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いきなり泣き笑いでサヨナラを告げた私を何とか理由を聞いて宥めようとしてるのに、それに逆上して罵倒されて。 腹が立ってもおかしくないはずなのに、彼は絶対に私に怒鳴ったりしなかった。


戸惑いながらも私を何とか落ち着けようとして、言い訳もせずにお前だけだと言ってくれたのに。 しかも、疲れた身体に鞭打って、寝起きで元気なジジに乗って激走してスミーの元へ連れて行って、信じきれない私にスミーを会わせてくれたんだ。



「 ごめんね、本当に御免なさい… 」

「 お前が謝る必要はない 」



落ち込む私を優しく抱き締めた彼は、やっぱりとても寝不足の疲弊した顔をしている。 屋敷に戻って来た私達は鏡台の前に力なく立ち竦む。


「 ごめんね、本当にごめん 」

「 謝るな、怒ってなどない……だが、そのドレスは今すぐ脱げ 」


へ? っと思ったら呆気なくリボンを解かれて、私の足元にスルスルとドレスが落ちて行く。 でも次の瞬間、椅子にかけてあった私の寝衣を器用に羽織らせて前の紐を結んだ。


「 ……これで良い。 これならお前は逃げて行けぬだろうからな 」


ポンポンと背中を優しく叩いてくれる彼をどうして全力で信じてあげれなかったんだろう。 耳元で安堵した様に息を吐く彼の声は切ない。


「 はぁ、私は自分が嫌になる……お前の事になるといつも選択を間違える。 お前を泣かせてしまうくらいなら、最初からあの馬鹿に会わせていれば良かった。 心底自分が嫌いだ 」


珍しいくらい沈んだ声の彼は、曇った溜息を吐いて私をギュッとギュッと抱き寄せる。 そんな彼の腰に私も力なく腕を廻すと、彼は少しだけ安堵した様に髪を撫でる。


何時もは自信満々のこの人に、自分が嫌いだなんて言わせてしまったのは私だ。


「 私が勘違いしたのが悪いのよ……ちゃんと、貴方に素直に聞けば良かった。酷いこと言ってごめんね 」


背中をさすると、甘える様に首元に顔を埋めて来る彼。こんな彼は珍しい。


「 椿、私が見つめる女は永遠にお前だけだ……改めて誓おう、お前しかおらん。 私にはお前しか、おらん 」


口下手な彼が精一杯の思いの丈を、懸命に伝えてくれる。 そうだよ、よく考えてみれば堅物で生真面目な彼が二股で美味しい思いをしようなんて考えるはずがないのに……どうして、私はそこまで頭が回らず焦ってたんだろう。



「 私の側から離れようとしないでくれ、嫌いに…ならないでくれ 」



あぁ、彼はとても落ち込んでいる。

優しくていつも私を大切にしてくれてる彼に、酷い言葉を投げ捨ててしまった。



「 なれなかった……嫌いになんて、この気持ちをどうしても無くせるなんて思えなかった。 貴方の側を離れるなんて、心が追い付いて来なかった…っ、 」



ああ、またか。

何でこんなに泣き虫になっちゃんたんだろうな。


「 今迄みたいに、簡単に手放したり出来なかったの…っ、貴方だけはどうしても! っ、もしかしたらまだ私への感情も残ってるかもしれないって、それに縋り付きたくて諦めきれなかった‼︎ 」



そう、私はこの人だけは諦めれなかった。 そんな泣き声の私の瞳の涙を拭って思い詰めた顔をしてる。


「 諦めるなど許さん、お前は私の側で生きるんだ。 それ以外は絶対に許さない……でなければ、私が辛くて生きていけぬ 」


悲壮を顔に浮かべる彼のその言葉に、ボロボロと涙が溢れ落ちて、しゃくりあげて息が乱れる。


「 でも、まだお前の心が遠くなった様な気がしてならんのだ……なぁ、椿 」



ギュッと私に縋り付いて顔を埋める彼は、本当に思い詰めた声を吐く。



「 どうして、帰って来てから一度も私の名前を呼んでくれぬのだ… 」



気づいてたよね、やっぱり。

ついつい意地になってしまって、真相が分かってからも呼び辛くなってしまってたってことに。 あぁ、私ってこんなに不器用な女だったっけ。



「 ……っ、私はもうとっくに貴方の側じゃないと生きていけないよ! …っ、ラファエル‼︎‼︎ 」



私の絶叫を最後まで聞いた彼が、力の限りギュッと確かめる様に私を抱き締める。 何処か余裕がなさそうに何度も強く、強く。



「 酷い言葉言ってごめんね! でもっ、あれ全部嘘なのっ…寂しくて、貴方が他の女の所に行っちゃったなんて辛くて耐えられなかった 」

「 …っ、お前以外などありえない。 何があっても信じてくれ、私にはお前だけだ 」


私は、どうして上手く事を運べなかったんだろう。 今迄なら掌で簡単に出来ていたことだったのに、ラファエルの事になると、途端に子供みたいに方法が分からなくなる。


「 今頃あの女騎士さんを抱き締めてるのかなとか、キスとか…っ、寝台でそういう事してるのかなって思ったら頭が爆発しそうになって…っ、心がぐちゃぐちゃになりそうだったの‼︎‼︎ 」

