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私と蛇男の虚しいそんな夜なんて知らず、無邪気な天使は目の前で花の様に顔を綻ばせている。
「 一日でも早く、またお会いしたいわ… 」
非常にどうでも良いそんな気持を、私に投げかけて来る。 隣の蛇男は何も言わない、本当に人形の様にただ突っ立っているだけだ。
ーーあぁ、違うのかも。 私には本物の愛ってもんが分からないから、だから蛇男の感情や気持が読み取れないだけだ。
「 ねぇポチ! 殿方は女性のどんな所に心奪われるかしら 」
そんな無邪気さが何故かとても腹立たしくて、仕方ない。
「 んー、素っ裸で抱きつけば良いんじゃないですか? 」
無垢で穢れを知らない王女はそんな私の言葉に顔を真っ赤にして固まっている。 侍女達が怒った様に私を咎める。 蛇男が素っ頓狂な顔をしているし、エドワード王子も目をひん剥いている。
「 ふふふ、なんちゃって! 」
部屋の中に安堵の空気が広がる中、蛇男がコソッと耳打ちして来る。
「 気でも触れたか 」
「 え? どう言う意味ですか 」
好きでもない女を抱いたお前も、それを受け入れた私もとっくに気が触れているだろう……今更、何を。
「 王女様、おリボンが解けていますよ 」
「 まぁ! 感謝するわ、ポチ 」
少し遠くで微笑む天使のドレスのリボンが解けていることに気付いた私は、クスクス笑いながら天使の側まで近寄って、そのドレスに手を掛ける。 何だかんだ世話を焼いてしまう自分が阿呆らしい。
「 シャンデリアの下だと、より一層綺麗にお色が映えますね 」
そう言って私は天井を見上げる。 大きな大聖堂は、その頭上高くに煌びやかなシャンデリアが掛けられていて、ダイヤモンドや黄金が散りばめられたその装飾が何故か私を見下している様な気がした……お前は、私の輝きを受ける資格なんてないと。
ーーその時、だった。
シャンデリアの一部が腐蝕したのか、突然破片が天井からふり落ちて来て、硝子が割れた様な音が大聖堂に響き渡る。
「 「 キャー‼︎‼︎ 」」
甲高い侍女達の悲鳴が重なって、それが煩くて思わず心の中で舌打ちする……だって、ほんの僅かな破片だったし、明らかに人が居ない場所に落ちて来たから。
「 び、びっくりした… 」
一応ポチらしく戸惑って驚いてみると、皆が焦った様に私と王女様をその危ない場所から離そうと手招きしていた。
「 カミーリィヤ! ……お前も、危ないからそこから離れろ 」
蛇男め、も。 って何だよ。
ああ、可哀想な私……思いっきりついでに呼ばれた感じじゃない。 そんな風に心の中で愚痴っていた丁度その時だった。
「 ポ、ポチ‼︎‼︎‼︎ 」
王女様のその恐怖に怯えた顔と声に思わず上を見る。
ーーシャンデリアが、落ちる。
「 カミーリィヤッ‼︎‼︎‼︎ 」
あっという間の出来事だった。
悍ましい悲鳴と、誰かの焦り切った絶叫が聞こえて来て気付けば誰かの腕に思いっきり突き飛ばされた。 私はその衝撃にバランスを崩して大理石の床に体重ごと倒れ込み、衝撃で身体を護る暇もなく、打ち付けた。
「 ……っ、う‼︎‼︎ 」
ヌルッと、血が出て来た。
先程落ちて来ていたシャンデリアの破片が不幸にもその場所に落ちていた様で、私の二の腕からポタポタと鮮血が流れ落ち床を赤に染める。
ーーシャンデリアは落ちて来ること無く、揺ら揺らと何とか天井に留まっている様だった。
あの馬鹿女は大丈夫だったのだろうか、そう思って焦って彼女を振り返る。
「 王女さ…… 」
続きは、言えなかった。
「 カミーリィヤ… 」
「 あぁ、ありがとうラファエル 」
ーー王女様は蛇男の腕の中で傷ひとつなく、護られていたから。 ギュッと頭を包む様に、宝物を護る様に体全体で王女様を護る蛇男を見てると、何故か、虚しくなった。
なんて、惨めなんだろう。
ねぇ蛇男……例え、あれが怒りの矛先だったとしても、私は一度、貴方が抱いた女でしょう? その人は貴方を散々振り回したじゃない。 それでも、その人を一番に護るんだね……私は乱暴に突き飛ばせても、その人は自分が犠牲になって護るんだね。
