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包帯の巻かれた自分を見るのは、何だか気分が最高に悪い。 アレから部屋に運ばれた私は何故か疲れてしまって、仮眠をとっていた……そう、一人で仮眠をしていた筈なのに。目が醒めた私が扉側に身体を向けると、それとバッチリ目があった。
「 具合は…どうだ 」
なぜ、蛇男が部屋に居るんだよ。
乙女の自室に本人の許可もなく、我が物顔で何をしてる? なに、一度抱いちゃった女にはそんな遠慮も要らないってか? 微笑みを貼り付けながら、とりあえず心の中で文句を言ってポチに切り替える。
「 えぇ、全然元気です! 元気いっぱい! だから本当に気にしないでくださいね 」
腕を上げて笑う私に、蛇男が力なく目を瞑り、自分を落ち着ける様に吐息を吐いた後、私のその手を寝台に直させた。
「 『悪かった』 私はお前に何度もそう言ってるな……それを言わねば成らん事をお前に何度もしてると言うことだ 」
遠回し過ぎてよく分からないけど、とりあえず本当に反省してるってことだろう。 私はその言い方に何だか力が抜けてクスクス笑ってしまった。
「 ……自分を庇うわけでは無いが、傷は浅かったらしい、数日で治るだろうと医師は言っていた 」
「 だから、貴方の所為じゃないですよって何度言えば分かってくれるんですか? ふふふ、変な人 」
私は最近、この人の前でポチになれているんだろうか。 今のは私だったのか、それともポチだったのか。 思考を振り切る様に、場にそぐわない鼻歌を歌いながら寝台の柱に背を預けようと身体を持ち上げた。 すると、すかさず蛇男が私と寝台の隙間に手を添えて私を起き上がらせてくれた。
ーー何だか、優しい仕草で。
そのまま私の目線の下までしゃがみ込んで、私を見上げる。 その瞳は綺麗で睫毛も長くて陶器みたいな肌は本当に美しくて、誰よりも綺麗な男の人だと思う。
「 お前はやはりカミーリィヤとは、少し違う 」
静かに、蛇男がそう言った。
そうだろうね、少しどころか全く違うよ……私はあんなに純白じゃない。
「 カミーリィヤは生まれた環境の所為だろう、あまり他人の心を読み取ることが出来ん……気を遣うのが下手くそだ 」
ああ、そうだろうね。
でもそれでもあの女が恋しいのでしょう?
「 お前は違う……お前は他人の心を読み取るのが上手い所為で、気を遣いすぎる 」
そう、なんだろうか。
だって私はこの人の恋心は読み取れない……経験したこと無い物は読み取れないんだもの。
「 この城が窮屈か? 」
「 ……え? 」
なんだろうか、誘導尋問の様に淡々と問いかけて来る割にその声は落ち着いていて優しくて、私はなんだか特別みたいだと勘違いしてしまう。
……窮屈、とはどういう意味だろうか。 そう思っていたのが顔に出ていたのか、静かに蛇男が続ける。
「 子供達に見せるあの笑顔と、此処での笑顔は同じには思えんのだ。 ずっと、違和感を感じていた 」
まさか、私の演技が露見する事なんて無かったのに……そんな筈無い、それはこいつの気のせいだ。
「 え? 此処もあの屋敷も大好きですよ! 多分それって子供と大人と接する違いだと思いますけど… 」
ポチになって可愛らしく首を傾げる先に、小さな棚が見えた。 あの棚の中には、私がこの世界で生き抜くために必死に考えた人生プランが詰まってる。 毎晩どれだけ書き込んだか。 この城は窮屈ではないけれど、ずっと此処に居たいとは一度も思ったことは無い。
「 本当に、そうなのか? 」
蛇男がまだ疑惑が晴れない顔で私を見据えて来るけれど、大きく頷いた。 そしたら、それ以上は聞いて来なかった。 そして蛇男が何だか先程からチラチラと何かを探している様な素振りをする。 この男は花の知識がないんだろう……普通に活けていたとしても、もうとっくに枯れているに決まっているのに。
「 カミーリィヤの花ですか? 」
「 ……っ、 」
図星か。 そう言えば、御礼をしてなかったと今更ながら思い出す。 大嫌いなあの花を贈ってくれた、麗しい騎士様に。
「 あのっ、とても嬉しかったです! 私って実はお花を頂いたことが無かったので、あの、本当に嬉しかったです! ただお花は枯れるので、今はもう無くなってしまいましたけど……ずっと飾ってあったんですよ、本当にありがとうございます 」
ポチが喜んで尻尾を振ると、少し気恥ずかしそうに真顔のまま視線を逸らす蛇男……初めて貰ったのは嘘じゃ無い。 ただ、それがこの世で一番憎い花だったと言うだけ。
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蛇男が出て行った後、私はまた鏡台の前に裸体で立ち竦む。 包帯の腕を触ると、何だかとても疲れてしまった。 何故か、やり切れない思いが身体中を蝕んで来て。
「 ねぇ、ポチ。 こういう時はどうしたら良いの? 」
ーーどうしたら、いいの。
あの頃の様に戻ったこの身体も、身体の中も、私は本当に欲しかったのだろうか……あのままでも良かったのに。
「 神様はこの火傷の跡は、消してくれなかったのね……残酷よね、ポチ 」
お臍のそばに手を当てて、火傷の穢い跡を隠す。 手を当てると何とか隠れる大きさのそれは、私がどれほど望んでも消えてくれる事は無かった。
「 ねぇ、ポチ……教えてよ、どうしたらあの王女様みたいになれる? 私にあと何が必要なの? 」
どうしたらあんなに可愛い天使になれるの。
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「 ああ!ポチ様、心配していたんですよ……泣かなかったそうですね、貴女は本当に我慢強くて立派です。 偉いわ、本当に良い子です 」
「 ポチ様! お話は伺いました……お元気そうで、良かったですわ 」
「 ポチ様は何時もの様に、小さな女の子みたいな笑顔を私達に向けてくれる。 それが本当に幸せですよ 」
会う人会う人が私を見ては、半泣きで心配そうに駆け寄って来る。口々に思いの丈を述べて消えて行く……それに、心から安堵する。 良かった、ポチは可愛がられてる。
「 ありがとうございます! 私、本当にこの世界に来れてとっても嬉しい! もう、本当にみんなが大好き〜‼︎ 」
そう言って、馬鹿げた笑顔を向ければ忽ち誰もがそのポチの愛らしさに頬を染めて、顔を破綻させる。
これで、いい。




