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「 貴様、報告書を提出せずに屋敷までノコノコと戻って来たようだな……良いか? お前の班の班長がそれはそれは困った様に私に相談して来たぞ? 私の大事な部下が、愚弟の所為で迷惑を蒙ったのだ 」



怒りを込めて淡々と話すその人の両手は血管が浮き出て、可愛いミシェルの襟元の布をグッと摑んで締め上げてる。ねぇ、ミシェル、今めっちゃ怒られてるんだよ?……なのに、それでも動じてないこの子って何者なの。


「 おいおいミシェル、それはダメだろ。 報告書は当日に仕上げる、騎士の基本中の基本だぞ? 今度からはちゃんとしなさい、分かったね? 」

「 うん、分かった 」


三兄弟の中で一番男っぽいお兄様は、片足だけ胡座をかいて料理よりも先に麦酒を手に持って、子供を諭す様な甘やかし全開の声でミシェルに一応怒っている。 そんな長男に頷いてふにゃりと微笑む末っ子ちゃん。



で、世間で噂の、気苦労が多いと言われてる真ん中っ子がブチ切れる。



「 兄上、良い加減にしろ……ミシェルはもう子供でもなんでもないのだぞ⁉︎ 私は弟だからと言って依怙贔屓など絶対にしたくない、このままでは部下に申し訳が立たぬだろうが‼︎‼︎ 」



うん、非常に正論だと思う。



「 そう刺々するなよラファエル。 お前の、誰もが平等と言う姿勢を皆が知っているからこそ、騎士達はお前を羨望している。だからこそ班長も申し訳なさそうにお前に相談したんだろうしな 」



仕事終わりの麦酒を至福のひと時と言わんばかりに、美味しそうに呑んでいるお兄様の口髭に泡がついてる。


「 そんなお前だからこそ、俺やミシェルも含めて誰もが騎士団長に相応しいのはラファエルだと声を揃えたんだからな。 将来は父上と同じ総司令官だぞ 」



ぶにゅっと頬杖を付いて、優しい眼差しで年の近い弟を眺めるお兄様。 でも、ジト目でラファエルはそんな兄を何か言いたげに若干睨んでる。


「 おっ前は、何だよその目は 」

「 ……兄上は昔から、誰かを束ねるのが嫌いだったな。 覚えてるか? 兄上の口癖は『 絶対に総司令官にはなりたくない 』だったと言うことを 」



そうだ、確かこの家は古くから王家に仕える武家の一族で、普通の貴族と違って長男とか言う決まりはなくて、騎士団長を襲名した人が家をついで護って行くそうだ。 言うなれば領長? そう言えばそんな事、前にアドルフが言ってたな……って事はだよ。


「 覚えているさ! 俺はな、型に嵌りたくないんだよ、良いか? 自由ってのがこの世で一番素晴らしい! 」



お兄様、押し付けたんだな?



「 それに俺は人様の上に立つなんて、そんな柄じゃないよ。 何より、どう考えてもお前が一番適任だろ? 剣豪で精鋭の愛しい我が弟が俺よりも相応しいさ 」



何だかんだその笑顔は、心からの本心だと私にも分かってしまう。 お兄様は二人の弟のことが心底大好きみたいだ。 って、何時の間にか話が逸れてる様な気がするんだけどな。



「 ラファ兄、いひゃい 」



その声にチラッとミシェルに振り向くと、真ん中の兄に両頬をぶにゅっと押されて、アヒルみたいになっていた。 本当に、小さい男の子みたい……怒ってるラファエルもその愛くるしさに白旗をあげそうなほどだ。


「 貴様は夕食の前に報告書だ……それを仕上げてから城に報告書を飛ばせ。それが終わったら此処に戻って来ても良い。 良いな? 」

「 うん、分かった 」



頬から手を離されたミシェルが末っ子ちゃんのぽけ〜っとした笑顔で頷く。 そんな中で平常運転で食事をしてるこの屋敷の人って、本当なんて言うかとんでもなく空気の読める人達だと思う……最後に彼がミシェルに、痛そうなデコピンを喰らわして一件落着らしい。 末っ子はおでこを抑えてヘラヘラ笑ってる。



