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white love  作者: 桃田 百
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white love ~君と歩く真っ白な道~

white love ~君と歩く真っ白な道~


【主な傾向】オリジナル、文芸社投稿作品

【関連作品】WhiteLove~君と繋ぐ温かな道~

【厳重禁止】無断転載、無断転記、無断引用、無断使用

恋は初めてじゃない。

告白だって初めてじゃない…のにー…



「付き合ってください!!!」



自分が崩れ落ちてしまいそうな程心臓をドキドキさせたのは、初めてだった。






【white love ~君と歩く真っ白な道~】






県立青葉第二高等学校/正門




十二月一日午後十五時快晴。

この物語の主人公の一人(鉛丹高校三年C組)・麻宮元子は県立青葉第二高等学校の正門前でもう一人の主人公(県立青葉第二高等学校三年二組)・正木巧と向かい合っていた。

否…正しくは麻宮元子が正木巧につい今し方告白をし終えたところだった。



「…えっ…?」



状況が読み込めていない巧の目前で元子はその腰を曲げ頭をも下げ…挙句両手を差し出していた。

まるでひと昔前のバラエティ番組コーナーを体現するかのような元子の告白は正門と言う場所と下校時刻と言う時間帯により次々と県立青葉第二高等学校生達の足を止めさせた。



「…何?」

「何か正木君 告白されてるらしいよ。」

「大胆だよね こんな人の多い場所で…」

「何処の学校の子?」

「…あ… あの…」



"何だろう"と興味本位で続々と集まり始めた生徒達の目…は元より口ー…

あらぬ噂は勿論注目されていると言う意識に耐え兼ねた巧は自身の目前で未だ頭を下げ続けている元子へその顔を上げるよう声を掛けた。



「あの… 取り合えず顔を…」

「付き合ってくれるの!?」



"上げてください"と続ける筈だった巧の言葉は元子がパッと顔を上げたとほぼ同時ー…

姿勢を直した元子の少しハスキーな声と向けられる大きな二つの瞳によって遮られてしまった。

巧の瞳に今一度オレンジ色の髪と派手な元子の顔が映る。

巧は一瞬躊躇しそうになった自分を内心にて叱咤すると自身の困り顔を隠す事無く目前の元子へ再び声を掛けた。



「あの 場所を変えさせてください。」






県立青葉第二高等学校/グラウンド沿い歩道




「あの… さっきの話だけど…」

「オッケー!?」

「いや 何で僕なのかなと…」



正門から歩いて三分程度の距離にある県立青葉第二高等学校のグラウンド裏ー…

正確にはグラウンドの直ぐ真後ろではなくグラウンドと道路に挟まれた歩道へと巧と元子は移動していた。

とは言えグラウンドは正門からごく近い距離にある為どうしても巧の学校の生徒の何人かとは帰路の関係上目撃される事となってしまったが"それでもあのまま正門で話を続けるよりはグンと注目度が弱まった"と巧は自身にそう言い聞かせながら正門から連れ出した元子と正門での話の続きを始めた。

巧と元子は現在互いにグラウンドフェンスを背にした状態で双方の顔を見合わせている。

否…何の気なしにニコニコと巧を見詰ているのは元子だけで巧は自身の視線と視線の先に映る元子の言動で"麻宮元子"と言う人物を探っていた。



「何でって… 私が貴方を好きになったからに決まってんじゃん。」

「…」



巧の問いにそうピシャリと答えた元子へ巧はポカンと元子を見詰める。

巧が聞きたかった事は元子の気持ちではなかった。

実は巧と元子は学校も違えば昔ながらの友人でもない。

巧の記憶では今日初めて巧は元子と顔を合わせている。

更に付け加えるならばこの時点…現時点でまだ巧と元子は互いに自己紹介すらしていない。

つまり現在二人は名前も知らない間柄だった。

そんな元子がそんな巧に何故告白をしたのかと言う事…そもそものキッカケを巧は聞きたかったのだ。

巧はもう一度…今度は言葉を選び元子へ口を開いた。



「僕は君の名前も素性も全く知らないのだけど 君は一体何時何処でどう言った経緯で僕に好意を持ってくれるようになったんだろう。」



"出来ればと言わず是非教えて欲しい"とまで言葉を付け加え巧は改めて元子を直視する。

一方の元子はと言うとー…



「…」



先程の巧同様…元子はポカンと巧を見詰めていた。



「覚えて…ないの…?」

「えっ…?」

「私に…! ううん…いい。」



元子は巧の左隣で小さくそう呟くと巧よりも身体を少しだけ前に出した。

そしてそのまま今度は巧と正面で向き合うかたち…車道側の横断防止柵へと腰を凭れさせる。

その際元子の短いスカートからのぞく太ももを無意識に目で追ってしまった巧はハッと我に返るなり慌て首を振りー…

元子の背後を行き交う車を見ていた振りを装いながら自身の目線をごく自然な感じで元子の顔へと合わせた。

元子は巧と再び目を合わせると同時にやりと含み笑いを一つ零す…と同時徐に足を組んで見せた。

然し巧がその視線を下げていない事に気付くと元子は暫くの後組んでいた足を元へと戻す。

巧は内心ホッと胸を撫で下ろした。



「私の名前は麻宮元子 鉛丹高校三年C組。出席番号一番!」

「えっ…」



前置きなしに突然自己紹介を始めた元子へ巧は躊躇の声を出す…も元子は特に巧のリアクションを気に留める事無くぺらぺらと言葉を続ける。



「趣味は遊ぶ事 好きな事はカラオケ。貴方を好きになったのは先月の二十七日。駅前のコンビニで貴方に一目惚れをしたから。貴方を好きになった理由は顔。」

「顔!?」



告白の理由が内面ではなく外見…それも顔だった事について巧は驚きのあまり少し大きな声を出す。

元子は巧の反応に構う事無くぺらぺらと自身の口を動かし続けた。



「そう 顔。私お笑い番組が好きでね。10―10ってお笑いコンビ居るじゃない?」

「ごめん… 知らない…」

「知らないの!? マジで?ちょっと…TVちゃんと見た方が良いよ??」



今度は元子が巧に対して少し大きな声を出した。

巧がお笑い番組を見ない事に驚いたのではなく"10―10"と言うお笑いコンビを知らないと言う事実に元子は驚きを隠せなかった。

10―10とは昨年から様々な業界で注目を集めている若手お笑いコンビである。

ネタは正直物凄く微妙なのだが二人とも高身長・高学歴・高ルックス…と本業のお笑いよりもタレントやモデル…俳優としての才能を買われ昨年暮れあたりからTVで何かと話題になっている所謂"時の人"である。

格好良いのにネタが全く詰らないお笑いコンビ10―10は視聴者や業界から"お笑いをやめてタレント一本で生活していったらどうか"と散々言われ続けているが10―10の二人はその都度"俺達はお笑いがやりたくて業界に入った"と宣言しており現在マスコミの一番の餌となってしまっている。

ただ10―10にはそのビジュアルから熱狂的な女性ファンが多くついており今年始めも10―10のガセ記事を書いた新聞社が翌日全国から集まった女性ファンに会社回りを囲まれ抗議行動を起こされた…とワイドショーなどで面白おかしく取り上げられていた。

そう言ったファンの涙ぐましい努力とマスコミが一役も二役も買った形の話題作りにより最近ではどのチャンネルに合わせても大体10―10の姿が映る。

ただしネタは相変わらず面白くない。

そんな時の人・10―10を"知らない"と言う巧の反応は元子にとって衝撃以外の何ものでもない。

思わず"信じられない"と小さく呟いてしまう程だった。



「もしかして その10―10ってお笑いコンビに僕が似てるのか?」

「そうそう! 片方に目元が超ソックリなの!!学校で言われない?似てるって。」

「一度も言われた事がないな。」

「…貴方の学校ってそう言う話しないの? 普段友達となに喋ってる訳??」

「別に 普通の会話はしてる。」

「「…」」



元子は巧の言う"普通の会話"が想像出来ず顔を顰めながら巧を見る。

内心にて"偏差値の高い学校ってやっぱりよく解んないや"と考えたものの"余計な事か"と直ぐに思い直し音にはしなかった。



「ふうん… まあ良いや。つまりね貴方は私の好きなタイプの顔なの。だから付き合ってって告白したの。」



告白の理由を再び説明した元子の正面で巧は自身の眉をあからさまに顰めた。

十七年間誰とも交際経験のない巧には今の元子の説明が全く理解出来なかった。

相手の事を何一つ知らないと言うのに顔が好みと言うだけでよく告白してきたものだ…と変な感心は抱いたがだからと言って"解りました貴女がそう言うのなら付き合いましょう"とは巧にはとても答えられなかった。

