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第4話

「ジェームズさん、ジェームズさん!」


 朝、ドンドンと部屋のドアを叩く音で目覚めた。

 その声はアイリも聞き覚えがあり、しばらくぼーっとしていたものの、グリーンスレード警部だと気づくと慌てて飛び起き、髪を撫でつけながらドアを開けた。


「はい、どちらさまですか?」

「朝からすみま――あ! いや! 本当に申し訳ない!」


 そう叫んでドアを力いっぱい押して閉めるグリーンスレード警部。あやうく指を挟むところで、アイリはなんとか腕を引いて助かった。

 そして自分の格好を見てなんとなく察する。寝間着だと思っていたそれはどうも下着の分類のようで、以前メイスン夫人に卒倒されそうになったのだ。若い女の子が狼の前をその格好でウロウロしているのかと。

 ただジェームズが何も言わないものだから、きっとそういうのは気にしない人なんだろうと思いそのままにしていたのだ。だが今のグリーンスレード警部の動揺を見て、アイリは今度からちゃんと寝間着を着ようと決意した。


「えー……アイリーン、と言ったか? ジェームズはいるかい?」


 ドアの向こうからまだ困惑した声が聞こえてくる。


「はい!」


 戸を挟んでいるのでちょっと大きめにそう返せば、呼んできてほしいと言われる。了解の返事をしてからジェームズの寝室に行けば、ドアをノックする手前でそのドアが開かれた。中から出てきたジェームズはしっかり服を整えている。


「あれ? 早い……」

「私はちょっと外出する用事ができた。アイリーン。このメモをハドソンに渡して、ハドソンと一緒に行動しなさい」

「はい。ジェームズはいつ戻る?」


 そう聞いたアイリの言葉に、ジェームズの動きが一瞬止まる。


「……君たち次第、だな」


 意地悪そうにそう笑い、ジェームズは部屋を出て行った。

 その後ろ姿に、アイリは嫌なものを感じた。




* * * * * *




「ハドソンさん」


 人を訪ねるのに常識的な時間になり、アイリはハドソンの部屋へ向かった。

 中から出てきたハドソンに挨拶をして、朝にグリーンスレード警部が来たことを伝えてメモを渡す。しかし、それを読み進めたハドソンの顔はどんどん強張っていき、やがて舌打ちをすると口汚くののしった。


「なに……?」

「ジェームズが逮捕されたようだ」


 ザッと血の気が引いていく。

 まさか、と思わずにはいられなかった。


「だって、朝……お出かけって――」


 そこまで言って、ジェームズがアイリのために気を遣ったのだと気づいた。

 ジワリと涙が浮かんでくる。


「アイリーン。君は何も悪くない。私がその場にいても何もできなかっただろう。ここに書かれているには、こういうことらしい。娼婦か執事からジェームズが犯人としか思えない証拠が出て、ジェームズを拘束せざるを得なくなるだろうと」


 アイリは何度も頷き、鼻をすする。しかし、やがて涙がポタリと地面に落ちた。


「ジェームズは何か言っていたかい?」

「か、帰るのは……私たち、いっぱい頑張る時」

「人任せな名探偵だな」


 はあと大きなため息をつきながら、ハドソンは大げさに肩をすくめた。アイリは、それがアイリを元気づけるためのものだとすぐに気づくことができた。


「さて、名探偵を助けに行くとするか。小さな少女と、何の芸もないただの若い男だ。だがここには名探偵が残したヒントがある。そしてどんな兵士より勇ましい心と、諦めない不屈の精神が。違うかい?」

