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私は慈愛に溢れた女神様みたいになりたかった。 嘘まみれの滑稽な女神様でも良いから、それで騙せるなら、それで良いって思って生きてた。
次の日、私は蛇男の屋敷に遊びに来ていた。 蛇男は何時もと変わらなかったし、やっぱり悔しいとかあの王子様がムカつくとかそんな顔を見せなかった。 何時もの様に子供達と散々遊んで、疲れ切ったあと、最悪な事に此処に来て一番と言えるほどの大雨が降った。 心配した通り、王宮は、ぬかるんだその道を馬車で迎えに行くことは危険だと判断し、今日はこの屋敷で寝泊りすることになってしまった。 なにせ、蛇男の母親は私を恋人だと思い込んでいるし、仕方ないと思うのだが、これはどうだろうか。
「 あの、やっぱり同じお部屋ってどうでしょう……あまり宜しく無い気がするんですけれど! 」
私の言葉にクルッと視線を向けた蛇男が、同意見だと言う風に溜息を着く。 そう、此処は蛇男の自室らしい。 潔癖性らしい蛇男の部屋はやたらと綺麗に片付いている。そして、驚くほど広い…石畳みの暖炉なんかもあってとても好きな雰囲気。 何十人も招いてパーティーが出来そうだ。
「 執事に空いている部屋を手配させる。 少しだけ待て 」
そう呟き、蛇男が窓の外を見る。
大雨の所為で窓がガタガタと煩い音を立てている。
ーーその音に、私の心が恐怖に震えてる。
大丈夫、もう私は大丈夫。
自分に言い聞かせながら、ひたすらポチを貼り付けて蛇男に御礼を伝えると、窓の外に梟の様な大きな鳥が現れた。
「 ……何故、こんな大雨の日に 」
蛇男が呟いて窓を開けると、その梟がスッと羽音を立てて部屋に入ってくる。 潔癖性だと言う割に、王宮からの手紙を運んで来たらしいその梟の水滴をとってあげ、優しく羽根を拭いてあげている。 梟が可愛くて、思わず私は蛇男のそばに近寄ってしゃがみ込むと蛇男が驚いていた。
「 怖くないのか 」
「 え⁉︎ こんなに可愛いのに怖い訳無いじゃないですか! 」
鳴き声をあげるその子は真っ白で、やっぱりフクロウだった。 とても可愛くて、手を出して撫でると『 雨の日は勘弁だよね 』とでも言いたそうに、梟は私の手に擦りすりとその身体を寄せて甘えてくる。
「 あの、私が拭いてあげて良いですか? 」
「 あぁ……それは構わないが 」
おいでと腕を出すと、梟は迷わず私の腕に飛び乗って来てそのままゆっくり足の上に乗せてあげる。 手拭いでフンワリと身体の水滴をとってあげながら、梟に話しかけていると、蛇男がジッと驚いたような目で私を見つめていた。
「 あの、何かおかしいですか? 」
「 そいつは王宮の梟の中でも一番に人には懐かない…少し驚いただけだ 」
私の足に居るこの子はそんな風に見えないほど、可愛らしい仕草で首を動かしている。 へぇ、何か嬉しい。
「 貴方良い子ね、お友達になる? 」
私のその言葉に梟は不思議そうに首を傾げて、それがおかしくてつい声を出して笑っていると、蛇男の視線を感じた。 また睨まれてるかと思ったのに、違った。
ーー少しだけ、優しく目が細められてた。
「 お前は変わった女だな 」
その言葉に、少しだけ優しさが含まれてて。 見なきゃ良かったと思った。
ーーーーー
ーーー
梟はあの後、屋敷の中の梟の小屋に連れられて行った。 雨が止んだ明日に王宮に戻させるらしい。 良かった、またこの雨の中だと可哀想だと思ったから。 人間がずぶ濡れでも何にも思わないけど、言葉を話せない動物にはそういう感情が湧く。
「 何を急いでいるのだ 」