巧は元子へ断りを告げるべく自身の口を開く…も巧が声を出すより早く元子が口を開いた。






「さあ 次は貴方の番!」

「…は?」

「私はちゃんと貴方に聞かれた事を話したし自己紹介だってした 私だけが一方的に自分の事を喋るなんてフェアじゃ無くない?」



そう巧へ告げると元子は右耳にサイドの髪を掛ける。

巧は元子の仕草を目で追いながらその日生まれて初めて女の子が耳に髪を掛けるだけでその印象が少し変わる事を知った。



「早く 先ずは自己紹介から!」

「…あ 正木巧です。県立青葉第二高等学校三年二組、出席番号は二十五番。」

「それから?」

「えっ…?」

「もっとあるでしょ? 趣味とか誕生日とか血液型とか色々っ!」

「趣味はピアノを弾く事 誕生日は一月三十日。血液型はA型。」

「あー A型っぽいっぽい!ちなみに私O型。ねえ知ってる?血液型占いによるとO型とA型って相性良いらしいよー!!」



"つまり私達はお似合いカップルって事"と付け加えた元子の言葉に巧は一拍後疑問の声を上げた。



「カップル?」

「うん カップル♡」

「誰と誰が?」

「そんなの 私と…じゃない!麻宮元子と正木巧が!!よ!!!」



自信満々に…それも左目ウインク付きで説明し終えた元子へ巧はいよいよ先程言い逃した言葉を伝えるべく自身の口を開けた。



「麻宮さん 悪いけど僕は君と付き合えない。」

「…はあ!? どうして?」

「僕は麻宮さんの事を何も知らないから 何も知らないのに付き合うって変だろ?それに顔だけで恋人を選ぶのも正直どうかと思う。」

「何も知らないって! 今自己紹介したとこじゃない!!何も知らない事はないでしょ!?」

「…まあ… 正確にはそうだけど…でもやっぱり違うと思うんだ。」

「何が違うの?」



ムッとした表情で巧を睨む元子に巧はもう一度元子へ同じ言葉を告げた。



「顔が好みだからって言う… そう言う理由で付き合うとか僕には理解出来ない。」

「どうして?」



元子はまっすぐに巧を見ながら巧へ疑問をぶつける。

巧は元子が納得出来るような言葉を再度頭の中で選び直すもののその最中ー…

巧の言葉を待ち切れない元子が徐に口を開いた。



「私は巧君を見て良いなって思ったから告白したの 理解出来ないって何?どう言う意味??巧君は第一印象で人を好きになる事が恋じゃないって言うの???」

「そうじゃなくて 顔だけで軽々しく判断する行為が僕には理解出来ないってー…」

「言ってる事一緒じゃない! それに別に顔だけって訳じゃないし…もうっ!!とにかく!!!私と付き合って欲しいのっ!!!!」



ちっとも話が進まないせいかそれとも短気を起こしたのかー…

元子は今までで一番大きな声を巧の前で上げた。

巧は元子の声量にビクッと両肩を震わせる…も驚いた後は努めて平静を装ってみせた。

元子の勢いに負けては駄目だと思った巧は視線を改めて元子へと留める。



「だから 付き合えないって言ってるだろ。」

「何でよっ!」

「僕は麻宮さんの事をよく知らないって何度もー…」

「良いじゃない! 知らなくったって!!」

「…はい?」



不機嫌顔そのままに元子は車道側の横断防止柵に凭れさせていた自身の腰を離すと巧の真正面までその足をずんずんと進ませる。

対する巧は突然グッと縮まった距離に思わず自身の喉を鳴らしその場にて硬直する…も男のプライドから巧も元子の視線を逸らす事なく受け止め続ける。

元子は長いつけ睫毛とカラーコンタクトをつけた大きな目をパチリパチリと開閉させー…

あと数センチで互いの口と口が触れると言うギリギリの位置まで巧と自身を故意に近付けさせた。

元子が顔を近付けて来る際その首が少し右へ傾きをみせた事を瞬き一つしなかった巧は見逃さず巧は咄嗟に自身の唇を強く噛み締めた。

唇を噛み締めると同時大変不本意ながら巧は元子の方が少しだけ自分よりも身長が高い事に気付いてしまった。



「これから付き合ってく上で知れば良いんじゃない?」

「ちっ 近いっ!」



いきなりキスを仕掛けて来た元子に巧は応じる事無く思い切り顔を右へと背け元子からのキスを上手く回避した。

一方の元子はまさかキスを避けられるとは思わずその一瞬の出来事に暫く身体を動かせないでいた…が我へ返るなりキスを避けた巧をきつく睨む。



「何で避けるのっ!」

「何しようとしてんだよ!」

「キスに決まってんじゃない!」



"信じられない"とプンプン怒りながら元子は巧から顔を離し元子が怒っているその裏で巧は小さな溜息をホッと零した。



「美女がキスしてあげようとしてるんだから素直に貰っときなさいよ!」

「いや 要らない。」

「…」



真顔で返答する巧に元子は隠す事無く両頬を膨らませ…一方の巧は巻いているマフラーを整え直し始める。



「「…」」



重苦しく漂う空気に耐え兼ねた元子は巧がこのまま帰ってしまう前にもう一度だけ巧へアプローチを試みる事にした。



「巧君 あのさ…もしかしてだけど…これまで女の子と付き合った経験…ない?」

「!」



元子の質問にギョッとした表情を浮かべた巧を見て元子はやっと"ああなるほど"と合点を合わせた。

元子が推測するに正木巧と言う男子高校生は超恋愛初心者なのだ。

頑なに元子の告白を断っていた理由はつまり巧が恋愛に対して夢と期待を抱き過ぎていた為である。

そう推測するや否や元子は慎重に口を開けた。



「あのね 世の中の恋人同士全てが最初から相手の事を全部知った上で付き合ってる訳じゃないんだよ。付き合って少しずつお互いの事を知ってくの。だから"何も知らないから付き合えません"って言うのは私は相手から逃げてるようにしか思えない。もっと…それこそ"顔がタイプじゃないです"とか…"他に好きな人が居ます"って言うちゃんとした理由があるなら別だけど…あれ…もしかして巧君…好きな子居る…とか?」



"巧に好きな子が居る"と言う考えに今まで全くこれっぽっちも全然至らなかった元子はここに来て一気に自身の血の気が引いて行く感覚に襲われる…も当の巧はー…



「いや いないけど。」



元子の疑念をあっさりと否定した。

存外素直に答えた巧へ元子は発育の良い自身の胸を撫で下ろす。



「だったら 私と付き合ってみない?あ…堅苦しく考えないで!うーん…例えば…お試し…そうっ!!お試し交際って事で!!!」

「お試し交際?」



元子の強引な提案に巧は怪訝な視線を向ける…も視線だけで元子の口を止められる訳がなくー…

元子は興奮気味に再び口を開けていた。



「そうよ お試し交際から始めれば良いのよ!我ながらナイスアイデアだわ…!!あ…えっとね?普通に付き合うんじゃなくて期限を決めるって言うのはどう?」

「期限?」

「そう 期限。交際する期限を決めて期限まで付き合うの。それで期限が来たらそのまま付き合うか別れるかを選ぶ訳。初めから"付き合わない"って決め付けるのはお互い勿体ないじゃん!先ずはお試し交際をして…そのお試し交際の中で正木巧に麻宮元子を知って貰うの。どう?あ!!勿論お試しだから期限後別れてもそれはノーカン。私達の関係は元カレでも元カノでもないただの他人!!!赤の他人!!!!今こうして会話してる私達の関係に戻るの。どう??」



これでもかと熱心にお試し交際押しをする元子の正面で巧は少し考える。



(よくよく聞いてみると麻宮さんの主張も間違いではないのかもしれない…いや…寧ろ正しいのかもしれない…)



幼い頃より様々な人間から"頭が固い"と言われ続けて来た巧にとって元子の言葉は目から鱗そのものだった。

"確かに相手の事をよく知りもしないうちに断ると言う行為は失礼かもしれない"と巧の心は少し揺れる。

気持ちを僅かに揺らしながら巧は続き元子が提案するお試し交際について検討を始めた。

期限付きかつ期限後上手くいかなかった場合は"赤の他人に戻る"と言う条件はなかなか巧にとって魅力的なものであった。

ここでの重要ポイントは巧の恋愛経歴が元子によって左右されないと言う事である。

正木巧と言う男子高校生は実に生真面目な性格をしていた。

加え巧本人も認知している通り頭も固かった。

頭が固い上に考え方も古かった。

考え方が古い事に関しては巧本人は認知していなかったが周囲はそんな彼を生温かい目で見守っていた。

"学生のうちは学業に専念するべきだ"と言う考え方は勿論高校生である現在より将来設計をしっかり持った男子高校生だった。

テストが行われれば最良点を取る為の勉強を惜しまなかったし道で困っている人がいれば善意で声を掛ける…それが正木巧と言う高校生である。

まるで絵に描いたような真面目な男子だが彼も所詮男子であり加えて言うならば健康優良男子であった。

真面目一筋を歩んで来た巧だが決して女子に興味がない訳ではない。

正しく言えば女子に興味はあったがこれまでその機会に恵まれなかったのである。

過去巧には特別好きだと思う女子がいなかった。

また巧の事を特別好きだと思う女子もいなかった。

即ち女子に興味はあれど巧にとって恋愛は縁遠いものだった。

それが今…今日この瞬間変化が起きる。

全くの見ず知らずとは言え女子・麻宮元子が巧に好きだと告げたのだ。

このアクション自体は巧にとって嬉しいものだった…が元子の言う理由だけで彼女と付き合う事は出来ないと考えた。

巧と元子はお互いをよく知らない事は勿論"顔が好きだから"なんて言う理由で告白されても巧は嬉しいとは思わなかった。

仮にもし有頂天になって交際を始めたとしても"取り柄が顔だけでは直ぐに飽きられる"と実はこれまでの元子とのやりとりの中で巧は(口には出さなかったものの)そんな事も考えていた。

巧は自身が面白い人間ではないと言う事をしっかりと理解していたし真面目で頭が固い性格だと言う事もちゃんと理解していた。

それ故に元子との交際は上手くいかないと予測し予め断ったのだ。

"危ない橋は渡りたくない"と言うのが正木巧と言う真面目男子高校生である。

否…この場合"真面目"と言う言葉の使い方は適切ではない。

強いて言うならば完璧主義…そうー…

正木巧と言う男子高校生は完璧主義者であった。

巧は自分のする事成す事全てに完璧でありたいと思っていたしこれまでの人生も出来うる範囲で完璧を…最高を努めて来た。

そんな巧だからこそ元子とは付き合えなかった…と言うのは建前でぶっちゃけ巧は元子の容姿に惹かれなかったのである。

散々元子に"顔で決めるな"と格好良い事を言っておきながら実は巧も元子の容姿に引いていた。

巧が抱いていた理想女子と元子は程遠かったのだ。

巧が彼女にしたいと思う女の子は黒髪で清楚ー…

規定の制服をきちんと纏い言動にしとやかさと上品さが滲み出るような女の子を巧は理想としていた。

然し実際巧へ告白した元子は巧が抱く理想女子と正反対の容姿…そして言動だった。

元子はオレンジ色の髪に濃いメイク…恐らく学校指定のカッターシャツと思われるシャツの上にジャケット(制服)ではなくパーカーとダッフルコートを着込みスカートに至っては太ももが半分も見える程まで短くしていた。

黒髪で清楚系の女子を理想としている巧の期待に元子は第一印象から巧へ喧嘩を売るような容姿…と言う言い方は言葉が不適切である為訂正を含め言い直す。

元子はファーストコンタクトから巧に超絶なインパクトを与えたのだった。



「本当に ノーカンなんだろうな。」



数分のだんまりを続けていた巧の口が漸く開いた事に元子は自身の口端をさり気なく上げた。



「勿論!」

「期限が終わったらちゃんと別れるんだろうな。」

「勿論!」

「ちゃんとノーカンなんだろうな。」

「…しつこいな。」



"ノーカンノーカンって…そんなに私と付き合いたくないのかよ"と元子は内心にて巧へ文句を零しつい胸の内に秘めておかなければいけなかった苛立ちを不機嫌声として巧へ返してしまった。

自分の声音にハッと我返った元子はすかさずニコニコッとわざとらしい笑みを巧へ向ける…も巧は難しそうな顔でまた黙り込んでいた。

巧を見る限りどうやら元子の不機嫌声を気に留めている様子は無くその事実に元子はホッと自身の胸を撫で下ろした。

一方巧は元子の出した提案・お試し交際にまだ迷いを見せていた。

否…正確には自身の頭の中でもう一度リミットデメリットを含め脳内会議を催していた。

何度もしつこいが巧は彼女を作るのならば様々な点で元子とは真逆の女子を彼女にしたいと思っていた。

否…する予定だったし今もなおするつもりでいた。

けれど元子が提案したお試し交際を聞いてから巧の心は揺れる。

女子と付き合ってみたいと言う気持ちが素直に膨れ始めたのだ。

加え元子が提示した条件は巧にとっても悪くないものだった。

お試し交際はノーカンだと元子は言った。

期限後は後腐れなく別れるとも言った。

つまり巧にデメリットはない。

巧は"幾らお試し交際とは言え元子とちゃんと付き合えるだろうか"と言う不安と"元子を通して男女交際について(主にこれからの自分の人生をスマートに生きる為に)学びたい"と言う考え…その他諸々を頭の中でグルグルと忙しなく回転させた。

