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「 驚いた…本当にお前がコレを作ったのか? 」


目の前に並べられた料理に、蛇男は目を見開いて驚いている。 休暇だというのに書斎に篭っていたらしいこの男は本当に仕事人間だと思う。


「 ラファエル、椿の料理は絶品よ! 早く席についていただきなさい。 本当に美味しくて頬が落ちてしまいそうよ 」


カロラナ様がとても幸せそうに食事を頬張ってくれていた。 この屋敷では皆がテーブルを囲って食事をするのがルールらしく、カロラナ様云く、皆が家族同様だということらしい。 城に夫や息子が住んでいるカロラナ様はこの時間が一番楽しみだそうで、侍女や使者達もとても美味しそうに頬張って和気藹々とテーブルを囲む。


蛇男は自分の席に座り、私の作った料理を口に含むと驚いたように私を見て来る。


「 残さず食べろよ 」

「 ……美味いな、驚いた。お前は料理が得意なのか 」


目の前にいた私がぶっきらぼうにそう言っても、蛇男は怒ることなく黙々と美味しそうに食事を進めていて、そんな私達をカロラナ様が頬を緩めて見つめている。


あの侍女は一番に食事を終えて、心底楽しみにしていたのかプリンをこの世で一番幸せそうに口に含みウットリしている……しかも、食べるのが勿体無いとでもいうように味わうようにゆっくりと。


「 椿様! 今までで一番美味しいプリンで御座います…… 」

「 そんな噛み締めなくても、余分に作ってあるから好きなだけ食べなさいよ。でも、全員の分は食べちゃ駄目よ 」


そう言うと子供みたいに目を輝かす侍女を皆がおかしそうに微笑んで見つめていて、私も可笑しくてつい、自然と眉が下がり笑い声が漏れてしまって、柔らかい笑いが出る。


ーー視線を感じてそちらを向くと、蛇男が私を穏やかな顔で真っ直ぐ見つめていた。


何故かそれがむず痒くて、ぎこちなく視線を逸らしてチラッとまた蛇男を見ると、まだ私を見つめていて視線が合わさった。 そんな私にフッと笑い、蛇男は料理に視線を落として食事を進め始める。


ポチを演じていた頃の私なら、こんな和気藹々とした食事の時間なんて苦痛で気味が悪くて仕方なかった筈なのに。


ーー何故か、こんなのも悪くないと思えるようになった。でも。


「 ご馳走さまでした 」

「 椿様 ……もう召し上がられないのですか? 」

「 残りは明日の朝食べるから 」


まだ殆ど手を付けていなかった私の目の前の料理を見て、隣の使者が驚いている。


ーー雨の音が限界だった。


もう、我慢出来そうにない。 震えを押し込めて立ち振る舞う事がこれ以上出来なかったし、食事も喉を通らない。 椿の私が元々少食だと知っている彼等は私の返答に特に違和感を抱かなかった様で助かった。


「 具合でも悪いのか 」

「 ……いいえ、 いつも通り 」


蛇男だけは、立ち上がった私を疑う様な目で射抜いて来た。 その目に全てを見透かされそうで、怖くなって足早にその場を後にした。


ーーーーー

ーーー



母が私を殴る、蹴る、笑う。

違う、それは幻の筈よね? だってあの人は私の前から消えた。


「 ……違う、違う、違う 」


カーテンを全て閉めて、毛布に包まりながらロボットの様にそれだけを繰り返す…私はもう大丈夫のはず。

なのに、どうしてこんなにも雨が恐ろしいんだろう。



「 ……助けて、誰か、助けて 」





ーー本当は一人になりたくない。





本当は誰かに助けて欲しい。こんな恐ろしい思いから救って欲しい……でも、それを自分は出来ない。人に甘えたり本音を伝える事が出来ない。 だからギュッと自分を抱き締めて私自身が自分を護るしかなかった……ずっと、そうだった。


「 助けて… 」


そう、呟いたときだった。

毛布がいきなり捲られて、驚く私の前に少しだけ息を切らした人の顔が視界に飛び込んで来た。


「 声の届くところで言わなければ、誰にも届かん 」


眉を下げ、気難しそうに眉を寄せるその人の顔は珍しく余裕が無さそうに見える。


「 何度も扉をノックしたが、それに気付かぬほど怯えていたのか 」


それで、異変を感じて、部屋を開けて此処に来てくれたのか……何故、わざわざ様子を見に来てくれたんだろう。


「 怯える? この私が、何に怯えてると言うの 」

「 意地を張るな、お前は何かを怖がっている。 今更隠したところでどうにもならんぞ 」


淡々と、でも強くそう告て来る蛇男の視線は真っ直ぐ私に向けられていて、思わず視線を逸らすと、それを許さないとでも言うように私の頬に手を添えて、自分に向き合わせる。


ーーああ、この手はあったかい。


「 一人になりたくないのであろう? いいか、意地を張るな 」


何故、この人は。


「 お前が眠るまで、私が側に居よう」

「 一度抱いた女のそばなら貴方みたいな堅物男でも抵抗もないのね」

「 何とでも言えば良い…私の気が変わらんうちに早く寝ろ 」


わざとそう言う言い方をするこの人の優しさが最近、胸に突き刺さって仕方なかった。 私を横にさせて、手を繋ぐ……私の心が読み取れるのかと疑うほどに蛇男はその動作を自然としてくる。


