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室内はやはり奥様方の噂話ばかりで、とても面白くない。 アドルフは貴族のどっかのお偉いおじさんに呼ばれて渋々女の子ばかり居る花園から立ち去って行った。


暇を持て余す私は、テラスの様な場所で芝生の人達を眺めながら赤ワインばっかり呑んで呑んで呑みまくる。 お酒の強い私は、何処まで呑もうとも中々酔えない。 ワザと妖艶な顔付きでうっふんと色気を振りまく私を馬鹿な男共が舌舐めずりしながらニヤニヤ見つめて来るけれど、首飾りを見ると我に返った様に立ち去って行く。


ったく、どうなってんだ一体。

以前の私なら適当に男を見繕って、寂しさを埋める相手にしていたと思う……ただ、こんな事しながらも、正直そんな気も本当は起きていない。


「 おい 」

「 ……あぁ、またアンタか。 何? 」


不貞腐れて頬杖をついた私の前に、眉間に皺を寄せた蛇男の顔が映る。 野次馬達がジロジロと見て来るのが何故かうざったい。


「 後で少しだけ此処を離れるが、すぐに戻って来る。 お前は良い子にしていろ 」


仏頂面の美人さんが、珍しく『良い子に』なんて言葉を使うのが面白い。 彼なりに優しく言ったつもりなんだろうか? さっきから20分くらいの感覚で何故か、私がちゃんと室内に居るか偵察にやってくるこの男。 仕事しろよ仕事を。そう思いながら、適当にその場にあったお菓子に手を付ける。 チョコレートが甘過ぎてあまり好きじゃない。


「 アンタも摘まんでけば? 」

「 お前は間抜けか? ……まったく 」


私を見下ろす蛇男の視線は私の口元で、そのままその何かを拭われた。 気付いた私は呆気にとられて固まってしまう。


「 この菓子は甘過ぎるな 」



ーー私の唇についていたソレを妖艶な表情で、口に含んだ。


周りのご婦人はそんな私達の雰囲気に、若かりし頃を思い出したのかポッと頬を染めて喜々している。 私は焦って、思わずカミーリィヤが見ていなかったか辺りを素早く見渡す……そんな私に何故か眉を下げる蛇男。


「 アンタさぁ、本当にちょっとは気をつけなよ? 勘違いされたらどうすんのってアレだけ言ったのにさぁ 」


その言葉に返事をせずに、私の髪を梳かしてから仏頂面のまま立ち去ってしまった蛇男……私の髪に触れるだなんて、あいつは気でも可笑しくなったのか? どうして、そんな事をするんだろう。


「 優し過ぎるんだろうね… 」


誰に言うでもなく、消えそうな声でそう言った私の声は何だか寂しそうに聞こえたような。


あいつは、一緒に暮らした所為で私を他人だと思えなくなってしまったのかもしれない……だから、こうやって心配もするし、気に掛けるんだ。 愛するカミーリィヤが、側に居るのに。 それは、蛇男にとって本当は良くない兆候だと思う。


私は何故か、ドレスをギュッと握りしめていた。



ーーー



ボケーっと湖を覗き込んで見ると、情けない顔で佇む私が反射する。 怒られるのを承知で外に出て、なんとなく湖の側にやって来た。 来客者達も酒が回って来たのか、どこか無礼講のような宴会の雰囲気に変わって来ている。 楽しそうで何より。


バレないように湖の木陰から、2人を覗き込んで見るとあの頃の様に穏やかな表情を浮かべていて、時々城の方を振り向く蛇男を口に手を当てクスクス笑っているあの子が見える。


「 良かったわねぇ、蛇男さん 」


カミーリィヤと蛇男はきっと想いが通じ合った。 コレから二人は相容れない身分にどうにか立ち向かって行くんだろう……まったく天晴れだ。 そもそもコレが私の望んでいた事じゃないか。 蛇男とあの子、そして異国の騎士が何処かへと向かうその後ろ姿をボケーっと見送る。 良かったんだ、これで。


なのに、どうしてやり切れない?

