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短編

黒い子供

作者: 外宮あくと

 久々の実家の布団は、妙に懐かしい匂いがする。

 俺は今、息子と妻の三人で川の字になって寝ている。

 小学生になった息子の初めての夏休みに、一人でお泊りさせようと妻が提案し実家を訪れた。俺と妻は夕方には自宅に帰る予定だったが、いざとなると息子は怖気づき帰るなと懇願したのだ。で、結局三人で泊まる事になってしまった。

 張り切っていた息子が、意気地を失ったのはジイさんのせいだ。


 ジイさんは戦争体験の語り部だ。と言っても、子どもだったジイさんは戦時中の記憶が乏しく、語るのは戦後の混乱期や親から聞いたという空襲の話が主だ。

 この空襲の話は俺も子供のころ散々聞かされた。それを息子にも語ったのだ。やめろって言ったのに。



 焼夷弾に町は焼きつくされた。

 ゴウゴウと燃え上がる炎が風を呼び、その風が更に炎を煽ると竜巻のように火炎が空に伸びていった。

 累々と屍が転がる路傍を、無残にも焼けただれた人々が幽鬼のように彷徨う中、男は空襲の際の避難場所としていた親戚の家を目指し歩いていた。きっと家族はそこにいるはずだ。

 その途中で一人の女に出会った。全身に真っ赤な火傷を負ったその女は、崩れた家々の間を歩き回っていた。何かを探して這いつくばり、炭化した梁の下を覗く。


「何探してんのか知らんけど、もう諦めて避難せな。あんた酷い怪我やで」


 男が言うと、女は泣きそうな顔で訴えた。


「うちの子がおるんや。ここにおるんや。置いてなんか行かれへん」


 女はふらつきながら残骸の中を進んでゆく。転がった遺骸を一つ一つ確認してゆく。

 男は何も言えずに見守っていた。


 真っ黒に焦げた死体に目鼻などなく、それが誰だったか判別のしようもない。人の形を留めていないものさえあった。しかし、地面に接していた部分は焼けずに残っていることもある。僅かな衣服の断片が、かつてはソレが人であったことを主張していた。

 女は目の前に広がる地獄を凝視し、我が子を探す。髪を振り乱し血を流し目を真っ赤に充血させて、鬼のような姿で我が子を探し続けていた。


 そしてついに、ああと歓喜の声を上げた。小さな黒い塊を抱きしめる。真っ黒な、子供らしきもの。

 果たしてそれは本当に、彼女の子供なのか。しかし女はひしとその遺骸を抱きしめ、喜びの涙を流した。


 男がいたたまれなくなって背を向け途端に、ドサリと重い音が聞こえた。

 振り返ると女が倒れていた。胸に焼け焦げた子供をきつく抱き、瓦礫から守るように仰向けて倒れていた。

 すでに息絶えた女の顔は、幸せな夢を見ているように安らかで、子供と共に逝けることを喜んでいるようだった。



 ジイさんは黒焦げ死体のことをこと細かに話す。そのせいで息子はチビる寸前となり、俺たちに帰るなと涙目で懇願した。弱虫呼ばわりは出来まい。ジイさんの話が巧みすぎるのだ。


 息子はぐすりながらも、妻にしがみついてようやく眠った。

 しばらくして俺も眠りについたらしい。が、なんだか胸が苦しくなり目が覚めた。ズンと重いものが体の上に乗っかっているようなのだ。

 寝返りを打とうとしたがまるで動けない。

 ドキリと心臓が鳴った。これは金縛りか?

 バクバクと耳の奥で鼓動が響きだす。

 何かが乗ってる。確かに乗ってる。


 ――やばい。


 目が開かない、というか開ける事に躊躇していた。

 全身が固まったまま目を閉じ続けていると、もぞりと俺の上にいるものが動いた。


 ――や、やめろ!


 心の中で叫ぶ。

 しかしそれはもぞもぞと動き続け、俺の腕を掴んだ。


 ――やめてくれ!


 思わず目を開けてしまった。

 真っ黒なものがいる。

 真っ黒な子供のような人影。

 ジジイの話が、走馬灯の様に頭の中を駆け巡った。

 この家は、空襲を受けたど真ん中に建っているのだ。

 ソレが俺の腕を掴んだまま、むくりと起き上がった。


 ――よせ! まだ死にたくない!


 恐ろしいのに目が離せない。黒い子供がゆらりと倒れこんできた。


「へへへ、これ、あみちゃんにあげる。オレ、いっぱい持ってんねん」


 ――なに?


 ハーと大きく息を吐き出し、ソレを横にどかす。

 なんのことはない、真っ黒に日焼けした我が息子ではないか。俺は起き上がってもう一度大きく溜息をついた。何たる失態か、息子に怯えてしまったとは。

 幽霊でなくて良かった……良かったが、なんだか腹が立ってきた。

 むむっと顔をしかめて息子を見下ろし、呑気に眠っているおでこをゲンコツでグリグリとこねた。起きる気配がないので更にグリグリといたぶってみる。

 すると、いきなり腕を思いっきり叩かれた。


「何してんの!」


 妻がものすごい顔で睨んでいた。そして鬼の形相で俺から息子をさらっていった。

 さっきまでイビキかいてたくせに、脅かすな。寝てても息子の異変は見逃さないのか? 怖いな、こいつ。幽霊よりよっぽど怖いかも。


 妻はしっかりと息子を抱いている。

 俺を睨んだ鬼の顔は何処へやら、菩薩様みたいな顔してやがる。息子はその腕の中で安心しきった無防備な顔で眠っている。

 それで、俺は思った。

 あの女はちゃんと我が子を見つけたんだと。間違えるはずないのだと。

 そして妻も絶対に息子を間違えたり、見捨てたりはしないだろうと思った。そう、どんなことがあっても。

 例え俺には牙を剥こうとも、息子に見せる慈愛深き母の顔に偽りはない。


 うん、なんかいい感じだ。いい女じゃないか。



 それにしても息子よ、あみちゃんって誰?


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読ませていただきました。そこで、感じたことを少しばかり。 空襲直後の混乱と、物語最終の奥方を上手に結び付けてあると感じました。 厳父慈母という言葉が示すように、母は慈しむ存在なのでしょう…
[一言] こんばんは、青山です^^; ファンタジーの方を拝読しに来たのですが、もう結構な話数を投稿していることに気付いて舌を巻き、1日で読めないと断念した結果、短編の方へと逃げてきたこと、お許し下さ…
[一言] 私も子供のころ母から似たような話を来たことがあります。 本当に戦争って悲惨ですよね。 ところで、あみちゃんってやっぱり霊ですかね・・・
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