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来客達が思い思いに話をしながら会場から出て行き、国王様はそれを見届けた後に席を立ち、着付けば来客達を座って見送っていた王家の弟姉と蛇男、そして侍女や騎士だけになっていた。
「 ラファエル! 」
天使は自分は何も罪深くないとでも言いたそうなその笑顔で、蛇男にニコニコと微笑みその名を呼んでいる。 蛇男は呪文を唱えられたみたいに動けなくなってしまうんだ。 そんな光景を少しだけ離れたところから見つめる。 何だろう、何かこの気持ちの説明が出来ない。
ーーその時だった。
「 殺してやるっこの泥棒猫めぇ‼︎‼︎ 」
甲高い煩い声がいきなり扉の向こうから聞こえたと思ったら、それを止めようとしている騎士達の凄まじい声と足音。
ーー短剣を手に持った女が私を忌々しそうに殺意を秘めて、罵倒してきている。
ああ、この女は先程の舞踏会でも私をずっと睨みつけてきていた。 確か、血統の良い貴族のお嬢様だった筈……そうか、蛇男と王女様を引き裂いた悪魔を退治しに来たつもりか。
私は、何時だって二番煎じ。
「 お前の様な女などっ、ラファエル様のお側は相応しくない……何故、お前の様な女がっ‼︎‼︎‼︎ 」
明らかにこの女は震えている。 自分が人に短剣を向けていることに恐怖を感じてるんだろう。 なら、しなきゃ良かったのに……女は無念にも、あっという間に騎士達に捕らえられ、持っていた短剣が大理石の床に音を立てて落ちる。
「 何をしている、その女を今すぐ牢へ連れて行け 」
淡々と指示する蛇男は、確か私を護ってくれる筈の騎士様だった筈。 なら、どうしてなんだろう、私は何故、殺意をつけられてもなお、一人で突っ立ってるんだろう。
「 ラファエル……恐ろしいわ 」
「 大丈夫だ、だから泣くな 」
ーー何故、蛇男はあの天使を護る様にあの人の前で立ち塞がって居るんだろうか。何故、殺意を向けられて居ないあの女が泣いてるんだろう。
何故、殺意を向けられている私はポツンと一人でそれを眺めて居るんだろうか。
「 ……カミーリィヤ王女を部屋へ送り届けろ 」
ボーっと二人を見ていた私の視線に気付いたのか、蛇男が我に返った様な顔で騎士に指示した後、私の方に歩み寄ろうとしてくる。
ーー遅い、今さら過ぎるよ。
私はポチの筈なのに、本物の天使が近くに居る所為でずっと上手く行かない。 殺意や憎しみを向けられるなんて、ポチの頃は無かったのに。
ーー何かもう、どうでも良いや。
もう心底疲れ果ててしまった……何だか急に馬鹿らしくなって、 虚しくなって哀れになって、惨めに思える。 一度優しくされると、期待してしまうから、次は助けてくれるんじゃないかって。 そう思ってしまったから。
ーーあの天使よりも先にって。
分かってる、泣きもせず平然と突っ立ってる女よりポロポロ泣いて震えてる女の方が、この本当に危険とは言えない状況下なら天使が優先されるって、私にだってわかる。
でも、貴方は最近ずっと真っ直ぐな優しさをくれていたから。
「 ……来ないで 」
偽りではない優しさをくれた貴方だったから、本能で天使を護った事に私は虚しくなってしまったんじゃないか。 ああ、どうしてだろうね。
「 ポ、ポチ…? 」
エドワード様が、目を疑う様に私を遠くから呼んでいる。 王女様もその場に居た騎士も誰もが驚いている。 蛇男は、私のその豹変ぶりに思わず立ち止まってしまった様だ。
ーーポチがいきなり嘲笑う様な高笑いをし始めたから。
もう、どうでも良いや。
私は高笑いしながらコツコツと靴を鳴らして、捕らえられている貴族の女の前に歩み寄る。
「 やれば? 」
ポチからは想像出来ない、冷酷なその声に誰もが驚愕している。 馬鹿げてる、こんな茶番早く終わらしてやる。
「 あんた達その手退けてくれない? 」
「 ポ、ポチ様…如何なさったのです⁉︎ 」
「 聞こえなかった? 退けろって言ったのよ 」
信じられない豹変ぶりに、騎士達はおずおずと女から手を離す。 私の顔を見て化け物を見る様な顔をしてる……ああ、わたし今どんな顔してるんだろう。
「 殺したいんでしょ? やれば? 」
女に落ちていた短剣を無理やり握らせると、私の気味の悪さとその短剣が恐ろしかったのか、変な声を出して震えている馬鹿な貴族の女。
「 ポチ! どうなさったの⁉︎ 」
天使の叫び声が聞こえて来たけれど、もう良いや。 いちいち返事するのも本当はずっと面倒だったんだ。
どうせ、貴方のそばにはまた蛇男がついてるんでしょう?