どうして何かが煮え切らないんだろう。



「 ……戻ろ 」


ポツリと独り言を言って立ち上がった時、思いのほかお酒が回っていたのか少しだけ足がガクンとなった。 体制を持ち直した私が後ろを振り向いた時、誰かの劈くような悲鳴。


「 危ないっ‼︎‼︎ 」

「 …へ? 」



ーー物凄い衝撃が私にぶつかって来て、まだ覚束ない足取りだった私は、バランスを崩してそのまま冷たい湖の中に水飛沫をあげて落ちてしまった。


見えたのは暴れる馬を宥めていた数人の男と、血の気の引いた顔で私を見ていた来客者達。


ああ、ドレスが重たくて仕方ない。


きっとその中の誰かと不幸にもぶつかってしまったんだろう。 息が苦しくなって来て、もがいて水面を目指そうと手を振り上げ、足をバタつかせても一向に息を地上に浮かぶ事が出来ない。 布が贅沢に使われたこのドレスが水を含んで、異常なほどに重たい。 ブクブクと空気だけが地上に向かって登って行くのを濁った目で見つめる。 湖の水はとても冷たくて綺麗で、そして深くて、心底恐ろしい。



というか、そもそも私は生きたいのだろうか?



地球に戻った所で、きっと誰も見舞いに訪れないあの無機質な寂しい病室に戻されるんだろう。 それに、この世界で生きていたって私に何か楽しい事でも待っているのだろうか?

……もう、良いかもしれない。 私は割と頑張って行きて来たと思う。



一層の事、このままでも。



最後に偽善者に慣れて良かったな。 捻くれた女だけど、それなりにキューピットになれたんじゃないかな。

ああ、それって女神様みたいで、意外と悪くない……最後の最後に椿として生きることが出来て幸せだった。 何もかも、蛇男のお陰だ。



私は、そう思いながら静かにもがいていた手と足を止めて、水中の中に漂わせる。 すると、抵抗を辞めた私の身体は途端に湖の底を目指し出す。

短い黒髪が揺らめいて視線に映ったあと、静かにゆっくりと瞼を閉じた。 最後の空気の大きな塊が私の口から溢れ出した……あぁ、もう息が持たないし、意識も何だか朦朧としてきたなぁ。



でも、最後の最後に良い時間を過ごせて良かった。



ーーその時だった。



身体が急に何かに大きな衝撃に包まれて、驚いて目を開ける。



ーー血相を変えた蛇男がいた。


彼は凄まじい剣幕で私を睨みつけていた。そして、片腕で私を力尽くで抱きかかえて大きく上に向かって足を掻き上げる。 男だからなのか、騎士だからなのか、信じられない体力でグングンと上に向かって泳いで行く。


どうして、助けに来たんだろう。


時折私を見るその顔は苦悶と怒りと焦りに歪んで物凄いことになってる。 私の意識があったのは、そこまでだった。



ーーー



ん?……なんか、唇に違和感。

そう思ってボンヤリと虚ろな意識のまま瞼を開けると視界に飛び込んで来たのは。



ーー私の口を塞ぐ、蛇男の焦り切った真っ青な顔だった。 驚いて目を見開く私を見て、蛇男がその唇を離す。


「 .…っ、ゲボッ! っ、はぁ 」


咳をした私の口から水が吐き出されると、安堵した様に息を吐く蛇男。 その男の装束は水でびしょ濡れで、蛇男自身も髪も何もかも水浸しになっている。 蛇男は私に覆いかぶさる様な大勢のまま、私の顔のそばに頭を埋めてきて、まだ整っていない蛇男の荒い呼吸が耳元で、聞こえて来る。



ねぇ、どうしてそんなに血相を変えて助けに来たのさ。


「 ……っ、何故だ 」


はぁはぁと呼吸を整えようとしている蛇男が絞り出した様な声で私に投げかけて来た。


「 何故、足掻くのを辞めた 」


この男は、どこから見ていたんだろう。顔を上げて私を至近距離で見下ろす蛇男は信じられないほど怒ってる。 怒ってると言うか、苦悶の表情で私を見下ろしてる。 私の頬に蛇男から滴り落ちる水滴が落ちてきた。


