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抱き合って眠る……じゃなくて、私達は散々泣いて、泣き合って眠った。


「 ……え、ビビ帰っちゃうの? 」


そして、朝日すら昇っていなかった早朝にビビに小高い丘の花畑まで連れて来てもらい、 あの子は私を置いて、尻尾を振りながら屋敷の方向へ駆けて行ってしまった。



気付けば、爽やかに日の出の明るさが私を照らして、目の前の大きく育った樹に咲き誇るソレが、その光でキラキラと美しく輝く。



ーー私と同じ椿の名前を持つ花。



「 私は何時だって貴方の名前が邪魔で邪魔で仕方なかったの。 私には、手が届かなかった…… 」


少し見上げると赤い綺麗な花が目一杯咲き誇っていて、芝生の上には赤い絨毯のように花弁が敷き詰められている。 屋敷のあの椿の前にも、こうやって向き合う事はずっと出来なかった。


身に纏っている淡いクリーム色のドレスが爽やかな風にサラサラと靡いて、短くなった黒髪が揺れる。 何故か、不思議と椿の花を見て笑顔が溢れて来る。



何故だろう、突然あいつの香りが鼻を掠めた。



ゆっくりと髪を抑えながら振り向いたその先に、得意気なビビを連れて穏やかな表情で歩み寄って来る蛇男が見えた。



「 アンタは眠ったフリするのが好きなんだね 」

「 その度にまじまじと顔を覗き込んで来るのは、何処のどいつだ? 」



花弁の上では、何時もの特徴あるあのコツコツ鳴り響く靴の音は聞こえて来ない。 ただ、私も蛇男も吹き荒れる赤い花弁の中で穏やかに見つめあっている。


「 ……何? 」

「 見て分からんか、手を握っているのだ 」



冷静そうに見える三白眼は、いつからこんな優しい眼差しで私を見守ってくれていたんだろう。 握られた手は、そういえば最初からずっと温かかった。


「 私は、散々お前に言われたのにまだ言葉が足りていなかったようだ 」


握られた手が、ギュッと恋人繋ぎみたいに交差する。 あ、これってあの日見た女の子達が隣に寄り添う男の子としていたやつだ。


「 最初は不気味な女だと思っていた。 まさか、こんな風に思う日が来るとは想像すらしておらんかった……口が悪い癖に誰よりも他人の心を考える、時折危なっかしい行動を取る癖に泣くのを我慢しているお前を近くで見ているうちに、私はお前から目が離せなくなった 」



サラサラと紺色のその髪が靡いて、耳の装飾が陽の光でキラキラと揺らめく。 ずっと、見ていたいと思った。



「 すまぬ、どうしても上手く言葉に出来ん。 アドルフのように口が達者でもないし、エドワードの様に喜怒哀楽を上手く顔に出せぬ……私はただ、お前の泣ける場所になりたい。 お前が手を差し伸べた先に居るのは誰でもなく、私であって欲しい 」



この人の顔をずっと見てたいって、本当にそう思う。



「 子供達に見せる、お前のあの可愛い笑顔を私にも見せて欲しいと心底そう思う……生きる意味が分からないと言うのなら 」



見つめ合ったその瞳は、どんな時よりも綺麗で透き通っているようで。





「 お前を死なせたくない私の為に、生きてくれ 」






ああ、何て。





「 眠そうな顔も、泣いた顔も、怒った顔も、何もかも私が独り占めしたい。 私は情けないほど他の男に嫉妬していた……お前の事になると、歯止めが効かんらしい。 お前の側に寄り添う男は私だけであって欲しい 」



愛って、どんな物なんだろう。



「 貴方はあんなにカミーリィヤの事が好きだったのに、どうしてそんな呆気なく心が移り変わってしまったの? ……愛って、そんな風にいつか消えてなくなるの? 」



風に吹かれて赤い花弁が私達を弄ぶ様にヒラヒラと舞い上がる。 あぁ、椿の花弁の中にいる蛇男はとっても綺麗だ。



「 私にも分からん、 私だってアレは唯一だと思っていたからだ……お前に出逢う前までは、な。 ただ、私はお前から目が離せない…それが、どうする事も出来ぬ、事実だ 」

