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その感情の名前をまだ知らない

今回はちょっと長めです……


夢を、見た。

それは日本で暮らしていたあの退屈でつまらない悲しい日々。


『 ごめん、お前は遊び相手だった 』

『 本気で好きな女が出来たんだ 』


そんな台詞を言ってたのって、いつの男だったっけな……記憶にも残ってないや。 最後に付き合っていた涼介と同様に、私はいつでも二番だったし、身体を重ねた俳優達も同時期に別の女性とのゴシップが載ったりしていた。


でも、嫉妬なんて一欠片もなかった。


『 へぇ、そうなんだ。じゃ、良いや』


簡単に言えば心の本音はそんな程度で、その日のうちにそんな出来事すら遠い昔の記憶みたいに薄れてたし、縋りつきたいとも思わなかった。 良い人ぶって私を捨てた涼介が今までの男の中で一番タチが悪かったと思う……あいつはきっと、女優である小鳥遊 椿 の死をとことん利用するだろう、そんな気がする。


ーー



「 んー、やっぱり屋敷と城の近くって条件が厳しすぎるのかしら? 」



うーんと唸りながら、目の前の家を険しく見つめる。 何より、少し古いこの家は広さ的にはまだ妥協出来ても、如何せん汚れが目立つ。


「 ……やっぱり此処だと、ラファエルが絶対嫌がるな 」


テレビで見たあの定番の仕草で埃を確かめる彼が、容易に想像出来てしまう。


「 寝室の位置的に日当たり最高なんだけどなぁ~。 はぁ、難しいな 」


ガクッと項垂れた私は、潔く諦めて、エドワードの命令通り素直に城へと馬車を進める。



ーーー


「 足を運んで貰ってすまないね。 そう言えば他の仕事は順調? 」

「 ええ、ようやく落ち着いて少しづつ収入になって来てるわ 」


エドワードは、出会った当初よりも威風堂々と立ち振る舞うようになったし、威厳ってものが出て来た。 早く可愛いお嫁さん捕まえりゃ良いのに、選り好みしやがって。


「 椿さん 」


やっぱりミシェルはべっちゃり私に引っ付いてくる。 そして、何故かこの子は赤ちゃんみたいな香り。


「 帰るの? 」

「 アドルフの所に寄ってからね。 仕事頑張ってねミシェル 」

「 うん、頑張る 」


ふにゃふにゃの世渡り上手を撫でていて、ふと気になってエドワードに問い掛けた。


「 そう言えば、ラファエルは今日は貴方の護衛してないの? 」


すると、なぜか、若干苦笑いで顔を歪める。


「 ああ、今日はダラスマの使者に城を案内せねばならんからね…… ミシェル、私は自室に篭っているし椿をアドルフの所まで送ってあげてくれ」

「 うん、分かった 」



あれ、何か……その使者に会わせない様にしてないか?


「 え、良いよ。 すぐそこだし 」

「 いや、どちらにしろラファエルに君に護衛を付けるよう頼まれていた 」


王子に頼むって、それまたどんな。

でも、何故? 最近そんな事無かったのに? ……怪しい、こいつら、怪しい。


「 そんな顔で睨まないでくれ椿 」


眉を下げて苦笑いするエドワードを見てると、ミシェルが声を掛けてくる。


「 行こ? 」

「 ああ、うん… 」


得意技の笑顔で私の腕を引っ張る、人を手玉に取る天才が言うもんだから何と無く戦意喪失して、大人しくミシェルに着いて行った。



ーーーー

ーー



「 へぇ 」



まぁ、そうだろうなとは思ったけど。 私の疑問を投げ掛けてみても案の定の返答が返って来た。


「 ダラスマの使者が来た途端に、いきなり護衛を付けて離そうとするラファエルが不思議だと 」

「 まぁ、そうだけど…… 」



窓枠にもたれかかって、外を見てたアドルフがヒラヒラと私を手招きする。 何だろうと思って近寄ると、ニコッと微笑んで外を指差す。


「 ラファエルの手を引っ張ってるアレが、ダラスマ王国の使者だよ 」






え、嘘……あの人が。









「 綺麗な顔だよねぇ 」





あの綺麗な人が、使者なの?





