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嵐の様にバタバタと時間が過ぎた。
蛇男の城の自室で湯浴みをして、身体が芯まで温まった私を迎えに来た蛇男も、すっかり身体が乾いていて替えの装束があったのか、同じ色の装束を纏っていた。
「 良い加減にしてよ‼︎ 」
「 それは私の台詞だ 」
歩けると喚く私の反論も聞かずに、蛇男はまた軽々と私を抱き上げて廊下をスタスタ仏頂面で怒りながら歩いて、気付けば馬車に乗せられて、フカフカの毛布で蛇男にグルグル巻きにされて、あの屋敷まで馬車は走っている。
目の前の潔癖症の蛇男は、騎士達の共同の浴室を使ったらしい……この潔癖男がそんな事を普段ならするはずが無い。 だから、何だか心がおかしくなる。
「 アンタはあの子の所に戻りなよ、今からでも馬で行けば間に合うでしょう? 」
「 もう黙れ 」
散々戻れと諭す私を苛立った声で説き伏せる蛇男は、ずっと私を見つめている。 何だか、むず痒い。
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ーー
もう外はすっかり夜になった。
あの茶会はとうにお開きになった事だろう。
「 あら、貴方久しぶりね、元気だった? 」
私の声に甘えた鳴き声を出すのは、いつかのフクロウだった。 彼は案の定、城からの手紙を括り付けていて、その宛名に何故か私の名前が記されている。
「 ……カミーリィヤ 」
そこにあったのは、あの子の名前。
フクロウは私と少し戯れて満足したのか、そのままとんぼ返りしてしまった……窓の外は、雨が降りそうな気配が漂ってきた。
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椿へ。
結局ゆっくり話せなかったわね。
具合はどう? とても心配になったから、気づいたらペンを走らせていたわ。 あのね椿、貴方とラファエルを見ていたら、ちゃんと私から貴方にも伝えた方が良いんじゃないかと思ったの……私とラファエルは話しをしたわ。 あ、先に言っておくわね。 ラファエルを信じてあげて。
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「 おい 」
蛇男の声が聞こえて、私は途中まで読んでいた手紙から視線を外す。
「 何? 」
「 早いが今日はもう休むぞ 」
平然と寝台の椅子に腰掛け、私が寝台に横になるのを待っている蛇男に思わず苛立ちが込み上げる。
「 何度言ったら分かるのよ⁉︎ 」
寝台に腰掛けて私は大声で怒って、蛇男は平然とした顔で椅子から立ち上がり、私の目線までしゃがみこんでいる。
「 ……っ、そもそもアンタは一刻も早くあの子に説明しに行かなきゃ行けないのよ! 」
そうだ、こいつはあの子の前で私に人工呼吸を施した……思い出して、思わず唇を触れてしまう。 あんな場面を純粋なあの子が見て傷付かない訳はないだろう。 手紙は途中までだけれど、やっぱりちゃんと話しをしていたんではないか。 よくもまぁそんな女の子の前であんな事が出来る。
「 何であの子の前で自分の女だなんて、嘘を平然とつけるの……あの子の気持ち考えてやりなよ 」
ああ、最悪だ。
私がなぜそんな事を諭してやらなきゃいけないの? 助けて貰った事に御礼はしたけれど、その所為でこの2人がまたギクシャクしてしまったら元も子もない。
「 嘘か……あれは、私の願望が混じっている 」
「 ……は? あのねぇ、アンタはあの子に惚れてるんでしょう? 」
小さく吐息の様に吐いたソレに、私は思いっきり顔を歪めた。 だって、この人はいきなり何を? そんな私から一度だけ目を逸らして、でも何かを覚悟した様にもう一度私を見据える。
「 私が惚れてるのは、お前だ 」
ーー何を、言っているの。
真剣な眼差しで、私を真っ直ぐ熱く射抜くその瞳に私は躊躇してしまう。 黙った私の手元を見て、蛇男は声を放つ。
「 それはカミーリィヤからの手紙か? 」
「 えぇ、そうだけど…… 」
「 最後まで読んだのか? 」
蛇男は続きを読めと促してきて、私は改めてその手紙の続きに目を通す。
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私もラファエルも長い間、どうする事も出来ない想いを膨らませてそれが鎖になっていたわ。 でもね、正直身分も生まれた家も捨てることだって出来たはずなのよね。 けれど、私達はそれを自分達で選ばなかった。
あのね椿、まだ公には公表していないのだけれど私はユリアス様と明日に婚姻を結ぶのよ。 正真正銘あの人の妻になるの。 今の私はユリアス様を心からお慕いしています。いつからか、ユリアス様に本当に心惹かれてたの。
『 ずっとお前が好きだった 』ラファエルはあの日そう言ってくれたわ。 私もずっと好きだったと伝える事が出来た。 不思議と心が軽くなったの……それは、彼も同じだと思うわ。ちゃんとラファエルを思い出に出来たし、彼もそうよ。私達は腐りかけてしまった恋心とやっと終止符を打てたの。 椿は聡明だから私達の結果に気づいているのだと思ったのだけれど、それが良く無かったのね。私に申し訳なさそうな顔をずっとしていたから……彼と同じ宝石の首飾りはね、自分の女だと群衆に示すこの世界の風習なのよ?