「 何だ、アンタにも分からないんだね。 皆、分からないんだね… 」



皆、生まれてから死ぬまで、本当はずっと捜し求めているんだろうか。



「 二人で、考えて行けば良いじゃないか。 老人になるまでずっと、二人でな 」



へんなの、それってまるでプロポーズみたいな台詞じゃないか。


フッと笑った私は、彼から視線を外して、後ろに突っ立っている椿の樹に身体を向けて、赤い花を見上げる。



「 話の途中だったと思うのだが 」



後ろから、片腕で私を柔らかく抱き寄せた蛇男の穏やかな笑い声が耳元でくすぐったく鳴り響く。



「 お前と居ると今までに無いほど心が落ち着く。 お前の温もりを知ってしまった今、他の女など目にも入らん……お前以外など、必要ない 」



ギュッと力を込めたその腕は、これまで何度こんな私を掬い上げてくれたっけ。



「 私は今まで、誰かの一番にはなれなかったの。 だから、貴方の一番になんて、なれないわ 」

「 何を聞いていた? いつ私が順位などつけたのだ。 一番もなにも、私にはお前ただ一人しかおらん 」




なんて、ズルイ人なんだろう。



「 本当はずっとお前に名を呼んで欲しかった。 お前はどんな顔で私の名を呼んでくれるのだろうかと、何故、私の名だけ頑なに呼ばぬのだろうかと 」



あぁ、また得体の知れない感情が心の奥底から湧き出て来る。 どうしよう、止まりそうもない。



「 お前に名前を呼んで欲しい。 ずっと私のそばに居て欲しい、美味い料理も菓子も作って欲しい……他の男の所になんて行くな、私の側にいろ 」



ああ、何て。


すると、突然私の後ろから腕を出して、樹に咲いていた赤い花を一輪摘んで、私の胸の辺りに差し出して来る。



「 この花の花言葉、アレは私にとってカミーリィヤを意味する物ではなかったらしい 」



椿の花は私に初めて笑い掛けてくれた様な気がする。 もしかして、最初からずっと笑い掛けてくれていたんだろうか。



「 『 あなたは私の胸の中で炎のように輝く 』 だったな、それはお前に向けた私の心だ 」




どうしてか、赤い花が海中の中みたいにユラユラ揺れ動き始めた。













「 私はお前が好きだ……椿 」















『 つばき 』 たった三文字なのに、蛇男がそれを口にする事がどうしてこんなにも嬉しくて、嬉しくて仕方ないだろう。






「 椿、お前を離したくない。 もう、偽りの関係など耐えられぬ……本当に私の恋人になってはくれぬか? お前を正々堂々と自分の女だと、早く皆に言い触らしたい 」



可愛い、なんて、可愛いんだろう。

吐息の様に耳元でそう呟く蛇男は、ただ優しい強さで私を抱き寄せたまま。


「 何だか、アンタ随分自信満々じゃない? ……私が断らないと思ってそうに聞こえるけど 」


戯けた口調でそう言った私をグイッと引っ張って、自分の顔の方に向けさせた蛇男と視線が重なり合って、蛇男は何処かニヤリとしながらも、優しい手付きで私の目元を拭う。



「 他人に執着せぬお前が、私の事を大切だと言うのだから……少しは期待してしまうのも仕方ないと思わぬか? 」



そんな事自分でも分かってた。

私は、何故か蛇男の事になると、自分が自分では無くなってた。 初めての事だらけだった……唇を噛み締めて、涙目のまま見上げる私にクスッと柔らかく微笑んで来る。



「 お前はどんな顔も可愛いな 」



本当にズルイ男だ。

普通、泣いてるより笑ってる方が可愛いとか言うんじゃないの? その言葉はとてもズルくて甘い。



「 ねぇ、蛇男 」

「 まだ蛇のままなのか……何だ? 」



眉を下げて、残念な気持ちを隠さず出して来る蛇男だって、初めて会った頃に比べたら驚くほど変わった。



「 恋ってどんな気持ち? 貴方が言う、私への気持ちってどんなもの? 」



蛇男の瞳に映る私は何処か不安気で、それでいて寂しくて死んでしまいそうな顔をしている。



「 どんなもの。か、この気持ちは上手く説明出来んな…… 」


それでも、私に伝えようとしている蛇男のその顔は思案し過ぎて歪んで来た。 説明出来ない、か。 それって、私が今心に抱いてるこの得体の知れない何かと同じなのだろうか。



「 それって、炎の様に激しいもの? 」


首を少し傾げて尋ねる私はアドルフの言う通り、本当に何も知らない赤ん坊のようかもしれない。 だって、フッと優しく蛇男が吐息を漏らした。


「 お前は詩人のようだな。 そうだな……炎の様に激しい時もある。 お前が他の男に笑い掛けてる時や、名前を呼んでる時。 あぁ、でも、お前の様に言い例えるならば 」



自分しか見せないと言う様に片手で私の頬を包み込んでクイッと持ち上げるその仕草は何だか色っぽい。





「 そよ風の様に優しく吹き上げるような時もある 」




あぁ、それって、私も知ってる。





「 泣き止んだのかと思ったが 」





だって、それって私も知ってる。

そうかだから私はずっと蛇男の名前が呼べなかったんだ。 ずっとずっと、心の安定を保つ為に最後の予防線を張り詰めていたんだ。



そうか、私は、もうずっと。




「 私もずっと、アンタに恋してたんだね 」




知らなかった。

この得体の知れない感情を、恋と言うんだ。



「 またアンタが教えてくれたんだね。 いつも何もかも貴方が私に教えてくれるんだね 」



ユラユラと揺れ動く視界の先を、何度も何度も優しく拭ってくれる蛇男の指が、そのまま私の頬を弄ぶ様になぞる。 でも、蛇男の表情は今まで見た中で一番幸せそうに柔らかくて。 そんな蛇男が手に持っていた椿の花を私の手に重ねる。



