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私が自立出来る日も近いかもしれない。 この世界には和食の様な料理が無かったので、それを広めようと前から着々と準備を進めて、やっと王都全体にその料理が広まり始めた。その御礼にと国からお給金を頂くことが出来たのだ。 そして、意外な事に髪を短くするのがこの国の女性の間で流行り始めたらしい。 王都を歩けば私やスザンナに似たような髪の女性を見かけることが本当に多くなった。


「 確かに、その髪はとても浮世離れしていて魅力的だと思うよ 」

「 アンタは女なら何だって良いんでしょ? アドルフ 」


そして、何故か私を気に入ったらしいアドルフはよくこの屋敷に訪ねて来る様になってしまった。 まあ、意外と心地良いこの時間は私も楽しかったりする。


「 ……またお前か、アドルフ 」

「 やっと出て来たのか? ラファエル、お前は休みだと言うのによくもまぁ、そんなに職務に没頭出来るな 」


そして、蛇男はそんなアドルフをいつも迷惑そうに眉を吊り上げている。


「 お茶淹れようか、アンタもちょっとは息抜きした方が良いよ? 前にも言ったでしょう、根詰め過ぎるとしんどくなるよ 」


そう言って蛇男を椅子に座らせて、席を立った私の視界にアドルフの飲み終わったカップが映り込んだ。


「 アドルフ、あんたもお代わりいる? 必要なら淹れてくるけど 」

「 ありがとう椿。 宜しく頼むよ 」


笑いかけて来たアドルフに返す様に笑って頷いた私をジトッと見つめて来る蛇男。


「 ……何よ? 」

「 いや、何でもない 」


その凝視に眉を顰めて見つめ返す。

アドルフは何故か蛇男のその顔を見てニヤニヤと笑ってて。 お茶を淹れようと歩き始めた私の背中に、突然声をかけて来た。


「 ねぇ、椿 」

「 ん、何? 」

「 椿は今日もとても可愛くて美しいね 」


なんだこいつ。

いきなりニヤニヤして、私を褒めて来て……何かを楽しんでいる様な変な顔をしてる。


「 アドルフ、あんた気味悪いんだけど。 何か企んでるの? 」


呆れて睨みつける私にただ頬杖をついて微笑むだけのアドルフの隣で、蛇男はヤケに小難しい顔をしている。 やっぱり没頭し過ぎて疲れたんだろう。


「 椿みたいに美しい女性を、男は放って置かないだろうね。 君はこの世界で恋人を作らないの? 」


お茶を淹れながら聞こえたその言葉に振り返ると、蛇男はとても驚いた顔でアドルフを凝視していて。


「 初対面の日からバレてたわよ、私達が恋人なんかじゃないって事。 そもそも、こんな腹黒男はそんな嘘に騙されないわよ 」


驚いたままの蛇男の前に淹れたてのお茶を置いて眉を下げながら笑いかけると、蛇男は我に返った様に小さく息を吐いた。


「 はい、これ食べな。 甘い物食べると少しは疲れも回復するだろうから 」


私が蛇男に差し出したのは、一口サイズのシュークリーム。 それを見たアドルフが驚いた顔をする。


「 これは、君が作ったの? 」

「 えぇ、昨日の夜にね。アドルフも良かったら持ってこようか? 」


珍しく可愛い子供みたいに頷くアドルフに思わず吹き出してしまう。 そんな私をまた何故か険しい顔で蛇男が見つめて来た。


「 疲れてるラファエルの為に、手作りのお菓子を用意するなんて、やっぱり椿は良い女だね。 早く恋人を作りなよ、僕がなってあげようか? 」


そうやって言葉にされると、何だかむず痒くて、思わず眉間にシワを寄せてしまう。アドルフのふざけた台詞に般若の様な顔をしたのは蛇男だった。


「 そういうふざけた台詞をこいつに言うなと言っただろう? 」

「 そんな怖い顔をするな、ラファエル 」


ケタケタと笑うアドルフの前にシュークリームを置いた私は、腰掛けて返事を返す。 一人で生きて行こうと決めていたので、恋人云々なんて改めて考えた事なんて無かった。


「 恋人、ねぇ……どうだろうね、欲しくなったら作るんだろうけど 」