そしてー…



「麻宮さん。」



巧はそれから暫く後漸く"元子とお試し交際をする"と言う実に狡い選択を勿体ぶりながら出した。



「嬉しい!じゃあ今日から宜しく 巧君♡」

「うん 早速期限なんだけど…」

「…」



十二月一日午後十五時五十七分。

麻宮元子の粘り勝ちと言うか正木巧の小狡い思考勝ちと言うかー…

兎にも角にも見ず知らずの正木巧と麻宮元子のお試し交際が始まったのだった。






正木家/巧部屋




「…」



十二月一日午後二十三時十七分。

入浴を済ませ自室へ戻った巧は真っ直ぐにベッドではなく勉強机へと向かった。

教科書ノート参考書筆記用具その他諸々ー…

勉強道具が多く占める机上を片付けながら巧は机上端にて充電中の携帯電話へチラリと視線を向ける。



「…」



着信を告げる光も受信を告げる光も全く何も伝えないその小さな機器に巧は今までぱっちりと開けていた目を徐に細めた。



「…やってしまったんだろうか…?」



ぼそりと独り言を零し巧は視線を留めていた携帯電話へと自身の手を伸ばす。

然し携帯電話を開けたところでやはり不在着信も伝言メッセージも画面に表示されてはおらずー…

巧は携帯電話を閉じ再び勉強机…充電器の上へと携帯電話を戻し置いた。

片付けもそこそこに巧は自身の身体をベットへと沈ませる。



「…っくしょう! 仕方ないだろ…!!女子と付き合うの初めてなんだよ…!!!」



この不貞腐れた巧の言葉が一体"誰"へ向けた言葉なのか…はこれまで目を通して下さっている方には容易に想像がつく事だろう。

だが巧が呟いた言葉の経緯は物語上蔑ろには出来ない為ここで少し経緯説明を聞いて頂きたい。

事の発端は今から遡る事五時間程前の十二月一日午後十八時五分。

巧と元子がお試し交際を始めて二時間弱が経過した頃辺りの話である。






「ねーねー! プリクラ撮ろうよー!!プリクラー!!!」

「嫌だッ!!!」

「何で! 良いじゃんケチ~!!」



双方の利益一致によりお試し交際を始めた巧と元子は早速その足で最寄りの複合商業施設へと赴いていた。

正確に説明するのであれば巧は元子に強引に引っ張られて…の入店だった。

入店して直ぐにボウリングを始めた二人…主に巧はまだ多少ぎこちないものの元子と普通に(可もなく不可もなく)会話しそれなりに楽しい時間を過ごしていた。

然し問題が発生したのはその後ー…

ボウリングを終え"次はカラオケに入ろう"と駄々を捏ねた元子の我儘…ではなく。

それを止むを得ずとは言え了承してしまった巧自身の軽率な判断こそがそもそもの発端であった。



「♪」

「…」



楽しそうに歌う元子へ巧は適当にタンバリンを鳴らす。

元子が歌う曲はどれも巧の知らない曲ばかりで正直巧は聞いていても面白くなかった…が"じゃあ好きな曲歌えば"とマイクを渡されたところであまり最近の曲を知らない巧はただひたすら適当にタンバリンを鳴らすしかなかった。

ぶっちゃけ巧はそろそろ家に帰りたかった。



(まだ歌うのかよ…)



"歌が唄えない"とか"カラオケが不得意"だとかそう言った理由で巧は家に帰りたいのではなく単に家に帰りたかった。

何だかんだで元子と二時間も遊んでいる。

言い換えれば初対面の人間と二時間も一緒に居るのだ。

とどのつまり巧の身体は疲労を訴えていた。

"もう良いだろう""もう十分だろう"と頭の中でぐるぐると考えながら巧は先程からタンバリンを振っていた。



(世の中のカップルって体力あるよなあ…)



タンバリンを振いながら巧はしみじみとそんな事を考える…も徐々にタンバリンを振う事すらも面倒くさく感じ巧はあからさまに気だるそうな顔と素振りを見せ始めた。

そんな巧の態度にふと気付いた元子は曲の途中で持っていたマイクを下ろす。



「巧君テンション低~い!」



疲労顔を全く隠そうとしない巧の右隣へ元子は強引に腰掛ける。

てっきり元子に喧しく文句を言われると思っていた巧だったが意外にも元子は座るなり早々ジュースを口に含み始めた。

巧は隣で大人しくジュースを飲む元子へ思いきってその口を開く。



「麻宮さん 僕そろそろ帰りたいんだけど。」

「巧君の家って門限決まってるの?」

「いや… 特には…ああでも今まで平日この時間まで外に居た事がないからなあ…」



"どうだろう"と腕時計へ視線を留め自身の門限について考える巧の隣で元子はくわえていたストローを思わず口から離した。



「えっ… もしかして何時も学校が終わったら直帰!?」

「そうだけど。」

「…家に帰って何してるの?」

「何って… 授業の予習復習とかピアノ弾いたり。」

「…」

「何だよ その顔。」

「…巧君… ちゃんと友達居る?」

「居るよ! 失礼だな!!」



真顔で心配を口にした元子へ巧はムッと声を上げた。

そんな巧を他所に元子はジュルルルと音を出しながらジュースを飲み切るともう一度…ストローから唇を離す。



「まあ 遊び歩かれるよりは良いけど…じゃあ今日はもう帰ろっか。」



"巧君酷い顔してるし"と余計な一言を付け加えると元子は手に持っていたジュースを机上へと置きー…

次いで自身の鞄内へ視線と右手を向けた。

そのまま鞄の中を徐にがさごそと漁り始めた元子に巧は思わず眉間を寄せる。



「何してるの?」

「携帯探してんの! 番号交換しておかないと明日から連絡取れないでしょー!?」

「ああ…!」



"成程言われてみれば"と元子の返答に納得する巧の隣で元子は"あった♡"と自身の携帯を鞄の中より掴み上げる…もー…



「うっそ!?」



ピーと言う電子音と共に元子の携帯画面は次の瞬間完全にシャットアウトする。

所謂電池切れである。



「マジで!? もー何で電池ないの?!あ!充電コード!!うあっ!!!お姉ちゃんに昨日貸したままだ!!!!」



"ああもう最低"と騒がしく項垂れる元子の隣で今度は巧が呑気にジュースを口へ運ぶ。

巧は暫く元子の"最低"だの"信じられない"と言う言葉を黙って聞いていた…が突然鋭い視線を向けて来た元子に不意をつかれ巧は飲んでいたジュースを喉へと詰まらせる。



「うぐっ! ゴホッ…!!ゴホッゴホッ!!!」

「ジュースなんて飲んでないでよ! もう!!携帯っ!!!」

「ゴホッ…! えっ…?」

「巧君の携帯! 早く出してっ!!」



カッと目尻をつり上げた元子に巧はビクリと肩を揺らせた。

"メイクが濃い女の子が怒ると一層怖く感じるな"と言う至極どうでも良い感想を抱きながらも巧は持っていたジュースを机上へ置き元子へと向き直した。



「携帯は家にある。」

「はっ!?」



素っ頓狂な声を上げた元子に巧は言葉を続けた。



「普段学校だけだから携帯電話を持ち歩く必要性がないんだよ。」

「はああああああああ!?!」



先程巧がカミングアウトした"直帰"以上に元子は驚いたリアクションを巧へ返した。



「何で携帯 学校に持ってかないの?ねえ何で!?」

「何でって… 学校はそもそも勉強する場所だろ。規則でも携帯電話の持ち込みは禁止されてる。」

「そりゃそうだけどさあ えっ…じゃあ昼休みとかどうしてるの?」

「どうって… 別に普通に話したり図書室で本を借りたり。」



"休み時間に携帯電話を使う必要性がない"と付け加える巧に元子は自身の顔をサアッと青くさせた。



「青二(県立青葉第二高等学校の略)の生徒って皆そうなの…? 頭良い学校ってそんななの…??」



"信じられない""同じ人間とは思えない"とブツブツ呟く元子の隣で巧も元子に対し同じ事を考えていたのだが巧はその考えを声には出さず喉までに留めた。

余計な事を言ってこれ以上元子の騒がしい声を聞きたくはなかったし何より(しつこいが)巧は疲れていた。

"とにかくもう帰らせてくれ"と言わんばかりの顔で巧は自身の鞄を右肩へと掛ける。



「じゃあ もう帰っても良いよな。」

「えっ!? ちょっと待って!待って待って待って!!」



"番号アドレス交換が出来ない以上長居は無用だ"とでも言うかのように巧はソファより立ち上がる。

そんな巧の隣で元子は慌てながらノートを一枚破り黒の油性ペンで何かを書き殴り始めた。

シャッシャッシャと音を出しながら元子が油性ペンを紙上に走らせる事凡そ十二秒弱ー…



「はい! これ持って帰って!!」

「うおっ!?」



元子は巧の胸へ今まで油性ペンを走らせていた紙を勢い良くドンと押し当て置いた。

訳が解らないままノートを手に持ち直した巧へ元子は今し方自分が書き殴った文字…もとい巧へ押し付けた紙(に書いた文字)についてわざわざ口を開け説明する。



「それ 私の携帯番号とメアドだから。」

「えっ 麻宮さん自分の携帯電話番号とアドレス覚えてるの?凄いな…」

「…」



予想通りの反応が巧から返って来た事に元子は巧に気を使う事なく溜息を吐いた。

携帯電話を持ち歩く習慣のない巧が自身の携帯番号とメールアドレスを覚えているだなんて元子は端から期待してはいなかった。



「普通 自分の番号ぐらい覚えてるっつの!まあ…携帯持ち歩いてない時点で巧君が自分の番号覚えてるなんて期待してなかったけどねー!!」

「何だよその言い方。」

「はあ~い はいはいはい!」



ムッとした声を上げる巧に元子はパチパチと両手を叩き空気を仕切り直した。



「じゃあ巧君♡ 帰ったらちゃんとメール頂戴ね♡♡」



言葉と共ににっこりと巧へ笑みを向ける元子に巧は"何で"と言う疑問をあえて返さなかった。

否…雰囲気的にそれは言ってはいけない気がした。



「じゃあ…」



元子から渡された紙を半分に三度折り巧は制服のズボンポケットに紙諸共右手を突き入れる。

そして"ヤレヤレさあ帰るか"とカラオケ室の扉へ巧が手を掛けたその時ー…



むぎゅっ!



