第2話
「さて、なぜ首なし死体が本物の執事だと思ったか、についてだが……」
そう言いながら、ジェームズはウイスキーをコップに入れる。アイリはそれをジッと見ながら、ジェームズが話すのを黙って聞いている。
「私が出会った自称執事はよく日に焼けており、手の皮が分厚く、特徴的なマメやタコが手にできていたからだ。あれはどう見ても庭師など力仕事をやる男の手だ。しかし、首のない男は自称執事に比べると色が白く、袖口にわずかだがインク染みがあった。手のしわを考えると、年の頃は50後半から60代だろう。執事服を着ていたので、そこの執事か別のところから連れてこられたか――」
「待ってくれ……ちょっとわからなくなってきたんだが……君は依頼人と会えずじまいだと言ったな?」
「ああ」
「では依頼人は今頃危険な目に合っているか、その執事の殺人に関わっているか、ということになるな?」
ハドソンがそう言えば、一瞬ジェームズは目を見開いてから嬉しそうに笑った。
「君は私といることによって段々と物事を深く考えるようになったな」
「そりゃあ少しはな」
「以前の君だったら依頼人が危険な目に合っているとしか言わないと思ったが」
「執事の登場が唐突すぎる。なんらかの関係があるはずだ。君をはめる理由がわからないが」
「それはこれからだ」
そう言いながらウイスキーを一気に飲み干し、再びウイスキーの瓶に手を伸ばす。飲みすぎだと思ったアイリが慌ててその瓶を遠ざければ、少し不満げにジェームズの顔がゆがむ。
「君もメイスン夫人の仲間か」
「飲む、多い、危ない」
しばらくアイリを眺めていたジェームズであったが、アイリが絶対に瓶を渡さないであろうと知るとため息をついた。
「まあいい。その依頼人については、恐らく自称執事の共犯と思っていいだろう。さらに言えばもう殺されている」
「なんだって! 殺されているだと!」
ハドソンは驚いて半分ほど腰を上げ、そしてゆっくり座りながら視線をあちこちに彷徨わせた。
「だが……その女性は……なぜわざわざ君を家に呼んだんだ?」
「そりゃあ私をはめるためだ。だから依頼人は私を何とかして家に呼ぼうとした。ところが、私が家に来ないと知り焦ったんだろうな。自称執事に相談し、私を呼ぶ手配をした。しかし私がちょっとしたことから沢山の情報を得ると知っていたようで、少しの情報でも与えたくないと思って目隠しをしたんだろう。それに目隠しをしている方が、いろいろな意味で都合がいい。例えば同じ部屋に新鮮な死体があっても、目隠しをしていない他の人間が来るまで私は気づかないのだから」
ジェームズは「実に間抜けな話だ」と自嘲しながらグラスをつかむ。
そしてウイスキーが入っていないのに気付き、そのグラスを再びテーブルに置いた。
「私はな、その女性は家の主人ですらないと思っている。なぜなら手が荒れていたからだ。執事を雇うような人間は、手が荒れることをしない。だからおそらくは、私に依頼を持ってくるための人材だろう。そして口封じのために殺された。なぜそう断定できるのかは置いておいて、まずは執事の方だ。執事は身元を分からなくするために首を落とされた。私に罪をきせるために一度落としたのだろう。だがそれは女性には無理だ。つまり実行犯は自称執事の可能性が高い。ついでに言うと、血抜きした後に切り口を覆って臭いがなるべく出ないようにしていた」
「他の人間である可能性はないのか?」
「その線は薄い。なぜならグリーンスレード警部が言うには、あそこは2日ほど前から空き家になっていたのだそうだ。そして恐らく、遺体は捜索願が出されていたあるお屋敷の執事であろうということも。検死の結果、雇い主が入れた刺青が見つかった」
ハドソンは口をぽかんと開けると、困ったような顔をして首を少しかしげる。
「つまり……その……」
