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心が落ち着かなかった。
別に偽善者になりたい訳でも、良い子だと思われない訳でもない。 ただ、このままでは駄目だと奥底で訴えて来る何かがいるんだ。
「 もう良いって、確かに有難かったけど本当にもう大丈夫だからさ 」
「 何故、いきなりそんな事を言うのだ 」
寝台の隣に置いてある椅子に足を組んで腰掛ける蛇男は、着心地の良い絹の寝衣に身を包んで私を眉を顰めて睨みつけている。
「 私はフラフラ生きてた女だから余り深く考えないけどさ、堅物のアンタからしたらこの状況ってどうなの? ……恋人でも何でもない女と毎日同じ寝台に眠ってるのよ? 」
そう吐き捨てると、とても険しい顔で私を睨みつけたままだ。
「 カミーリィヤが知ったらどうすんの……アンタ自分の首、自分で締めることになるんだよ? もう私なんか気に掛けなくて良いから、自分の事考えな 」
そう言っても、蛇男は動こうとせずに突然そんな事を言い出した私に対して頬杖をついて胡散臭そうな顔でため息をついて、睨みつけてくる。
「 勘違いされたらどうするの? アンタは言葉が足りないから、いざとなった時に上手く言いくるめれないでしょう? 」
「 お前の言い方は少し可笑しいな。 それではまるで、カミーリィヤが私に心を寄せている様に聞こえるが 」
……ごめん、カミーリィヤ。
いや、でもこれが最善策なのかもしれない。 私っていつからお節介おばさんになったんだっけ。
「 カミーリィヤはずっとアンタに惚れてたわ……だから、今ならまだ間に合うの 」
「 何を、言っているんだ 」
頬杖をついていた顔を持ち上げたその顔は驚愕で固まっている。 あぁ、やっぱり好きで仕方ないんだろうな……私はそんな蛇男の顔を見て、少しだけ苦い笑いが漏れて、どうしてか心臓がチクリとした。
「 アンタもあの子も自分の家に縛られてる。それは理解したけど、本当に好きならちゃんと思いを伝えたら? 言わないままだと、長い間溜め込んだその感情が膿になって、結局アンタは崩れ落ちてしまうだけよ 」
蛇男はただただ私を呆然と見つめている。 そんな顔もするんだ。
「 黙って見守ってたって、本当に欲しい物は手に入らないのよ。 格好つけてないでさぁ、なり振り構わず掴もうとすれば良いじゃない。 アンタはあの優しそうな王子よりも良い男だと思うよ 」
促す様にそう伝える私を、唖然と焼き付ける様に見つめるその蛇男の瞳に、私は写っているのだろうか……いや、きっと違うんだろう。 そこには、無垢な笑顔で笑うあの天使が写ってるんだろうな、きっと。
「 惚れてる女に勘違いされたら、元も子もないよ。 ちゃんと言葉にしなきゃ、きっと伝わらないんじゃない? 」
我に返った様に蛇男が力なく笑った。 それは、自分自身を嘲笑うかの様な頼りない微笑みで。
「 ……そうだな、私は余りにも言葉が足りていなかったらしい 」
「 そうね、だから私がお節介する羽目になったんだから。 こういうの嫌いなのに 」
呆れる私に、蛇男も何故か自身に呆れた様なため息を着く。 そして、小さく言葉を吐いた。
「 明日、カミーリィヤと話しをしてくる。 お前の言う通り、向き合わねばならん 」
何でか、その言葉が私の心臓を刺したような気もする……不思議な気持ちだ。 この男と居るといつもこうなる。
「 このまま勘違いされたままでは困るからな… 」
苦笑いの蛇男。 まぁ、とにかく話す事に決めたなら心配要らないだろう……あの王子様には悪いが、私にとっては他人だし、大人なんだから潔く身を引いてもらうしかないだろう。
あれ、私は何故、こんな気持ちになっているんだろう。
「 ひとつ、お前に聞いて良いか……ここ最近、気に掛かっていた事があるのだ 」
「 ん、何? 」
「 お前はアドルフに惹かれているのか? 」
寝台に座っている私を真っ直ぐ見つめてくるその瞳は何処か熱を帯びている気もする……っていうか、いきなり突拍子のない話しをして来たな、こいつ。
「 いや、全く男として見てないけど 」
あの腹黒男に惚れたら、一瞬で地獄行きだろう。 そんなの御免だ。 即答でそう言った私を見て、何故だか知らないけれど堅い表情を緩ませた蛇男。
「 そうか、なら良い 」
「 アンタは過保護だねぇ……男選ぶ目くらい養って来たつもりだけど? 心配して貰わなくても、恋人探しくらい自分で出来るから 」
「 ……探さなくて良い 」
なんだこいつ。
私は応援してやったのに、私の応援はしてくれないらしい。 でも、安堵した様なその顔を見てると何だか笑いがこぼれて来てしまう。
ーー時計の秒針が鳴り響く。
「 ……で、アンタ私が折角話してやったのに意味分かってなかったの? 」
「 いや、よく理解したが 」
ーーいつもの様に同じ寝台で横になる私達。
理解したなら何故ここで眠ろうとするんだか……いや、そんな事を思いながらも私は強く拒否することが出来なかった。 別に無理やり部屋に返す事だって出来たのに。
「 おやすみ 」
「 あぁ、おやすみ 」
思考を無理やり停止させる。
だって、さっきから背中に視線を感じる……蛇男は私の方を向いて横たわっている。 それが、分かる。
何も考えちゃ、いけない。
ーーー
ー
次の日も、その次の日も蛇男は変わらなかった……どうなったのかなんて、聞けなかった。 いや、聞こうとしなかったのは私だと思う。
ただ、憑き物が取れたような晴れやかな表情を蛇男は浮かべる様になっていたんだ。
ーー上手く行ったって事、だろう。
ーー
ー
夜空の下、私と蛇男は向かい合う。
「 では、行って来る 」
「 気を付けて。 行ってらっしゃい 」
私が両手に持っていたマントを蛇男に差し出すと、優雅な仕草でそれを羽織って私に声を掛けた。 蛇男は泊まり込みで城に行かなければならなくなって、今まさに、そのために出発する前だった。
蛇男は私をただジッと見つめて来て、不思議に思う私は眉を上げて首を傾げる。
「 何か言いたいの? 」
「 いや、何でもない…… 」
余りの視線にそう言ったところで、何でもない訳はなさそうなこの男は答えることもないけれど、何かを伝え悩んでる様な顔をしてる。
「 明日、迎えに来る。昼頃までには仕度を整えておけ 」
「 え、わざわざ戻って来るなんて二度手間じゃないの。 馬車なんだし、アンタは城で待っててよ 」
そう、明日は城に呼ばれて茶会に参加しなければならなくなった。 そんな私を蛇男はわざわざ迎えに一度戻って来ると言ったんだ。 要領も悪いと思うし、二度手間だし私は掌を降ってそれを断った。
「 城に篭り過ぎると息苦しいのだ。 ただの気分転換だ、気にするな 」
私の返事を聞かず颯爽と背中を見せて駆け抜けて行った蛇男の後ろ姿を眺める。 優しいんだ、やっぱりあの人は……でも、人の男になるかもしれない奴に情をかけてもらい続けるのは趣味じゃない。
ーー私は、あの人から離れなきゃ。
そう思って笑ったのに、何故か上手く笑顔を作れなかった。




