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第4話

「やられた! 本当に注意すべきはファーガスでもなくレイナーでもなかったとは!!」


 ジェームズの怒声が庭に響く。今だ状況がわからないグリーンスレード警部はポカンとしている。


「おい、グリーンスレード警部! 急いでこの足跡を残せる靴を売っている店を探し出してくれ! 靴のサイズはわかるな?」

「ど、どういうことですか?」

「この足跡の持ち主が、この忌まわしき事件の目撃者だからだ、グレースレード警部。こいつの足跡は窓の下いっぱいに残っている。丁度中を覗き込んでいたように。きっとレイナーが関わった事件の真相を全てまるっと知っているに違いない。そして私の考えが正しければ、この男はレイナーの知り合いで、ファーガス殺害の容疑者だ」

「なんですって!? なぜ知りだと……」

「大体のことはよく観察することによって容易に、かつ素早く真実へ結びつく。だが今説明している暇はない! さあ、さっさと行動するんだ! ああ、それから今すぐ現場から警官を全て撤退させてくれ。新聞社には絶対嗅ぎ付けられないように。野次馬どもは確実に散らしてくれよ」


 このセリフを聞いたグリーンスレード警部は慌てて部下に指示を出し、部下は走って庭を出て行った。

 グリーンスレード警部は足跡を追う。

 地面つけられた足跡はもう薄っすらとしか残っていない。そのため、グリーンスレード警部にはそれがどういう意味を持っているのか全くわからなかった。


「さて、我々はファーガスに会いに行くとしよう」


 鋭い目つきで身をひるがえし、ジェームズは庭から出て行った。グリーンスレードは慌ててその後を追う。




* * * * * *




「ただいま、ジェームズさん」


 キラキラした目でそう言うアイリを見て、ジェームズはわずかばかり毒が抜けたような顔をした。


「……正しくは“おかえり”だ。アイリーン」


 ジェームズはあれからファーガスに会いに行き、そこで1つの指輪を見つけた。レイナーの指輪だ。

 そして若い警察官のもたらした靴の購入者リストを眺め、満足げに頷くと一旦家へ帰ってきたのだ。


「おい、アイリーン。君は演技ができるか? 例えば白々しい演技をして欲しいと言えばできるのか、ということだが」

「え? たぶん……」

「……あまり期待はできなさそうだな。ところで私は今いつも話すスピードよりも早く話した。だが君は正確に聞き取ることができたな。ここから思うに、君のリスニング能力には全く問題がないと言って良いだろう。問題があるとすれば、書き取りと発音と文法……それから単語か? 意味を理解しても話せていないことがある」

「……すみません」

「だがこれはおかしいな? 例えば君が虐待されていたとして、書き取りも何も教えてもらえなかったとすれば、話すことすらできない。だからこの線はゼロだ。では学校のない地域に生まれたとしよう。しかし最低限話すことはできるはずだ。聞き取って学んだものを話せないなどおかしいのだから」

「…………」


 少ししょげたような顔をするアイリ。しかし、ジェームズは気にしたふうでもなく続けた。


「君についての謎はまだ解けそうにないが、今はそれよりも緊急性の高い謎で手一杯だ。とりあえず置いておくとしよう。だがこの謎は非常に興味深いので、私が君を手放すことは当分ない。安心して居候するがいい。そして君に頼みがある。小間使いとして初の任務だ」

「に、にん、み……? む?」

「任務、だ。これは非常に重要で、かつ女性である君にしかできない」

「わかりません」

「わからなくて結構。君は私の言うとおりに動けばいい。さあ、行くぞ」


 そう言ってアイリの腕を取ると、ジェームズは足早に部屋を出た。

 今日はずっと家にいるものと思っていたアイリは、ここの女主人であるメイスン夫人に貰った服を着て、髪の毛を簡単に束ねただけであった。


「え? 待て! 待て!」

「犬に言うような言葉はやめてくれ。それから待つつもりはないぞ」

「だめ! 待て!」


 大騒ぎをするアイリを無理やり車に押し込むと、ジェームズはその横へ乗り込んで「出してくれ」と言いながらドアを閉めた。すると車はすぐに出発し、アイリは始めて運転手がいることに気づいた。