「 ラファエル、余り怒鳴り過ぎると椿に怖がられてしまうぞ? 」



そのお兄様の声に、しまったと言う顔で私を凝視して来たから、そんな負い目を感じなくても良いのに……何て思ってたら、その理由にぶち当たって、途端に心が温かくなる。



ーー私の、過去のトラウマを心配してくれてたんだ。



確かに私は怒鳴られて殴られてたけど、あの人とラファエルのその怒る理由は全然違うし、彼に本気で恐怖を感じるなんてあり得ない。


大丈夫だよ、ラファエル。



「 あらやだ、怒った顔もミステリアスで格好良いわね 」


戯けてそう言った私の言葉に皆が喉を鳴らす。 楽しそうな皆の表情に、ラファエルもすっかり毒気が取られてしまった様だ。 眉を下げて苦笑いしてる。 そんな彼に目の前の料理を指差して微笑む。 その指差した先には、一品だけ彼の前だけに置かれたお皿がある。



ラファエルが大好きな、私の手料理。



いつも特別扱いしてくれる彼に、私も私なりに特別扱いしてみたつもりだ。意味を分かってくれたラファエルの顔は途端に優しく嬉しそうに緩む。 良かった、終わり良ければすべて良し。


席を立とうとしたミシェルに、そう言えばと思って一応声を掛ける。


「 ねぇ、ミシェル。 自分が悪くて怒られたら『 ごめんなさい 』が必要かもよ? まぁ、女が男の仕事の話に口を挟んで悪いけど 」


優しくそう言うと、パァッとミシェルの可愛い顔が光りが灯ったみたいに一層輝く。


「 椿さん……そっか、うん! 」


そう言って、大きく頷いて嬉しそうに報告書の紙を腕に抱えて出て行ったミシェルに、呆気にとられて開いた口が塞がらない……だって、え? だってさ。




あいつ、結局謝ってないじゃん!




ーーー

ーー


ミシェルの居ない晩餐会は、可哀想にも賑やかに終わりを告げた。


それにしてもミシェル、なんて末恐ろしい男だ。

伸び代が半端ない……あんな可愛い顔で最後まで絶対に謝らなかった。


「 お兄様次はいつ帰って来れるの?」

「 そうだね、んー、明日から国王のダラスマ国訪問に父上と同行するからね。 落ち着くのは来月かな? 」


見送りに来た私とラファエルに向かい合ったお兄様が、にかっと歯を見せて私の頭を子供みたいに撫でる。 後ろからカロラナ様の優しい香りが鼻を掠めた。


「 オリフィエル、これをあの子に、あの子の大好物よ。妊娠中でも大丈夫なように椿が体に優しい味付けにしてくれたから 」

「 あぁ、エルヴィーラも喜ぶよ。 ありがとう母上。 椿、何時もありがとうね。 君の作る料理は彼女も大好きみたいだ 」



お兄様の左の親指には、この世界の習わし通り鈍色の指輪が嵌められている。なぜ薬指じゃないのかは知らないけど、親指も悪くない。


お兄様は屋敷には泊まらずに、大きなお腹を抱えた最愛の妻の待つ城へと一刻も早く帰りたいみたいで、そんなお兄様が私は大好きだ。


「 ううん、エルさんに宜しく伝えててね。 まぁ明後日会いに行くんだけどね 」


臨月の妻が出産し、落ち着いたら城の近くに建てた屋敷で新生活を始めるらしく妻であるエルさんはウキウキワクワクしながら残り少ない妊婦生活を楽しんでいる。 三兄弟と彼等の父が今は城に居るエルさんを大切に護ってるんだ。


「 フィエル兄様 」


ふにゃふにゃの笑顔でマイペースに歩いて来たその子は、手に紐で巻かれた紙を持っていてそれをお兄様に手渡す。


「 おぉ、もう仕上げたのか? 早いなミシェル。 なら預かって行こう 」


ニコニコと微笑むミシェルは、疲れも微塵も見せずにぽけ〜っと笑ってる。 多分、城へ報告書を飛ばす事さえ面倒だと結論づけたこの子は本気を出したんだろう。 なんて末恐ろしい子だ。



手を振る私達に、サッと手を上げ豪快な笑顔で城に戻って行ったお兄様の格好良い後ろ姿を見送る。



「 ミシェル、お腹空いたでしょ? 」

「 うん、空いたぁ 」

「 私もまだ途中だから一緒に食べようか。 スープ温め直してあげるわ 」

「 うん、食べる 」


私を覗き込んでふにゃふにゃ笑う末の子に、私も眉を下げて微笑む。 仏頂面でかったるそうに首を鳴らしてる真ん中っ子を見つめた後、ミシェルに話し掛けた。


「 ラファエルもまだ食事終わってないからさ、3人で食べようね 」

「 うん! 」


上の兄二人が大好きな末っ子は甘えん坊の顔でキラキラと頷いて、私に甘えてひっついて来る。 そんなミシェルの頭をポンポン撫でると喉を鳴らして喜んでる。 あぁ、可愛いな、ちくしょう。


