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あー、痛いし本当に最悪。

利き手なんだけど……左手にすれば良かった。 いや、それよりも今この状況の方が居心地が悪い。


「 ねぇ、着いてくるなって言った筈なんだけど 」

「 あぁ、そうだったな 」


蛇男が何故か自室にいる私の目の前でしゃがみ込み、私の手に包帯を巻いている……一人にしてくれと捨て台詞を吐いてカッコ良くあの場所から逃げた筈なのに。 思わず溜息が漏れる。


「 ……とんだ狐女だな、お前は 」

「 ふん、騙されてたアンタらが悪いのよ 」


ヤケに気遣うように包帯を巻き終えた蛇男が私を見上げると、耳の装飾が爽やかな音を立てた。


「 へぇ、怒ってないんだ。 アンタの大好きなあの女を私は散々泣かせて罵倒したと思うんだけど? 」


蛇男は何も言わずにただ真っ直ぐな瞳で、私を見上げたままで。


「 仲良くしてやってくれって言われたけど、無理だから。 私はああ言う女が一番嫌いなのよね 」

「 何か飲むか? 喉が渇いただろう 」


ポンと私の頭に手を置いた後、テーブルに置かれていたグラスに水を注いでいる……何故、怒らない。 渡されたグラスに口を付けて、すぐに近くにあった小さなテーブルに置いた私を蛇男は黙って見ている。 すると、また私の前にしゃがみこんで来た。


「 お前とカミーリィヤはやはり似ていないな 」

「 アンタ今なに見てるの? 見りゃわかるでしょ。 私はあんなに可愛げのある儚くて護りたくなる様な女じゃないから 」


寝台に腰掛けている私の隣に手を置いて、スッと私を見上げるその顔はやっぱり蛇みたいに綺麗だ。


「 前にも言っただろう。 カミーリィヤは人の気持ちに無頓着な所がある……ただ、それに悪気は無いが 」

「 ああ、そうだね 」

「 お前は優し過ぎるんだろうな、嫌な役を買って出る程に周りの人に気を遣い過ぎる 」

「 アンタ、頭悪いんだね 」


どれだけ口悪く言っても、蛇男の眼差しはどことなく穏やかだ。


「 お前の思惑通り、あの貴族の令嬢はもう懲りただろうし今後もあんな馬鹿な真似はしないだろう……あの令嬢を囃し立てた他の令嬢もな。 だからこそこれ以上カミーリィヤが狙われる事も無いし、お前がやり返した事で、あの令嬢も重い罪に問われることは無い……それがお前の本当の目的だったんだろう? 」


その穏やかな顔がムカつく。

そんな事をいちいち口に出して言わなくて良い……黙ってくれ。


「 そして、お前を二度も庇い損ねた私が責任を感じない様にあんな啖呵を切って、怖く無いと振る舞い続けた……そうだな 」

「 黙ってくれない? って言うか、アンタそんな喋るんだねぇ 」

「 すまない、怖かっただろう 」


重ねられた手が、暖かくて。

怖かったに決まってるじゃないか……刃物を向けられたのは何度目か分からないけれど、あれは私のトラウマを蘇らせるには充分だった。

最悪、思い出したら震えて来てしまった。


「 …っ、すまない。 怖かったに決まってるな……悪かった 」


静かなその声に腹が立って、スッと握られていた手を離して目線を逸らす。 すると、ポツポツと蛇男が言葉を紡ぎ始めた。


「 違和感はずっと感じていた。 お前は人懐こい素振りを見せていたが、何処か不思議だった……よくよく考えれば、お前はこの城の誰の名前も呼んだことがなかったな。 カミーリィヤの事も、エドワードの事も…私の名前も 」



今更、気付いたのか。


「 それは、誰とも打ち解ける気がはなから無かったと言うことだったんだな。 不覚だ、そんな簡単な事に今更気付くなどと。 だが、その癖にお前は周りをよく見ていた……いちいち他人の気持ちを考える。 今だってそうだった、水を渡した私に気を使って一口だけ飲む……お前は不思議な女だ 」