「 国一番の美人騎士だって評判らしいよ? 確かにそんな雰囲気だよね 」


アドルフはそっと外を見てそう言ってて、私は何故か閉まっている窓に顔を押し付けるようにそれを凝視してしまう。


美しい白髪の巻き髪で、本当に人間なのかと疑うほどの美貌だ。 そんな女の人がラファエルの手を何か叫びながらぶんぶん振り回してて、彼は苛立ちながら宥めている。



「 ふふふ、随分仲が良さそうだね 」


そんな光景を何処吹く風で見つめているアドルフが含み笑いで私を見てきた。 あの女の人は、お人形みたいなぱっちり二重だ。


「 ねぇ、あの騎士さん、人間とは思えない美貌だね……めちゃくちゃベッピンさん 」

「 何言ってるのさ、椿の方が人間には思えない浮世離れした美貌だけど? その目もこの世界では君くらいだよ 」


振り返った先の鏡に映るのは、何だか思い詰めた様な顔の私がいて奥二重の目が不安気に揺れている。



「 ……あの人の瞳の方が、綺麗 」

「 そう? 全然そう思わないけど 」


黒目に奥二重。多分、それは私がこの世界には居ない日本人だからアドルフがそう思うだけなんだ……何でだろう、今までそんな事思ったこと無かったのに。



誰かの容姿を羨んだり、したこと無かったのにな。



ーーー



「 ……はぁ 」


月明かりに照らされた私の顔が、ため息を着いているのを鏡が映す。何でだろう、他の女性を見た時はこんな風に思わなかったのに、あの女騎士さんだけどうしてか気になって仕方ない。


「 珍しいな、ため息なんぞついて……どうした? 」


ゆったりと寝衣に身を包むラファエルが、私の後ろから肩に手を置く。


「 ん、いや? 別に何でも 」


私の返答をどう思ったのかは分からないけど、髪を撫でて、鏡台に置かれていた冠水瓶からグラスに水を注いでる。 そんな彼をボーッと見てると知らない間に口が勝手に動いてた。


「 ねぇ、ダラスマ王国の使者ってどんな人なの? 」


その言葉にピクリと忌まわし気に眉を釣り上げる。 え、なんで?


「 ……なぜ、お前がそんな事を気にするんだ? 」

「 何よ、別にただの世間話じゃない」


ムッとした私の顔を見たラファエルは、自分の顔が険しくなっていたことに気づいた様で途端に力を抜いて、何てことない風に答える。


「 どんな人もない、ただの人間だ 」

「 ……それって答えになってないわ 」


いや、確かに人間離れした美貌だったけど。 そんな事を聞いてるんじゃない、どんな女か聞いてるのに。



……あれ、なんでだろう?



どんな女かなんて、私には関係ないのに。



「 お前は知らなくても良い、会うことはないのだから 」


何だか、ちょっぴり傷付く。

もしかして、私に会わせたくない理由ってあの美人に鼻の下伸ばしてるの見られたくないから?


なんか、ムカつくんだけど。


「 ねぇ、ラファエルってさぁ私の顔どう思う? この奥二重とかさ 」


突然突拍子もなく、そんな事言い出した私に驚いて片眉を吊り上げてる。


「 どうしたんだ、いきなり… 」

「 別に、何となく聞いただけよ 」


ジッと見つめると、唇を噛んで視線を泳がす堅物野郎は何処か困ってる様にも見える。 何だよ、褒めてくれたって良いのにさ。


「 冗談、答えなくても良いよ 」


心のモヤモヤを隠して微笑んだ私は、甘える様にゆっくり歩み寄って彼の首筋に顔を埋める。 すると、やっぱり彼は何処と無く嬉しそうに私を抱き寄せて、顎を持ち上げてキスをしてくる。


