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腰まで伸びた髪をゆったりと梳かすのは意外と好きだった。 蛇男と王都に出掛けた時に、買ってもらう事を断る私に、無理矢理のように押し付けて来た髪飾りを手に取る。
本当は、欲しいなと思っていた髪飾り。
知識を献上した褒美として貰っていたお給金はどうしても手がつけられなくて、今まで欲しい物なんて買ったことがなかった。私の顔を見て、心に気付いてくれた蛇男の優しさに私はまた甘やかされる。
「 あ、そうだ… 」
そう言えば、3日後に城の舞踏会に招待されていたことを思い出した……エドワードが正直に、他国に私を見せびらかす為に開きたいと伝えてくれたから、私はそれに了承の返事を出した。 あの日以来、もう数カ月もエドワードには会ってない。
「 おい、夕食の用意が出来たようだ。 下へ降りるぞ 」
壁につけられたあの扉は、いつしか開かずの扉では無くなっていた。 そして、今まさにそこから昼間に城から戻って来た蛇男が顔を覗かせている。
「 先に降りてれば良かったのに 」
そう言いながら、髪飾りを大事に鏡台に戻す私の仕草を真顔だけれど、柔らかい顔で見つめている蛇男。 そして、そこに置かれていたエドワードからの手紙に気付いたようだ。
「 ああ、コレ? エドワードの手紙見るまで舞踏会の事、忘れてたわ 」
ヒラッとそれを手で持って宙に漂わせながら笑う私を何故か急にギロッと睨みつけて来る。 なんで?
「 ……何よ? 」
「 舞踏会にはカミーリィヤも来るだろう 」
「 当たり前でしょ。 カミーリィヤはエドワードのお姉さんなんだし、王女様なんだから。 何言ってんの? 」
「 そう言えば、お前の護衛を私が務めることになったぞ 」
「 へぇ、アンタが? そりゃどうも 」
ちょっとだけ戯けてそう言った私が立ち上がって蛇男の顔を見ると……あれ?何だか意見したそうな不服そうな顔をして私をジッと見つめてる。
「 え、何よアンタその顔 」
「 ……いや、何でもない 」
「 ふーん、行こうよ、皆下で待ってるんでしょう? 」
そう言って扉に向かう私の後ろをコツコツと靴の音を鳴らして歩み寄って来る蛇男の顔が隣に来たのでスッと見上げると、まだ何処か文句が言いたげな顔で前を見据えてる。
なんだ?こいつ。
ーーーーー
ーーー
舞踏会の前日の事だった。
何時もの様に朝、蛇男を見送って、エドワードに頼まれていた自分の仕事を済ましてから子供達をカロラナ様と迎え入れた時、いつもニコニコしている女の子が深く帽子をかぶって泣いて馬車から出て来たのは。
「 スザンナ、どうしたのよ? 」
そう言って彼女を抱き抱えると、声を上げて私の方に寄り掛かってギュッと首に抱きついて来る。 その子の髪を撫でて気付いた、そう言えば、えらく思い切って髪を切ったんだなぁと。
この子も含め、女の子は皆どの子も腰まで届きそうな髪を自慢げに風に漂わせていたから。 まあ、小さくても女なんだし、気分転換でもしたんだろうと思ったのに、それを見た侍女が何故かえらく驚いた声を出す。
「 スザンナ…っ、貴女その髪は一体どうしたの⁉︎ 」
すると、スザンナが余計に泣き出してしまって、あやしながらも私は意味が分からなくてキョトンとしてしまう。
「 アンタ、髪切ったくらいで大袈裟じゃない? 」
本当に不思議そうな顔をしていたのか、侍女が教えてくれた。 この国では女は髪が長くなければ女と認められないらしい……あれだ、所謂少し前の日本みたいな感覚だろうか。
ああ、だからそう言えば此処の国の女性は髪が長いんだ。 役によって伸ばしたり切ったりしてた私からすればその感覚は不思議で仕方ないけれど。
「 木に絡まって、どうしても切るしかなかったんです……可哀想だとは思ったのですけれど 」
馬車から母親が落ち込んだ様に顔を覗かせて来た。 スザンナは遊んでいる最中に、不幸にも複雑に髪を木に絡めてしまい、どうしても切るしかなかったらしく日本で言うボブの様な髪型になっていた。
