それぞれに咲き誇る
「 君が勝手に勘違いしていただけでしょう? 僕はスミーが女だとも知り合いじゃないとも一言も言ってないけど? 」
この狐野郎……この余裕綽々なドヤ顔を見るに、確信犯じゃないか。 穏やかな寝息を立てるラファエルの顔を見て、突然思い出した。
『 綺麗な顔だよねぇ 』
『 国一番の美人騎士だって評判らしいよ? 確かにそんな雰囲気だよね 』
『 ふふふ、随分仲が良さそうだね 』
あの日、私にふっかけて来たこの狐男の事を。
「 女性だと思ってヤキモチ妬いちゃったんだ? へぇ、可愛い所もあるんだねぇ 」
優雅に珈琲に口を付けるアドルフは小馬鹿にした様な口調でニヒルな笑顔を浮かべている……悔しくて、ギリギリと歯を立てて睨む私を相手にしていない。
「 ……っ、アンタに一杯喰わされたわ。 覚えとけよ…女の恨みは恐ろしいんだからね 」
「 女の恨みの恐ろしさはよく知ってるよ? まぁ、僕には可愛いものさ 」
要注意人物だと心得ておこう。
「 良い暇つぶしになったよ、ありがとうね椿 」
マジで、要注意人物だと心得ておこう。 睨み付ける私をクスクスと笑って小馬鹿にしてる。人を掌で思いのままに転がして高笑いするこのアドルフは、大臣にと言う地位に誰よりも相応しい男だと思う。
「 アッドちゃ〜ん‼︎‼︎ 遊びに来てやったぜ⁉︎ ……お! 椿ちゃん発見! 」
けたたましく扉が音を立てた瞬間、騒がしい声が耳にギンギン纏わり付いてきた。
「 ……煩いよスミー 」
話題の主柱にいた、スミーだ。
アドルフは嫌悪感を隠さずに眉を顰めて彼を睨みつけている。
「 つれねぇ事を言うなよぉ〜、折角会いに来てやったのによ? 」
「 来なくて良かったんだ。 寧ろ何故来たんだ。 とても迷惑だねぇ 」
「 テメェ、ダマスラのお偉いさんにその口の聞き方は国家問題だぜ? あぁ? 」
ギャンギャン吠えるスミーに、心底迷惑そうにしてるアドルフは何だかんだ楽しそうだから、彼等の交友関係が不思議で仕方ない。
「 スミーも何か飲む? 」
「 おぉ、流石! 気が利くなぁ〜椿ちゃんは! 」
ほら、飲み物を促した私を止めることなく珈琲を飲んでるアドルフはやっぱり彼の事を気に入ってるんだろう。 椅子に足を上げて犬みたいに座るお行儀の悪い女神様は、黙ってりゃ本当に綺麗なのに、口を開けば残念な……でも、すっかり打ち解けてしまった。
「 はい、熱いから冷ましてから飲みな 」
「 おぉ! ありがとうな 」
紅茶を差し出すと、香りを嗅いで尻尾を振ってるスミーに顔が緩んでしまう。 スミーは明後日帰ってしまうらしいから、ちょっぴり寂しかったりする。
「 それにしても、アンタ達ってちょっと似てるわよね 」
頬杖をついて目の前の二人に話しかけると、あからさまに顔を歪めたアドルフ。
「 この野蛮と上品な僕の何処が似てるって? 勘弁してくれないか 」
「 テメェに言われたかねぇよ! 」
突っかかったスミーが腰に携えていた大きな剣が揺れる音がする。
「 何処がって、女好き、遊び人……遊び人、遊び人じゃないの 」
そう、この2人は悪い方で名を轟かせるカリスマ遊び人だ。 顔の良い遊び人ほどタチの悪い奴はいないと思うけど。 指を折りながらそう言った私に顔をひそめる。
「 僕は遊び人じゃないよ、勝手に女の子達が戯れて来るだけだ。 スミーなんかと一緒にしないでくれ 」
クルクルの金髪を触りながら迷惑そうに顔を歪めるこの国一番の遊び人。
「 ……同族嫌悪 」
スミーはもうこの話題に興味がなさそうに美味しそうに紅茶を嗜んでいる。
「 ごめんね、聞こえなかったよ。 椿は今なんて言ったのかな? 」
「 い、いひゃい……離して 」
「 ん? ごめんね、よく聞こえないな 」
「 ご、ごめんなひゃい 」
私のほっぺを抓ってニコニコ微笑む悪魔に、速攻で謝っているとスミーがその光景を見て血の気を引かせている。
「 テメェ、そんな事したら、ラファちゃんに斬り殺されるぞ……? 」
大袈裟にそう言う二つ年下のスミーは、何時もラファエルに蹴り上げられて教育されているらしい。
「 でも、アドルフはスミーの国でも遊び人だって有名なんでしょ? 」
「 ダマスラの女性は情熱的で素晴らしいよね。 気性が激しいのが難点だけれどねぇ 」
「 テメェ、国家問題にすんぞ? 」
アドルフ、何て男だ。
こいつに惚れなくて心底良かったと心から思う。
「 アンタ一層の事、指名手配犯にでもしてもらえば? 」
「 恋人が浮気してるかもって泣いてた子が良くそんな強気で来れるね 」
