魔法少女 おとこ☆マギカ
「僕と契約して魔法少女になってよ!」
私の目の前に突然現れた白くて可愛らしい小動物は、少年のように快活な声でそう言った。
「ま、魔法少女? 私が?」
私は困惑していた。
魔法少女。
女の子なら誰だって一度は憧れたことがあるだろう。
私だって、小さい頃は魔法少女になることを夢見ていた。
もっとも、小さい頃の私は我ながら小賢しい子供で、そんなものはおとぎ話に過ぎず、自分には適わない夢なのだと馬鹿にするような子供でもあった。
それに、仮に誰かが奇跡を起こしてくれるとしても、私は魔法少女になることなど望まなかっただろう。
私には、そんなことよりも先に叶えるべき、もっと切実な願いがあった。
別にそんなに壮大なことを望んでいたわけではない。
いや、高校生になって自分なりに調べてみた今、自分の力で現実にできる可能性もないわけではないと望みを持てる程度の、ささやかな願いだ。
それこそ、魔法少女になって魔法が使えるようになれば、すぐにでも実現できてしまいそうな程度にはささやかな。
だから、というわけでもないが、いかにもアニメのキャラクター然とした小動物が目の前に現れ、あげくに人間の言葉を操り魔法少女なるよう勧誘してくるという非現実的な状況を、私は受け入れてしまっていた。
あきらめていた夢が両方とも叶うかも知れない。
その可能性に思い至った私は、普段の私であれば鼻で笑って済ませていたであろう私は、そいつの前で足を止めてしまったのだ。
「僕の名前はオーヴァヘイスティ。長いからオーティって呼んでね! いきなりで驚いたと思」
「あなたがマスコットで、私を魔法少女にしてくれるの?」
自己紹介を始めた小動物の発言を遮って言う。
「う、うん、話が早くて助かるけど、メタっぽい発言は控えて欲しいな! それでね、君には僕と契約して魔法少女になって欲しいんだ! 突然で驚いたと思うけど、君にしか頼めないことなんだ! 君にはそれだけの素質がある! 敵は世界の裏で暗躍する秘密組織である……」
「いい、私が質問するから」
長くなりそうなので再び遮る。
「そうね、まず魔法少女になると、私にはどんなメリットがあって、どんな代償があるの? 知っていることを全部説明して。後で『聞かれなかったから言わなかった』とか許さないから」
「え、ええと……調子狂う子だなぁ……」
小動物は能面のように変化のない表情をしているが、その口調には困惑が見て取れる。
「いいから、早く」
魔法少女もののアニメは小さい頃から沢山見てきた。
自分がなれるかどうかは別として、やはり戦隊ものやヒーローものより好きだったのだ。
ただ、私は魔法少女という存在が好きなのであって、魔法少女ものでよくある、マスコットに言われてほいほいと契約してしまうような馬鹿な女の子は大嫌いだ。
類型、お約束、テンプレート。人間をなんの面白みもない常識の枠に押し込めてしまうそうした概念を、私は何より嫌悪している。
今日、いわゆる魔法少女ものはやり尽くされた感がある。
それも当然だろう。
今年、私は十五歳になる。
しかし魔法少女もののアニメは、私が生まれるより三十年近く前から、手を変え品を変え繰り返されて制作されているのだ。
魔法界からの訪問者に始まり、不思議な力を授かったただの女の子を経て、変身して戦う美少女戦隊ものへシフトし、サブカルネタ男性向けの魔法少女へと脱線しつつ、近年では積み上げられたお約束を逆手に取ったメタ魔法少女的な作品も生まれている。
私がリアルタイムで見たのは美少女戦隊ものの走りと呼ばれる、とある有名作品以降に限られるが、特に最近の作品ではお約束を一ひねりするのがお約束、といった印象がある。
うかつに契約したら、何をさせられるか分かったものではない。
それが昨今の魔法少女ものの常識なのだ。
アニメの魔法少女事情が現実とどの程度リンクしているのかは分からないけれど、警戒するに越したことはない。