「!?」



突然元子が巧の背中に抱き付いた。

一瞬何が起きたのか解らなかった巧だが背より伝わる柔らかな感触が徐々に触れているモノが何であるのかを訴える。

紛れもない元子の胸であった。



「なっ… 何のつもりですか麻宮さん…!」

「何って サヨナラのハグ♡」



元子は楽しそうに巧へ言葉を返すと両腕でがっちりと巧を拘束した。

ぎゅうううううと力いっぱい巧の背中に抱き付く元子の前で巧もカアアアアアと自身の頬を赤らめ…加え巧は全身に力を入れる。

女の子の柔らかな身体に触れるのも女の子からの抱擁も巧には初めての体験だった。

一方緊張のあまりカッチコチに動かなくなってしまった巧に気付いた元子は徐にその顔を上げニヤリと口端を上げた。



「巧君 もしかして緊張してる?」

「べっ! 別に!!」



元子の問いに巧は気丈に答えるも放った声は悲しい程裏返っていた。

元子は巧を拘束していた自身の腕を解き巧の身体を自分と対面させるようクルリと回転させる。

巧は元子の行動に目をぱちくりと開閉させるも元子はにっこり微笑み…すかさず巧の首後ろへと両腕を回す。

所謂捕獲である。

巧は元子の手によってまんまと逃げ場を失ってしまったのだった。



「なっ!?」

「小中学生じゃないんだから…」



"何もしないでハイサヨウナラはないわよ"と元子は自身の腕を引き巧の顔とその顔を近付けさせた。

二時間程前に道路で顔を近付けた時以上の密着っぷりに巧は慌て取り乱す。

何とかして元子の腕から抜け出そうと試みる巧だが元子への力加減が解らずモタモタと元子の両腕を掴む事しか出来ない。

そんな巧の前で元子は"今だ"と言わんばかりにグッと…一気に巧との距離を縮めた。



「んん~♡」

「やっ…!? めっ…るおおおおおおおお!!!」



パシン!



「「…」」



積極的にアプローチする元子の唇が触れた先は巧の唇でも頬でも顔でもなく…巧の右手のひらだった。

巧はギリギリのタイミングで自身の顔と元子の顔の間に右手を挟み込むと言う荒技に成功していた。

巧の右手のひらにキスを阻まれた状態の元子は状況が理解出来ないのか目を見開いたまま微塵と動かない。

巧は右手のひらを元子の顔に押しつけたままグググググと元子の顔を自分の顔より遠ざける。

意外な事に元子は巧のその行動に特別抵抗を見せる事なく巧の右手に押されるまま素直に巧と距離をとった。

巧の首後ろへと回していた両腕も元子は駄々を捏ねずあっさりと外す。

あまりにもあっさりと離れた元子に巧は警戒を抱きつつも一先ずホッと一息を吐いた。



「じゃあな。」



鞄を持ち直し巧は元子へ声を掛けるも元子は未だ呆然としていた。

放心状態の元子を一人残して行く事に巧は少し躊躇したが元子も直ぐに帰るだろうと考え巧は元子へ背を向ける。

扉を開け巧が丁度七歩足を進ませた時だった。



ぐい!



突然肩に掛けていた鞄が何かに引っかかるような異変を感じ巧は足を止める。

"そう言えば今背の高い観葉植物の横を通り過ぎたな"と思い出した巧はてっきり観葉植物の枝に鞄が引っかかってしまったのかと振り返る…もそんな生い茂る観葉植物がわざわざ廊下に置かれている筈がなくー…



「えっ…」



一瞬だった。

振り返ったその一瞬に巧は元子から不意打ちのキスを受けたのだ。

唇に触れたそれは巧にとって前代未聞のファーストキスだった。






「…」



元子とのキスを思い出し巧は無意識に自身の唇を舌でひと舐めた。

ここまでの話だとキスに浮かれる男子高校生のように思えるが然しとても浮かれてはいられない事態を巧は直後引き起こしていた。

巧は元子からのキスに驚くあまり脳内パニックを起こし元子を突き飛ばして逃げたのである。

力加減も考えず思い切り元子を突き飛ばし逃げたのである。

一目散に逃げたのである。



「ううう…」



つい今し方まで赤らめていた顔を青くさせ巧は両手で顔を覆った。

急な事とは言え女の子を加減なく…それこそ思い切り突き飛ばした事に巧は罪悪感を抱きさいなまれていた。

突き飛ばし身体の向きを替えてから何となくうっすらとだが巧は背後で元子の悲鳴を聞いたような気がしたが振り返る事なく全速力で巧はあの場から逃げてしまった。

今更悔いても遅い事は巧自身重々承知だが先程から巧は元子の身ばかりを気にしており元子と連絡を取ろうと数回程電話やメールを試みたものの元子からの反応はなく…巧の携帯電話は未だ着信も受信メールもゼロ件のままであった。



「あれだけメールを催促してたのに…」



突き飛ばされた事に対し怒り巧のメールを無視しているのか最初からお試し交際などするつもりはなく単にからかわれているのかー…

どちらにせよ元子と全く連絡が取れない事に巧は落ち着きを忘れ何度もベッド上で寝返りをうち続けた。



「…」



寝返りをうちぐるぐると考える事暫く…巧はムクリとベッドから身体を起こす。

続きベッドより降りた巧は再び勉強机前へと足を移動させー…

もう一度巧は携帯電話を手に取った。






鉛丹高校/教室




「オッハヨ~ウ♡」

「はよー!」



十二月二日午前八時十二分。

巧と元子がお試し交際を始めたその翌日…もとい巧が自身の行動を悔い睡眠不足になる程までに悩み唸った次の日の朝。

元子は自分の席で携帯電話を凝視していた。

真剣な面持ちで携帯電話を見詰める珍しい元子に元子の親友・早坂真裕は鞄を自身の机上へ放り投げると元子の直ぐ前の席へと腰を下ろす。



「どした 元子?」

「んー…」



真裕の声に反応を示しながらも元子の視線は変わらず携帯電話へと注がれていた。

"ゲームでもしてるのか"と真裕は元子の携帯電話を覗き見るも元子は携帯電話の待受画面をじっと見詰めているだけだった。

真裕は眉間へ皺を寄せながらもう一度元子に話し掛ける。



「どしたって聞いてんだけど?」

「んー…」

「「…」」



生返事しかしない元子に真裕はぶすっと顔をしかめながら足を組み更に元子の机上で肘をついた。



「そう言やあ 昨日はどうだったんだよ。」

「…」



"どうせまた生返事しか返さないんだろ"と全く期待せず口を開いた真裕だったが意外にも元子は生返事ではなく黙り込みを決めた。

"おや"と元子同様濃いメイクを施した目をぱちくりと開けた真裕に元子はやっとぼそり…生返事以外の言葉を口にした。



「怒らせたかも。」

「えっ。」

「うん… あれは怒ってた…」

「は?」



ブツブツと呟き始めた元子に話が見えない真裕は益々眉間へ皺を寄せる。



「おい 全然解んねえんだけど?」

「…」



元子を見詰める(と言うよりも睨み付けると言った表現の方がこの場合は近い)真裕の視線に元子は漸く携帯電話から真裕へと視線を向ける。



「キスしたらどつかれた。」

「何で?」

「…ファーストキスを奪った… から?」

「…」

「オッハヨーウ♡」



真顔で見詰め合う元子と真裕へ一人の男子生徒が底抜けに明るい声を響かせ近付いた。

男子生徒の名前は杉浦大樹。

早坂真裕のイマカレであり麻宮元子のモトカレであり二人のクラスメイトでもあるお調子者の少年だ。



「何々 何の話?俺の話??いやあ俺ってば何処に居てもモテモテで困っちゃうなあ♡」

「大樹おはよう!」

「おはよう花菜ちゃん♡ 今日も可愛いねえ♡♡」

「「…」」



クラスメイトに声を掛けられた大樹は元子達の前からあっさりと離れ女子生徒達の輪の中へと入っていった。

真裕は大樹を目で追う事を途中で止め再び元子へと視線を留めた。



「元子 場所変えよ。」






鉛丹高校/音楽準備室




「はあ? 何だよそれ…どう言う事だよ!?」

「そんなのコッチが知りたい。」



昨日の出来事を包み隠さず真裕に話した元子は体育座りした足をキュッと両手で締め付け一方の真裕は胡座をかきながら足の上に肘をつく。



「童貞くんの行動はわっかんねえなあ」

「…」

「つか そんな面倒くせえ男止めちまえよ。なかった事にしとけ。自然消滅でいいじゃねえか!」

「ヤダ だって好きだもん!」



真裕のアドバイス(?)に元子は伏せていた視線を真裕へと向ける。



「真裕も見てたでしょ? 巧くんの優しさ!」

「アレは優しいんじゃなくてただのお人好しだろ。」



呆れ声を出しながらも少し前の出来事を思い出している様子の真裕に元子も真裕と同日…先週の出来事を思い返す。

実は麻宮元子と正木巧の初対面は昨日ではなく数日前だったのであるー…






「お会計 千二百一円になります。」

「…」



十一月二十六日午後十六時十分。

麻宮元子はコンビニのレジ前でひとり硬直していた。

お金が足りなかったのである。



「元子 何してんだよ。」

「真裕 二百一円貸して。」

「えー もー…あ。ねえわ。十五円しかねえ。」

「「…」」



まさか財布に千円しか入っていないとは思わなかった元子はレジ前で実に間抜けでこっ恥ずかしい気持ちに駆られていた。

(ちなみに一応念の為これっぽっちも全く期待せず聞いた真裕の所持金の低さについては元子は驚かなかった。)



「あの お客様…?」

「商品一つ 止めます。」



困り声を上げた店員へ元子はそう答えると今し方商品を入れて貰ったばかりの袋中に自身の手を突き入れる。

今更購入数を減らすと言い出した元子の行動に誰よりも慌てたのは店員ではなく元子の隣にずっと立っていた真裕だった。



「はあ!? オイ!ちょっと待てよ元子!!どれも必要だろ!!!」

「必要でもお金足んないんだから買えないっつの!」

「待て! 大樹!!大樹呼んで来る!!!」

「あのバカが真裕よりお金持ってるとは思えないんだけど。」



コンビニの直ぐ前で元子達を待ちながらどう見てもナンパに勤しんでいる(ようにしか見えない)大樹へ元子は呆れた視線を向ける…も元子のその"余計な"一言が真裕の機嫌を著しく損ねさせた。



「オイ 人の彼氏を馬鹿って言うんじゃねえよ。」

「あれは馬鹿以外の何者でもないでしょ。」



真裕は恋人をバカにされた事に対し腹を立て一方の元子も商品を全部買うと言って聞かない真裕の態度に苛立ちを募らせていた。

普段ならば真裕の突っ掛かりを軽く流す元子だが今日は状況も虫の居所も最悪的に悪くつい元子もカッとなってしまった。



「んだとコラア!」

「やんのか オ」



チャリン!