「 明日、とても楽しみにしていた発表会があるんでしょう? 何時までも泣いてたって仕方ないわよ 」
そう、この子は明日何処かで何かの発表会があるらしく、それをずっと楽しみにしていた……何かは教えてくれなかったけれど。
「 この髪だったら笑われちゃうもん…… 」
まだクズクズと泣き続けるスザンナを抱っこしたままあやしながら、顔を見ると本当に落ち込んだ様に沈んでいる。
ーーー
ー
「 つーばーきー様ぁー! まだぁ? 」
「 先に遊んでて、後で行くから 」
一階にいた私とスザンナの部屋の窓から小さな男の子が待ち草臥れたように顔を出したので、笑いながらそう諭すとその子は良い子に他の子の元に走り出した。
スザンナはまだ顔を塞いで体育座りしたまんまだった。 そんな彼女の元に座り込んで肩を触れる。
「 スザンナ? 髪は伸びるものよ、それにその髪型とても似合ってるじゃない。 私の世界ではとても人気の髪型なのよ? 」
「 でも此処では笑われちゃうよ? スザンナおかしいもん 」
こんなに塞ぎ込んでるのに、此処まで来れたのが素直に凄いと思う。 でも、何故来たのに遊ばないんだろうか。
「 でも、貴女は頑張って此処まで来てくれたじゃない。 ね? 」
頬を濡らしながら顔をあげたその子の顔は泣いた所為で真っ赤になって。
「 椿様に会いたかったからだもん…… 」
瞼をこすって、ヒックと肩を揺らすその子の言葉に私は心臓を鷲掴みされてしまった。そう、 胸キュンってやつだ。
「 スザンナ… 」
「 椿様に会いたかったの、だから頑張らなくても来れただけだもん 」
そう言った後にまた顔を塞いでしまったスザンナを見て、その隣に見えた棚に私は歩み寄った。そして、その中からハサミを取り出して鏡に向かう。
ーー不恰好な黒髪の束が、ハラハラと落ちて行く。
その音に驚いて顔を上げたスザンナが、あまりの驚きに顔を固まらせてしまった。
「 なんで切っちゃったの⁉︎ 」
無垢なスザンナは私を心配して、立ち上がって鏡台に駆け寄って来たから、そのまま彼女を抱き上げる。
「 見て、スザンナが二人になった 」
鏡を指差す私を見て、鏡を見たスザンナにひまわりみたいな笑顔が広がっていく。
ーー金髪と不恰好な黒髪のボブの女が二人、笑顔で映り込んでいる。
「 これでスザンナだけじゃないでしょう? 二人でお揃いだね……私もスザンナもとっても良い女 」
「 わぁ、椿様とお揃いになったぁ! 」
なんて、可愛い笑顔なんだろう。
「 どうする? 遊びに行くか、此処にいるか貴女が決めなさい 」
「 スザンナ皆と遊びに行く! だって椿様とお揃いなの自慢するのー! 」
ギュッと抱き付いて喜ぶスザンナには、もうさっきの暗さは消えていて、そんな彼女の小さな頬に頬を摺り寄せる。
ーーー
ー
「 えぇー! 椿様の髪の毛が男みたいになっちゃったー! 」
小さな女の子達が驚いて駆け寄って来る。 そんな子供達と目線を合わせて問い掛ける。
「 どう? とっても似合ってるでしょ」
物珍しそうに私の髪を触る女の子達の側で、少し不安そうにスザンナが立ち尽くしていて、それに気付いた一人が驚いて指を差す。
「 スザンナも短くなってるよ! 」
「 うわぁ、本当だぁ! 」
スザンナは不安そうに私の首にギュッと抱き付いてくる。
「 私もスザンナも可愛いでしょ? 」
そう言うと、その子達はスザンナのような可愛いひまわりを顔に浮かべる。
「 とっっても可愛い‼︎ スザンナだけ狡いよ〜!私もそれが良い! 」
「「 私も〜! 」」
その声にパァッと明るい満面の笑顔を浮かべるスザンナを見て、私はやっと安堵した。
「 もう! 椿様早くしてよ! 」
「 ごめんごめん、 今そっちに行くから! 」
何処の世界でも男の子は女の子の髪の毛なんて興味がないらしい。 そんな事が何だか面白くて、手を振って思わず大声で笑ってしまう。 女の子達の手を引いて走り出した時に誰かの視線を感じて、ふとそちらを振り返ると。
ーーカロラナ様がとても優しい微笑みを浮かべて私を見つめていた。




