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第5話

「ここだ」


 訪れた家は、ごくごく普通の家。アイリはジッとその家を見つめながら、続けて語られるハドソンの言葉を聞いていた。

 あそこに、ジェームズをおとしいれた諸悪の根源がいるかもしれない――……そう思うと、ジワリジワリと心の奥底から濁った何かが湧き上がってきた。


「やつに本当のことを吐かせるには、やつをはめる必要がある。ジェームズから預かったメモには、やつを混乱させる情報というのが書かれている。これを上手く使って相手を屈服させろと書いてあるが、正直私は気が短いんだ。だからてっとり早く正面突破するぞ」

「え?」


 ジッと家を見ていたアイリは、耳を疑うセリフに思わず顔を上げた。


「よくない……! ハドソンさん、よくない……!」


 すたすたと家に向かうハドソンの腕をぐいぐい引っ張る。

 そこでようやく立ち止まったハドソンは、小さくため息をついた。


「いいか、アイリーン。気づいていると思うが、私はジェームズほど物事を深く考えることができない。そしてまどろっこしいのが面倒だ。私は私らしいやり方を進めさせてもらう。そこで君にお願いがある」


 いま思いついたと言わんばかりのお願い宣言に、アイリは顔をしかめた。嫌な予感がしたのだ。どうせ自分をここから遠ざけるとかその類だと思っていたら、案の定であった。


「君はグリーンスレード警部を呼んできてくれ。大至急の任務だ。ここからだと馬車で10分か? 往復のことを考えて、私は20分後に突入する気だ。つまり、君が寄り道をせずに警部殿を呼んできてくれるのなら、私は安全に任務をこなせると言うわけだ」

「だめ……!」

「だめ? ではこうしよう。君が間に合えば、私は突入しないで警部たちに任せる」

「何それ……!」

「これはもう決定事項だ。今日君は私の助手だと言っただろう? 助手は逆らえない決まりなんだ。残念だったな」


 意地悪そうな笑みを浮かべるハドソンを見て、アイリはこの男はもしかしたらジェームズと同じくらいやっかいな男なのではないかと戦慄した。そして恐らくは、ジェームズ以上に気が短いと改めて思い知らされたのだった。


「そら、行った行った。丁度いいことに馬車が来たぞ」


 そう手をふれば、アイリははじかれたように走り出す。馬車の人に必死に話しかけ、なんとか馬車に乗せてもらっているのを後ろから眺めている。その馬車がいつもの辻馬車よりだいぶ速い速度でかけていくのを見て、ハドソンはあのちぐはぐな言葉が通じたのを知って声を出して笑った。




* * * * * *




「だいたい20分経ったな」


 アイリは結局間に合わなかった。でもそれでいいと思っている。

 そもそも間に合うはずがないのだ。単純な行き帰りの時間しか計算していない。取次ぎを頼めば、どうやっても20分以上かかってしまうのだから。

 そしてレックスがどこかから帰宅したのを先ほど目撃したハドソンは、それがジェームズと酒場の男の証言通りの容貌をしているのを見て、一気に怒りが込み上げてきた。

 だから正確に言えば18分であったが、我慢できず動き出してしまったのだ。


「さて、駄犬に私を怒らせたらどうなるか教えてやろう」


 ポケットの中の軍用銃を一度だけ握りしめる。

 そして玄関ドアを叩くと、そのドアが開けられるのを待った。


「なんだ」


 玄関ドアにつけられた小窓が開く。


「どうも。カイン・ジェームズの伝言を預かってまいりました」

「知らない奴だ」

「そんなことはないはずです。執事殿」


 それを言った瞬間、レックスの顔色が変わる。


「……帰れ」

「カイン・ジェームズの伝言は聞いた方がいいですよ。レックスさん」


 名を言えば、レックスの顔が強張った。

 そしてドアがピシリと閉められると、次の瞬間勢いよくドアが開いたのだ。


「お招きどうも、レックスさん」


 レックスは今にも射殺しそうなほどハドソンをにらみつけている。

 ハドソンには確信があった。こういう言い方をすれば相手は必ず自分を入れてくれると。なぜなら、過去の経験からこの手のカッとなりやすい男は一度油断したと見せかけて反撃してくる傾向にあるからだ。それに、小馬鹿にするような態度が大嫌いなので、自分を嫌わせれば嫌わせるほど、その効果は表れる。つまりは、脳筋馬鹿。