今正にレジ前で程度の低い喧嘩が始まろうとしていたその時ー…

睨み合う元子と真裕の前を一本の手が遮った。

手は店員の正面で拳から平手へと状態を変え次いで直ぐにレジ台より小銭音が響く。



「あの…」

「お会計 それで。」



困惑する店員に元子達の後ろに並んでいた正木巧が不足分の二百一円を支払ったのだ。

巧の行動に元子と真裕はポカンと巧を見詰め巧は元子達に(邪魔だからと)レジを譲るよう促した。

それが麻宮元子と正木巧の真の出会いであった。






「あの瞬間 私の中で"この人しかいない"って思ったんだ。」



キラキラと瞳を輝かせながら巧への想いを馳せる元子へ真裕は詰まらなそうに嫌味を零す。



「そう思ってるのは元子だけで お人よし君は元子の事何とも思ってねえんだろ?」

「うっ…」

「大体 話聞いてりゃお前最初に断られてんじゃねえか。何で食い下がってんだよ。諦めろよ。」

「ヤダ! 絶対ヤダ!!」

「何が"ヤダ"だよ 先週会った事すら忘れてる男が元子に興味を持つなんて悪いけど…ねえよ。」

「真裕… アンタ本当に私の親友?」



先程から親身なアドバイスではなく決別を薦めて来る真裕に元子はムッと口を尖らせた。

真裕が生まれ持った口の悪さとは別に元子は真裕の言葉に棘を感じていた。

じとりと視線を向けて来る元子に真裕ははっきりと口を開く。



「正直 元子とお人よし君が付き合うのは反対だな。」

「何で!?」



てっきり親友は恋を応援してくれるものだと思っていた元子は体育座りを崩し真裕へ身体を近付けた。

真裕は元子を直視しながら悪びれなく言葉を続ける。



「元子 恋愛ってもんは片方だけが頑張ったって成立しねえんだよ。お互いが好いてねえとダメなんだ。お前がお人よし君の事を好きなのは解るけどよ…お前の気持ちちょっと押し付け過ぎたんじゃねえの?」



胡坐をかいたまま尤もな事を話す真裕に元子は真裕へと向けていた視線をゆっくりと下げる。

真裕の言葉は元子の耳と胸に重い痛みを与えた。

言われてみれば昨日…元子は楽しいばかりだったが巧はずっと困ったような顔をしていた。

嬉しくてはしゃいでいたのは元子だけだった。



(巧君は昨日…ちゃんと楽しかったかな…?)



別れ際に教えた携帯電話の番号を巧が使わないのもキスしてどつかれたのも"楽しくなかった"からだとしたら…お試し交際をするまでもないともう見限られていたとしたらー…

元子は昨日の乱暴な自身の行動を振り返り体育座りを再開させる。

額をびったりと膝にくっ付けた元子はそのまま黙り込んだ。

四角くなった元子に真裕は胡坐をかいていた片膝を立てると更に元子へ追い打ちを掛ける。



「大体 元子の事気に入ったなら連絡入れるだろ。音沙汰なしって事はつまりそう言う事だ。」

「…」

「頭の良い奴と悪い奴がそもそも釣り合う訳ねえんだよ。」

「…」

「女にキスされてどつくってお人よし君ホモなんじゃねえの?」

「…真裕… アンタ本当いい加減黙って。」






県立青葉第二高等学校/教室




「…」

「珍しい 正木がケータイ持って来てるなんて。」



元子が自分の席で携帯電話の画面を凝視していた頃ー…

同じように巧もロッカーの前で携帯電話をじっと見詰めていた。

普段携帯電話を学校に持ち込まない事で有名な巧が携帯電話を学校へ持って来ている事に巧の親友・荒川直人は茶化しながら巧の左肩へ顎を乗せる。



「たまには正木からメール欲しいなあ♡」



"何時も俺からメールしてるじゃん"と拗ねた声を出す直人に巧は直人へ視線を向ける。

巧の左肩に顎を乗せていた直人は至近距離から見た巧の目のくまに思わず顎…もとい身体を後方へと反らせた。



「うわっ!? 何そのくま!勉強?テスト勉強してたの!??」

「…」



巧は騒がしい直人のリアクションを綺麗に無視し持っていた携帯を徐に操作し始める。

"巧に無視された"とショック顔を浮かべる直人のズボン…正しくはズボンポケットの中に入れてあるスマートフォンが直後一件の受信メールを振動で伝えた。

リクエスト通り今巧が直人へ送ったメールだった。



「あ マジでメール送ってくれ…って空メールかよ!!!」

「届いたよな?」

「は?」



今し方自分でメールを送ったくせによく解らない事を聞いて来た巧へ直人は自身のスマートフォンを巧に向ける。



「届いたよ 愛のない空メール。」

「…」



"ほら見て愛が感じられない"と直人は巧にスマートフォン画面を見せながら文句を口にする…も文句の途中で巧の顔が真顔からしかめっ面へと変わり直人は思わず言葉を止めた。

直人にもよく解らなかったが何となく今日の巧は茶化してはいけない気がした。



「冗談だよ この空メールばっちり保護しとくから!記念に!!ありがと正木!!!」






鉛丹高校/教室




「元子 気晴らしにカラオケ行こうぜ!」



午後十五時十分。

終業チャイムと共に席を立った真裕は元子の席まで移動すると堂々…元子の机上へとその腰を下ろす。

カラオケは真裕なりに元子を励まそうとする心遣いだ。



「カラオケ行く金 真裕持ってないじゃん。」

「大樹が持ってるぜ!」

「何でアイツがそんな金持ってんの。」

「兄貴からちょろまかしたって言ってた。」



"綺麗な顔して本当手癖が悪いよなあ"と真裕が自分の彼氏を悪く言ったところで丁度トイレにでも行っていたのか大樹が廊下から教室扉を開けた。

大樹は真裕と元子の視線に気付くとへらりと笑い自分の席をゆうに通り過ぎ窓際にある元子の席へと足を進める。

悪びれもなく女物のハンカチ(恐らくトイレから出た時に女生徒の誰かから借りたのだろう)で手を拭きながら近付いて来た大樹に元子は"何でコイツと付き合ってたんだろ"と過去の自分を叱咤したい気持ちに苛まれた。



