表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/96

50



やけに、穏やかな夢の中にいた気がする。



目が覚めると、蛇男の腕の中に包み込まれたままだった。 こんなこと今まで無かった……蛇男は逃がさない様に向かい合って私と眠りに落ちていた様だ。 瞳を閉じているその蛇男の表情を見て、得体の知れない気持ちがまたこみ上げて来て思わず音が出る。


「 ……っ、 」


そんな蛇男の腕の中から、もがいて逃げた。 前が肌蹴て、下着が露わになっているけれど、何時の間にやら脱いでいた筈の寝衣に元通りに袖を通していて。


こんな露出した状態で欲情されなかったなんて、生まれて初めての屈辱かもしれない。 何時もなら生唾を飲んで馬鹿共が貪り喰って来た筈なのに……こいつは唯、私を抱き締めたままだったなんて。


蛇男は何時だって、予測不可能で理解不能な事を私に与えて来る。



ーーこの得体の知れない気持ちが、怖くて仕方ない。


私は誰かに急かされた様に、寝台から身を仰け反り、足早にその部屋を後にした。 だって蛇男が私より後に起きるなんて事はあり得ない……それに、一度本物を見ているから知ってる…あの寝顔は嘘だった。



私を安心させる為に、ワザと寝たふりをしてずっとそばにいた。



「 ……もう辞めてよ、頼むから 」



蛇男の優しさが、辛かった。



ーーーーー

ーーー



人生初の遅刻未遂だと蛇男は皆に笑われながら、馬を走らせて屋敷を後にした。


堅物で、ああ見えて真面目な仏頂面がそんな事をするなんて馬鹿げてる……私は、そんな風に扱ってもらう価値はない。



もう、ここに居てはいけない。




ーー



「 …ったく、何処にあんのよ『 祈りの泉』 なんて 」


見たことのない奇妙な鳥が、木の上から私を嘲笑うように羽をバタつかせて、ギャーギャー鳴いている。 お前には見つけられないさって言われてる気分。


部屋の鏡台の上に『 ちょっと王都に出てきます 』と嘘の置き手紙を置いて、屋敷を出たのは夕刻で辺りはもうじき暗闇に襲われそうなほどオレンジが消えかかっている。 ああ、城で調べた筈の方向に向かってると思ってたのに、森の中を完全に舐め切っていた。


「 って言うか、そもそも問答無用でこの世界に連れて来たのはあの神様の癖に、どうしてこっちから出向かなきゃなんないのさ! 」


私の絶叫が森の中にこだまして響き渡ると、鳥たちが鳴き声を上げながら飛び去って行った。 すると、後ろの方から蹄の音が規則正しく聞こえて来て、知ったようなその音に驚いて後ろを振り返る。



「 ……え、ジジ? 」



木々の中から姿を現したのは、蛇男の愛馬であるジジと言う可愛い馬だった。 ジジは誰かを乗せている訳でもなく、颯爽と私のそばに歩み寄って頬を摺り寄せて来た。 私はそんなジジの頬に手を添えてその子を見上げる。



「 ……ジジ、貴方どうしてこんな所にひとりで来たの? 」



漆黒の馬で、鼻の辺りが白いこの特長あるジジは好き嫌いが激しいらしく、でも何故か私にはとても懐いてくれていて、ビビと言う兄弟馬と共に蛇男の相棒として屋敷で飼われている子だった。 そう言えば、今日はビビが蛇男と共に城へ向かっていた……ジジは昼間は屋敷の庭園でのびのび過ごして、私が出て来る前に馬小屋に戻っていた筈なのに。


「 ……ジジ? 」


名前を呼ぶと、けたたましい大きな鳴き声を上げて、天高く前足を跳ね上げる。その鳴き声は森中にこだまして反響した。 普段は大人しいこの子がそんな大きな声を出すのを初めて聞いて、私は少しだけ驚いた。 すると、ジジは私の前に跪いて、何故か可愛い瞳で私を覗き込んでいる。


「 もしかして、祈りの泉まで連れて行ってくれるの? 」


ジジはその言葉を理解したように、鳴き声を上げてそのまま私を待っていて。 少しだけフッと笑いが漏れた私はそのままジジの上に跨がる。 乗馬は蛇男が教えてくれた……ジジとビビはこうやっていつも私を気遣うように優しく乗せてくれていたな。




ーーー

ーー



「 ジジ、貴方ってこんなに歩くの遅かったっけ? 」



コトコトと蹄を鳴らすジジは、見たこともないくらい遅い速度で私を乗せて歩みを進めている。 いつも蛇男を乗せて颯爽とかっこ良く駆けて行くその姿とまるで違う。 牧場のポニーみたいにリズム良く、ノロノロと歩くこの子。 自分で走った方が、多分何倍も早い気がする。


「 ……ねぇ、ジジ。 貴方達はずっと、優しいあのご主人の側にいてあげなね 」


あの人はジジとビビをとても可愛がっていて、2頭もそんな蛇男が大好きみたいだった。 この子の背中に乗った所為で思わず思いを馳せてしまう……もう、二度と逢えないんだ。

