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それは、蛇男が何時ものように城へ向かったのを見送って少し経った、昼頃の事だった。


とても、久し振りに会った気がする。 そして相変わらずやっぱりこの女は何時でも泣きそうな顔をしてる。


「 ……ポチ 」


ああ、何時ぶりだろうか『 ポチ』と、そう呼ばれたのは。


「 アンタ、こんな所で何してるの? また自分の都合で他人を振り回すのねぇ 」


その女は深く帽子をかぶり、自分の正体がバレないよう質素なドレスに身を包んで馬車から降りてきた…… そう、蛇男のこの屋敷に護衛の騎士と共に。


「 ……ポチ、貴女と話がしたい 」


ああ、手が震えてるし、また泣きそうだし。 その癖、泣かないように歯を食いしばって。


ーーそして、私はまた意地悪い言葉を吐き捨ててしまう。




「 ポチ、私はいつか貴女が私を好きになってくれたら良いなと思っていたの 」





拳をギュッと握り締めた王女様は、何かを決意したように、勇気を振り絞ったそんな声で私に言葉を繋いで来た。


その言葉に、私は力なく笑う。



「 へぇ〜、最初から気付いてたの? 」



王女様は瞳を閉じて、行き場の無かった手でドレスの布のギュッと掴んでいる……そうか、王女様は気付いてたんだ。

私が向けていた無垢なこの天使への憎しみの篭った瞳に。


「 …っ、毎日貴女と過ごす度にそれを確信するしかなかった。 ポチは私を嫌いなんだって……でも私はどうしても貴女とお友達になりたかったわ…だから、ワザと貴女に構って貰おうとしたこともある 」


それは、子供が謝るようにたどたどしい言葉遣いで。 きっと、何度も練習したんだろう……こんな風に嫌われた相手に思いを伝えるなんてこと、この子の人生にはなかった筈。


「 貴女が私に向ける目はとても冷たかった…ごめんなさい、でも貴女から離れたくなかったから…でも、それがこんな結果を生み出してしまったのね…空回りしてしまったわ 」


顔を俯けて芝生に言葉を落とす王女様は本当に落ち込んでいて、何だか心の棘が抜け落ちてしまい、溜息が漏れる。


「 謝らないで、私はね、ただアンタが羨ましかったのよ。 正直、好き勝手して甘やかされて生きて来たんだろうって思ってたし、他人の心情なんて考えない言葉を吐くとこも苦手だった。 でもね、ただアンタが羨ましかったのよ……私の勝手な感情の所為だから、アンタは悪くない 」


その言葉に顔を上げた王女様はやっぱりボロボロ涙を流していた。


「 …っ、ポチ、貴女の名前の事聞いたわ。 私と同じ花の名前が貴女は嫌で嫌で仕方ないかもしれない…でも、私は嬉しかったわ。 貴女と同じだと知ってとても嬉しかったの… 」


『カミーリィヤ』と『椿』

同じ花の名前を貰った二人の女。


「 だからアンタが余計に羨ましかったのよ…私はね、上手に愛を貰えなかったから。昔から、唯の一度も 」


この子が何処まで知ってるかなんて、私には分からないけれど王女様はボロボロと涙を零し続けてる。


「 貴女は私のことが嫌いなのに、それでも優しかった。 ドレスを選ぶ時も、お茶を飲む時も何だかんだ貴女はやっぱり優しかった……ごめんなさい、私の所為で怪我までさせたのに 」


よく分からない言葉を並べて謝る彼女は多分、精一杯の気持ちを伝えようとしてるんだろう。 私は、この子の本質なんて一切見ようとしていなかった。 名前の所為で最初から彼女を勝手に馬鹿な天使だと決め付けて。


「 私はね、貴女は世間も知らない馬鹿な天使だと思ってたの。 だから、あの男の気持ちを振り回して傷付けても何とも思わないんだろうって 」



私の言葉を聞いて、小さな頃からの沢山の柔らかくて素敵な思い出でも脳裏に浮かんだんだろう、王女様は胸に手を当ててギュッと顔をきつく歪ませる。


ああ、やっぱりか。


彼女は最初から何もかも分かっていたんだ……何もかも。



「 でも、違うわよね。 アンタがどんな思いで生きてたかなんて、私が勝手に決め付けてはいけなかった 」


その言葉に、堰を切ったように涙を流して子供みたいに瞼をこする王女様。 やっぱり、ずっと側にいてくれたあの優しい騎士にこの子が心奪われないなんて、あり得ないだろう。


「 ごめんね、アンタはわざとあの男を突き離すと決めたんだね 」


両手を覆い顔を隠すその端から涙が滴り落ちているのを見て、私は身体の力が抜けて行く……全てを見ていなかったのは、私の方だった。


「 私は、ポチが羨ましかったのよ 」

「 ……え 」

「 想う人と結ばれる事の出来る貴女が羨ましかった 」


真っ直ぐに私を見つめて来た彼女は、涙を無理矢理に止めて私を見つめていて。


「 でもね、私は王女よ……自分の想いを優先して走る事なんて、出来ないわ。 私の背には、生まれた時から何万もの命が背負われているの。 国の為に婚姻を結ぶ事が私の務めよ 」


笑顔の裏に隠されていたその想いを、私は最初から見ようともしてなかった。 心寄せる騎士が、王女として結ばれてはならない人だった……何よりも大切な人だっただろうに。



「 誰もラファエルを越えるなんて出来無いと思ってたの。 でも、ユリアス様と出逢って、もしかしたらと思った……今は、本当に彼に心惹かれている自分が居るわ 」


そうか、彼女は恋心よりも、国を想って使命を選んだんだ。 何よりも好きだったあの蛇男を傷付けることも覚悟して。


「 …っ、ポチに呆れられてるのも本当は全て分かっていたわ。 ごめんなさい、私は貴女の事も巻き込んで振り回して傷付けた 」


私は一体何を見ていたんだろう。

勝手にこの子は恵まれた子だと決め付けて、なし崩しに罵倒し続けた。


「 今度は本当に貴女とお友達になりたいの……っ、本当の名前を呼んで、本音を話し合って、下らない話で笑いあったりしてみたいの 」


ゆっくり歩み寄って来た王女様が、私の手を握って来たのをボンヤリと見つめる。


「 ……ポチ、私と仲直りして下さい 」


ああ、可愛いな。

そりゃ蛇男も夢中になる筈だ。


「 仲直りもなにも、初めから私達は友達でも何でもないわ。 私は他人を信用してなかったし、本当の友達なんていたこともなかったから 」


眉を悲しそうに下げる王女様は、私に手を振りほどかれそうな不安を隠すことはない。


「 私もごめんね 」

「 ……え 」

「 アンタを傷付けたのは私も同じよ。 ごめんね、カミーリィヤ 」


ああ、やっぱり泣くんだこの子は。


「 …っ、名前を 」

「 友達というものが私には分からないけれど、手探りでも良いかしら 」



この天使は花の香りがする。

私を泣きながら抱き締めるから、余計にその香りが鼻を掠めているのかもしれない。



「 あの、あのね、あの…… 」

「 しつこいな、良いよ椿って呼んでも 」


耳元で、喜ぶ天使の声が聞こえて来る。 私達は同じ花の名前で、何かを背負って生きて来たのか……そうか、もしかしたら、たいして変わらないのかもしれない。



人の苦悩なんて、他人には分かるはずがないんだ。



「 ごめんね、カミーリィヤ 」

「 私もごめんね、椿 」



勇気を出せなかった私に、勇気を出して手を差し伸べてくれたカミーリィヤに、私は初めて自然と笑顔が溢れて来た。


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