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とある侍女のお話




この屋敷に仕える事は、王城で仕えるのと同様に誇らしい事で両親も配属が決まった日は抱きしめて喜んで下さった。 令嬢と言えど、ヘルクヴィスト家やアドルフ様のご生家であるシャノワーヌ家には到底敵わない。



「 へぇ~、アドルフってシャノワーヌって名字なんだ。知らなかった 」


目の前で微笑む椿様の作ってくださる私の大好物であるプリンは何時だって極上の味。 ポチ様と名乗っていらっしゃった頃のこの方は、天真爛漫な女性だと思っていたけれど、椿様としてこの屋敷に住まわれた頃は以前の面影が全く感じれない程に別人のように振舞っておられた。


正直、最初は驚いてどう接すれば良いのか思案したけれど、根本のお優しい性格は同じで、あっという間に椿様のこの人柄に心が奪われた。 それは、屋敷に仕える同僚も皆同じ。



「 久し振りに全力で鬼ごっこしたら、何か筋肉痛になったかも 」


首を揺らして億劫そうに微笑むこのお方は、浮世離れした美貌の女性で『 奥二重 』と言うらしい椿様の民族に多いと言うその瞳は羨ましい程美しい。 全てを見透かすようなその瞳と真っ白のお肌に艶目かしい黒髪……通った鼻筋も、長いまつ毛も真っ赤な唇も、美神の祝福を受けた様なその御姿はこの国の殿方を魅了してやまない。


けれど、椿様はそんな御自身を決して誇ったりせず同じ目線でとても気さくにお話ししてくださる。 威張ったり、我儘も仰らない……これでも一応この方は国賓としての地位があるにも関わらずどんな貴族令嬢よりも腰が低い。だから、とても不思議なお方だと思っている。


「 この家の血筋って凄いよねぇ~、ディアナもお兄様と同じ髪色だったもの。 絶対にその色で生まれて来るんでしょ? 不思議だわ~ 」


先週お生まれになったディアナ様を椿様はとても可愛がっていらっしゃって、王城から新しい屋敷に住居を移されたオリフィエル様御一家のお手伝いをとても楽しそうに率先してなさっている。 けれどそれも言い触らす事も無く、皆が後から気付くくらいさり気ない気遣いをなさっている。 余りにも出来たお方過ぎて、敵う気がしない。


最近の椿様は、何故か以前よりも王都にお出掛けされる事が多くなった。 曇った顔で帰って来ることが多い様な気もするけれど、楽しそうにお出掛けなさっていて何時の間にか民達と打ち解けていて、本当に不思議なお方。



「 で、アンタは何をそんなウジウジしてるの? 話くらい聞いてやっても良いよ。 私も暇だしねぇ 」



頬杖をついてケラケラと笑う椿様が、三時のおやつだと仰って作って下さった大好物が目の前に置かれている。三時のおやつと言うのは、椿様の御国のことわざの様なものらしい……椿様はとてもお優しい方だ。 本当は忙しい合間を縫って、昨日の夕食後にプリンを作って下さってたのも、用事を急いで済ませて私との時間を作って下さったのも知っている。 けれど、私に気を遣わせない様にと、あえてそんな風に仰る。


「 ……椿様 」

「 ん~? 」


椿様は不思議な程、そのふたつの美しい瞳で沢山の人の事の心を見透かして、さり気なく手を添えて下さる。 だから私はこの御方が大好きで大好きで、仕える事に誇りを感じる。


「 私、恋人に振られてしまいました… 」



潤んだ瞳の先のプリンが、揺ら揺らとゆれてボヤけて来てしまう。

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