あの日のラファエルの言葉を教えてあげる。
『 ずっとお前が好きだった。だが、今どうしても気になる女がいる。 あの王子と幸せになる事を友として心から願っている』
ねぇ、ラファエルを信じてあげて欲しいの。 彼と椿ならきっと幸せになれると信じています。
愛を込めて。
貴方と同じ花より。
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『 好きだった 』 だったって、どう言うこと? どうして、過去形?
「 待って、意味がわからない 」
余りにも理解不能な言葉が並んでいて、頭が追いついて来ない。 蛇男とあの子は想いを通じ合わせたのではなくて、互いに円満に恋心に終止符を打ったってこと? ……私が気になるって、惚れてるってどう言うこと。
「 あの国の騎士が今日来ていたのは、婚姻の最終の打ち合わせの為だ。 そして、あの男が嫁いだ先のカミーリィヤの護衛になるからな。 長く護衛を務めていた私から引き渡しの連絡事項があったまでだ 」
しゃがみこんで私を見上げる蛇男の視線が熱を帯びて熱くなってる。
「 私はちゃんとカミーリィヤに今の想いを伝えて来た。 お前にこれ以上、勘違いされたままでは困るからな 」
何てことだ。
蛇男は、仏頂面の癖に少しだけ目線を下げて私に手を添えた。
「 言葉にせねば、気づいて貰えぬのだろう? 私が惚れてるのはお前だ 」
この人はきっと勘違いしている。
「 ……アンタは、私が好きな訳ではないよ 」
「 どういう意味だ 」
そう、この人は冷たい言葉遣いに反して実は優しさに溢れた男だ。
「 私の背景に情が湧いただけよ? それは恋でも何でもないわ。 貴方は優しい人だから、きっとそれを知ってしまった責任感を私への愛情だと勘違いしてしまったのよ 」
その淡々と紡ぐ言葉に、唖然とした様に固まる蛇男。 私は眉を下げて苦笑いしか出来ない……このままでは、蛇男が可哀想だ。
「 私みたいなのが新鮮で物珍しかっただけよ。 意外と心配性で世話焼きだものね貴方って……捨て猫を可愛がって愛着が湧いちゃった。 ただそれだけよ 」
「 何を言ってるんだ 」
「 勘違いしちゃ駄目だって言ってるの 」
怒った様な、悲しんでる様な、気持ちの行き場をなくしてしまった複雑な顔で私を見上げてる。
「 勘違いなどしておらぬ。 私はお前に惹かれている……それが事実だ 」
「 とにかく、明日カミーリィヤの所に行って説明してあげなね? 今ならまだ大丈夫だよきっと。 じゃ、おやすみ 」
蛇男の言葉を遮って毛布に身体を埋めた私の背中から、行き場の無い溜息が聞こえて来てそのあと蛇男の温もりが毛布に染み渡る。
「 私がして来たことを考えると、お前に信じて貰える訳がないのかもしれんな…… 」
掠れたその声に、私はギュッと目を瞑るしかなかった。 どうしてか、ギュッと強く。




