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「 それならポチを共に連れて行ってやりなさい。 彼女は殆どの時間をこの王宮で過ごしているだろう? それはラファエル、お前が仕事をしやすい様に気遣ってだと知らなかったか? 」
エドワード様が、穏やかな笑顔で反論なんて聞かない様な強い言葉をやんわり蛇男の背中に投げ掛ける。 蛇男は振り向いて、苦虫を潰した様な顔で私をギロリと睨み付ける。 確かに私は殆ど外に出たことは無いし、エドワード様が言うとおり、蛇男の支障にならないようそれなりに気を遣ってはいたけれど、別にだからと言って何故こいつの用事に同行しなければいけない?
「 今日は君の母上が領地の子供達を屋敷に招待しているのではないか? ポチは子供が好きそうな性格だし、気分転換に連れて行ってやりなさい 」
なぜ、蛇男の実家なんぞにお供しなきゃならないんだ。 この王子は本当にとんだ食わせ者だと思う。要は蛇男の両親に私の接待やら何やらを元々命令していたんだろう。 この国に更に雁字搦めにさせたい腹づもりらしい。
「 ……御意 」
そう呟いた蛇男はそれからまたギロリと私を見据えて来て、顎で早く着いて来いと私に指示を飛ばして来た。
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「 お姉さんが噂の異邦人様なの? 」
「 ねぇ、その瞳は神様の祝福を受けたからって本当なのぉー? 」
小さな子供達が、私の周りにきゃっきゃと纏わり付いている。 そんなおチビ達に苦笑いをして、私はその子達の目線の高さまでしゃがみ込む。
「 うん、本当よ。 神様がくださったの 」
そう言うと、子供達の目が驚きと興奮でキラキラと光って満面の笑顔が咲き誇る。 あの王子の言うことはあながち間違いではない。
ーー私は子供や動物は心底大好き。
こんな捻くれ女が今更と自分でも呆れるが、邪気の無い無垢な魂はいつだって私を救ってくれる唯一の輝きだった。 今でこそこんな大人になったけれど、中学生くらいまでは保母さんになるのが夢だったほどだ。
「 ラファエル様とお姉さんが並んでいると、絵の中の王子様とお姫様みたいですっごく綺麗だったよー! 」
私の手を握り締めて小さな可愛い女の子がニコニコと、頬に土をつけて喜んでいる。 あぁ、可愛い。
あの蛇男の実家は、殆ど城じゃねぇか……と顔が引きつるほど豪邸だった。 この国の中でも一番大きな屋敷だと聞いて、酷く納得した。 この庭園は蛇男の母が大切にしている花々が咲き誇っているらしい。
蛇男は渋々私を連れて来て、愛想もなくそのまま屋敷の中へ消えてしまった。 そして蛇男の母は案の定私にとても優しく接してくれた。 その裏に何があるのかはどうでも良い。 ただ、あの年代の女性に優しくされるとどうしても泣きたくなる。
「 ……あ 」
私は庭園の中で何故が一番強く咲き誇るその花を見て、はしゃぐ子供達の輪からスッと立ち上がった。 子供達が不思議そうに首を傾げている。
ーー白と赤の強い凛とした花。
私の顔に自傷気味の情けない微笑みが勝手に出て来てしまう。
「 どうしたのぉ? お姉さん、遊ばないの? 」
小さな男の子が可愛らしく、目一杯遊んだその泥んこだらけの手で私のダランと垂れていた手をギュッと引っ張る。
「 よし、遊ぼうか! 皆に私の世界の遊び教えてあげる! 遊びたい人は手あ〜げてっ! 」
「 「 はぁーい‼︎‼︎‼︎ 」」
少しも世間の穢れに染まっていない可愛らしい天使達の笑顔に、思わず大きな笑顔が溢れてしまった。 此処に来てから、いいや、もっと前。 いつ振りか分からないほど随分久しぶりにこんなに心から笑えた気がする。
ーーその私の笑顔を蛇男が窓から見ていたなんて全く気づかなかった。