ーー私はなんて惨めなんだろう。
「 おい、ポチが怪我をしてるのが見えんのか⁉︎ 早く医師を呼ばぬか! 」
「 は、はいエドワード王子‼︎‼︎ 」
部屋を出て行く音と、王子様の駆け寄って来る靴音が耳に入って来る。 侍女達が涙を流しながら私の名を呼んで駆け寄って来る。
「 ポ、ポチ⁉︎ 」
天使の慈悲に満ちた涙声とボロボロ涙を流す顔が見えて、イライラが募ってしまう。 本当に泣きたいのはコッチだ……痛いのは、私なのに。 泣いたら蛇男が罪悪感を持ってしまうじゃないか。 何故、そんな事も分からないんだこの馬鹿女は。
「 …っ、すまない、私の判断ミスだ……本当に悪かった 」
我に返った蛇男が、初めて見たような焦った顔で私に駆け寄って来た。そして、そう言って私の身体を抱き起こそうとする。
「 …っ⁉︎ 」
ーーその手を思い切り跳ね除けた。
「 ……ご心配なさらず。 手を借りずとも立つことくらい出来ますので 」
誰の顔も見れない。 私の長い髪の先が立ち上がろうとした時に穢い血に汚れてしまう……場所が悪かったのか、痛さ以上に血が流れてる。
「 本当に悪かった……お前を護るつもりが、私は 」
「 いえ、お気になさらず。 王女様が御無事で何よりですからね 」
血に染まった床を見てそう呟く私の声は、蛇男に届いているのだろうか? 彼からの返事は無かった。 私は、何故こんなに落ち込んでいるんだろう……ああ、そうか、期待してたんだ。
ーー護ってくれるかもしれないって。
そんな訳ないじゃない。 ポチは誰かに護られた事がある? ……無かったじゃないか。 私は今まで一人で生きて行ける様に強くなろうと決めて生きて来たじゃないか。
ーー私は誰かの一番になんてなれないのに。
「 …っ、ポチ様! 」
医師が焦って私のそばに駆け寄って来て、慌てながらも道具を出して私に応急処置を施す。 その横で、呆然と膝を着いたままの蛇男がずっと私の流れてる血を見ている。ほら、だから私はこの男の手を借りちゃいけないんだ。 平気だと、大した事ないと言う風に振る舞わなきゃいけない。
「 貴方の所為じゃない 」
そう言った私にハッとして視線を合わせて来る……やっぱり、その瞳は酷く罪悪感に苛まれている。
「 貴方の所為じゃない 」
「 ……いや、違う、私の 」
「 違うと言っているのが分かりませんか⁉︎ 」
思わず大きな声を出した私に、皆が息を飲む。 驚いて固まる蛇男。 ああ、うっかり地声が出てしまった。
「 偶然、破片が落ちてただけなんですから! ね? 貴方の所為じゃないですよ‼︎‼︎ 」
咄嗟にポチに切り替えて明るく笑って見たけれど、彼はまだ表情が暗かった。 そんな時、王女様の足音が聞こえて、視界に号泣しているソレが入り込んで来る。
「 …っ、ポチ怪我はどう⁉︎ 痛くない⁉︎ 」
痛いに決まってるだろう? 見て分からないの? そして何故それを蛇男の前で平気な顔して聞いて来るのさ。
王女様が、まだ血が滴り落ちる私の左手を優しく手に取った。
ーー血に染まった私の手と、真っ白で傷ひとつ無いスベスベの王女様の手が視界に入る。 それはとても残酷だった。
「 ……じゃない 」
「 え? 何を仰ってるのポチ 」
この人と私は少しも同じじゃない。
ねぇ、どうしてなんだろうねカミーリィヤ王女様。 出発点は同じだった筈なのに、どうしてこんなにも相容れないんだろうね。
「 …いえ、痛くないですよと言いたかったんです! 切れた場所が悪かったのでしょう、血の量が多いだけで実際本当に全然痛くないんです 」
「 良かったわ、 とても心配した……本当に大丈夫なのね? 」
血に染まった私の手を握るその女の真っ白で綺麗な手に、私の穢い血が落ちて行く……それを女は気にしない。 なに? 私は哀れな女の血なんて気にしない、出来た女だとでも言いたいの? 私を踏み台にでもするつもりなの?
「 王女様、お手が汚れてしまいます」
そう言って、静かに手拭いで私は王女様の手を拭う。 嫌いなのに、ムカつくのに、その人の手を穢い私で汚したくは無かった……矛盾してる。ああ、なんてくだらない茶番。




