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此処に来て、もう半年が経った。
『 由緒正しき側近家系が王族と婚姻を結ぶことは絶対に許されない 』
何故、小さい頃から恋い焦がれるなら一層の事思いを伝えないのかと思っていたが、それは古臭い意味のわからない戒律によって思い止まっているんだと知った。 側近の中でも蛇男の一族は一番王族と親しい間柄であり、貴族社会の中で一番権力を持つ一族。 なるほど、そう言うことか。 意外とそういうのを気にする性格なんだ。
「 何を突っ立っている、入らないなら其処をどけ。 入るなら早く入れ 」
カミーリィヤ様の自室の前で突っ立っていた私に、真上からそんな声が降ってきた。 案の定、蛇男だった。
何と無く、前ほど棘が無くなったこの男は何だかんだ私に話し掛けて来る様になっていた。
「 あ、申し訳ありません! 」
シュンと謝る表情を作ると、本の僅かに蛇男は顔を歪める。
「 怒ったわけではない、聞いただけだ 」
あぁ、コレは多分謝ってるんだ。 半年経つと何故か何と無くこの男の表情や言葉足らずなそれを理解出来るまでに成長していた。 そして何気に私が入る時には扉を抑えてくれている。 意外と良い奴じゃないか、と言うのが最近の私の印象だったりする。
王女は蛇男の事が好きなんじゃないかと思う位、蛇男に抱きついたり甘えたり愛おしそうに微笑んだりする。 だから、蛇男は可哀想だと思う。 そんな風にされるたびに王女から離れられなくなるんだろう。
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「 どう言うことだ、エドワード 」
完全に砕けたその物言いは、我慢出来ないほど納得がいかない証拠だろう。 私だってこの先八つ当たりされては嫌なので正直勘弁だ。
「 君の父上と話した結果だ。 ポチはやはりこの世界の神に呼ばれたんだ。 ポチはまだ絵画を見る前に的確にアロナディーデ様のお姿を証言しただろう? そうなればポチの扱いは国賓級にしなければならない。姉上の護衛は君の優秀な部下に任せるから安心してくれ 」
ーーそう、可哀想なことに、蛇男は私の護衛をしなければならなくなった。
事の発端は、国王陛下に呼ばれて厳重な警備の中、王間に呼ばれた私の一言がきっかけだった。 壁にかけられていた大きな古典の絵画の中に、あの日見た麗しいあの私をこの世界に誘った女の人の絵が掛けられていたからだ。
【 あ、あの人です。 私を連れて来たのは 】
そんな素っ頓狂な一言でその場が騒然となり、私がそんな慌てふためく人々をボケーっと見てる間に、私は異邦人の中で、この世界の神を初めて見た人間だと言うことで国賓の扱いを受ける事になってしまった。 そんな堅苦しい肩書きなんてクソ喰らえだと内心ゲンナリしていた私に、国王陛下は『 今までと変わらず、お主の意志が最優先だ 』とフォローしてくださった。 すなわち、私の行動が縛られる事もないし、好きに暮らしていいと言うこと。 とにかく、この国を出て他の国へ永住なんて事をしない限りは何も制限される事はないらしい。
蛇男の父親は近衛騎士の頂点に立つ人らしく、そんな人と国王そしてこの王子が蛇男に護衛を任せると決めてしまったらしい。 でも、その決定の裏にある魂胆に私は嫌でも気付かされた。
ーー王女から蛇男を引き離そうとしている。 まず、それで間違いないだろう。 彼等は気づいているんだ、優秀で頭脳明晰なこの蛇男の儚い恋心に。 私はタイミングよく現れたそれに使える駒に過ぎないことも痛いほど実感させられた。
「 我等の命令が不服か? 」
「 ……いえ、滅相も御座いません 」
年下の男と言えども、王族に反論なんて出来ないであろう蛇男は珍しく悔しそうに唇を噛んでいる。
「 なら、ポチを任せたぞラファエル。 ポチがこの世界で、この王宮で緩やかに日々を過ごせる様にお前はポチだけを護り抜け。 いいな? 」
あぁ、王女に儚い恋心なんて抱くなと王子は頼もしくて優しい笑顔でそう釘を刺している。 蛇男はそれに返事する事もなく、ただ左胸に手を添えて美しい作法で頭を垂れる。 儚い音を立てた耳の装飾が何とも悲しく感じた。