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「 ごきげんよう! 」
「 ……貴様か 」
コツコツと靴を鳴らして前から歩いて来たその男に私は慈悲の笑顔でそう挨拶する。 蛇男は顔に表情を作る事なく、鋭いその眼光で睨む様に私を見下ろす。 怪我を負わせた日からこいつとは全く会う機会もなくて清々してたのに最悪だと思った。 と言うか、普通女に怪我を負わせたなら翌日でも怪我の様子を見に来るのが普通だろう。
「 あの!あの日は御迷惑をお掛けして本当にごめんなさい… 」
私は子犬の甘えた様な反省した顔で、小さく頼りない声を出す。 そばに居た侍女長がそんな私の背中を優しくさすっている。
「 全くだ、二度と私に迷惑や手間を掛けさせるな。私は貴様に構っている時間などない 」
余りの言い草に、腸が煮えくり返る。 その言葉を聞いた侍女長が少し怒った様に蛇男に声を掛ける。
「 ラファエル様、御言葉ですがポチ様は女性ですわ。 痛い思いをしながらも貴方様に謝罪したポチ様に余りにもその言葉は相応しくありません 」
初老のこの侍女長は、小さな頃から彼等を知っているらしく王宮の中でも唯一この蛇男に叱咤できる存在らしい。 蛇男はそれでも表情を変えることなく気怠そうに腕を組む。
「 そのくらいの怪我で、何故私が責任を感じなければならぬ 」
こいつ、どんな教育受けて生きてきたんだ。 庶民には何しても許されるとでも思ってるのか。
「 カミーリィヤ様は酷く憤慨なさっておりましたね。 ポチ様には謝らず、先にカミーリィヤ様に謝罪なさるとは私は貴方様がそんな方だと思っておりませんでした 」
ほぉ、こいつはあのお姫様には謝ったのか。 それにしても自分の事でも無いのに憤慨するなんてあの姫様は心底良い子に育ったんだろう。
「 侍女長様! それ以上はお辞めください、 私が悪かったのですから。 この方はとても聡明なお方だと伺っております。 この方の判断は間違ってはいませんでしたし、お二人が言い合いになる事が私はとても心苦しいです 」
「 ……まぁ、ポチ様そんな泣きそうなお顔をなさらないでくださいまさ。 ごめんなさい、貴方の目の前で…貴方が余計に罪悪感を持ってしまいわすわね 」
ギュッと抱き締められたその温度は、何だか温かくて、でも気味が悪くて振りほどきたい気持ちにもなる。
「 話は以上か? 」
迷惑そうなその口調は酷く冷たい。
私がコクンと頷くと、蛇男はマントを翻し耳の装飾を鳴らしながら立ち去って行った。
「 ポチ様、あんな態度をとられたあとにこんな事を言うのも申し訳ないのですが、普段のラファエル様は無口であまり愛想もありませんが、ああ見えて部下思いで、とても心の温かいお方なんです…… 」
数日前に対面した素性のよく分からない奇妙な女に掛ける情なんて持ち合わせていないと言うことだろう。 生憎、それはこっちだって同じだ。
あいつとは極力関わらない方向で何とか逃げ切ろう。
「 えぇ、見ていればわかります。 だって、あの方はあんな口調でしたが私の首筋をジッと見ていらっしゃいましたから 」
ポチは慈愛に溢れた良い子なんだ。
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与えられた、だだっ広い大きな自室で、やっと一人の時間になった。 私は扉を閉めた後、首をボキボキ鳴らしながら盛大なため息を着く。
「 怠い…… 」
纏わり付いていた動きずらいマーメイドのドレスのリボンを歩きながら解き、 寝台に着いた頃には下着も全部なくなり一糸纏わぬ姿になり、その生まれたままの裸体で私は寝台に寝転がる。
「 痛っ、本当ふざけんな。 あの蛇野郎……偉そうな口叩きやがって 」
起き上がって、うざったい黒髪を掻き上げると鏡台の椅子に掛けられていた私があの日着ていた服が視線に映る。
ーー真っ白の生地に青のラインが入った、色気もクソもないそれ。
私はそれに誘われた様に裸体でそれの前まで歩いて行く。 片手で乱暴に椅子から取ったその服を見下げる。
ーー鏡に映る、自分の裸体。
情けなく巻かれた包帯が目に留まる。 が、それ以外は年相応の普通の裸体。 出るとこはそれなりに出て、腰はくびれてる。 肌や髪の艶も良くて、故郷で毎日の様に褒められていた顔もスタイルもあの頃と同じだ。
自分を美しいと思った事は、一度もない。 ただ、周りがそう持て囃すからそうなんだろうと客観的に見ていただけに過ぎない。
『 お前は何もかも母親ソックリだ』
父は私を見る度そう言ってた。
「 良かったねぇ、ポチ 」
鏡台に映るポチは、先程とは打って変わって嘲笑うかの様な悍ましい笑顔で邪悪に微笑んでる。 自分の顔を指でなぞりながら。
ーーゴミ箱に投げ捨てた衣服が、やかましい音を立てる。
こんなもの、もう必要ない。