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日向の娘  作者: 野津
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序 二人の比売(ひめ)

初投稿です。

最後までおつき合いいただければ幸いです。

 長く地上を支配してきた国つ神たちの許に天孫が天降りなさってから早、一歳ひととせ

 この年の実りはこれまでよりも遥かに多く、国つ神たちを大いに湧かせた。

 身分の上下を問わず、これもやはり天孫のお蔭であろう――という賛辞が日々飛び交った。


 それは、世情にほとほと疎い神阿多都比売の耳にも届いていた。

 否、届かぬ筈がなかった。







「『天孫』様が現れたというだけで、そう簡単に世の中治まるものか?」


 寝惚けまなこで頭を掻きつつ、大欠伸をひとつ。


 そんな主の様子を見た幼少からの侍女が、苦笑いと共に軽く諌める。


「そう軽々しく口に出されませぬよう。何といっても、天孫様は神の中の神――高天原を統べる天照様の血を引く貴い御方であらせられますから」


「ふん」


 胡乱げに眼を細め、納得したのかしていないのか、非常に曖昧な反応を返す。


 少なくとも、大御神の孫を――新たに中国なかつくにの支配者として現れた天孫を、一人前の『神』として敬していないことは確かだ。


 古より地上を治めてきた土地神の血を引く彼女にとって、天上界より突如として現れた為政者は決して面白い存在ではなかった。しかもその天孫とやら、未だ年端もいかぬ少年だという。いくら敬えと言われても、そんな殊勝な念は到底抱けない。


 彼女は土地神である父を尊敬し、慕っていた。そして誰よりも生まれ育った土地を愛していた。


 そこへいきなり見知らぬ神が舞い降り、その地を支配し始めたのだ。鬱憤が積もるだけで、面白くも何ともない。譬えそれが、生きとし生けるもの全てがこうべを垂れるべき最高神の孫であってもだ。


 考えただけで胸中に鬱屈としたもやが広がり、それを振り払うように軽く舌打ちし、立ち上がる。


「どちらへ?」


「異母姉上のところに、憂さ晴らしに行ってくる」


 侍女の返答を待つことなく、神阿多都比売は居室を後にした。







「…で、あなたはまた、わたくしのところに逃げて来たのね」


 辟易したような響きと共に、シャランと髪飾りを揺らして異母姉が溜息を吐いた。


「はあ、毎度済みません」


 ぼりぼり頭を掻き、瞼を伏せる。


 二つ年上の母違いの姉・石長比売は自分と違い、幼少の頃から何事にも優れていた。


 利発で聡明な姉は器量も良く、初潮を迎え成人した数年前から、その評判を聴きつけた者たちからの求婚が後を絶たない。だが、姉はどんな良縁が来ても何故か頑として首を縦には振らなかったし、父もそれを黙認していた。理由は判らない。


 姉と同じように遅れ馳せながら成人した今現在でも、その資質の差は歴然としている。


 幼い頃から出来の良い異母姉と比べられ、亡き母共々随分と肩身の狭い思いをしたものだ。その都度、父や姉は気に病まぬよう言ってくれたが、やはり負い目を感じることが多かった。


 その負い目は、成人した今でも欠片かけらも変わることはない。


 同じ父を持ちながら、何故自分は少しも優れた部分がないのか。


 子どもの頃からの疑問は、成長するにつれて強い劣等感へと変化していった。


 これから先、自分が結婚出来るとは全く思えない。ならばいっそのこと、父や姉と袂を分かち、どこぞの神殿にでも駆け込んで巫女にでもなろうか、とも考える。


 しかし、こんな出来の悪く器量も良くない娘を巫女として押し付けられては、神も迷惑やもしれぬ。いや、恐らくそうに相違あるまい。


 そんな妹のささくれ立った心を全くあずかり知らぬであろう姉は、秀麗な面を諦念に緩く苦笑させる。


「では、暫くわたくしの館にいるといいわ。だからといって、あなたの憤懣が消えることはないでしょうけれど」


 姉の口調にはどうにも、いつも小さな棘が含まれているような気がする。


 出来の悪い妹を良く思っていないのか、それとも無意識なのか。

 閨秀ながら、どこかおっとりとした風のある姉の性格からして、恐らく後者だろう。


「有難う御座います」


 軽く頭を下げる妹の姿を一瞥した後、石長比売は僅かな衣擦れの音と共に立ち上がり、お気に入りの薄紅の裳裾を優雅に翻しながら部屋の奥へと姿を消した。


 姉が完全にその場を去ったのを見計らい、神阿多都比売も姉の自室から背を返した。

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