「 っ、痛い 」


パシッと甘ったれの末息子の頭を叩いたカロラナ様が微笑みながら、屋敷の中へ戻って行く。


「 先に行ってるね 」


私から離れたミシェルが、鼻唄をふんふん歌いながら晩餐場まで歩みを進める。 そんなあの子の、二人にしてあげようなんて心遣いがちょっと擽ったい。 隣に寄り添うラファエルをチラッと見上げると、風雲児の兄弟二人に振り回されてげっそりした様に溜息をついていた。



ーーでも、彼はやっぱり優しい。



仕事終わりでお腹が空いてただろうに、見たこともないくらいゆっくりと食事を進める彼を見て、私はこの人の思考を察知して同じ様にペースを合わせてみた。 一人で食事をするのが嫌いなミシェルの性格も、意地になって報告書を仕上げるのも、何もかもお見通しだったんだろうな、きっと。


「 真ん中っ子はどの世界でも、気苦労が多いのね 」

「 お前の世界でもそう言われていたのか? 同志が居ると思うと、泣けて来るな 」


朗らかに冗談を言うラファエルは、末の弟の為に、何食わぬ顔でまた食事の席に戻るんだろうな。あぁ、何か、またこの恋心が積もる。



「 ん、どうしたのだ 」

「 見てわからない? 手を繋いだのよ 」


絡めた手は、しっかりと握られて。

繋いだ手をクイッと自分の方へ引っ張り、近付いた私の頭をポンと撫でたラファエル。おい、何でこんなちょっぴり甘い時間でさえ仏頂面なんだよ。


「 ありがとう 」


私の瞳を顔を下げて覗き込んで来た恋人に、私はフッと微笑む。


「 良いえ、どういたしまして 」

「 ミシェルの事だけでは無い 」


手を繋いだまま、ミシェルの待つあの晩餐場まで歩みを進めた彼の隣で私は何のことかと首を傾げる。



「 あの麦酒は兄上の嗜好の銘柄だ。 お前が用意してくれたんだろう? 」



ああ、泡の付いた口髭が可愛かったなぁ。 喜んでくれて良かった。 真ん中っ子は、何だかんだ大変みたいだけど何よりも兄弟の事が大切なんだろう。だって、こんな柔らかく口角を上げてるんだから。



三白眼の瞳で、豪快で愛想が良くて、お喋り好きで、弟思いだけど自由奔放なオリフィエルお兄様。


怠け者の甘えん坊で人懐こくて、若干問題児の子犬らしい潤んだ瞳だけど、多分この三兄弟の中で一番肝の据わってるミシェル。


「 お前の好きなワインを城で貰ってきた。 一緒に呑もう 」

「 ありがとう、嬉しいわ 」


繋いだ手の先にいる、三白眼で愛想が悪くて仏頂面で言葉少ないけど、真面目で誠実な三兄弟のまとめ役である、真ん中っ子の私の恋人。


そういえば、私の妹と言う女の子はどんな子に成長しているんだろう。 正直、会った事もないその子は、私にとっては実感が掴めないから、感情なんて持ち合わせていないけれど、まぁ、その子も幸せになれたらいいなとは思うかな。


「 お前は本当に何も欲しいものが無いのか? 」


いつも何も欲しがらない私に、彼は口癖の様にそう聞いて来る。 歩きながら私を見下ろしたその人の綺麗な耳の装飾が月夜に揺れる。


「 それ、欲しい 」


私の指差す先にあったソレを手で触るラファエル。


「 これか? 」

「 うん、貴方とお揃いで 」


途端に耳を染めて、目を見張るラファエルだけどそれでもやっぱり喜怒哀楽を出すのが下手くそだ。


「 ほぉ、なら早急に手配しよう 」

「 ……嬉しいならそう言えば? 」



私はいつまでも、あの風雲児達に囲まれながら、それでいてそんな兄弟に振り回されてる真ん中っ子の隣で、大変だねと労って笑っていられたら良いな。其々に性格のバラバラなこの三兄弟に囲まれながら、この先も。






とびきり気苦労の多そうな真ん中っ子の隣で寄り添って、ずっと。












〜真ん中っ子の隣で〜

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