城の兄弟にも、屋敷の皆にも、子供達にも、腹黒い友人にも、可愛いフクロウにも、この子達にも。



そして、蛇男にも…もう、二度と。



誰かとの別れがこんなに心を引き千切るような感覚になるなんて、生まれて初めて知った……何時の間にか、それほどここの人達に私は絆されてしまっていたなんて。



「 ……っ、私は何時からこんなに情けない泣き虫になってたんだろうねぇ 」


ジジの背の上に、私が瞳から零した水滴がポツリと滴り落ちて思わず自称気味の呟きが漏れる……その音は、少しだけ震えていて。


何故、思い出すんだろう。

紺色に近い綺麗な胸元までのあの黒髪、目つきの悪い三白眼のあの瞳も、仏頂面で堅物で言葉足らずで、淡々と表情を変えないくせに優しいあの男を。


「 ねぇ、ジジ……っ、私ね、生まれ変わったら今度は素直で可愛い女の子になりたいな 」


どうして、そんな事を言ったのか自分でも分からないけど乱暴に瞼を拭って吐いた言葉。


もしそんな女性になれたら、きっと、蛇男の……いや、考えるのは辞めよう。


ジジは何故かさっきからずっと森に響かせるように鳴いては、背に乗せている私をあやす様にチラッと此方を見上げようとしている。


「 ……ん、どしたの? 」


すると、突然その場でピタリと立ち止まって尻尾を揺らした。 不思議に思った私はジジの背中から降りて、具合が悪いのかとジジの顔のそばまで歩いてその子を覗き込む。


その時、何処かから知っている蹄の音がけたたましく鳴り響いて来た。



「 良い子だジジ……ご苦労だったな 」


木々の中から掠れた低い声が聞こえて来て、月の光に照らされたその人はーーーやっぱり、蛇男だった。


ビビの背中から颯爽と降りて、ジリジリと私に歩み寄って来る蛇男の鋭い眼光に思わず一歩足が逃げる様に下がってしまう。

ジジはヒヒンと可愛い声を上げて、その愛らしい鼻で私の背中をポンっと押してきて、突然のことに思わず私の身体が前に出る。



あぁ、蛇男と向かい合ってしまった。


「 ジジが知らせてくれたのだ。 お前が何処かに出て行って、お前を見つけたと……城から屋敷に戻っている途中、ジジのその声が聞こえて来た…お前を護る為にジジは屋敷を抜け出した 」



だから、ジジは普段からは想像出来ないあんな声で鳴いていたの? 私を護ろうと、してくれていの? すると、ジジが尻尾を振って可愛い蹄の音を立てて、私の頬に頬ずりして来た。 そんなジジに目一杯寄り添って、頬を撫でる……心配を、掛けさせてしまったんだ。


「 良くやったなジジ、お前のお陰だ。 屋敷へ先に戻っていろ、後で私達も後を追う 」


ジジに手を伸ばして話し掛けた蛇男に、ジジは嬉しそうに尻尾を揺らして頬ずりをし、そんなジジを蛇男は労う様な仕草で撫でている。 ジジは後ろに控えていたビビと挨拶をした後、颯爽と屋敷を目指して駆けて行った。


「 何処に行こうとしていた 」


ジジのその後ろ姿を見送った蛇男が、少しだけ怒った様な口調で私に振り返ってくる。 あれ、でも。


蛇男が少しだけ泣きそうな顔をしているように見えるのは、気の所為?


「 何処って、王都に行こうと思ったのよ。 迷子になったけれど 」


バレてしまったら、私はきっと戻れなくなってしまう……『 行くな 』と言われたら、多分、帰れなくなってしまう。 飄々とそう取り繕う私をどう思ったのか分からないけど、少しだけ顔を俯かせて流れ落ちて来た髪を億劫そうに掻き上げる蛇男はさみしそうな吐息を吐いた。


「 ……王都か、もう少しマシな嘘を着いた方が良かったのではないか 」



自分を責めている様なその苦悩にゆがんだ顔で、私を抱き寄せた蛇男の鼓動がバクバクと焦った様に音を奏でて、どうしてか、私を抱き寄せたその腕が少しだけ震えていた。



もしかして、必死に探してたんだろうか。


ーー何も言わず、ただギュッと力を込め直して私を強く抱き寄せる。


私が探していたものを、蛇男は分かっているんだろう。 でも、そんな顔しなくたって良いのに。



「 …っ、帰るぞ。 屋敷に 」


私を抱き寄せたまま、ビビを呼んだ蛇男は軽々と私をその背に乗せて自分も颯爽と飛び乗ってくる。 何時もの乗馬と違うのは余裕の無さそうな蛇男の声と、私の存在を確かめる様に強く回された蛇男の腕の温もり。



そして、得体の知れない私の感情。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