッと笑みを零す。
「 少しは良い男になっただろう? ……舞台のお前の最後の涙を見て思った。 あんな可愛い顔で笑うお前の好きな物を奪いたくはないからな。 お前はこの国に沢山貢献したのだから、少しは我儘言え。 でなければ、平等ではないだろう 」
あぁ、こんな優しい顔で微笑むから悪いんだ……また涙が頬に流れて来る。
「 ラファエルはもうずっと前から最高に良い男だよ! …っ、ありがとう! 本当にありがとう 」
「 お前は本当に泣き虫になったな 」
喉を鳴らして私の顔をギュッと寄せる彼の首元に全力で甘え寄るけれど、そんな私の顔を笑顔が浮かんでる。
「 ……ねぇ、本当に良いの? 」
「 あぁ、勿論だ。 お前には私たち騎士団が付いているだろう? 安心して舞台に立て 」
彼は何時だって私の気持ちを先回りして汲んでくれる。
「 ねぇ 」
「 母上も皆もお前のそういう所が好きなんだ。 何も気にせずとも良い 」
ほら、何時だって先回りして読み取ってこんな優しい声を掛けてくれる。
「 ラファエル大好き 」
「 あぁ、知ってる 」
はしゃぐ私の声と喉を鳴らすラファエルの声が、思い出のこの部屋に響き渡る。
ーーー
ーー
水を得た魚のように私は今日も舞台上で声を張り上げて泳ぎ回る。 視界の端には壁際に佇む騎士団の騎士達が映り込んで来る。 快く引き受けてくれた彼等には頭が上がらない。
エドワードもお忍びで見に来るし、ヘルクヴィスト家も楽しそうに鑑賞してくれる。
「 椿さん最近悪女ばっかり演じてないか? 」
「 主役よりも脇が好きだし それに、キスシーンは無い方が良いからさ! じゃ、ギルシュまた明後日ね! 」
互いに笑顔で手を振って演劇仲間達と別れた私は、王都の劇場を出て真っ直ぐに走って行く。
「 椿、お疲れ様 」
「 うん! 」
大好きな三白眼の瞳がビビの隣で、太陽に照らされて優しく輝いている。 一秒でも早く彼の広げてくれている腕の中へ辿り着きたい。
「 慌てなくても此処にいる 」
「 嬉しいなら素直に言いな! 」
父は、私のこの顔を金の為に使おうとした。 私は女優なんて消えてしまえば良いと思ってた。 でも、今は違う。 時間を忘れて劇団員達と演技について討論する時間は至福の時だ。
だから、私に女優の道を教えてくれて、ありがとう、お父さん。
「 帰ろうか 」
「 うん! 」
いつかの女優仲間に会えるなら、いつか言ってやろう。
「 悔しかったら、世界じゃなくて、惑星を股に掛けるほどの大女優になれってな! 」
「 ……どうした、気でも触れたか 」
惑星規模の大女優と仏頂面の騎士様を乗せて、ビビは尻尾を振りながら王都の街並みを駆けて行く。
〜女優〜