「 椿、待ってくれ、悍ましい事を言わないでくれ……それは想像もしたくない。悪寒が走る 」



そりゃそうだろうな。

スミーは男だったわけで、私もそれは想像もしたくない。 何だか苦虫を潰した様な顔のラファエルを見てるとホッとしたのか小さく笑いが零れて、部屋の空気が柔らかくなって、彼も少しだけ表情を緩めてくれた。 私の頬にゆっくりと手を添える。


「 なぁ、椿……私はお前が他の女に手を出したと仮定した私をあっさり見限ったのだと思っていた……執着心の無い気まぐれな野良猫だからな。だからこそ余計に焦ったのだ、お前は本当に私の側から離れる事を躊躇せぬと思ってな… 」

「 そんなことないよ、ラファエル… 」

「 私のお前への気持ちは大き過ぎる、多分お前とは比べ物にならんのだろうとずっと思っていた。 お前を如何にか今よりも振り向かせようと溺れされ様と、必死に足掻いていたのかもしれん 」



そうだったんだ。

仏頂面だし、喜怒哀楽もあまり出さないからそんな風に焦ってたなんて知らなかった。そんな風に、私を思ってくれていたなんて。


「 お前を泣かせておいて言う台詞では無いのかもしれんが、私は今どうしようもなく嬉しくて仕方ない 」

「 ……え? 」



両頬を捕まえて、優しく持ち上げた彼の三白眼と瞳が混ざり合う。 真っ直ぐに私を見つめる彼の目は恍惚と色っぽく熱くなってる。



「 お前は、女だと思っていたスミーに嫉妬していたんだろう? 」



嫉妬? それって確か、あれ、何だったっけ。 台本には何て言う感情だと書いていたっけ。 ポカンと口を開けた私を喉を鳴らして優しく見つめるラファエル。


「 ……嫉妬? 」

「 あぁ、そうか…だからこそお前はいきなり自分の顔立ちを気にしていたのか。 何時もならどうでも良さそうにしてそんな素振りも見せんかったのに…… なる程な 」


納得いった様に満足気な彼の手に頬を包まれながら、私はその言葉の意味を考える。



そうなんだ、この、気持ちが。



「 ……知らなかった 」




このぐちゃぐちゃで、醜くて過激でタチの悪いこの感情の事を。




「 コレが嫉妬って言うんだね…私は、スミーに物凄くヤキモチを妬いていたって事なんだね 」




また、ラファエルに教えて貰ったんだ。 人の感情をまた、彼に。 なんだ、そうなんだ。私はスミーに心底ヤキモチを妬いて嫉妬に塗れてたのか。 だからキスマークを付けたり、何だか苛々したり奥二重が嫌になったりしたんだ。急に火傷の跡が忌々しく思ったりしたんだ。


呆気にとられてる私を鏡台の椅子に座らせたラファエルは、そのまま椅子の背に手をかけて私の視線を鏡に向けさせる。 妖艶に私の頬や唇をなぞる彼のニヒルな笑いが鏡ごしに見える。