「カラオケの話? どこ行くー??」

「駅前にしようぜ。」

「私 パス。」



場所の相談を始めた大樹と真裕へ元子は席を立つと同時断りを入れた。

元子の断りに真裕はスッと目の色を変える。



「青二(県立青葉第二高等学校の略)に行くのか?」

「えっ 何で青二?」

「うん。」

「青二ってカラオケあるの?」



"最近の進学校って凄いなあ""つか話全然見えないんだけど"と大樹は真裕と元子へ交互に視線を向けながら笑う。

大樹のへらっとした笑顔に元子は内心イラッとしたが元子よりも早く真裕が大樹の尻に蹴りを入れていた。

尻を押さえる大樹の前で真裕は再び元子へ視線を留める。



「一緒に行く。」

「えっ 何で?」



真裕の言葉に元子は素直な驚きを返した。

と言うのも実は昨日元子が巧へ告白をしに県立青葉第二高等学校へ向かおうとした際真裕は"面倒くせえからついて行かねえ"と元子の同行依頼を断っていたのだ。

一体どう言う風の吹き回しかと元子は真裕を訝しがるも真裕は大樹を連れさっさと教室から出て行ってしまった。

仕方なく元子は真裕達の後を追い道中真裕の真意を探りながらもアッと言う間に県立青葉第二高等学校…巧の通う学校へと辿り着いたのだった。






県立青葉第二高等学校/正門




「うっわ 超アウェー!」



"黒髪ばっかじゃねえか"と笑う真裕の隣で元子は恥かしさに顔を背けた。

昨日は幾ら注目されようと平気だったが今日は昨日とは勝手が違う。

大声で笑う真裕と青二の女生徒に片っ端から声を掛ける大樹の行動が元子はとにかく恥かしくて堪らなかった。

本気で今直ぐ帰ってくれないかなと言う視線を真裕達へ向けたその時―…



「コラア! 何処の生徒だ!!」



青二生徒達からの通報か自分達のカラフルな髪色が原因か…青二の教員が男女二人正門へとやって来た。

流石有名進学校とあり教員も固い雰囲気を漂わせている。

二人のうち男性教員の方は七三分けで眼鏡をきっちり掛けた細身。

女性教員の方も黒髪ショートカットにビシッとスーツを着た細身。

鉛丹高校には居ないタイプの教員だった。



「ぶっは! マジメ…!!」



見慣れないせいか青二の教員達(特に男性教員)は真裕のツボに入ってしまったようで真裕は教員を指差しながらその場で笑い声を上げた。

失礼の度を超えた真裕につられ大樹も一緒になって笑い声を上げる。

これぞ馬鹿ップルだ。

元子は馬鹿丸出しの二人と少し距離を取り男性教員へと歩み寄った。



「正木巧君を探してるんだけど。」

「正木…? 正木と君はどう言う関係なんだ。」

「センセ♡ そんな事こんな日の高い時間から言えっかよ♡♡」



元子と男性教員の会話に真裕はゲラゲラと笑いながら話に割り込んだ。

"自校の教員ならまだしも他校の教員にこの態度はダメだろう"と流石の元子も真裕の不躾過ぎる態度に引く。

本気で"どうやって真裕を黙らせようか"と元子が検討をし始めたその時ー…

今まで男性教員の横に立っていた女性教員が足を動かし今し方正門より出て来た一人の男子生徒へと声を掛けた。



「荒川君。」

「はい?」



元子達から一.五メートル程離れたところを歩いていた直人は教員に名を呼ばれその足を止める。

女性教員が直人の元へ小走りで駆け寄る最中直人は女性教員越しに一度だけ元子達へ視線を向ける…も直ぐに走り寄って来た女性教員へと視線を移した。

女性教員は元子達に声が届かないよう直人に対し少し音量を下げる。



「正木君は?」

「正木?」

「まだ学校に居るの?」

「いや 正木はもう大分前に帰りましたけど…」



"正木に用ですか"と聞き返す直人に女性教員は"なら良いの"とやんわり笑った。

直人は女性教員の返答に首を傾げながら再び正面…女性教員の背後一.五メートル程離れた距離に立つ元子達へと目を向ける。



「先生 あの他校生は何?」

「何でもないわ 早く帰りなさい。」



直人の問いに女性教員はそう言葉を返すと"頼むから関わってくれるな"と言わんばかりの笑みを浮かべ直人へサヨナラの右手を振った。

直人は他校生を気にしたもののバイトの時間を考慮し素直に足を帰路へと向かわせようとした…正にその時。



「ねえ あのオレンジ髪の子って昨日正木先輩に告白した子じゃない?」

「あっ 本当だ!」



周囲のヒソヒソ声に直人はぴたりとその足を止める。



「また来たって事は 結局昨日断られちゃったのかな。」

「そりゃそうでしょ 正木先輩だよ?正木先輩があんなオレンジ髪の子と付き合うなんて想像出来ないよ。ヤダ!」

「あはははは。」

「あのさ!」



"だよね"と共感の言葉を発しながら前方を歩く女子生徒達に直人は思い切って声を掛ける。

直人に声を掛けられた女子生徒達は振り向き直人の顔を見るなりその顔をサッと青ざめさせた。

自分達に話し掛けた相手があろう事か正木と何時も一緒に行動をしている直人だと言う事に気付いたからだ。

"しまった"と言うような顔をする女子生徒達に直人は慌て"いや怒ってるんじゃなくて"と付け加え首を振る。



「今の話 詳しく教えてくれない?」






「正木君はもう帰りました。」



女子生徒達に詳細を訊ねる直人の後方で元子達は女性教員から帰るよう指導を受けていた。

勿論"ハイソウデスカ"と教員の言う事を素直に聞く元子達ではない。



「追っ払おうって言うのかよ。」

「だから 正木君は居ないって言ってるでしょう。」



女性教員の言葉が信用出来ない真裕はムッと顔をしかめ青二の敷地内へと今正に強行突破を試みようとしていた。

乱暴に事を運ぼうとする真裕を男性教員と女性教員…そして元子が必死に身体を張って止める。



「真裕 落ち着いて。」

「正木巧 出て来おおおおおおい!」

「君 いい加減にしないか!学校に連絡を入れるぞ!!」

「告げ口したけりゃ勝手にしろ!」

「ちょっと 真裕!めちゃくちゃな事言わないでよ!!」

「おい!そこのオレンジ髪!!」



わあわあと騒ぐ元子達に一人の男子生徒が声を加える。

元子達の騒ぎに自ら身を投じたのはつい今し方親切な後輩より昨日の事情を教わった直人だった。

直人はずんずんずんと元子達へ近付くと元子を通り過ぎ男性教員と女性教員に両腕を掴まれている真裕の前へと立つ。

直人は真裕へビシリと人差し指を向けた。



「正木の彼女になりたいなら 俺を倒せ!」

「…」



完全にその場の空気を壊した直人に元子は"またバカが増えた"と直人へ憐みの目を向ける。

一方直人に指を差された真裕は怒るでも喧嘩を買うでもなく…意外なリアクションを直人へ返す。



「…直人…?」

「ん? 何で俺の名前、知ってんだ??」

「やっぱり! 直人!!」



真裕の声がより一層大きくなった事に教員達は警戒を強めたが真裕は暴れる事も逃げ出す事もせずただ大人しく静かに含み笑いを浮かべながら直人と視線を合わせた。

真裕らしからぬ態度に元子は真裕を凝視し気味の悪い笑みを向けられている直人は一歩…真裕の前より後退する。



「真裕 この人知ってるの?」

「ああ ちょっとな。元子も知ってるぜ。」

「はっ!?」



元子の隣で直人を視界に入れる大樹の問いに真裕はそう答えるとにやりと大きく口端をつり上げた。

真裕は直人から視線を逸らす事無くにやにやと口を開く。



「荒川直人 元子はこの名前に聞き覚えがある筈だぜ。」

「え… あ!」



真裕の言う通り確かに聞き覚えのあるその名を"そう言えば"と元子は記憶を遡らせる。

元子と真裕が小学生だった頃元子は直人と同じクラスになった事は無いが"荒川直人"と言う名の男の子が同じ学年に居る事は記憶に残っていた。

何故…それ程親しくもないのに直人の名が元子の記憶に残っていたかと言うとー…



「お前 一体…!?」

「オイオイオイ 真裕って名前にピンと来ねえのか?モトカノの名前も忘れるたあ随分薄情な奴になったもんだな。」

「なっ!? お前…早坂真裕?!」

「ピンポンピンポン 大正解~!」



ケラケラと笑う真裕の正面で直人は一気にその顔を青ざめさせた。

真裕と直人は小学生の時たった数日だが交際をしていたのだ。

言うなれば初恋の相手同士初恋を実らせ腐らせぶつけ合いの末捨てたのが早坂真裕と荒川直人の旧小学生カップルであった。



「なななっ! 何でお前がこんなとこに居るんだ!!」

「ハッ 用事があるからに決まってんだろ。」

「用事ってなん はっ!正木か!!お前今度は俺の親友にトラウマを与える気だな!!!正木は絶対お前には譲らないぞ!!!!」

「はあ? 正木巧を狙ってんのは私じゃねえよ 元子だ。つか何??正木巧ってホモかよ???」

「正木がホモな訳ねえだろおおお!ふざけんな このクソ早坂あああああ!!」

「クソだと!? てんめえええええ!」



直人は取り乱した末真裕へ喧嘩を吹っ掛け真裕もまた直人の喧嘩を買った…のだがー…



「貴方達 これ以上正門で騒ぐと警察を呼びますよ!」



本格的な喧嘩へ発展する前に女性教員が強い口調で二人を制す。

直人は教員達からの威圧感…真裕も教員達による両腕拘束と言う不利な体勢状態に一先ずその場での言い合いを止めた。

その後元子達と直人は十五分以上のお説教を教員達より受け漸くその身が解放された頃には既に時刻は十六時半を回っていた。






公園/ベンチ前




「待たせたな。」



ベンチに腰掛ける元子と大樹へ真裕はそう声を掛け二人の間にドカリと自身の腰を下ろす。

実は青二の正門前での説教後再会した直人と"決着を着ける"と急に言い出した真裕に付き合い元子と大樹は二人の決闘を少し離れた場所より見守っていたのだ。

直人から正木は大分前に帰ったと聞いた元子は二人のよく解らない決闘を真面目に見届けず自身の携帯電話へと視線を落していた。

大樹も元子同様にその隣で自身の携帯をいじっており二人が戻って来た真裕に気付いたのはベンチが真裕の重みで少し揺れてからだった。



「もう終わったの?」

「おう 泣かしてやった。」



ケラケラと悪びれず笑う真裕から元子は正面…つい先程まで真裕と直人が対峙していた噴水付近へと視線を向けるも直人の姿はもう何処にもなかった。

真裕は元子が視線を戻すよりも早く元子の名を口にする。



「元子 朗報だぜ。」

「えっ?」



真裕の言葉に元子は怪訝な顔を向けたがそんな親友の態度を気にする事無く真裕は自身のスマートフォンをスカートのポケットより徐に取り出した。



「直人の番号とアド 聞き出した!アイツ(直人)使えば正木巧の行動が把握しやすくなるだろ。」

「!? 真裕大好きっ!!!」



真裕のナイスアシストに元子は感激のあまり真裕へと抱き付き真裕も自慢げな笑みを返す。

結局今日は巧と擦れ違ってしまったが真裕伝いに巧の行動を把握すれば明日こそはしっかり元子は巧と会えるのだ。



「真裕本当にありがとう!もう本当途中で真裕達追っ払おうかと思ってたんだけど我慢して良かったー!!」

「何だとこのやろ。」






鉛丹高校/玄関




「じゃあ 行って来ます♡」

「はいはーい いってらっしゃい♡」



十二月三日午後十四時十三分。

小雨が降る中元子は五限目の授業を途中で抜け玄関で靴を履き替えていた。

真裕が直人づてに現在の巧の行動を得た為である。

直人からの情報曰く巧はこの後の五限を受けた後図書室で本を返却し帰路につく…と言うものだった。

元子の通う学校と巧の通う学校は実は二駅程離れた距離に位置している。

その為巧の学校の終業時間に合わせようとすると元子はどうしても自分の学校を早退しなけれいけないのだ。

幸い同じクラスで事情をよく知る(寧ろ共犯者と言っても過言ではない)真裕が"上手く誤魔化す"と元子の背を押してくれた為元子は"先ずは巧とキチンと会う事"を優先に行動を起した。

巧と元子がお試し交際を始めて二日目…元子の携帯電話には未だ巧からの連絡は入っていない。



「…」



小雨に降られる元子を玄関で見送った真裕は右手に持っていたスマートフォンを素早く操作しその口端を静かにつり上げる。



「悪いな。」



真裕は誰もいない玄関でひとり呟いた。






「青二の生徒だ…」

「鉛丹にカノジョでも居るのかな?」

「…」



同日午後十五時分。

正木巧は鉛丹高校の門前で鉛丹高校生からの熱い視線をかれこれ一時間以上も浴びていた。

鉛丹高校の前で巧は何をしているかと言うと人を待っているのである。

何故人を待っているのかと言うとその人と連絡が取れないからである。

麻宮元子が門から出て来るのを正木巧は昨日今日と連続二日待っていた。



(目立つ髪色だから直ぐに見付けられると思ったけど 誤算だった…!)



"連絡が取れないのなら会いに行けば良い"と腹を決めてから二日。

巧は授業終了後鉛丹高校の門前で元子が出て来るのを待ってみた…が昨日は元子とは会えなかった。

否元子を見付ける事が出来なかった。

オレンジ色と言う独特の髪色で生活をする元子なら"多少離れた距離からでも直ぐに見付けられるだろう"と巧は安易に考えていたのだが昨日その考えが甘かった事に気付かされる。

鉛丹高校の生徒達はほぼ全員髪を染めていたのだ。

それも赤金青緑紫桃その他諸々…どの生徒も実にカラフルな頭であった。

正門より続々と出て来るカラフルな頭に巧は圧倒されながらも元子と同じオレンジ髪の生徒を都度引き止め顔を確認し人違いだった生徒からは実に冷ややかな視線を次々と向けられた。

正直心が折れそうだったが昨日は結局肝心の元子とは会えず終いだった為巧は今日もう一度元子の通う学校の門前で元子を待ち伏せているのである。



(…今日は失敗だったかも…)



巧は本降りとなって来た雨へ傘越しに視線を向けた。

昨日と打って変わり今日は午後から雨脚が強まった為生徒達は皆玄関で傘を差しこちら…正門より出て来る。

髪色で元子を探そうとしていた巧にとって今日はなかなか骨の折れる天気だった。



(とは言え 折角来たんだ。麻宮さんを探すしかない…!)



巧は気を取り直し今日はオレンジ髪の生徒だけに声を掛けるのではなく直接元子の名前を出し尋ねる事にした。

そんな巧の姿を真裕と大樹は教室の窓から見下ろす。



「元子には言うなよ。」

「本当に良いの?」

「良いんだよ 元子にはちゃんと元子の事を好きだって言う男の方が良いに決まってる。」



真裕は巧へ視線を向けながらキュッと自身の唇を噛み締める。

実は真裕はわざと元子と巧が擦れ違うよう元子を誘導したのである。

真裕は昨日自身の親友を思い直人とアドレス交換をしたのだ。

情報を共有する事で元子達を上手く誘導し"会わせないようにしよう"と真裕が直人に話を持ち掛けたのである。

真裕のその提案に直人も賛同した。

真裕と直人はそれぞれの親友を付き合わせたくはないと思っており親友達の自然消滅を狙っていた。

そんな真裕達の魂胆を知らない元子と巧は思うように会う事が出来ずお試し交際を始めてから五日が経ってもまだ二人は擦れ違いを余儀なくされていた。






鉛丹高校/教室




「何で会えないの…!?」



十二月五日午後十二時三十分昼休み。

ドンッと思い切り机を叩く元子の正面で真裕はベーグルを口へ運ぶ。



「これだけ頑張っても会えねえって事は 縁がなかったって事だぜ。そろそろ諦めな。」



"時間の無駄だ"とベーグルを食べる真裕へ元子は徐にじと目を向けた。



「荒川君の情報ってあてになるの?」

「疑うならもう情報流さねえよ。」



疑問を口にする元子へ真裕はそう答えると"オレンジジュースを買いに行く"と席を立つ。

元子は廊下に出る真裕を見送る事無く窓外へと視線を向けた。

どんよりとした曇り空はまるで今の自分のようだと元子はサンドウイッチを口に運んだ。

思うようにいかない事を真裕のせいにしてしまった事…八つ当たりをしてしまった事を元子は反省しながら口を動かした丁度その時だった。



「今日も青二の子来るのかな?」

「結構可愛い男の子だよね。」



背後から聞こえて来た言葉に元子は身体ごと振り返らせる。






県立青葉第二高等学校/指導室




「正木君 最近他校生にからまれたりしてないかしら?」

「いえ 特には…」



同日同時刻。

元子がサンドウイッチを食している頃巧は職員室と隣接している指導室へと呼び出されていた。

巧の担任教員は巧の言葉に困ったような顔を浮かべ巧もまた困り顔を浮かべる。

実際、鉛丹高校で他校生にからんでいる…もとい声を掛けているのは巧自身なのである。

"鉛丹高校での待ち伏せを止めさない"と言う指導の為に呼び出されたのだと考えていた巧は拳に汗を握りながら担任教員の次の言葉を待った…のだが担任教員が溜息と共に口零した言葉は巧への指導ではなくー…



「正木君 もっと先生達を頼って良いのよ。鉛丹高校の生徒さんに絡まれているって一言相談してくれたら私達は貴方を全力で守るわ。相手が女の子だからって…別に恥かしい事ではないのよ。」

「えっ…」

「オレンジ髪の女子生徒に ここ最近貴方ずっと正門で待ち伏せされてるらしいじゃない。一体どうしてそう言う事になったの?」

「えっ あの…先生。オレンジ髪の女子生徒って…ウチの正門に来てるんですか?」

「そう言う報告を 他の先生からも生徒からも受けているわ。」

「「…」」



その日巧と元子は漸く自分達が擦れ違っていた事に気付く。

故意に避けられている訳ではなさそうな相手の情報に双方場所は異なれど安堵の溜息を吐いた。



((そうか 正門で待ってれば良いんだ…!!))






