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女優になったのは、なりたかったからではなかった。
『 お前はあの女ソックリのその顔を使って、金を持って来い 』
中学に入った頃、父が私にそう言った。
母は私が小学生だった頃に蒸発した。 あの人は毎日私を殴って、蹴って、そしてお腹を抱えて笑ってた。
『 顔は辞めておけ、警察に暴露たらどうするつもりだ。 俺の世間体を考えろ 』
それが母に対する父の言葉だった。
今の言葉に例えるなら父はネグレクトで母は私に虐待を行っていた。
あの二人は仮面夫婦で、あの当時から互いに他に相手がいた。 資産家の父は学歴のない顔だけが取り柄の女と結婚したことを後悔していて、母は退屈で金をくれない男と結婚したことを後悔していた。
その怒りや後悔の矛先は私だった。
父は時々しか帰って来なかったし、母は若い恋人に夢中だった。 小さな私は食事を毎日工夫して作っていた。 最初の頃は生のジャガイモを齧ったりして空腹を凌いだ。 ただ、母は雨の日だけは恋人に会えなかった。理由は知らない…そして、その日はいつも以上の暴力が私を待ち受けていた。 雨の日は震えが止まらなかった。
『 お前なんか死ね! 』
お母さんと呼んだ私にヒステリックを起こした母が、沸騰したヤカンを投げつけて来た。 逃げたけれど間に合わずお腹に熱湯が掛かって私は悶え捲った……母はそれはそれは愉快そうに床を叩いて笑っていた。
『 病院には連れて行くなよ、理由を聞かれたらどうする 』
父は呆れた声でそう言って、何処かへ消えて行った。 その翌日に母は蒸発した。 父は待ってましたと言わんばかりに愛人と再婚をした。
『 お前は今日から此処で生きていけ。 金は出してやるから、連絡をしてくるな 』
小学生だった私は信じられないけれど、小さなアパートで一人で暮らしていたんだ。 でも、夢のようなひと時だった….そこには私を殴る人も居ないし、雨の日も平和だったから。
その頃から私はもうポチとして生きていた。 小学生では皆のアイドルだった。 人前では父はとても優しい顔で私を撫でていて、私はよく他人からあの子は恵まれていると疎まれていた。
『 保母さんになるだと? ふざけるな。 お前に人生を決める権限なんか無いに決まってるだろう 』
私は、中学1年の時に父に呼ばれたその部屋で、生まれてからこれまでの私に費やした金額を見せられた。
『 現時点で2145万だ。 必ず返済しろ、お前は私に生かして貰ってんだぞ? なんだその生意気な顔は 』
私には生きていくために父に服従するしか方法は無かった。 歯を食いしばって毎日笑って過ごした。 いつかきっと、幸せになれると。 父の再婚相手はそれから、私が女優になるまでに掛かった費用を1円単位で計算していた。 コンビニでお茶を買う……そんな些細な事ですら領収書やレシートを控えて置かなければならなくて、その借金を返すために私は父の言うとおり女優になるしかなかった。
高校も芸能を目指すクソガキばかりの高校へ進学させられた。 肩書きは令嬢だからとバイトも禁止された。 逃げ出してもすぐに見つかって、父の気が済むまで殴られ続けたから、従う他に術が無かった。私はいつの間にかお茶の間の人気女優になっていて、令嬢上がりの世間を知らない女だと批判されることもあったし、父の住む豪邸に何故か私が18歳で家を出ていく前まで使っていたと言う、高価なカバンや化粧品が並ぶ、一度も見たことの無い部屋がテレビに映っていたりもしたな。
膨れ上がった借金は3807万だった。
何年も掛けて返済して、気づけば23歳だった。 あと少し頑張ろう、そして女優を辞めて一人で生きて行こう。 そう思っていた時だった。
『 小鳥遊さん……腫瘍が見つかりました。 それも転移が始まっています 』
私は生きることすら許されなくなってしまったらしい。 絶望を感じたのか、安堵を感じたのか分からないけれど私は告知された際に、微笑んでいたと、医師に教えられた。
『 だから何だ? 借金を帳消しにしろとでも言う気か? そんな事で連絡して来たのか、今回は多めに見てやるが、お前から此方に連絡するなど今後は許さない! お前の所為で今日が台無しだ 』
病気を告げた私に対しての父の言葉はそれだけだった。 その後、誰かに聞かれても応えられるよう、病名と進行具合だけメールに残せと簡潔な文章が送られて来て、私はその日、そう言えば会ったことの無い妹が誕生日だったと思い出した。
年頃になってからの私は、寂しさを紛らわすために男を利用した……一瞬でも、偽りの愛情をくれる男達に身体を許し続けた……気づけば醜い女になっていたのに、それを見ないフリして。
あの病室で、私のNEWSが流れるのが苦痛で仕方なかった…… 痩せ細り、髪も艶がなくなった私は老婆のような手でいつもテレビにリモコンを投げ付けては笑ったりして。
もう、疲れたと思ってた。