『だ、誰……』

「アイリーン。国の言葉は出さない方がいい。彼はそこそこ信頼できる男だが、ハドソン君ほどではない」


 小声でつぶやいたアイリを目ざとく見つけ、小声でたしなめるジェームズ。アイリが慌てて口を塞げば、ジェームズは満足げに頷いた。


「紹介しよう、グリーンスレード警部。彼女は私の小間使いで、アイリーンという。記憶を失ったせいで変な行動を取るし、満足に話すこともできなくなったが今回の計画に十分貢献できるはずだ。アイリーン。彼はグリーンスレード警部」

「どうもお嬢さん」

「こんにちは」


 アイリが小さく会釈すると、やや不思議そうな顔をしながらニッコリ微笑んだ。そしてアイリは気づく。この国にお辞儀の文化はないのだと。


「彼は警部だ。何かあれば彼に頼るといい」


 適当なことを言うジェームズの言葉をすっかり信じてしまったグリーンスレード警部は、一瞬痛ましそうな顔をした。そしてジェームズに厳しい視線をよこす。


「ジェームズさん、お言葉ですがね。危険な任務を子供に任せるのは感心しない。それにこれは一般人が知っていい内容ではない」


 グリーンスレード警部の剣呑なセリフにアイリがジェームズを見上げれば、ジェームズは今にも舌打ちしそうな顔でグリーンスレード警部を睨みつけていた。まるでお前のせいでアイリにバレたではないか、とでも言いたげだ。


「問題はない。彼女には“お客様”に水を引っ掛けてもらうだけでいいのだから。後は私が守る」

「ですが――」

「それに君と言う立派な警察官がいるじゃないか。まさかやすやすと女性に怪我を負わせた挙句、犯人を取り逃がすだなんて間抜けはしないだろ?」


 ジェームズが挑発的にそう言えば、先ほどまで眉を下げていたグリーンスレード警部は一気にピリッとした空気をまとう。


「当たり前です」

「では頼んだ。アイリーン。君はこれからある場所に行く。そしてそこで私の秘書の演技をしてほしい。何、セリフはない。君に話させても良いことは何一つ無いからな」


 あけすけな言い方に思わず顔をしかめるが、全くその通りだと思ったアイリは小さく頷いた。

 そして自分がどうも大変な事件に巻き込まれかけているらしいと気づいてが、もはやここまできたら断ることはできないのだろうと覚悟を決めた。


「しかしジェームズさん。犯人は本当に来るでしょうか」

「そこは君が一番わかっているはずだ。犯人は現場に戻る。特に忘れ物があれば。きっと犯人はもうすぐ自分がレイナーの指輪をなくしたことに気づくだろう。そして犯人はレイナーが牢屋にいることを知っている」

「ま、待って下さい……! レイナーの指輪? なぜ彼がそれを? 彼女は指輪をウィケット氏ともみ合っているときになくしたと言ったはずです。それにどうしてレイナーの状況を知っているんですか」

「君は質問ばかりだな」


 鋭い目つきのジェームズを、グリーンスレード警部は鏡越しに穴が開くほど見つめた。アイリは一体何が起こっているのか全くわからなかったが、ただ黙っていようと決めた。

 そしてその判断は正しく、それ以上ジェームズは何も言わなかった。ただ窓の外を眺めて下唇を噛み締めている。そしてグリーンスレード警部はそこそこジェームズと付き合いがあったので、彼がこれ以上何も言わないのをよく理解していたため、彼も大人しくしていることに決めた。

 車はロンドンの曇り空の下を走り抜けていく。

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