「 ダラスマ王国の使者って、後どのくらいこの国に居るの? 」

「 またその話か……長くて2週間だ。 早ければ、来週には祖国に戻るだろう 」


不機嫌そうに答えたラファエルは、私の口を塞ぐ様に、顔を抑えて深い大人の口付けを降らして来る。



ーー


「 お前らしくないな 」


自分の首筋を鏡で見て、何気に満足気な口調で寝台に寝転ぶ私を見つめて来る。



ーーくっきり付けてやったキスマーク。


「 悪くはないでしょ? 」


枕に顔をうずめてそうぶっきらぼうに言い放った私に、答える代わりに何処か余裕綽々な大人の微笑みを向けて来る。



そんな事をしたのは、初めてだって絶対教えてやらない。



ーー



「 城に用事があるなら私が全て引き受ける。 お前は使者が帰るまで城には来るな。分かったな? 」



仏頂面で淡々と言い聞かして来るラファエルの騎士装飾は、そう言えば首元までしっかり隠れるなんて事すっかり忘れていた。


「 どうしてよ、何で城に行っちゃいけないの? 」


昨日散々聞き過ぎたせいだろうか?

お見送りの時にそんな事を言って来るこの人に思わずムッと顔を歪めると、困った様に眉を下げる。


「 良い子だから言う事を聞いてくれ」


ずるい男だ。

そもそも、恋人を突然そんな風に説き伏せる男は大体よからぬ下心があるんだって昼ドラで学んだんだよ。


「 はいはい、お好きにどうぞ 」

「 椿、そう怒るな……悪気があって言ってる訳ではないのだから 」


そんな事知ったこっちゃないよ。

まあ良いさ、私には関係ないんだし、お好きにしたらいいさ。


「 分かったよ、気を付けて行ってらっしゃい 」

「 ああ、行って来る 」


何時もの様におでこに軽いキスをしたラファエルが、私が頬にキスを贈り返さなかったことにちょっとだけ眉を顰めたけど、時間が迫っていたのでそのままビビに跨って、爽やかな風が吹く朝の中を掛けて行ってしまった。


「 私が大人しく黙ってるとでも? 」


ニヒルな笑みを浮かべる私を、侍女がギョッとした顔で驚いて見つめていた。



ーーー

ーー



ほう、偉く仲睦まじいじゃないか。


王都に行って来ると爽やかに嘘をついてやって来た城の庭園で、あの女騎士さんとラファエルはぎゃーぎゃー声を上げて何か楽しそうだ。 いや、遠すぎて声も聞こえないけどそんな雰囲気が傍目で分かる。


女騎士さんは、ラファエルの腕に手を回して何かを叫んでて、彼もその手を退けようとしてない。



「 ……触らないでよ」


思わず出た声に自分で驚いて、ハッと目を見張りながら口に手を当てる。


なんだ? この感情は。


「 っていうか、何で振り払わないの? 」


柱からブツブツ文句を言う私は、傍目で見たら絶対危ない女だ。


「 …っ、ちょっと! 」


女騎士さんが、ラファエルの首元に手を回して彼に飛び付いた。丁度ラファエルの顔が見えないけど、何してんのあの女騎士。


離れたと思ったら、今度はまた彼の背中に飛び乗ってケラケラ笑ってる。 待って、嫌だ、なんで? ……ぱっちり二重の可愛い目が三日月に細くなって楽しそうに笑ってる。


そのまま、ラファエルに頬を近づけてあの人のほっぺを指でぐにぐにして楽しそうに笑ってるし、呆れた顔のラファエルはその癖にあの女の人を引き離そうともしない。 その笑ってる二重の目は本当に、綺麗。




何で、私は奥二重なんだろう。




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