不思議そうにその手紙の宛名を見る蛇男が、差出人の名前を見て顔を硬直させた。それは、エドワード王子からだった……あぁ、悪い予感しかない。
【 姉上が婚姻を結ぶ方向で今後、王子との交友を重ねると快諾した。 故に歳の近いお前を護衛の任から正式に解き姉上の護衛はお前の叔父に任すことに決定した。 取り急ぎ報告する 】
簡潔なのかよく分からないその報告は、とても残酷だ……余りにもこの蛇男の気持を踏みにじっている。快諾とか包み隠さず書く辺りが腹黒い。
「 お前の護衛は永遠に続くようだな、最悪だ 」
戯けてそう言ってるつもりなんだろうけど、もう全然笑えてないし、いつも以上に顔が怖い。
ーーこういう時って、どうしてあげたら良いんだろう。
ポチなら馬鹿みたいに『大丈夫だよ! 』とか言えるんだろうけど、冷めた価値観の私からすれば、もう王女様は無理なのかもしれないなんて、それしか言葉が出てこない。
「 永遠ってどの位の期間ですかね 」
「 知らぬ 」
ほら、やっぱり失敗した。
……私にはわからない、家や身分と言うものはそんなにも高い障害物となって行く手を阻むものなのか。 そんなに顔を歪めるほど思っているならば、何故今すぐにでも、走ってでも王宮に戻って『 お前が好きだ』と言わないのか。
ーーなんだ、結局その程度か。
「 何のつもりだ 」
「 本当にどういうつもりでしょう 」
気付けば力なく座り込んでいた蛇男の肩を抱き寄せて、思い切り髪を撫でてあげていた。 いや、本当に私はどうしてしまったのだろう……蛇男がギロリと私を睨んでいる。 多分、コレは本当に睨まれている。
「 離せ 」
「 ……いえ、離しません 」
なんで私はこの蛇男に変に肩入れしてるんだろうって考えて、初めて気付いた。 そうだ、この人みたいに一途に誰かを思ってる男を初めて見たからだ。 私は自分の夢をこいつに押し付けてる『 一生同じ人を愛せ』ってそんな馬鹿げた夢。 それを何処かから見ていた……だから、その罰が当たったんだ。
ーー蛇男が私を憎い様に睨みつけている。
「 ……疎ましい、身体をどけろ 」
嫌悪感を隠さない蛇男の声は氷の様に冷酷で、そう言って私の身体を強い力で跳ね除け、私はその場にへたり込む。 そんな私を見下げて、蛇男が悲愴な顔で睨みつけている。 雨の音だけが、存在を示す様に響いて来る。 そして、蛇男は私に背を向けて、部屋を出て行こうとする。特徴ある靴の音がコツコツと大理石を鳴らす。
ーー1人にしては駄目だと思った。
「 待ってください 」
「 私に触れるな、気味が悪い 」
後ろから、蛇男の背中に抱きついた。 案の定、蛇男の声がとても心地悪そうに降って来る。 ああ、可哀想に……身分の所為で馬鹿な幼馴染に振り回されて散々弄ばれた挙句、呆気なくその幼馴染は鎖だけ置いて羽ばたいて行こうとしてるなんて。
「 ……貴様、私を馬鹿にしているのか 」
ーー気づいたら、寝台に押し倒されていた。 蛇男の長い髪が私の頬に流れ落ちて来る。 肩を押されて私は身動きが取れなくて、ただ蛇男の美貌だけが視界に映ってる。
「 馬鹿に……どうでしょう、ただ、とても悲しそうに見えます 」
違う、ポチはそんな風に言わない。
この状況に照れて頬を染めなきゃいけないのに、淡々と言葉が出てくる。 そんな私に気付いてるのかどうだか、蛇男は冷酷に私を嘲笑う。
「 貴様は善人にでもなったつもりか? そうやって、人を小馬鹿にして自分が満足したいだけだろう 」
そうなのかな、そうなのかもしれない。 でも、この人を今1人にしたら、この人は立ち上がれなくなりそう。
それは、自己満足なんだろうか。