「 腹立つわアンタ……あぁ、珈琲のお代わり淹れようか? 」
「 すまないね、ありがとう椿。 君は今日もとても可愛いね 」
「 調子良いねぇアンタは…… 」
笑いながら立ち上がった私を何故かスミーが感心した様に凝視して来たから、思わず首を傾げる。
「 椿ちゃんって初対面の印象では典型的な女の子っぽい性格なんだと思ってたけど、そうでもねぇよな〜 」
「 椿は捻くれててとても可愛いじゃないか 」
アドルフが茶々を入れてくる。 スミーと初めて会った時は状況が状況だったから仕方ないだろう。
「 ふふ、私はこんなんだよ? 」
「 アドちゃんが珍しく可愛がるのもなんか頷けるわ〜 」
頬杖をつくスミーは白髪を靡かせてゲラゲラ笑ってる。
「 ラファちゃんが溺愛してるってのは噂で聞いてたから、あの王女様に似てホワホワしてんのかと思ってたけど、真逆だったな! 」
あぁ、カミーリィヤは元気にしているんだろうか。 もうすっかりお腹も大きくなったらしいあの子は今頃愛おしいお腹を撫でて微笑んでいるんだろうな。
「 椿ちゃんとあの王女様は全然似てねぇもん 」
そのスミーの言葉に思わず笑顔が溢れてしまう。
「 当たり前じゃない、だってあの子と私は同じ人間じゃないんだから。 私は私で、あの子はあの子なのよ 」
そう、椿とカミーリィヤは同じ花だけど同じ人間じゃない。 晴れ切った笑顔でゲラゲラ微笑む私を、アドルフは優しい微笑みを浮かべて見つめてくる。
お代わりを淹れた私はそれをアドルフの前に置いて、そのまま窓辺に歩み寄って、窓を開けると、 花の香りが部屋に立ち込める。
「 ラファちゃんが好きだった女だし、あの王女様の事嫌いなんだと思ってたけどな〜 」
「 出会った当初は大嫌いだったわよ? ラファエル関係なく、ただ純粋にあの子が苦手で嫌いだった 」
窓辺に凭れて外を見て微笑む私に話しかけて来たスミーのその言葉に、懐かしいあの頃を目を閉じて思い浮かべる。
「 へぇ、今はすげぇ好きなんだ? 」
「 ……どうして? 」
楽しそうに聞いて来たスミーの顔を見て、微笑みながら首を傾げると、スミーがニコッと歯を見せて子供みたいに笑う。
「 だって今すげぇ可愛い顔して笑ってるぜ? 椿ちゃん! あの王女様が好きって事だろ? 」
「 ふふふ、さぁ……どうだろうね 」
強い風が吹いて、花の香りが強く部屋の中に入り込んで来る。
「 なんか良い匂いがすんだけど 」
「 前の庭園に咲いてる花の香りよ」
この城に何時の間にか咲いていたあの花は、遠い異国で今日も頑張っているあの子にも届くだろうか。
「 あ、俺知ってるかも! 何だっけな〜確か、ロビ、ラビ? ……あれ、ど忘れしちまったわ! 」
顎を抑えて上を向いてる起伏の激しいスミーに笑いが零れ落ちる。
「 ロビィリャでしょう? 」
「 あー!そうそう、それそれ! スッキリしたぁ〜ここまで出てたんだけどな! 」
喉元を抑えてゲラゲラ笑うスミーの隣で、私を見て頬杖をついて微笑むのは暖かな三日月に目を細めてるアドルフ。
「 ってか、椿ちゃんさっきから何見てそんなニヤニヤしてんだよ? 窓の外に良いもんでもあんのか? あ、もしかして良い女でも居るのか⁉︎ 」
尻尾を振ってるスミーから少しだけ視線をそらして、窓の外見つめると視線の先の花が誇らし気に風に揺れている。
「 良い女ねぇ……そうね、2人居るわよ。 ま、残念ながら良い男を見つけちゃったからアンタは潔く諦めな 」
「 なんだよ〜、この国の女は良い女が多いのによぉ‼︎ けっ! 」
ドカッと音を立てて座り直したスミーが詰まらなさそうに椅子を揺らしてる。 そんな彼にクスクスと喉を鳴らす。
「 なぁ、本当にさっきから何見てそんな嬉しそうに笑ってんだよぉ〜俺にも教えろよ〜! 」
「 ふふふ、内緒よ。 あ、スミー、あんた制服のボタン取れかかってるわよ? 」
「 うげ、本当だ 」
「 アドルフ、この部屋って裁縫道具置いてある? 」
「 あぁ、確かそこの引き出しにあるんじゃないかな 」
窓辺から離れたその時、またフワリと花の香りが部屋に漂って来て途端に私は笑顔になる。
「 貸しな。 付け直してあげるから 」
「 いやぁ、良い女だねぇ〜! 」
部屋の中に楽し気な笑い声が響く中、窓の外では今日も優しい色の花が太陽に愛されて咲き誇る。
ーー赤と白は何時までもずっと咲き誇る。
それぞれに出逢った、唯一の太陽に手を伸ばしながら自分だけの色できっと、ずっと。
〜 それぞれに咲き誇る〜