「えっと、魔法少女になる子は願い事を一つだけ叶えられるんだ。僕たちとしては、その代わりに魔法少女として悪の組織と戦って欲しいんだけど……」
小動物は無邪気に言ってのけるが、これでは何も説明していないに等しい。
「その悪の組織はあなたの……いえその前に、えっと……あなた、名前はなんだったっけ」
「な、長いから覚えにくかったよね! オーヴァヘイスティだよ、オーテ……」
「白いからシロでいいよね。で、シロが敵対している悪の組織の名前、目的、規模、戦力、全部教えて。それに対するこちらの現有戦力も。そもそも、君たちの戦略目標は何なの? 敵組織の抹殺? それとも無力化するだけでいいの?」
「え、ええ? あの、その、組織の名前はイニクイティで、も、目的? 世界征服、だと……思います。き、規模と戦力は、その……ごめんなさい、分かりません……」
発言の後半はか細くなってほとんど消え入るようだった。元から小さい体がさらに縮こまる。
「……で?」
「……っ! こ、こちらの戦力は、その、君、じゃなくて、あなただけが頼りで、まずは送られてくる戦闘員を倒しながら戦闘に慣れてもらって、最終的にはボスを倒しに敵のアジトに乗り込んでもらってですね……」
口調まですっかり変わってしまっている。
「……他に魔法少女はいないの?」
「え? は、はい、いません……」
「それは私が初めてって意味? それとも、止めるか死ぬかした子が先に?」
「ま、魔法少女は一つの世界に一人きりで、一年経つと力が他の子に移ってしまうから……今まで魔法少女だった子は、この前一年経っちゃって……」
そういえばアニメもこの間から秋季のものが始まったばかりだ。それも関係あるのだろうかと私が考えていると、シロは言葉を途切らせてうつむいてしまう。
「う、ぐすっ、わぁぁぁぁっ……もうやだ、僕、言われてやってるだけなのに、なんで、なんでいじめられるの? ずっとあやかと一緒がよかったよぉぉぉぉっ……」
シロが泣きだした。
実際、小動物然としたものが人間の声で泣く姿は、少し気持ち悪い。
ありていに言えば、キモい。
それはともかく、泣くマスコットと言うのは初めて見た。
今、魔法少女ものの歴史に一つの類型が加わったのかも知れない。
さて、小動物の話を総合するに、前任の魔法少女はあやかという名前で、こんなちょろい勧誘に引っ掛かる子でありながら一年間を無事に乗り切って魔法少女を卒業したらしい。まだ不明確な部分は多いが、魔法少女になって積年の願いが叶うのならば、ある程度のリスクを負ったとしてもそれは私にとって十分に魅力的な選択肢だった。
「も、もういいよ、僕をからかってるだけでどうせ魔法少女になんてなってくれないんでしょう? 君なんか……君なんか……魔法少女じゃないやいっ!」
小動物はすっかり拗ねてしまっている。背中から小さな翼を広げ、今にも飛び立たんばかりだ。
「分かった。なるよ、魔法少女」
「……え?」
「なるって。願い事は後でもいいから、先に契約しよう?」
「ほ、ほんとに?」
「早くしないと気が変わるよ?」
「わっ、待って! じゃあ僕を抱き上げて!」
ほっとしたような表情を浮かべて足元に寄ってくる。
そうそう、小動物は小動物然としていれば可愛らしいのだ。
シロを抱え上げると、腕の中で光を放ち始める。
目も開けていられないようなまばゆい光が収まると、小動物が言う。
「これで契約は完了だよ! あとは君の望みを言えば、それを叶えてあげる!」
「うん、言うよ。私の望みはね……」
告げられた望みの内容を聞いたシロが、腕の中で凍りついたように動きを止める。
愕然とする小動物というものを、私は今日初めて見た。
「誰も彼もみんなそう。事実をありのままに伝えると、決まって同じ反応をする」
別に、責められる筋合いはない。
魔法少女もののお約束に則って、私は嘘をつかなかった。
昨今のお約束に則って言えば、聞かれなかったから答えなかった、ただそれだけだ。
「わけがわからないよ。どうして人間はみんな、自分の目で見た『少女』の、ちんこの有無なんてことにこだわるのかな?」