「 ……っ、何故生きる事を諦めようとしたのだ‼︎‼︎ 」


その顔は泣いているのかと思った。

いや、勿論泣いてなかったけど、それくらい顔を歪ませて私を強く非難している。


「 そんな事は許さぬっ…、絶対に許さぬぞ‼︎‼︎ 」


ああ、そんな大きな声で怒らなくても良いじゃないか。 アンタがそんなに真っ青にならなくても、いい。


「 死のうとなんて、してない 」

「 嘘をつけ、お前は諦めた‼︎‼︎ 」


珍しく激怒しているらしい蛇男のその剣幕に周りの来客者達が慄いている。 小さな私の声は蛇男にしか聞こえていないのかもしれない。


力なくチラッと顔を横にすると、心配気に異国の騎士のそばで私を見つめるカミーリィヤの顔が飛び込んできた。 ああ、蛇男はあの子の前で何てことをしたんだ。 あの子が勘違いしてしまうではないか。


「 アンタ……あの子をほったらかして、私の所に来たの? 駄目じゃない……あの子を勘違いさせちゃ、ダメよ 」

「 ……っ、 」


何かを堪える様に、苦悶の吐息を私に投げかけて来る蛇男に力なく笑う私。


「 私、もう悪役になりたく無いんだけれど。 一度だけでもキューピットになりたいんだからさぁ……あの子を不安にさせちゃ駄目よ? あの子をーー 」

「 ……黙れ 」


私の言葉をぴしゃりと遮った蛇男は、そのまま地面とくっついていた私の背中を掬い上げ、腕の中に抱き寄せる。 何故、そんな事をする。


「 椿、大丈夫‼︎⁇ 意識は 」

「 カミーリィヤ、すまないが今後の話しはまた後日にさせてくれ 」

「 勿論よ、今は椿の体調が優先に決まっているわ 」


駆け寄って来たカミーリィヤは心配気に私に触れて、蛇男のその言葉に深妙な面持ちで頷く。 辞めてくれ、大事な話しがあるのなら、ほっといて欲しい……もう、悪役になりたくないのに。


「 良いよ、私は平気… 」


そう言って蛇男の腕から逃げようとしたのに、何故か力が入らずガクンとその腕の中にに落ちてしまう。あれ? おかしい。


「 戯言を言うな。 酷く顔色が悪い 」


そう言って温める様に私を抱き締める蛇男は、何を考えているんだろう。 惚れていて、思いの通じた女の前で何故他の女を抱き締めてる? こいつはそんな馬鹿では無いはずだ。


意識を失っていた所為なのか、どうも上手く力が入らなくて、されるがままの私をそのまま軽々と抱き上げて、気付けば私は蛇男にお姫様抱っこ状態だった。


「 私の部屋の浴室に湯を張れ、こいつに湯浴みをさせろ! 」


近くに居た侍女に指示を飛ばす蛇男のその声で、固まっていた周囲の城の人達が慌ただしく動き出す。 見知った城の侍女や使者達はずぶ濡れの私と蛇男を見て焦っていた。


「 ラ、ラファエル様の自室でポチ様の湯浴みを……宜しゅう御座いますか? えと、あの… 」


オドオドと困っている侍女は、多分この蛇男が極度の潔癖症なのを知っているのだろう。


「 ラファエル様も早く湯浴みをしなければ! 風邪を引いてしまわれます」


そばに居たもう一人の侍女が真剣な顔で蛇男を促す。


「 私は後で構わない。 こいつが先だ、この首を見てわからんのか? ……コレは、私の女だ 」



ーーあぁ、何てことを。


こいつは遂に頭が湧いてしまったのか。 もしくは湖の冷たい水の所為で思考回路が狂ってしまったのか……カミーリィヤの顔が見れない。 私を抱きかかえたまま、蛇男は颯爽と歩みを進める。 揺れるその腕の中で、私は絶望に項垂れた。 私は誰かの男を奪う様な真似はしたことがない。 そんな事をしなくても、都合の良い男は寄って来たし、何気に私のポリシーに反するから。 なのに、本気で嫌な女になってしまったようだ。



ーーだって、何故か心が。



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