 単刀直入に言うと、ハドソンは攻撃されたかった。肉を切らせて骨を断つ方法だ。


「それで用件ですがね」


 レックスにわざと背を向けて話す。しかし、足元から目をそらすことはなかった。西日がレックスの影を映し出しているのだ。その影が自分に伸びた瞬間、ハドソンは相手を攻撃するつもりだった。


「あなたがジェームズをはめたことについてです。実に見事な手腕で、先ほど有罪判決がくだったとのことでした」

「…………」


 これは嘘だ。しかし、多少の嘘は方便であるとジェームズが言っていたことがあるので、親愛なる友人に倣ったのだ。


「あなたは現在牢にいる奴隷商の男と知り合いですね? パンドラボックスという秘密結社に一緒にいるとか。そして執事はパンドラボックスのメンバーだったのでは? しかし娼婦は引き入れるのに失敗したようですね。だから殺した。違いますか?」

「実に見事な推理だ。だがそれがあっていたとしたら、俺によってお前が殺されるとは思わなかったのか?」

「殺される? そんな馬鹿な。私は正義の名のものとにここに来ているのですから、私を殺すなどお門違いだ。あなたは正直に警察に自首するべきです」


 レックスの影が少し動いた。ジワリジワリと距離を縮めている。


「いいですか。あなたが自首したくなるような情報を出しましょう」


 そう言った瞬間、ピタリとレックスの動きが止まる。


「あなたが殺した娼婦ですがね、ジェームズに別件で依頼を出していた人の探し人だそうで。あなたもご存じでしょう。カス・ガーナーという男ですが、彼のお気に入りだったようです」


 ハドソンの後ろでヒュッと息を吸う音がした。


「安全な場所が1つあります」

「…………」


 安全な場所――

 それは牢だと暗に示す。

 カス・ガーナーからの依頼など嘘であった。しかし、脳筋は単純である場合が多い。だからハドソンは賭けに出たのだ。

 レックスが絶対に動揺して、何かしらの賭けに出ると。


「私がここに来たことはガーナー氏もご存知です」


 この言葉と同時にレックスの影が動いた。

 ハドソンは「所詮脳筋か」と内心で毒づきながら舌打ちをし、軍用銃をポケットから抜くのと同時に振り返る。

 目の前には、レックスの拳が迫っていた。

 肘の内側を叩き、拳を避ける。そしてまず膝に1発。すぐに反対の膝にも1発。そして転がったレックスの腹を、何度か蹴り上げた。


「ぐうぅぅぁぁああぁぁ!」


 レックスのうめき声が漏れる。

 ハドソンが肩で息をしていると、扉が蹴破られて警察が流れ込んでくる。そして傷ついたレックスに手錠をかけ、抱え上げて外へと連れて行く。それをぼーっと眺めながら、ハドソンは大きなため息をついた。


「ジェームズさん、出た」


 アイリの小さな声が聞こえる。

 ハドソンが振り向けば、顔を真っ青にさせて血だまりを眺めるアイリがいた。


「ハドソンさん、良い子。だから、ジェームズさん、出た」

「ああ……」


 ハドソンはジェームズが無事に牢から出されたのを知り、再び大きなため息をついた。

 心から安心したのと、自分がとんでもなく馬鹿な行動をしたと気づいたのとで、ハドソンは酷く疲労感を感じていたのだ。

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