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あれから、沢山の遊びを子供達と一緒に楽しんだ。 鬼ごっこやケンケンパとか、だるまさんが転んだとか。 思いつくまま提案する私を子供達がヒーロー見たいな眼差しで見つめてくるのが堪らなかった。 申し訳なくて、でも可愛くてたまらない。
気付けば夕暮れになったその時間、子供達の母親がぞろぞろと屋敷に我が子を迎えに来た。 何でも庶民、貴族分け隔てなく蛇男の母はこの屋敷に招き好きな様に遊ばせているらしく、身分制度を堅苦しく思っているそうで、何とも素晴らしい人間様だと私はそんな最低な評価を下す。
気付けば、親がまだ迎えに来ていなかった男の子と木陰で一緒に眠りこけてしまった。 甘えたなその子は私の膝の上で心地良さそうにべったりくっ付いてスヤスヤ眠っていて。 目が覚めた私はその子の愛らしさに、少し汗をかいていたその子の髪を何とも柔らかい手つきで梳かす。
「 ふふふ、遊び疲れちゃったわね 」
それでも熟睡してるこの子はどんな夢を見ているんだろう。 幸せだろうか、夢や希望をいっぱいこの小さな身体に詰め込んでいるんだろうか。
「 ……おい 」
そんな声が聞こえて、ふと視線を上げると蛇男がジッと私を睨みつけていた。 眉を顰めて眉間に線が刻まれている。 蛇男はいつもこんな顔だ。
「 …っ、ごめんなさい。 もう王宮へ戻られますか? すいません、つい眠ってしまいました 」
素早くポチを演じた私に、蛇男は何だか難しい顔で私を睨み付ける。 そして、スッと優雅な動作で座り込んでいる私達の目線までしゃがみ込み、私が抱っこしていた男の子をチラッと目だけで見つめる。
「 こいつの母が迎えに来た 」
「 そうですか、では起こしてあげないといけませんね 」
こんなに心地良さそうに眠っているのに、可哀想だけれど私はその子の名を呼んで起こそうとした。 そしたら、蛇男がサッと手を出して私を止める。 首を傾げて蛇男の方を見ると、目線を下げて淡々と言葉をつなぐ。
「 起こさなくて構わない。 向こうは馬車で来ている、私が運ぼう 」
そう言って、私の身体の隙間にその手を伸ばし男の子を意外にもゆっくりと丁寧に抱き抱える。 視界に映ったその大きくて綺麗な手は、剣で出来たのか切り傷や豆が沢山あって意外な一面を覗いてしまった気分だ。
「 ラファエリュしゃまぁ……? 」
小さな男の子が、少しだけ寝ぼけて目を覚ましてしまったようだった。 少しだけ掠れたその舌足らずな声は本当に可愛くて。 私が驚いたのはそのすぐ後だった。
「 イヴァン、そんなに私の名は難しいか? 」
そう、蛇男が笑ったのだ。
それはそれは穏やかで暖かい微笑みで。 口角を少しだけ上げて、目を細めて喉を鳴らすその蛇男に驚いて目を見張った私に蛇男が気付いた。
「 も、申し訳ありません 」
「 ……お前は此処で待っていろ。 王宮からの馬車がもう少しで到着するだろう 」
私を見下ろして蛇男が男の子を抱きかかえて軽々と立ち上がる。 すると、まだ寝惚け眼の男の子が私に振り返って甘えた声を出す。
「 ポチしゃま、また遊んでくれる? 」
ギュッと蛇男の首に腕を回してもたれ掛かるその子の側へ立ち上がって近寄る。
「 勿論よイヴァン。 また遊ぼうね、今度はポチ、もっと遊びを考えておくからね! 」
「 うん!約束だよぉ、約束 」
私の手をギュッと片手で握り締めて来たその子が本当に可愛くて、癒しをくれたその子に感謝を込めておでこを重ねる。 私がグッと近寄ったことに驚いたのは蛇男だった。 蛇男とこんなにも近づいた事はそう言えば無かった気がするけれど、気にせず男の子の頬を撫でる。
「 ちゃんとお家に帰ったら手洗いうがいをするのよ? ポチとの約束 」
「 うん、お約束するね 」
心が絆された。 余りの愛らしさに勝手に頬が緩んで、迂闊にも蛇男の前で本気の笑顔が出てしまった。 蛇男はそんな私を鋭く睨んでいた。 そして、そのまま男の子を連れて庭園を後にする。 残されたのは、私と、咲き誇る花々と、赤と白の花。
ーーその赤と白が、私を蔑んでいる気がする。