36
呆気なく、梅雨は終わったらしい。
外は思わず目を細めてしまう様な暖かくて眩しい陽射しが降り注ぐ。 窓の外に見えるあの城に、何となく思いを馳せて見る。 あの子は、この状況をどう思っているのだろうか。
ーーあの天使を泣かせてしまったのだろうか。
分かっている……私の唯の八つ当たりだったということも、あの姫様は何も悪くないということも、何時だって本当に私と友達になりたいと願っていたことも。
ーーそれを踏み躙ったのは私だということも。
ーーーーー
ーーー
「 お連れした方が良いのでは? 」
「 ……いや、連れては行かぬ 」
それは蛇男と城へ良く同行しているこの屋敷の使者の声だった。
「 ですが、良いのですか? 椿様に会いたいと、もうずっとカミーリィヤ様は私共に訴えていらっしゃるではないですか… 」
ああ、そうだったんだ。
「 今はこのままで良い 」
蛇男はそう強く断言して廊下を使者と共に歩いていく。 その後ろ姿をチラッと眺める……ずっと、私の気持ちを優先してくれていたんだ。
私は、何をしているんだろうか。
ーーーー
ーー
「 何故そんなおかしな顔をする 」
きっと私の顔は豆鉄砲を喰らった鳩みたいになっていると思う。 目の前には、不思議そうに眉間を寄せる蛇男……そう、絹の心地良い寝衣を纏った、蛇男の姿。
ーーもう、雨は降っていないのに?
そう、私は戸惑っているんだ。 一人で眠る事を覚悟していたのに、蛇男は雨の降っていない今日、当たり前のように私の前に現れた。私のそのおかしな顔の意味に気付いたのか、納得した様な吐息を吐いて私のそばに歩み寄って来る。
「 お前は小さな子供のようだな 」
「 ……どう、いう意味よ 」
寝台の上から睨みつけていた私を臆する事なく、自然な動作で寝台の中に入ってくる蛇男はそのままゆっくり横になって私を見つめる。
「 寝ないのか? 」
「 ……いや、寝るつもりだけどさ 」
意地になって、平然を振る舞い横たわり、何時ものように背中を向けた。
「 フッ、嬉しいなら嬉しいと素直にそう言えば良いのだ 」
背中越しに何処か余裕そうなそんな声が聞こえてきて、ムッとした私は思わずそちらを振り返って驚いた。
ーーとても近い距離で、蛇男と目が合ったから。
だって、蛇男はいつも私に背中を向けていたし、視線が混じる筈がないと思っていたのに……その目は酷く柔らかく輝いてる。
「 おやすみ 」
そう呟いて、蛇男はその瞳を閉じる。 長い睫毛が女の子みたいで、手を伸ばせば触れれそうな程近くて。私の腰まである長い髪と、蛇男の胸元まである長い髪が、枕上で求めるように絡み合っていて。
ただ、私は手を伸ばしたりはしない。
「 ……うん、おやすみ 」
その代わり、背中を向ける事はなかった…それが何故かは自分でも分からないけれど。
やっぱりその日も、驚く程に早く私は眠りに落ちてしまった。