「 お前はこの世でもお前の世界の中でも、一番に美しい……どの男共もお前を見ると生唾を飲み込む程にな。 それが私には許せんのだよ。 お前は私だけの女だ 」


あぁ、余りの凄まじい色気に身体がゾクっと震えて疼いてしまう。


「 この目も、誰よりも綺麗だ……他の女など足下にも及ばない。 お前は世界一綺麗だ 」

「 ねぇ、ラファーー 」


最後まで呼ぶ前に、彼の唇が私に降って来る。 それは絡みつく様に官能的な深くて甘ったるいキス。


「 …ん、んんっ 」


頬を染める私を見下ろして、妖艶に悪い顔でキスを降らすこの男は本当に遊び人じゃなかったのかと疑う程にいつも私を翻弄してくる。


「 …っ、はぁ 」

「 私の言葉が足りんかった所為でお前の不安を煽る結果になってしまったんだな、本当に悪かった 」


私はすぐに息が上がってしまうのに、どうしてこの人だけはいつも余裕綽々なんだろうか。 唇をなぞってくる指の所為で鼓動が破裂しそうだ。


「 だが、私はお前の身形に惚れたわけではない。 お前の心に奪われた……お前の全てに心底惚れてるんだ 」



あぁ、なんて、幸せなんだろう。

ラファエルはやっぱり今までのどんな男とも違う。 私の真ん中まで全部見つめてくれてるんだ。


「 でも、そうか……そんな事を気にしてしまう程にスミーに嫉妬していたんだな。 なぁ? 椿 」


私はこの人の掌の上で翻弄されている。 でも、悪く無いかも……だって、ラファエルは少年みたいに嬉しそうに頬を染めて喜んでいる。


「 私だけ、見ててね……他の女の子には絶対に譲ってあげない 」

「 泣き顔で嫉妬するお前も悪く無いな……良い眺めだ 」



もしかして、私の所為でラファエルも若干捻くれて来たんだろうか……いや、そんなはずはない。 うん。

ギュッと甘えて首元に腕を廻した私を満足気に抱き寄せてそのまま抱っこして来た。


ポスッと寝台の上まで連れて行かれる。 ゆっくりと押し倒されて、私の顔の横に肘を付いた彼の顔を至近距離で眺める。 頬に手を添えて、私は驚いた。


「 今更また、お前のあの台詞が脳裏に浮かんで来てしまった 」


ーー彼が怯える様に少しだけ震えていたから。


「 …っ、悪夢かと思った。 あんな台詞、お前から二度と聞きたくなどない 」


別れと絶縁を告げて姿を消そうとした私を思い浮かべてしまったらしい彼は、悲愴を顔に浮かべて唇を強く噛み締めている。


「 もう絶対に言わないわ。 ううん、あんな台詞もう言えない……私は貴方を独り占めしたいもの 」


頬を撫でてそう言うと、彼の耳が少しだけ赤く染まる。 そういえば私はこうやって思いの丈を素直に言ってなかったな。


「 多分、もっともっと嫉妬しちゃう事も増えてくるかもしれない。 私はもうとっくに貴方に溺れてるし、心底ベタ惚れしてるわ。 貴方は私が初めて本気で惚れた人だもの、初恋だもん 」

「 ならもっと私に溺れろ、一人で立ち上がれないほどに……自分一人では生きていけないほど私に甘えろ、分かったな? 」



あぁ、なんて凄まじい台詞なんだろう。 金縛りにあったみたいに動けなくて、首を縦に振るだけしか出来ない。 多分、私の顔は真っ赤に染まってる……だって、彼はとても幸せそうに顔を真っ赤にして微笑んでくれた。彼が嬉しいと私も嬉しくなる……鏡みたいな関係なんだ。 それって、愛なのか恋なのかまだ分からないけれど、うん、とても幸せな感情だと確信出来る。



「 ラファエルが大好きよ。身形だけじゃなくて、貴方の全てが大好き 」



喉を鳴らして甘えながら首元に埋まって来た彼を、目一杯抱き締める。


窓の外はもう、人々が新しい一日を始める為に起きてくる時間だろう。



「 ねぇ、ラファエル? ……スミーは友達の女に手を出す様には見えなかったわ。 貴方もそれは分かってたんでしょう? 」

「 ……あぁ、スミーなら、お前と気が合う友人になれるだろうと言うことも理解していた 」

「 なら、どうして会わせたくなかったの? 」



顔を見せない様に、顔を埋めたままギュッと私の頭を抱き寄せる。






「 ……私の勝手な嫉妬だ 」






新しい一日が始まった鐘の音が王都から楽し気に聞こえて来た。



ーーー


「 ふふ、寝顔は貴方も女の子みたいなんだけどね 」


ほっぺを小さくツンツンしながら、その人の顔を肘を付いて見てる私の頬がふにゃりと緩む。


「 本当に疲れてたのね……ごめんね、ありがとう 」



ラファエルは安心した様に私の隣で、心地良さそうな寝顔で寝息を立てている。 気絶する様に眠りについたこの人を初めて見た……それほど疲弊していたんだ。 なのに私の誤解を解くまで頑張ってくれた。



「 大好き、大好きよ 」



聞こえなくたって、今どうしても言いたかった。 可愛く眠る恋人に、毎日沢山の変化と気持ちを教えてくれるこの人に。



私はもう、絶対に彼を疑ったりしない。






『嫉妬』それは、台本で見た説明よりももっとドス黒くて醜くて凄まじい感情だったけれど、でもそれほど醜くなるって事は。

















それほど、その相手が好きだって事なんだ。
















〜その感情の名前をまだ知らない〜

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