蛇男は近くに置いてあった椅子に腰掛け、手に持っていた小さな本に手を伸ばしそれに目を落としながらも、私と繋いだ手を離す事無く器用に片手で本を捲っていた。


ーー雨の音が聞こえなくなった気がした。


「 アンタ、暇なの? 」

「 どちらかと言えば忙しい 」


本当に淡々と、私に目を合わすこと無くそう告げる癖に握られた手は暖かくて……蛇男は、あれから私に王子様や王女の話をしてこないし、謝れとか仲直りしろとかそんな事も言わない。 それが、この人の優しさだと痛いほど分かってる。


この手を繋いだままで、良いのだろうか……私は一度こんな風にされてしまって、また元に戻れるのだろうか。 この温もりを教えてもらった後に、一人で耐えれるのだろうか。


「 ……何故離す 」

「 さぁ、別に繋いでおく必要があると思えなかっただけよ 」


そう言うと溜息をついた蛇男は、椅子から降りて大理石の床の上に座り込む……私の寝台のすぐそばで、私の顔が見える場所に、手を離さず。

潔癖症のこの男が、自分の完璧に綺麗にされたあの部屋以外で座りたがらない事を私はよく知ってる…だから、この人の優しさが、痛い。


「 もう良いって、アンタも部屋戻りなよ 」

「 すぐ隣だ、お前が寝たら戻る 」


そう言って壁を指差す先には、壁の真ん中あたりに作られた小さな扉が見える。 そう、私と蛇男の部屋を繋ぐ小さなその開かずの扉……恋人と偽る私達のために用意されたこの部屋の扉を、私達は一度も使ったことはない。


その時、大きな雨音と雷の豪音が部屋の中にまで響き渡り、小さな振動が私達に落ちた。


『 死ね! 』


包丁を持って叫ぶ母の映像が浮かび上がって、思わず身体が竦み、震えが襲ってきた。


「 ……っ、 」


耐えきれなかった息が、部屋に落ちてしまったのを、やはり蛇男は見逃さなかった。


「 お前は…雨が、怖いのか? 」


返事が出来なかった私を見て、蛇男はとても驚いた顔をしていた。 多分、私の顔は血の気が引いていたと思う。


ーーまた、大きな雨音と雷豪で部屋が光った時もう我慢が出来なかった。


『 お母さん許して』

『 っ、その呼び方をするな‼︎ お前なんか今すぐ死ねば良いのに! 』


ああ、熱い熱い熱湯が私に降りかかって来る…逃げなきゃ、あの悪魔から、逃げなきゃ、逃げなきゃ。



本当に、殺されてしまう。



「 …っ、おい! どうした⁉︎ 」



軽々と私の半身を起こした蛇男は、そのままの勢いで私を抱き寄せる。 本が床に落ちた音が聞こえる……それは、私の顔を見て咄嗟に私を抱き締めてくれた何よりの証拠。


「 そんな顔をしてまで、一人で何を耐えている… 」

「 さぁ、よく分かんないわ 」


私の声が震えていることに、どちらも気付いた。 蛇男はギュッと力を入れ直して私の耳元で何故か切羽詰まったように話して来る。


「 …っ、私にはお前の声が届いた。 お前が言ったんだろう『助けて』と、私にはちゃんと…届いた! 」


ああ、そっか、そうなんだ。


「 なぁ、私が今、お前のそばに居るだろう⁉︎ ……頼むから教えてくれ。 お前は何故、泣くほど雨が怖いのか」


泣くほど? そっか、だからさっきから頬が冷たいんだ。 私は泣いてるのか……また、この人の前で。


「 教えてくれ……お前の育ってきた環境の事も、嫌いなものも好きなものも、されたくないことも何もかも全て…私にはちゃんとお前の声が届いているのだから 」


ああ、この人は色んな温かさを教えてくれる。 だから、困るんだ。 それを知ってしまってから手放すのは多分、何よりも耐え難い。


「 私は、私は…… 」


なのに、どうして私の口は動いているんだろう。 蛇男に手を伸ばそうとしてるんだろう。


「 雨の日は、悪魔が襲って来るの……母が襲って来る‼︎ 違う、襲って来ない。 だってあの人は私を捨てたから 」


支離滅裂で意味のわからない私の言葉を、蛇男はやっぱり逃さないように耳を済まして聞いている。


「 私はね、生まれた事自体が罪だった……この火傷は、母が私に残した憎しみの証なの。 熱湯をかけて来たの、逃げられなかった 」


へそ当たりに手を当てた私に、少しだけ身体を離して驚いた顔をする蛇男は、怒っていた……そう、見たこともない私を産んだ母親に対して、鬼のような顔で怒りを現していた。


「 ……母が、だと? 」

「 ええ、母は私を殴っては笑ってたのよ。 父はバレないように殴れと母を怒っていた 」

「 な、んだと…… 」

「 父はね、私が自立するまでに掛かった資金を全て返せと言って来た…生かして貰ってるだけ感謝しろと 」



一度緩んだ私の心の紐は、堰を切ったように溢れ出してしまった。

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