「 ほら、貴女の大好きな天使が泣いてるわよ? さっさと私を殺さなきゃ、貴女の言う通り大好きな騎士様は一生私の護衛のままよ 」
「 や、辞めて…… 」
「 何時まで馬鹿みたいに宙に浮かしたままにしてんの? 心臓の場所知らないの? 心臓はねぇ、此処よ‼︎‼︎‼︎ 」
短剣の刃の部分を無理やり摑んで、グイッと私の心臓に引き寄せると摑んだ私の右手からポタポタと鮮血が流れてくる。痛さなんて分からない。 貴族の女は悲鳴を上げて短剣を離そうとするけれど、それをさせない様に左手で押さえつける。
「 や、辞めて下さい‼︎ お願い、離してっ‼︎‼︎‼︎ 」
「 どうして? あんたはコレが目的だったんでしょうよ、早くホラ、ちょっと力を入れるだけよ? 怖くないでしょ 」
「 バ、バケモノ‼︎‼︎ 助けて、早く誰かこの女を引き離してっ ! 」
「 よく言うよ……事の発端はあんたでしょう? 私は馬鹿げたあんたの茶番に付き合ってやってんだよ! ほら、早く刺せば? 最高だねぇ、あんたみたいに何不自由なく育って来た女が殺人犯になって家柄も家族も破滅に追い込むんだもんねぇ 」
ケタケタ笑う私は可笑しいのかもしれない。 今、楽しくて仕方ない。
もう誰もが言葉を発する事が出来ず状況を見守るだけの人形になってしまってる。
「 あんたみたいに愛情たっぷりに育てられても、良く無いのねぇ……愛って無さ過ぎてもあり過ぎても人を壊すのね、知れて良かったわ 」
貴族の女は命乞いの様に謝り、泣き叫んでいる。 泣き過ぎて顔がグチャグチャで汚い……ああ、貴女も哀れね。
「 ほーら、早く犯罪者になりなさいよ。 人生を棒に振りましょう? それで牢獄の中で死ぬまで後悔すれば良いのよ……家族を路頭に迷わせてね。だってそのつもりで此処に来たんでしょうからね 」
グッと刃先を掴む手に力を入れると、また床に穢い血が落ちて行く。
馬鹿な目の前の女は余りの恐怖に気を失いそうだ。
「 ……覚悟が無いならこんな事するんじゃ無いよ 」
本物の殺意はもっと恐ろしいのに。
「 自分の家族や自分自身まで破滅に追い込もうとするな、あんたには護ってくれる人が居るんだろうが‼︎‼︎ 甘ったれんなクソ女‼︎‼︎ 」
叫んだと同時に誰かの腕に包まれた。 誰かなんて分かってる……どうして来たの。 あんたのお姫様はまだ泣いて怖がってるわよ?