麻宮家/元子部屋




「疲れた…!」



同日午後二十時十分。

夕食を終えた元子は部屋へと直行するなりそのままベットに自身を投げ伏せる。

今日こそは巧に会えると意気込みSHRを使いばっちりと化粧を直し自校の門前で巧が現れるのを今か今かと待っていた元子だったが如何せん巧も同じ考えだったが為二人は今日も今日とて擦れ違い会えず終いだったのである。

巧と擦れ違ってしまっている現状は元子にとって大問題なのだが考え方を変えればつまりは元子と巧は息がぴったりと言う事でもある。

元子は悲観的な考えを止め明日の事を考えた。

明日も自校で待つか巧の学校で待つか…どうしたら擦れ違わず会えるのかと考えながら唸る元子の部屋にノック音が響いた。

ノック後部屋の扉を開けたのは元子と二歳年齢が離れている姉・麻宮明子だった。



「元子 アンタまだスマフォ引き取りに行ってないでしょ!」

「あ あー…」



明子の言葉に元子はベット上で伏せていた顔をゆっくりと上げる。

"完全に忘れていた"とでも言うような顔を向ける元子に明子は眉をつり上げた。



「さっさと取りに行きなさいよ。アンタが取りに行かないと私の携帯にアイツからメールが入るのよ。正直うざいの。」

「ごめん 明日ちゃんと取りに行く…」

「放課後じゃなくて朝イチで取りに行きなさいよ。」

「えっ 明日学校遅刻してけって事?」

「当り前でしょ アンタのせいで今日彼氏と喧嘩になったんだから!朝一番に取りに行って!!ついでにアイツにもう二度と連絡入れるなって言って来て!!!」

 


言いたい事を言い終えた明子は元子の部屋の扉を勢い良く閉めドスドスと廊下に足音を残して行く。

"まるで台風一過のようだ"と姉を例えながら元子は面倒くさそうにうつ伏せていた身体を起き上がらせた。

実は元子は通信機器を二台所持していた。

スマートフォンと携帯電話だ。

普段使いのスマートフォンの調子が悪く先日明子の彼氏(現在は元カレにあたる)が働いている携帯ショップへ修理に出していたのだがここ最近巧の事で頭がいっぱいだった為元子はスマートフォンの存在をすっかり忘れていたのだった。

恐らく明子に注意されなければ年が明けても忘れていた事だろう。

元子は再びベットに寝転ぶと床へ放ったままの通学鞄に手を伸ばす。

明日の時間割を確認する為だ。



「げっ 一限テニスじゃん…!」






県立青葉第二高等学校/教室




十二月六日午前九時二十五分。

一限を終えたばかりだと言うのに巧は自身の席で早々溜息を吐く。



(ココで待つか 麻宮さんの学校で待つか…)



昨晩の元子同様巧も本日の放課後について悩んでいた。

今のご時世携帯電話でやりとりをすれば簡単かつ擦れ違いも起きにくいものだが巧と元子は未だ連絡が取り合えてはいなかった。

六日前から毎日元子の携帯電話へ連絡を入れている巧だがそれに対する元子からのリアクションはない。

発信する巧のタイミングが悪いのかそれとも故意に出ては貰えないのか巧は元子と通話が出来ず終い…メールも然りである。

進化を遂げた現代文明がまさかの全くの役立たずである。

とは言え巧としてはいい加減そろそろ元子と顔を合わせておきたかった。

くどいようだが巧は元子に突き飛ばしてしまった件を先ずは謝罪したいと思っている。

それに加え携帯電話が通じないこの数日間に関しても一言文句を言いたかった。

それにまだお試し交際の期間を決めては居ない為その相談もしておきたいのだ。



(まあ 相談って言うか…向こうとしては解消だろうけど…)



結局まともな交際は初日のみ…否"初日ですらまともではなかったか"と巧は溜息をまた一つ吐く。

然し溜息を吐いたところで過去は変わらない。

兎にも角にも先ずは元子と会わない事には話が進まないのである。

巧は無理矢理考えを変えると再び本日の放課後について思案した。



(いっそ 誰かに言伝を頼もうか…)



"誰"と不特定の人を差す言葉を用いたもののその役目は巧の中で決まっていた。

巧は自身の席より親友…直人の姿を探す。



(いない… トイレか?)

「正木君!」



"もうあと三分そこそこで次の授業が始まるぞ"と席より離れている直人へ内心呆れ声を零す巧だったがその巧へ他クラスの女子二人が廊下より巧を手招き呼んだ。

巧の名を呼ぶ二人の女子生徒のうち一人は昨年巧と同じクラスだった女子生徒で巧は呼ばれるまま席を立つ。

女子生徒とは特別仲が良かった訳でもなければ全く話さない訳でもない。

言わば普通…言い方は悪いかもしれないが巧と彼女は所謂"顔見知り程度の仲"であった。



「何?」



扉まで歩いて来た巧に呼び出した女子生徒二人は顔を青ざめさせながら巧を見上げる。



「鉛丹高校の人が 正木君を呼べって。」

「えっ…」

「職員駐車場の裏で待ってるからそう伝えろって… ねえ正木君。この事先生に…」

「良いよ 大丈夫。教えてくれてありがとう。」



巧は女子生徒二人に礼を言うとその足で指定された場所へと走る。

一方巧に伝言をした女子生徒二人は互いの顔を見合わせオロオロと視線をさ迷わせた。



「ど どうしよう…」

「誰かに言った方が良いよね?」

「でも 誰に…」

「そんなところに立ってたら教室入れないんですけど。」

「「荒川君!!」」






県立青葉第二高等学校/職員駐車場裏




「やっぴー! はっじめましてー!!」

「…はあ… どうも…」



指定場所…職員駐車場裏で巧を待っていたのは元子でも顔見知りでもなく…全く初対面の鉛丹高校男子生徒だった。

名前すら知らない相手に呼び出された巧は少しデジャヴを感じる。

巧を呼び出した鉛丹高校生は地面に尻を着けたまま巧を見上げまたも先程同様…底抜けに明るい声を出した。



「モトちんだと思った? ザーンネン☆大樹くんだよ♡」

「…はあ…」



"このよく解らない人は大樹と言うのか"と相槌を打ちながらも巧は大樹の言葉に引っ掛かりを覚える。



「…モトちん…?」

「あれ モトちんって呼んでない?麻宮元子。」

「あさみ… 麻宮さんの知り合い!?」



ギョッと目を見開く巧に大樹は前髪をかき上げながらニッコリと笑った。



「そっ!俺 モトちんの元カレ♡」

「もと… えっ!?」



大樹の突然のカミングアウトに巧は珍しく大声を出し一方の大樹は巧のリアクションに"吃驚した?"とより一層楽しそうに笑った。



「あ 大丈夫大丈夫。俺ら清い交際しかしてなかったから。キスまでしかしてないから。」

「…っ…!」



"キスしてるじゃないかどこが清いんだ"と内心にて突っ込みを入れながら頭の固い巧は大樹へジト目を向ける。

巧から向けられる視線が少し変わった事に気付くと大樹はニヤニヤと自身の顔を緩ませた。



「いやあ 正直俺余計なお世話しなくちゃなあって思ってたんだけど…案外そうでもないみたいで良かったよ。正木君。」

「…あの 言ってる事がよく解りませんが…貴方は僕に何の用ですか?」

「うん 正木君がモトちんの事どう思ってるか聞きに来たって言うか…ぶっちゃけ正木君はモトちんの事好きなのかなって言う確認をしに来たんだけど…正木君はちゃーんとモトちんの事好きみたいで安心したよ。」

「いやね 俺の今カノがモトちんと親友なんだけど今カノはモトちんには幸せになって欲しいって思ってて…まあそれは俺もなんだけどさ。モトちんと付き合ってる時に今カノと浮気しちゃったって言うのがあって…何て言うか…俺も今カノも面と向かっては言えないけどモトちんに対しては罪悪感があるって言うか。まあそう言った感じでさ。モトちんに好きな人が出来たら応援しようって気持ちはあるんだけどどうせ付き合うならモトちんの一方通行片想いじゃなくて相手にもモトちんの事ちゃんと好きでいて欲しいって言うか…モトちんの事を好きでいて貰わないと困るって言うかさ。何て言うか…俺みたいなフラフラした男にまた引っ掛かっちゃったら可哀相じゃん?そう言う理由でさ。俺より今カノの方がモトちんの交際相手に敏感って言うか…執着してるって言うか…解り易く例えるなら母親みたいな?ウチの子に悪い虫は付けさせません!みたいな考えになっちゃってるみたいで。何かどうも正木君の事を毛嫌いしてるみたいなんだよね。でも俺は今はっきりと正木君の味方になろうと思ったよ。だからね。俺が正木君の味方。仲間になるから今カノがした事を俺に免じて許して欲しいんだよね。どうかな?」

「…はあ…」



ぺらぺらとよく解らない事をよく喋る大樹へ眉間に皺を刻み込みながら巧は何となく…だけれども内容理解に努める。

要は元子との擦れ違いには元子の親友がどう言うカタチでかは不明だが関わっていたと言う事と元子の親友に自分は嫌われていると言う事ー…

そして今自分の目の前に座る緑髪白メッシュが最低男だと言う事は理解が出来た。



「あ 許してくれる?ありがとーう♡」



巧の相槌を頷きと勘違いした大樹は巧へパアアアッと言う効果音がぴったりな程の眩しい笑みを向ける…も向けられた大樹の笑みに巧は露骨に目を細めた。



(だから 見た目や顔が好みだって言う軽率な理由で付き合うなって言ったのに…!)