「現場で新鮮な血の臭いは一切しなかった。腐ったような臭いはしていたが、依頼のことだろうと思った。つまり頭から“香は腐臭消しのために使われている”と思い込んでしまったわけだ。いやはや、本当に間抜けすぎて言葉もない。私にしてはあり得ないミスだな。まあつまり、執事は別の場所で殺され、あの空き家に連れてこられた。そして犯人は私に罪をなすりつけるべく私を呼び出したということだ」
「なぜそんな手の込んだことを……?」
「まだわからんが――」
ジェームズがフンっと鼻で笑う。
「これが私に売られた喧嘩だというのは確かだろう。私は恨みを買いやすい」
「喧嘩を売られた? どういう意味だ」
「グリーンスレード警部に頼んで調べてもらったことがある。私は依頼人の女性と自称執事の顔を鮮明に覚えていたので、イラストを描いてもらった。あの2人が唯一犯したミスだな。気が緩んだのか知らんが、私に目隠しをするのなら最初からするべきだった」
ここでようやくアイリはジェームズが怒っていたのだと気づいた。
その目は闘志に燃えており、犯人が目の前にいれば噛みつきそうな勢いである。
「それで調べてもらって分かったことだが、女性は近所に住む娼婦の女。これは今日の早朝に死体で見つかった」
「死体!」
「ああ、先ほども言ったが口封じだろう。しかしその女は、私をはめようとしたのに私に助けを求めたんだ」
ジェームズはポケットに手を突っ込むと、紙に包まれた何かを差し出す。
ハドソンが促されてそれを開けば、コインと手紙であった。そこには“これで私を殺す人物を暴いてほしい。犯人は”と書いてある。
「肝心の名前がないじゃないか」
「力尽きたんだろうな。だが自称執事のことを調べてもらって、わかったことがある」
「なんだ?」
「覚えているか? 私がアイリーンを買った商人の男を。自称執事はその男と知り合いだったんだ。そして彼らは、“パンドラボックス”と呼ばれる秘密組織に属している。殺人や窃盗、奴隷などで問題を起こしている“新鋭”の秘密組織だ。一番上に立つのは軍人で上の地位にいる男で、カス・ガーナーだと言われている」
秘密組織――
その単語はアイリもよく知っていた。物語やニュースなどでたまに耳にしており、それが悪いものであることも知っていた。でもこんなに身近に現れると逆に実感がわかず、まるでジェームズが物語でも話しているかのような気分だった。
「アイリーン。不思議そうな顔をしているが、秘密結社というのは相当数あって、それらは案外身近にいる」
「は、はあ……」
「今グリーンスレード警部が因果関係を調べてくれているが、私があの居心地のいいホテルを出られたのは一時的なものだ。容疑が固まればまた改めて召喚される可能性がある」
その言葉に目を見開いたのはアイリだけではなかった。
「なんだって! 容疑がはれたから出てきたんじゃなかったのか!」
「いいや。だから私は自分の無実をなるべく早く証明しないといけないわけだ」
顔を覆ってハドソンが大きなため息をつく。
そのジェームズの言葉は非常に重く、絶望的に思えた。アイリはどうやったらジェームズの無罪が証明できるのかと考えたが、思考が停止してしまい全く思いつかなかった。
「まあ、あとは隠れた自称執事を探し出すだけだ」
「そこが一番難しいだろう……罪を押し付けたのであれば、もうとっくに逃げているはずだ。それとも、もうあたりでもつけているとでも?」
「その通りだ、ハドソン君」
自信満々なジェームズ。
根拠は全くないように思える。しかし、アイリもハドソンもジェームズの自信に満ちた表情を見て、「ああ、もしかしたら大丈夫かもしれない」と思い始めたのだった。
「私は猟犬のように奴らを追い詰めて、必ずや豚箱にぶち込んでやる」
口の悪いジェームズ。
アイリがみたことがないほどに乱暴なそれは、ジェームズがどれほど怒っているのかを物語っていた。