私はいつだってそうだった。

恐怖や一人ぼっちの哀しさに耐えれなくなると男に走っていた。 そんな悪い癖をもってこの年まで生きていたから。


「 へぇ、なら早く君を捕まえないと、知らない間に他所の男に取られてしまうんだろうね 」


そんな台詞を言いながらも、アドルフは私のことを狙ってる様な素振りさえ見せない。 それだから、この男との時間は心地良いんだ。


そして、何故かそのあともずっと蛇男は小難しい顔をしていた。



ーーーー

ーー




それは、とある日の昼下がりの事だった。


「 ラファエルしゃま~! 」


目を少し離した隙に居なくなってしまった私が探していた、まだ舌足らずの小さな男の子の蛇男を嬉しそうに呼ぶ声が聞こえて、思わず廊下の柱の前で立ち止まって曲がった先を覗き込んでしまう。 そこには背の高い蛇男を目一杯見上げる男の子。


蛇男はとても穏やかな顔で、その男の子の目線までしゃがみ込む。 蛇男は子供が好きなのかもしれない、こういう時、いつも穏やかな顔で子供と接している印象が強い。


「 あぁ、どうした? 」


蛇男は昼食の休憩の時間に、一度、屋敷に戻って来た。 アドルフが来ていないかどうか気になったのだろうか? 最近そうやってチラホラ帰って来ることが多くなっていたから。


「 ラファエルしゃま、もうお城に戻りますか? 」

「 あぁ、今から戻るところだ 」


走ったせいで汗をかいていた無垢な子供の額を拭ってあげるその手。 蛇男は柔らかく表情を緩めている。 私は何故か焼き付ける様にその光景を隠れて見てしまう。


「 僕が守ってあげるからね! 」


男の子は何処か自信たっぷりに蛇男に話しかけている。 なにを、守るんだろうか?


「 ラファエルしゃまがお仕事の間は、僕が椿様をお守りするから安心してね! 」


その言葉に私はグッと胸を掴まれてしまった。 そう言えばあの子は何時も私のそばから離れない子だった。 もしかしたら、守ってくれていたのだろうか。 なんて、可愛いんだろう。


「 ラファエルしゃまの恋人を僕たちが守ってあげるから、安心してお仕事がんばってねぇ! 」


『 恋人 』 無垢な子供達は、その大人の汚い嘘を真っ直ぐに信じて疑ってはいない。 その言葉を聞いた蛇男は、途端に頬を緩ませて優しい顔をして、男の子の髪を撫でる。


「 お前達は頼もしいな、そうか、なら、宜しく頼むぞ。 私のいない間はアレをしっかり護ってやってくれ 」


蛇男は恋人と言う言葉を否定しない……ただ、男の子に優しい微笑みを浮かべていて。



「 うん! ラファエルしゃまが本当は椿様ともっと一緒に居たいの知ってるから、だから、僕たちがラファエルしゃまの分もそばにいるからね! 」


小さな可愛い男の子の思い違いを、優しい蛇男が訂正することもなく。


「 そうか、お前達にはそんな事までお見通しなのか。 恐れ入った 」


そう言って話に合わせてあげるんだ。 蛇男は、優しいから。


「 うん! だってラファエルしゃまは椿様の事大好きでしょ~? 」


物凄い爆弾をぶち込んだ男の子に、流石の蛇男もキョトンとした顔をして、でも、そのあと目を疑うほど穏やかな表情を浮かべて男の子に微笑みかける。



「 あぁ、そうだな 」



何故、否定しないんだろう……このままでは、蛇男は狂った歯車を元に戻せなくなってしまう。



ーー貴方は、カミーリィヤが好きなんでしょう?



なら、早く否定しなきゃいけない。

掛け違えたボタンは、気づかないうちに錆び付いて元に戻せなくなるのに。


私はその穏やかな表情を浮かべて笑う蛇男を見て、胸が張り裂けてしまいそうだった。



ーー私が、蛇男の邪魔をしている。

蛇男の人生の歯車を狂わせてしまったのは……紛れもなく、私だ。



柔らかくて優しい風が広がるその渡り廊下の先に、私は向かう事が出来なくて、唇を噛み締めてその場を後にした。

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