こいつには全て暴露てしまったようだ。 何故毎日のように王女様に会いに行っていたのかも、あの日仮病を使ったのかも……それをポツポツと話してきたから。


「 突然カップを落としたり、具合が悪くなったり。 可笑しいと思ったが、まさか私の事を考えてそうしたとは夢にも思わなかった 」

「 誰がアンタの為って言った? 私はあの女と過ごすのが苦痛で仕方なかったの 」


そんな時だった。

ノックの音が聞こえて、入って来たのはエドワード王子だった。


「 ……ポチ 」


気遣わし気に私のそばにしゃがみ込み、顔を覗き込むこの王子。


「 王子様、心配しなくても大丈夫よ? 祈りの泉に行って『元の世界に帰して下さい』なんて言わないから 」


王子様が驚愕の顔をして、大きな目で私を見ている。 本当に気づいてないと高を括っていたらしい。 蛇男は何故か眉尻を少し下げてそんな私を見ている。


ーー祈りの泉、それは此処から地球に帰る為の唯一の場所らしい。ただ、そんなもの私には必要なかった。


「 アンタはまだまだ餓鬼ね、私が低脳だと高を括ったから簡単にこんな女に利用されたのよ? アンタの力不足 」


王子様は気まずそうに唇を噛み締めて、目線をそらしている。


「 で、私にかかった費用は計算してくれたの? それをアンタに頼んだ筈なんだけど 」

「 ……ポチ、そんな物を君が払う必要はない。 正直に言うと確かに初めは君を利用しようと思った。 ただ、今は君を大事に思っている。それは嘘じゃ無い 」

「 払う必要が、無い? ……何を企んでるの? 私にまた借りでも作らせようって腹づもりなの? 」


可笑しい……だって、生かしてもらっているのにお金が掛からないなんてそんな事ありえない。 返済しなくて良いなんてそんな夢みたいな事ある筈が無いもの。


ーーそうよね? お父さん。


「 ……君は、何故そこまで他人を疑って掛かるんだ? 」

「 疑う? それ以前の問題でしょう? そんな事、普通じゃ無いわ。 私にかかった資金は返済しなきゃいけないのよ? 父だってそう言ってたわ! アンタ、何、言ってるの…? 」

「 待て、それは此方の台詞だ。 ポチ、君は何を言ってるんだ……何故そこまでそんな事を気にする 」

「 私は自由になりたいのよ! 辞めてよっ、私をどうするつもりよ⁉︎ 何を企んでるのよ、はっきり言いなさいよ! 」


何よ? ……二人ともどうしてそんな哀れな女を見る目で私を悲しそうに見つめてるの? 私は間違った事を言ってないのに。


「 何も企んでなどいない…本当にそんな事を気にする必要なんて無いんだ。 ポチ、君は、どんな人生を… 」


王子はその続きを言わなかった。

蛇男が王子の言葉を遮って、私の肩を抱き寄せたからかもしれない。


「 ……情でも湧いたの? それとも、気でも触れたのかしら 」


蛇男は何も言わないけれど、その心臓の音が何故かとても心地良くて。


「 私は、無かった事にしようとしていた訳ではない 」


片手で私を抱き寄せる蛇男の息が、耳に掛かって不思議な気分になる。


「 お前を抱いた事を無かった事にしようとなど一度も思った事はない 」


王子が、呆気にとられた様に放心して驚いているのを見て腸が煮えくり返る。


「 ねぇ、そこの馬鹿な王子様? 何を驚いているの。 それが貴方の目論見だったんでしょう? ああ、私達の態度が普通だったから何も無かったと思っていたのね 」


蛇男の腕越しに見える王子様の顔は、酷く泣きそうで、それは、あの女にそっくりだ。


「 すまない、ポチ…… 」

「 何に対して謝ってるの? アンタは本当に詰めが甘いね 」


そんなに悲壮な顔をするなら、最初からそんな事を考えてあんな手紙を送ってこなきゃ良かったんだ。


「 姉上も、とても君を心配している…君に謝りたいと 」

「 何を謝るの? ねぇ、アンタら弟姉は何がしたいの、本当に 」


ウザい、どいつもこいつも。

蛇男の腕を離そうともがくと、余計に強く抱き寄せられた。


「 エドワード、すまないが、こいつと二人にしてくれないか 」

「 ラファエル…… 」

「 こいつの権限を私に委ねて欲しい。 私にこの女を託して欲しい 」


何を、言っているんだこの男は。


「 何? 一度抱いた女に哀れな情でも湧いちゃった? …私はアンタを利用しただけよ。 誰でも良かったの 」

「 お前は少し黙っていろ 」


王子は私をチラッと見た後さみしそうに溜息を着いて、私の手を少し握った後に部屋を後にした……足音が少しだけ力なく悲しそうだった。


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