「違くない!」


 鼻息荒くそう言えば、ハドソンはにっこり笑ってアイリの頭をなでる。


「では出発するとしよう。君は今日だけ私の助手だ」


 そう言って少し胸を張るハドソンに、アイリも胸を張って兵隊のように足を打ち鳴らした。




* * * * * *




「目指す所は2つある。昨日ジェームズはいくつかありそうなことを言っていたが、恐らく我々が寝た後にまたしぼったんだろうな」


 そう言って紙を見せる。

 そこには酒場の名前が書いてあった。しかしアイリにはそれがどこなのか全くわからなかったので、そこはハドソンに任せることにした。


「ハドソンさん、ジェームズさん、見つかった、なに?」

「証拠のことか? さあ、全く分からないな。だがあのジェームズが知らぬ間に何かを抜き盗られるなんぞありえない話だ。恐らくはそう見せかけた何かだろう」

「……なんだろう」

「見せかけた……そうか! 確かジェームズは手紙でやり取りをしたと言っていたな! その筆跡を真似て手紙を新たに作ることができるんじゃないか?」


 ハドソンは浮かんだ名案に顔をきらめかせる。しかし、すぐ暗い表情となった。


「……そうと決まったわけではないが、仮にそうだとして……模造品を作る人物がどれほど忠実に再現したかによっては困ったことになるぞ。アイリーン。少し走るがいいか?」


 アイリが頷けば、ハドソンはアイリの手を引いて走り始めた。近くにいた夫人が驚いたように振り返るが、ハドソンも、そしてアイリもそんなのには全くかまっていられなかった。

 ロンドンのスモッグが立ち込める空の下を、2人のちぐはぐな男女が走り抜けていく。




* * * * * *




「ではここに先日殺された娼婦と男が一緒にいたということですか?」


 一発目で引き当てた。

 アイリがそれの子供だと言ったら、最初は「警察にもう言ったからそっちで聞いてくれ」と言っていた店員が口を割ったのだ。


「ああ……まあ一応口止めされてんだから、誰にも言うなよ」


 店員は母親を殺された娘が、知人に手を引かれて犯人捜しをしているのだと思い込み、非常に同情的になった。


「あの日は雨だった」


 特に何も聞いていないのに、ポツポツと口を開き始める。


「女は、中年でがたいのいい男と一緒だった。色黒で手にマメやタコができているようなやつだ。店の奥を陣取って長いこと何か話をしていたが、料理と酒をたくさん注文するので放っておいたんだ。だが途中で口喧嘩になったようで、女の方が店を出た。男は金を多めに払うと、“このことは誰にも言うな”と言って店を出ていった」

「……なるほど」

「なあ、本当に言わないでくれよ。何で口止めしたのか知らねーが、俺が言ったとバレたら殺される」

「殺される? そんなすぐ人を殺すような人物だとご存じということですよね。知り合いか何かで?」

「勘弁してくれ……」


 ハドソンは金を押し付ける。すると店員は顔をしかめてそれを受け取った。


「……ここらのはみんな知ってる。乱暴者のレックスさ。あいつ、最近よくない噂が多い。なんでも秘密結社の……なんて言ったかな。確かパンドラボックスとか言うのに入ったとかで、金の羽振りが良かったんだ恐れ知らずでなんでもするって噂だが、俺からしたらただの自意識過剰の馬鹿だ」


 その店員のセリフを聞いて、アイリはドクリと心臓が異常な鼓動をするのを感じた。


「そのあとどうなったかは知らねーよ。でも女が死体になって見つかったって聞いて、みんなレックスが殺ったんじゃねーかって――あ……」


 店員は強張った顔のアイリを見て、気まずそうな顔になる。

 ハドソンはアイリを後ろに隠すと、再び店員に金を押し付けた。


「客が何を注文したか、覚えていますか?」

「……牛肉のソテー、パン、野菜のスープ、ベリータルト……あとは酒が5種類くらいか? 何を飲んでいたかは覚えてねぇが、それを何杯かずつ飲んでた」

「それで、そいつはどこに住んでいるんですかね」

「勘弁してくれ……! 本当に殺されちまう!」


 ハドソンはさらに金を押し付ける。

 店員はゴクリと喉を鳴らすと、小さく「ベイカー街のはずれだ。青い屋根で玄関のところに錆びたポストが立ってる」とつぶやいた。




* * * * * *




「安い出費だったな」


 アイリはハドソンがいくら渡したのか知らない。

 でも、見間違いでなければ一番大きいお札だった。それを適当に何枚かつかんでいたので、少なくとも日本円で7~8万は渡しているはずだった。


「ああ、しまった。領収書をきっていれば経費で落とせたんだが」


 ハドソンは冗談っぽくそう言って笑い、アイリと一緒にベイカー街をかけていく。

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