「 お前の花だ……この花ごと、私の気持ちも受け取ってくれるか? 」



この花はこんなに優しく私に笑い掛けてくれていたんだ。 私はそれをずっと、見ようとしてなかったんだ。

椿の花を持ったままの蛇男の手に頼りなく自分の手を重ねて、彼を見上げた時に、初めて気づいた。



ーー蛇男の耳が少しだけ赤く染まっていることに。



「 ねぇ、私はずっとずっと知りたかったの。 貴方なら私に教えてくれる? 」



この感情を教えてくれた貴方なら。






「 私に『 愛』を教えてくれる? 」







蛇男はそんな私の言葉に、また今まで見たことのない晴れ渡った笑顔を見せてくれた。


「 あぁ、当たり前だろう? …お前が、これ以上はもう沢山だと根をあげるほどお前に教える 」



私って、こんな笑顔が出来るんだ。

自分でも驚くほど、蛇男の瞳に映った私の顔は希望に溢れていて。



「 私にも教えてくれるか? ……お前の私だけに向けた愛がどんな物なのかを 」



柔らかい口調で私の髪を耳に掛けた蛇男の透き通った笑顔を見て、また心の底から恋心と言う物が滝の様に溢れて来た。



ーー赤い花弁がヒラヒラと舞い上がる。



「 お前は何時からそんなに泣き虫になったのだろうな 」

「 何言ってるの? アンタの所為よ 」



そんな蛇男の口調が何処か嬉しそうで、受け止める様に私の腰に力強い腕を回してギュッと抱き寄せて、優しく優しく髪を撫でてくれる……そして、何度も力を込め直してくれた。



ーー蛇男に飛び付いた私を何度も、ギュッと。




「 ……っ、頑張ってくれてありがとう 」



頬に当たる蛇男の耳飾りが、外の空気に触れて少し冷たいけどそれがとても心地良くて、この人の腕の力と温度がとても心地良くて。









「 私も、貴方が好きよ 」








その言葉を耳元で聞いた蛇男は、吐息を漏らして私をまた強く抱き締めてくれる。 この人は私に本当に沢山のことを教えてくれた。 きっと、あの言葉通り愛の意味も何時かきっと。



なら、私も彼に誓った通り教えてあげたい。




「 貴方が好きよ、ラファエル 」




私がこの人だけに向ける、愛と言う物を。



「 ……悪くないな 」



言葉と裏腹にとても嬉しそうに顔を緩める彼の耳はさっきよりも赤く染まっていて、私は隠れて笑ってしまう。



「 椿、私に顔を見せてくれ 」



飛び付いて来た私を抱きかかえたままのラファエルが、そう言ってゆっくりと私を地面に下ろす。 向かい合った私達の顔には隠しきれない笑顔が滲んでいて、彼は私の頬にゆっくりと手を添える。 私の目を見つめる彼の瞳は熱が篭ってて甘い色気が漂って来る。



「 ……頬が真っ赤だぞ? 」

「 貴方もよ、ラファエル 」



クスクスと喉を鳴らして笑う私達の声だけが、舞い上がる椿の花弁の中に響き渡って、そのままラファエルは頬を妖艶に持ち上げる。 私はそんな彼の胸元に手を添えて、もう片方の手で腰の辺りをギュッと掴んだ。



ーー今度は人工呼吸でもない、本当のキス。



軽く重なったその唇に、また初めて、好きな人とのキスの幸せを教えてもらった。 唇を離した私達はどちらからともなく微笑みと穏やかな笑いが零れてしまう。


まだ熱っぽいラファエルの瞳が私を見下ろして来て、妖艶なその視線に釘付けになって動けない。 彼は少しだけ伏せたその綺麗な目を向けたまま、私の顔にまた近づいて来る。



唇が、触れ合いそうなそんな時だった。



「 ……何故今なんだ、ビビ 」




ビビが嬉しそうに私達の間に顔を割り込ませて来た。 ラファエルはムスッと顔を歪ませて、子供みたいにビビに拗ねていて、思わず私は声をあげて笑ってしまう。 そんな私の笑顔を嬉しそうにラファエルが見つめて、彼も思わず拗ねた顔を緩めた。

ビビは私とラファエルの頬に、自分の頬を摺り寄せて何だか嬉しそうに鳴き声を上げて尻尾をユラユラと揺らしている。



「 ……まぁ、お前達のお陰だからな 」



私と頬を摺り寄せてじゃれていたビビの顔を優しく撫でて微笑むラファエル。 すると、彼は指を絡めて私に微笑み掛けて来た。



「 帰ろうか、私達の家に 」



私の手には今度こそちゃんと受け取った椿の花が握られている。 あぁ、私、生きてて良かった。



「 ……うんっ! 」



また頬を濡らした私をクスクスと喉を鳴らして微笑みながら、慣れた仕草でそれを拭うラファエル。







私、こんな景色を見れるなんてポチの頃は想像さえしてなかったよ。






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