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可愛い小鳥の囀りが聞こえて来て、窓を開けて目を瞑る。 大丈夫だ、涙も止まったし、笑顔だって作れる。


「 ……椿? 」


何時もなら気付くのに、今日は全く気付けなかったなんて、まだ動揺しているのだろうか。


彼の、靴の音が聞こえなかったなんて。


「 あぁ、気付かなかった 」

「 お前こんな早い時間に目が覚めたのか? 」

「 うん、たまにはねぇ 」


窓辺にいる私の姿を見て、遠くから気遣う様な声を出すラファエルは何かを待っている様に私を見てる。


「 ……なぁに? 」

「 いや、すまん…つい癖になっていたようだ。 お前がお帰りと労ってくれるのを期待してしまったらしい 」


癖、か。 嬉しいのに酷く哀しい……目を泳がせて気不味そうに苦笑いする彼に、私はただ笑うだけ。 だって、お帰りと言う資格は私には無くなってしまったから。 微笑んで窓の外を見上げた私を不審に思ったのか、眉を下げて窓辺まで近づいて来る。


「 …っ、お前、何故 」


そこでやっと私の姿をはっきり見ることが出来たようで、驚いて固まっている。


「 なぜ、こんな時間に……そのドレスに袖を通しておるのだ? 」


そのドレスと言うのは、王都に行くのにいやらしくない清楚な落ち着いたドレスで、私は何時もこの格好で王都に出かけている。


「 まだ、誰も起きてはおらぬし、店だって開いてなどおらぬ 」


流石に何かが可笑しいと察知した彼は途端に険しい顔で私の腕を掴む。 でも、そんな彼を視線の端に映したまま私はただ空を見上げる。まだ汚れていない早朝の風がとても心に沁みて来る。


「 ……なぁ、椿 」


何処か不安そうな声に聞こえるけれど、心配しなくても大丈夫。 私は良い女の美しい去り際ぐらい、自分で決めたい。


「 ねぇ、朝の風って心地良いよね。 全部ここからまた始まるって気がする……清々しい朝になりそうね 」


そよ風が揺らす私の髪を自分の耳に掛けて、彼の方を向いて微笑むと、彼は何も把握出来なくて焦っているようだった。 私の腕を掴んでいた彼の手を離して、そっとそのまま彼に手を差し出す。 とびっきりの笑顔で。


「 この手は、なんだ… 」

「 握手よ、握手 」


眉を下げて戸惑う彼の手を無理やり掴み、強引に握手をさせる。


「 椿、どうしーー 」


私の顔を見た彼の言葉が止まった。

あぁ、どうして我慢出来なかったんだろうか。


「 今まで本当にありがとう、幸せだったよ私。 本当に幸せだったよ 」


ぎこちなくなってしまった。

完璧に演じ切れると思ったのに、この涙は予想外だった。


「 待て、椿、待ってくれ! お前の言葉の意味が、理解出来ない… 」


動揺を隠し切れない彼が、繋がれた手を引っ張って私を抱き寄せようとしたのが分かって、咄嗟に力を込めて逃れた。 そんな私の行動に戸惑いを隠せないようだった。


「 幸せにしてあげなよ。 まぁ、私はさぁ、一応この国に永住しなきゃなんないからアレなんだけどさ〜 」

「 おい、待て椿! 落ち着け! いきなり何を言い出すんだ⁉︎ 」


必死に私の肩を掴み顔を覗き込んで来る彼の顔はいつか見たことのある表情だった。 確かそれは、私に死ぬなと叫んで、泣いた日だったか。 それほど必死の形相で、何とか私を宥めようとしている。 そんな彼の肩の手を除ける私の方が何倍も落ち着き払っている。


「 貴方が優しいからって私は甘え過ぎてたのかもしれないね。 ごめんね、普通の子がどの程度まで甘えるものなのか知らなかったからさぁ、加減が分からなかった 」

「 ……なぁ、椿? 」

「 アンタが自分を責める必要は無いよ、仕方ないよね感情ってやっぱり移り変わるものなんだよ 」


そよ風が二人の間を通り抜ける。

彼は今だにこの現状が受け止め切れていないらしくて、動揺が凄過ぎて、半ばパニックになっている。


「 今までの男にはさ、良い子ぶって『 これからもお友達でいようね』とか全然平気に言えてたんだけどさぁ、貴方とはどう頑張っても友達にはなれないわ 」


彼は目を見開いたまま呆然と固まっている。











「 本気で好きだったから友達になんかなれっこないの。だから、アンタにだけは絶対に二度と会わない。 絶対に、もう二度と 」











女前な笑顔で格好つけて言う予定の台詞だったのに、頬から一筋だけ涙が流れ落ちて来てしまった。


「 だから、さようなら 」


掴まれていた手を離そうとすると思った以上に軽々と解放された。 意外に思って何気無く彼の顔を見ると、彼は魂が抜かれたように唖然と固まったままだった。


「 貴方ならきっと幸せに出来るよ、こんな欠陥女が幸せを感じれたんだからさ、応援してるから、じゃあね 」


そんな彼の側を心の中で苦痛の顔を浮かべながら、でも爽やかに笑って立ち去る。 鏡台に置いていた女優帽を深く被って、用意していた鞄を手に持つ。


女優らしい美しい去り際になったんだろうか。


こんな時に限って、彼との何気ない思い出が走馬灯の様に脳裏に流れてくる。 凄いな、世間の女の子達はこんな辛い思いをしてたのに笑ってたんだなんて、私には到底信じられないや。


