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「 やっぱり、ちょっと広過ぎるんだよなぁ~ 」
目の前の王都の街並みに違和感なく溶け込む、その理想とは少し違う家を見ながら私はため息を着く。手に持っていた紙がくしゃっと音を立てる。 国が、いや……世界が違えば、やはり生活習慣と言うか暮らし方は全く変わるし、住む為の建物だってまるで違う。
「 あれ、椿様? 」
私の名前を呼ぶ中年くらいの女性の声に振り向くと、その人は嬉しそうに私にハグをして来る。
「 あぁ、久しぶりだね 」
「 本当に久しぶり! 王都に遊びに来てたのなら、うちの店に寄ってくれればタダ飯でもご馳走するのに! 」
屋敷に住むようになって、フラフラ王都に出掛け始めた頃に知り合った大衆飯屋を営んでる恰幅の良い店主さんだった。
「 どう? 和食は評判良い? 」
「 そりゃもう! 何時も和食の定食はすぐに完売しちゃうんだから 」
「 へぇ、そうなんだ。そりゃ良かったよ 」
淡々と話す私の背中をケラケラ笑って豪快に叩く陽気な女店主さんは、和食を広めてくれた人の一人でもある。 そんな時、また誰かの私を呼ぶ声が聞こえて来た。
「 ああ、久しぶりだね 」
「 王都に出掛けてたんなら、ウチに寄ってくれりゃ良かったのに! 」
ひょろっとした叔父様が、懐っこい笑顔で渡しに手を振る。 女店主さんも、その人と楽しそうに会話をし始める。 大体いつも、こうやって周りに誰かが集まって来るから結局、王都に寄ったりしても最後まで用事を済ませれなかったりするけど、こんなのも、悪くない。
この王都は、日本で言えば首都の東京だろうに、人の温もりは人情の町って感じ。
「 あれま、椿様かい? 」
「 うん、久しぶり 」
何回目かの挨拶の時、馬車に乗ったお婆ちゃんが私を見て進むのを辞めて窓から顔を出した。 辺りを見ると、気付けばもう夕暮れに差し掛かる時間になっていた。
「 まだ帰らないのかい? 」
「 いや、もう暗くなるだろうし帰るよ。 乗り合い馬車も終わっちゃったら困るしね 」
「 なら、コレに乗って行きな! 私も今からヘルクヴィスト様の屋敷にお届け物で行く道中だったからね! 」
人の善意があったかくなるものなんだって素直に受け取れるようになったのは、凍った人形だった私をラファエルや皆が溶かしてくれたからだろうな。
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お婆ちゃんの馬車からひょっこり出て来た私を、いつもの光景だとクスクス笑って出迎えてくれた侍女達。
「 椿様、最近よく王都に出掛けていらっしゃいますね? 」
お婆ちゃんの馬車を見送った後、そんな風に問い掛けて来たプリンが大好きなあの侍女は、私の答えを別に求めて来るわけでもなく、お婆ちゃんからの届け物を手に持って、そのままクスクスと屋敷の中へ入っていく。
「 まあ、ゆっくり探すか! 」
仁王立ちして一人で豪快に笑う私は、すっかりこの世界が好きになっていた。
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「 椿、お前王都に出掛けていたのか? 」
帰って来たラファエルから、何時もの様に長いマントを預かり隣を歩くと私の顔を見て仏頂面で聞いて来る。
「 えぇ、そうよ 」
「 ちゃんと暗くなる前に帰ったんだろうな? 」
「 うん、あの陽気な果物屋のお婆ちゃんが馬車に乗せてくれたのよ 」
「 そうか、なら良い。 アドルフにも礼を言っておかねばな 」
彼は、アドルフと城から出て行く私を遠くで見かけていたらしい。 私の頭に手を置く心配性のラファエルの、そんな言葉さえ私の胸をくすぐってくる。
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「 どうした、今日はヤケに甘えただな 」
素肌のままシーツに巻き付くきべっちゃりくっ付く私を、そんな言葉とは裏腹に嬉しそうに撫でてくるラファエル。 情事の後の柔らかくて甘い蜜の時間をギュッと寄り添ってゆったりと過ごす。
「 幸せか? 椿 」
「 お陰様でね 」
「 そうか、なら良かった 」
「 貴方はどうなのよ。 聞いといーー」
言葉を遮る、甘いキスが降る。
「 …んっ 」
妖艶に舌で歯をこじ開けて、遊ぶ様に絡みついてくる彼は、こういう時はいつだって余裕綽々で、私は悦びを噛み締めるだけ。
唇が離れる前に軽く端にキスをして、悪い顔でニヤリとする彼の三白眼の瞳をずっと見ていたいと思う。
「 明後日から、ダラスマ国の使者がやって来る。 少し忙しくなるかもしれん 」
「 そうなのね、余り無理せずにね 」
寝台に肘をついて私の髪を梳かしながら見下ろして来る彼の頬を、甘くさすって私なりに労う。
嫉妬という感情を知る前の、何気ない何時もの優しい日々。
~嵐の前の静けさ~




