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第3話

「そうと決まれば、まずは情報整理だな」


 ジェームズはメモ紙を取りだし、机の上に置いた。

 そしてふと外を見て、しばらく黙りこむ。そして気まずげな顔をしながら2人をみた。


「すまない。すっかり忘れていたが夜も更けた。この話は明日にするか?」


 これを聞いて驚いたのはアイリとハドソンだ。気遣いはありがたいが、ジェームズがいつまた牢屋に入れられるかわからない状況で休む暇などないと思ったのだ。だから、ジェームズが疲れていなければぜひ話して欲しいと思っていた。

 2人は同時に首を振ると、ほぼ同時に同じことを言う。


「まさか」


 このセリフを聞いて、ジェームズは少し照れたように笑う。2人が自分を心配してくれていると気づいたからだ。


「我が友人のピンチに恩を売らず、いつ売ると言うんだ」

「君のその歪んだ愛情はわりと好きだ」

「まあ、単純に気になってこのままでは眠れないと言うのが本心だ。だから君を心配しているかどうかについては一切関係ないね」


 ジェームズは鼻で笑いながら、メモ紙をさらに押し出した。


「さて、これを見てくれ。検死結果と我らがグリーンスレード警部の調査結果のメモだ」

「ふーん」


 ハドソンはしばらくそれを眺めると、両手を上げてメモを戻す。


「気になるところはほとんどないな。強いて言えば、爪の間に挟まった皮膚と血液か? これは恐らく女性が犯人をひっかいたものだろう。首に後ろから絞めた指の跡があるということだから、手の甲に傷があるはず。相手が見つかれば、怪我を見て照らし合わせることが可能だ。そしてさらに言えば、相手はとんでもなく力が強い。女性といえど、手で絞めているんだから相当握力に自信があるんだろうな」

「他には?」

「他? そうだな……」


 ハドソンはまたジッとメモを見つめる。

 しばらく考えて、そのメモを放った。


「見つけられない。何かあるのか?」


 ジェームズはニヤリと笑い、そのメモをアイリに渡す。アイリはそのメモを受け取りながら、困ったように顔をしかめた。


「アイリーン。君は何かわかるか? こういうのに詳しくない方が、余計な先入観を捨てられる可能性がある」

「私、英語、読めない」

「私が読んであげよう」


 そう言うとジェームズはアイリの横に座り、メモを覗き込みながら上から順に読み上げていく。


「頸部に鈍傷あり。指の形が鮮明に残っているため、後ろから絞められたものと思われる。体に残るのは梅毒の症状であり、全てが死斑ではない。胃の内容物は牛肉にパン、野菜のスープ、ベリータルト、数種類の酒で、死亡する直前に食べたものと思われる。暴行を受けたような死斑はない。死後半日は経っている。目撃者はなし。胃の内容物はどこの店で食べたかもわからない」

「…………」


 アイリは必死にジェームズの言葉を脳内で繰り返し、何が考えられるかと脳をフル回転させる。そしてあることに気付いた。


「……あの」

「なんだ?」

「真実、ちがう、かも……でも、ちょっと思ったこと、ある。あと、英語、苦手。上手く話せない」

「ぜひ聞かせてくれ。君の意見は重要だ」


 ハドソンもその言葉に頷く。それに少しだけ自信がついたアイリは、薄っすら笑うと口を開いた。


「女の人のご飯、牛肉、パン、野菜のスープ、タルト、お酒いっぱい。これ、たぶん変?」

「何が?」

「女の人は……えーと、言葉わからない。体を売る人?」

「娼婦だな」


 やや気まずげにハドソンがそう言えば、アイリは何度か頷いた。


「そうそれ。女、高い人、金持ち、だから良いご飯。でも安い人、貧乏。良いご飯、1人、食べない」

「そうか! つまり殺される直前に誰かと食事をしていた可能性が高いと言うことか!」


 ハドソンがそう叫ぶと、アイリは満面の笑みを浮かべて何度も頷いた。


「私もその線を疑っていた。警察はその点を特に気にしていないようで、一応聞き込みはやったが答えにたどり着きはしなかった。だが私は胃の内容物から複数の店舗を訪れた店として候補に挙げている」

「じゃあ、その店に聞きに行けば、目撃証言が得られる可能性があると!」

「そう言うことだ」


 にっこり笑ったジェームズを見て、アイリとハドソンの顔に明るいものがさす。

 ハドソンは背中をバシバシ叩くと、ひとしきり笑ってアイリから奪い取ったウイスキーで乾杯した。


「もう今日は遅い。今日寝なかったからと言って何かが変わるわけではないから、これは明日行動するとしよう」


 ジェームズのその一言にみんな安堵のため息を漏らし、それぞれが寝室へと引っ込んでいった。

 アイリは寝る準備を整えてからソファに横になり、今日起こった出来事について考える。それはとても刺激的で、それと同時に非常に強い恐怖を感じた。

 そのせいで未だ眠気が襲ってこず、暖炉の火を始末しても全く眠れそうになかった。

 ゴロゴロとソファの上で寝返りを打っていると、何度目かの寝返りでジェームズの寝室のドアが開く。


「アイリーン、眠れないのか」

「あ、ごめんなさい……」

「怒ってはいない」


 笑いながらジェームズが近づいてくる。

 そして何かをアイリに押し付けた。


「なに?」

「それは君にあげよう」

「あ、ありがとうございます」


 そう言ってジェームズは再び寝室へ入っていく。

 手の中を見れば、それは少し大きめのヌイグルミだった。犬のようにもクマのようにも見える。


『……抱き枕?』


 ポツリとつぶやいたアイリの声が部屋に響く。

 返事はないが、そのヌイグルミはわずかに温かかった。

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