「 この女を牢へ連れて行け 」
私を抱き寄せて騎士にそう言って目の前の女を連れて行かせる。
ーー重苦しい空気が部屋の中に渦巻く。
私のドレスが血で染まるのが可笑しくて、ただ笑いが押し寄せる。
「 あーあ、穢い 」
もうポチなんて要らない。
どうでも良いや、どうでも。
クスクス笑ってる私の血だらけの手を蛇男が痛ましそうに、手を添えて見つめている。
「 何故…こんな真似をした 」
「 あの馬鹿女に分からせてあげたのよ。 それが何? 」
私の口調に驚く訳でもなく、蛇男は黙って私の手に自分の手を添え続ける。 彼の手も血に染まる。
「 あの女は別に何もしてないから。 馬鹿みたいに発狂して短剣を持って泣いただけ。 ただ、それだけ 」
蛇男の手も血で染めたく無かったから、無理やり身体を振り切って立ち上がる。 蛇男はそれでも私の腕を摑んで真っ直ぐな瞳で見つめている。
「 ポチ、一体どうしたの… 」
血を見ながら恐る恐ると言った風に、私に近づいて来たのは天使だった。 まだ、泣いてるの?
「 どうしてそんな危ない真似をするの! 貴女が刺されたらと思うと怖かったわ… 」
貴方は泣いてりゃ良いもんね。 自分が危ない目にあった訳でも、怪我をしたわけでも無いくせに。 ほとほと呆れた。 溜息をついた私を強張った顔で見つめていた天使を睨みつけて、怪我をして居ない方の手でウザい黒髪を掻き上げる。
「 そう言うところよ 」
「 ……え? 」
貴女は昔から、結局は護られるのが当然なんでしょ? だから泣いてりゃいいのよ。
「 アンタのそう言うところが本当に煩わしくて仕方ないの 」
「 ポ、チ…? 」
「 馬鹿には言ってる意味が理解出来ないのかしら? アンタが嫌いだって言ってんのよ 」
ーー私の棘のある憎しみの篭ったその言葉に、天使が固まる。
「 ……馬鹿らしい。 もう良いわ、これ以上アンタ達の側に居るとか耐えられない、もう出てくから 」
「 …っ、ポチ‼︎ 」
「 触らないでよ‼︎‼︎‼︎ 」
天使が差し出したその手を思いっきり叩く。 新しいタイプの修羅場だな、地球に居た頃はポチの正体を明かした事も無かったし。 あれ、蛇男が怒らない……蛇男の宝物を無下にしてるのに、何でそんな顔で私を見てるの?
ーーなんで、そんな心配そうに。
「 カミーリィヤお前は部屋へ戻れ 」
「 …っ、ラファエル 」
「 良いから戻れと言ってるんだ! 」
ほら、またポロポロ泣くんでしょう? うっとおしい……蛇男、アンタもうっとおしいの。 皆、みんな目障りなのよ。
ねぇ蛇男、何で私の腕を摑んで肩を寄せるの? 同情でもされてるの? そんなに惨めなのだろうか。 血を流して、今どんな顔をしているんだろう。 ああ、ダメだ笑いが止まらない。
「 本当にアンタら全員、目障りねぇ……王子様? 私が此処でお世話になった間に私に使った金額を出しておいて。 必ず返済するから 」
エドワード王子は馬鹿なのか、状況が把握出来て居ないらしい。
「 アンタも触らないでくれない? そこの馬鹿で無邪気なお姫様だけ護ってりゃ良いのよ、最初から。 アンタらの迷惑をいつまでも被ってる程わたしは親切でもなんでも無いから 」
蛇男の騎士装束に私の血が移ってしまったようで、 胸元が血に染まってる。 本当に、くだらない。 怪我をしている方の手で、蛇男の腕を掴み力の限り、そこから離れた。蛇男の腕に血が着いてしまう。 もう、良い。
「 こんな茶番はもう懲り懲りよ 」
「 おい、どこに行く気だ! 」
「 見て分からない? 手当てしに行くに決まってるでしょう…アンタら本当に揃いも揃って馬鹿なのね 」
蛇男はずっと私を心配そうに見つめてくる……意味がわからない。 王子様は固まってるし、王女様は豹変した私にボロボロ泣いてるし。
「 ねぇ、そこの馬鹿女。 何でも泣けば良いとでも思ってるの? ……教えてあげる、私はアンタなんて最初から友達とも思ってないから 」
冷酷な私の言葉に、力無く崩れ落ちた天使に私は何も思わない。 勝手にそうやって泣いて周りに介抱してもらえば良いじゃん。
もう、どうでも良いよ。