「 …っ、椿、待て! つばき‼︎‼︎ 」



ーー彼の力強い手が、私の腕を掴んで振り向かせる。



「 何処に行く気だ‼︎‼︎ 」

「 もう貴方には関係ないでしょう? 」


何でそんなにこの人は追い込まれた様に必死なんだろう。 だって、私は待った。 気を揉みながら、首を長くしながら。 でも、違う女を選んだのは、貴方の方じゃないか。


抵抗しようと暴れた私を、彼は壁に押し付けてそのまま二人して床にずり落ちてしまう。 壁と彼に挟まれて身動きが取れなくなってしまった。


「 私の女はお前だ! お前は誰を幸せにしろなんて言ってるんだ、…っ、私が幸せにしたい女はお前だろう椿! 」


部屋の空気がピリピリと張り詰めて、ただならぬ雰囲気が漂って来る。 彼は必死だ、かなり切羽詰まった様子で形振り構わず私を掴む。


「 それは卑怯ね、アンタさぁ、それは私にもあの人にも失礼よ 」

「 ……何を、言ってるんだ 」


それはコッチの台詞だと思うのに。

良い人ぶるなんて、涼介そっくりじゃないか。 アンタはそんな最低な男じゃ無かったはずだ。


「 貴方はあの女の人の部屋で三日も一緒に過ごして、今日だって朝帰り……気づいてないと思ったの? 貴方、湯浴みして帰って来たでしょ……それって、あの女の人を選んだって事なのよ。 私はもう、お役目ご免で良いじゃない 」

「 あの女? …三日も……お前は、誰の話をしてるんだ? 」


馬鹿にするのも大概にして欲しい。 この人がここまで認めない性格だなんて思わなかった。


「 ……最低ね貴方って、幻滅するわ。 あの人もそんなんじゃ報われないわ。 あんな美人に手出してよくそんなトボけれるわね 」


幻滅と言った言葉に、彼は息を飲んで隠せないほど傷ついた顔をしたから、その余りにも悲しそうな顔に何だか罪悪感すら湧き出て来る。


「 お前は、もう私に何の感情も湧かないのか……? 」

「 信じろなんて言った癖に、浮気した挙句それも認めないなんてそんな男もう知らないわ、好きにしたら? 」


恋い焦がれる感情しかないに決まってる。 なんでそんなに泣きそうに顔を曇らすんだろう…… 私を見限ったのは貴方なのに。


「 信じてくれ…私は浮気などしておらんし、お前の言うその女に全く検討がつかないんだ 」



目に悲しい影が映る彼は、この状況に精神が困って疲れ果てたのか、珍しいほど弱気で子犬の様に心細そうにしている。


「 本当に検討がつかないの? なら、教えてあげるわよ。 あのダラスマ王国の美しい女騎士さん以外に貴方のそばに女がいたかしら 」


呆れた私のその台詞を最後まで聞いた彼は、悪夢から覚めた様に面喰らってポカンとしている。


「 ……もしや、スミーの事を言ってるのか? 」

「 さぁね、 名前なんて知らないわよ! 」


彼は何故か突然落ち着きを取り戻し、極度の緊張が緩んだのか小さく溜息を漏らす。


「 そうか、椿はあいつを見掛けたんだな 」

「 そうよ…貴方が城に来るなって言う前にとっくに見てたわよ、貴方にへばりつくあの美人さんをね! 」

「 成る程な……ようやく全て意味が繋がった。 そう言うことか 」


自分だけ何かを繋ぎ合わせたらしい彼は酷く安堵しながらも、何故か苛立たしそうに眉間に皺を寄せて一人で忙しそうだ。


「 椿、私は決してお前を裏切らん。 今から言うことは言い訳でもなんでも無い……信じられんかもしれんが 」

「 どうぞ、ご勝手に 」


冷たく言い放って黙った私に、彼は笑みを作ろうとしたけれど出来なかったみたいだ。 それだけ、傷心してしまったらしい。 頬を恐る恐る触れる彼を拒否しなかったのは、全然吹っ切れていないからだ、彼への恋心が少しも消えてくれないから。


「 ……椿 」


拒否されなかった事に対して、心底安堵した様に力ない微笑みで息を吐くこの人は、小さな子犬が機嫌を伺ってるように見える。


「 あのな、椿 」

「 何よ 」

「 信じられんかもしれんが…… 」

「 早く言ってよ 」


勿体ぶってるのか、私の反応がどう出るか分からないことに不安なのか、中々口に出さない彼に少し苛立ってついそんな言葉が出る。


「 男だ 」

「 あっそ、男なん……はい? 」

「 スミーは男だ 」

「 へ? 」

「 男なんだよ 」

「 え? 」






え、ちょっと待って、余りの衝撃に脳みそが停止してしまった。



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