噛み締めたから
周りに置かれた沢山の蝋燭の灯りが、何だか素敵な雰囲気だ。
私はあの腰まであった長い髪よりも、意外とこのボブが気に入ってしまった。 何より楽チンだから。
「 何? 長い方が良かったの? 」
洗い終わってお湯に濡れたままの私の髪を、向かい合っていたラファエルがスッと梳かして、思いのほか直ぐに宙を切ってしまった自身の手をチラッと見つめていたから、ムッとして私は彼を睨みつける。
すると、そんな私の顔をキョトンとして見つめた後クスクスと喉を鳴らす。
「 別に今の行動に深い意味などない。 そう言えば随分思い切ったなと思い出しただけだ 」
向き合うラファエルの洗ったばかりの髪も、お湯に濡れて色っぽい。 彼はそんな自分の髪を億劫そうに掻き上げて頬杖をつきながら私を撫でる。
「 お前はどちらでも良く似合う 」
穏やかに喉を鳴らす彼の身体は、やっぱり鍛え上げられた騎士の身体つきで、美人な顔からは想像出来ないくらい逞しい。
「 それにしても、此処は何時だって新品みたいにピカピカよね 」
「 当たり前だろ、汚れを落とす場所が汚れているなど許されるか 」
真面目な顔でそう言った潔癖性の恋人に、思わず呆れに近い笑いが零れ落ちてしまう。 彼は、その長い髪が浸かってしまわないように磨き抜かれた豪華な浴槽の端に髪を靡かせる。
ちゃぷんと水が揺れる音がする。
侍女が椿の花を抽出して混ぜてくれたお湯の色は柔らかいミルクのような優しい色合いで、ほんのりあの花の香りが漂って来る。
やっぱり、今日もこの人照れてる。
「 ん? 何だ……何がおかしい 」
「 良いえ、何も 」
それでも口元を押さえて顔を緩めてる私に、ちょっとだけ不思議そうにしてるラファエル。 この人は、もう何度も私の裸を見たってのにどうしても慣れないらしい。 湯船から胸元までが出てる私をあんまり直視しないラファエルは、恋人になっても中々私に手を出して来なかった。
多分、ずっとあの日の自分が許せなかったんだろう。
痺れを切らした私が、まぁ簡潔に言うとラファエルを襲って喰ってやった……うん、美味しく頂いた。
本気で何も気にしてない私を見て、やっと彼は少しずつ自分を許し始めたんだと思う。 きっと、言わないだけで思い詰めるほど自分を責めていただろうこの人は、やっぱり私にとって掛け替えのない男だ。
身体を隠そうともせず、喋りかけてくる私に呆れ笑いの様な表情を浮かべるラファエル。
「 お前、少しは恥じらいと言うものを覚えろ 」
「 どこに売ってんの? 買って来てよ」
潔癖性のこの人が、自分の聖域である書斎も部屋もこの豪華な部屋の浴室にも嫌な顔なんてひとつもせずに私を招き入れてくれる。 それだけで、この人の私に向けてくれた感情が痛いほど身に沁みる……私を沢山愛でてくれる甘い夜だって、身体の至る所と、あの忌まわしいと思っていた火傷の跡にも抱えきれないほどのキスをくれる。
言葉がなくたって、沢山伝わってくる。
「 一体何なんだ、さっきから顔が緩みっぱなしだぞ 」
だって、どうしようもないもの。
「 ねぇ、ラファエル 」
私が彼を呼ぶと、やっぱり優しく私だけを映してくれるその瞳。 蛇みたいな鋭くて誰よりも優しい瞳が、どうしたと私に問いかけている。
「 私、幸せよ……生きてて、良かった。 貴方に出逢えて本当にーー 」
すると咄嗟にラファエルが私の頭に手を回してギュッと肩の方に抱き寄せる。 そんな彼の首元に手を回す。
「 出逢えて、本当に良かったわ 」
最後まで言えなかったそのことばを改めて伝えると、耳のそばで彼の息を飲む音が聞こえて、またギュッと抱き寄せられて。
私の肩に暖かいソレがポタリと滴り落ちて来る。
「 あぁ、私もだ 」
力強く互いを抱き寄せて、私達はこの時間を噛み締める。
ーー
ー
人肌以上の暖かい湯船で、私達は互いの存在を噛み締めたから。
「 どうしよう無理、気分悪い… 」
「 あぁ、私もだ…… 」
のぼせてしまったのもご愛嬌だろう。
~噛み締めたから~