「じゃあ 早速行こっか!」



幾ら過去の話とは言え"学習能力が全くない"と言わざるを得ない元子の行動に苛立ちを隠せない巧の前で大樹は唐突に呟くと"よっこらせ"と地面より腰を上げた。

勿論言葉の意味がさっぱり解らない巧は間の抜けた声を返す事しか出来ない。



「…は?」

「放課後まで待ってたらまた邪魔が入って擦れ違っちゃうでしょ?モトちんと擦れ違わない為に 正木君が今日どう動くべきか俺が正解を教えてあげよう。正木君。君は俺とこのまま鉛丹高校へ殴り込みだ!」

「…な… 殴り込み…?」」



"何を言い出すかこの白メッシュ"とは口に出さなかったものの巧は突拍子のない…全く方向性の違う提案をした大樹へ全身で引く。

殴り込みとはどう言う事だ。

彼の頭の中は一体どうなっている。

どうしてそうなった。



「ああ間違えた。殴り込みじゃなくて 乗り込み!とも違うか。まあ…つまり…物騒な話じゃなくて俺とこのまま鉛丹高校に行こうぜって話だ。俺モトちんと同クラだからモトちん呼んでやるよ。」



大樹の思わぬスケット発言に巧はそれまで大樹に対し向けていた視線を解くと自身の目を大きく見開ける。



「良いんですか…?」

「良いの良いの。その代り俺の電車代も払ってくれる?いやあ…青二まで足伸ばしたら金が無くなっちゃって…あ!あと喋り過ぎて喉乾いたから途中でジュース奢って。」



"最初から人に金を払わせる事が目的だったのではないか"と思う位ぺらぺらと要求を出して来る大樹に巧は呆れつつも了承の意を返す。

巧的には大樹に対する呆れよりも"やっと元子と話が出来る"と言う安堵感の方が強かった。



「よーし じゃあ決~まり!」

「ちょっと待ったあああああああああ!」



漸く話がまとまり後はエンディングまでひとっ走り…と言うところで直人が校舎より此方へ向かい走って来る。

"相変わらず騒がしい奴だな"と自身の親友に目を向ける巧の隣で大樹はチッと舌打ちを零した。



「先に行ってくれ 兄弟。」

「…は? えっ…??」

「奴は俺の今カノと繋がってる男だ。俺はここで奴を食い止める。早く先に行け!」

「…」



何だかよく解らなかったものの巧は一人で大盛り上がりしている大樹に急かされるまま歩いて校外へと出た。



(帰ったら直人にも事情を聞いた方が良さそうだな…)






駅/駅前休憩スペース




「「あ。」」



鉛丹高校最寄駅で電車を降りた巧は改札口から歩いて十五歩の距離に設置して有るベンチでピザマンを食べている元子とばったりばっちり目を合わせた。

電車内でナビゲーターとなる筈だった白メッシュなしでどうやって元子を呼び出すかとあれこれ考えていた自分が馬鹿らしくなる程巧は元子と呆気なく…あっさりと再会したのである。

そしてそれは元子も然りだった。



「もぐもぐもぐ」



否…元子は巧以上にこの再会に驚きを隠せなかった。

何故なら元子はつい今し方ピザマンを口いっぱいに頬張ったばかりだったからだ。



(なっ… 何でよりによってこのタイミング…!!!)



「えっと 久しぶり。」

「あ うん。久しぶり。」



元子がピザマンを飲み込んだ事を見届けた巧は早速場の空気を仕切り直す。

ピザマンの件をなかった事にしてくれた巧の気遣いに元子の胸は初めて会った時と同様キュンとときめきの音を上げた。



「あの 身体は大丈夫?」

「? 身体??」



神妙な面持ちで身体について聞いて来た巧に元子は首を傾げる。

質問に対しての心当りが全くなかったのである。

然し折角巧が振ってくれた話題なので元子は思い付く限り誠心誠意自身の身体について答えた。



「絶好調だよ! めっちゃ元気。あ!!来週から生理の予定だからかちょっと眠たいかな?やたらお腹も空くし…あっ!!!さっき食べてたのは朝御飯だからねっ!!!!おやつじゃないからねっ!!!!!」



ワアワアと一人慌てる元子の右隣で巧も同じように顔を赤らめた。

元子から余計な情報を得たせいである。



「いや その…突き飛ばしちゃった時…怪我…しなかったかなって…思って…」

「!」



言い難そうに話す巧を見て元子は六日前無理矢理巧にキスをした時の事を思い出し勢い良くベンチから立ち上がる。

そしてそのまま…元子は巧の正面で豪快に頭を下げた。



「ごめんなさい!!!」

「えっ いや…、謝るのは僕の方だから。その…突き飛ばしてごめんなさい。」

「巧君は謝る必要なんてないよ!」



元子の謝罪につられ巧もベンチより腰を浮かせる…もー…

再び勢い良く顔を上げた元子によって巧はベンチから立つ事を阻まれる。

立ち上がる程元子との距離がなかったせいもあるが顔を上げた元子の目に涙が溜められていたから…と言う理由の方が大きい。

元子はもう一度巧に対し深く頭を下げた。



「嫌がってたのに ごめんなさい。本当にごめんなさい。」

「…」



六日前…元子が巧に頭を下げ告白をした時巧は元子の姿を見ても特に何も思わなかった。

けれど六日後の今日…どう言う訳か巧は自分の中で心に変化が生まれた事に気付かされる。

巧は元子を初めて"愛しい"と感じたのだ。

この六日間ずっと元子の事ばかりを考えていたせいか巧の中で目前の少女と"もっと話したい""関わりたい"と思う気持ちが急速に強まりを見せる。



「麻宮さん 顔を上げて。」

「…」



巧の言葉におずおずと顔を上げる元子へ巧は出来るだけの笑顔を向ける。



「驚いたけど 怒ってはないよ。僕が突き飛ばした時身体に痛みとかは出てない?」

「大丈夫 尻もち付いただけ。何処も怪我してないよ!」

「そっか 良かった。安心した。」



巧は安堵の溜息を吐いた後再び元子へと視線を向ける。

巧に下から見上げられている姿勢となった元子はドキドキしながらもパッと顎を右手で隠した。

"巧のアングルから見て自分の顎が二重顎となっていたら恥かしくて堪らない"と言う乙女の応急処置法である。

巧は元子の行動を特に気にする事無く本題を切り出した。



「麻宮さん お試し交際の事なんだけど。」

「うっ うん!」

「今日で終わりにしたいんだけど。」



巧の言葉を聞き元子は無意識に自身の肩を揺らす…も巧に対し特別何かを主張する訳でもなく元子は黙って唇を噛み締めた。

巧は自身の提案に対し直ぐに承諾の返答をしない元子へ慌て言葉を続ける。



「あ!違う そうじゃなくて!!麻宮さんさえ良かったらって言うかあの…いやごめん。ちゃんと言う。あの」

「嫌!」



たっぷりの沈黙の後元子が漸く口にした言葉は拒絶の言葉だった。

元子に丁度言葉を遮られてしまう形となった巧はタイミングを逃し息を呑む。

巧が黙した隙に元子は改めて自身の想いを巧へぶつけた。



「この六日間は確かに上手くいかなかったけど 私達まだ全然お互いの事知れてない!もうちょっと巧君と私…ちゃんと付き合いたい!!」

「うん 僕もそう思ったから言ったんだ。」

「えっ…?」



巧の言う言葉の意味が理解出来ず元子は戸惑いの声を上げる。

混乱気味の元子へ巧は再び…照れながらー…

告げる筈だった言葉の続きを口にした。



「麻宮元子さん 僕と付き合って下さい。」



巧の一世一代の告白を受けた元子は返事をするよりも早くへなへなとその場にしゃがみ込む。

まさか巧から告白を受けるとは思っていなかった元子は突然降って来た夢のような現実に腰を抜かしたのだった。

巧は慌て地面へお尻を着けた元子をその手で引き上げる。



「麻宮さん!? 大丈夫?」

「大 丈夫…ちょっと吃驚して…信じられなくて…力…抜けちゃった…」



呆然とした様子でそう答える元子に巧は思わず苦笑う。

巧自身もつい先程自覚したばかりの気持ちだったからだ。

信じられないのは巧も同じなのである。



「私 巧君に嫌われてると思ってたから…何か…夢みたい…」



"次に目を閉じて開けたら自分の部屋のような気がする"と未だ現実を信用しきれていない元子はもじもじと自身の両人差し指を太もも上でくっ付け遊ぶ。

そんな元子の右隣で巧は元子がそう思った理由ー…

巧に嫌われていると思った理由を問い数秒後…元子の口から出て来た言葉に衝撃を受けた。



「だって 巧君一度もケータイに連絡入れてくれなかったし…」

「は…? はあああああ!?」



ムッと唇を尖らせる元子の隣で巧は声を上げると続き自身のズボンポケットに手を入れ携帯電話を取り出した。

そしてそのまま巧は徐に携帯電話を…それも発信履歴画面を表示させた状態で元子へと差し出す。

元子は向けられた巧の携帯画面…もとい発信履歴画面を目に入れるなり巧同様声を上げ慌て自身のスカートポケットより携帯電話を取り出した。



「何で? どう言う事??私のケータイ巧君からの着歴ないんだけど!?」

「メ―ルも送ってるけど ホラ。」

「うそ!? ない!届いてない!!何でどうし…あ。」



ふと元子は先程引取りに行ったばかりのスマートフォンの存在を思い出す。

"もしかしたら"と言う嫌な予感から元子は恐る恐るスマートフォンの電源スイッチを入れた。

直後元子のスマートフォンは複数のメール受信をアラームで知らせたのである。

受信メールの中には巧からの気遣いのメールも幾つか届いており元子は顔を引き攣らせながら巧へ視線を向けた。



「あの… 巧君…ごめん…!スマフォとケータイの番号…私間違えて伝えてたみたい。然もスマフォ…修理に出してて…今日…たった今…引取って来たばかりで…」

「そう言う事か メールの返信がないのはわざとだと思ってた。」

「そんな! メール無視とかしないよ!?私ちゃんと返すよ!!」



慌てる元子の言い訳をハイハイと聞き流しながらも原因が解明した事に巧は内心胸を撫で下ろす。

正直巧の方こそ"嫌われているのではないか"と少し不安だったからだ。

安堵する巧の左隣で元子はスマートフォンを触ろとする…もその手を止めー…

代わり右隣に座る巧へとジッと視線を向ける。



「? 何??あさ」

「正木巧君が好きです。」

「…えっ…?」



突然の元子からの告白に巧は思わずキョトン顔を浮かべた。

元子は巧から視線をスマートフォンへと移すと素早く操作し再び…巧に視線を留める。

その直後巧は自身の携帯電話のメール受信通知に気付き携帯へ視線を落した。

元子からの短いメールだった。



「ちゃんと返すよ 返事も…メールも…」

「…うん…」



それから暫く巧と元子は二人掛けのベンチで無言の時を経る。

照れながら…恥ずかしがりながらも二人にとっては居心地の良い時間だった。






恋は初めてじゃない。

キスだって初めてじゃない。

だけどー…



「正木巧君が、好きです。」



貴方の隣を歩く道は初めてで解らない事だらけだから…ちゃんと手を握ってね。






END

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